校名
(1)女塚の伝説
今から600年ほど前に、新田義興の侍女・少将の局が、竹沢という家来の謀で殺されました。 村の人たちが手厚く少将の局を葬り、塚をつくったそうです。 それで、女塚という地名が生まれたといわれています。
(2)おなづか小学校ができるまで
蒲田で一番古い学校は蒲田小学校です。
女塚村、御園村、北蒲田村の三村が一緒になって、
今の蒲田小学校の前身の稗田小学校をつくったのは明治12年でした。
その後、人口が増えて大正14年に相生小学校ができました。
相生小学校の名前は御園村と女塚村の「相方の顔を立てる意味」で
相生小学校と名づけられました。
そして、また子どもたちの数も多くなり、
昭和11年5月にわたしたちの女塚小学校が女塚の地にできたのです。
平成13年10月3日には、開校65周年のお祝いをしました。
平成17年4月には、蓮沼小学校と統合して、大田区立おなづか小学校となりました。


