ラジオの昭和史

昭 和 と 歩 ん だ 『ラジオ公論』

曽崎重之


 大正14年に始まったラジオ放送も、今では、ラジオはBSデジタル放送で聴くことができます。大きな変化です。ラジオの存在意義も大きく変わりました。当初は娯楽メディアでしたが、徐々に国策をアピールする媒体として変化します。平成の今もやはり、電波メディアは、常に国によって左右されかねない危険性を秘めています。ラジオの歴史は、そんなことも感じさせてくれます。

 ここではラジオの昭和史とともに歩んできた業界紙『ラジオ公論』(現オール電気)の歴史を合わせながら、振り返ってみたいと思います。



目次

 専門紙の時代  民間ラジオ放送開局前夜(5)
 ラジオ普及にかける業界  ジェーン台風に襲われた関西電機業界
 海外情報を流通革新に  秋葉原電気街
 めざましいラジオ普及時代  テレビ開発計画
 ラジオ魔騒動  
 五・一五事件  
 ラジオ体操  
 東京電気対フリップス真空管特許騒動  
 大失業時代  
 非常時突入前  
 日本放送協会の技術認定制度  
 盗聴  
 東京進出  
 日中戦争とラジオ普及  
 NHK海外放送に噛み付いた男  
 昭和十二年、地方のラジオ事情  
・  BK新局舎完成 本格的なラジオ時代へ  
 
 
 
 
 
 
 
 
・ 広告
・ ラジオ修理料金
・ ファシズムへの入り口となった昭和十一年
・ 戦争で普及するラジオ
・ 戦意高揚に利用されたラジオ
・ 正月のラジオ放送
・ 幻の東京オリンピック
・ 普及率三〇%でもまだ高価だったラジオ
・ 娯楽、教育、経済・ニュースが放送の三本柱
・ 官庁ラジオ問題
・ 日中の宣伝ラジオ放送
・  通天閣
 シャープ・カラハン隊五千キロ走破の記
 シャープ・カラハン隊 5000キロ走破の記 そのA
 非常時におけるラジオ店の意地
 昭和十二年のラジオ
 戦争伝えるラジオ
 長期化する日支事変
 北支へ向かう業界
 戦争前のラジオ放送
 高音取締り
 原料の輸入制限でラジオも値上げ  松下幸之助氏のアメリカ便り
 ラジオに税金
 ラジオデバイド
 目指せ加入者数百万
 暗雲たなびくテレビ放送  松下幸之助アメリカ便り5
 電池式ラジオ  松下幸之助アメリカ便り6
 大阪中央放送局聴取者百万突破  神戸工業 米RCA社と技術提携
 ラジオの団体聴取  月販用ラジオ
 大阪小売商組型ラジオ  ミステリーバス
 デジタルラジオの時代  火が消えることの寂しさは今も昔も同じ
 太平洋戦争とラジオ  NHKテレビ放送第一次五ヵ年計画
 コンテンツで聴取者を引き付けた戦前のラジオ  電力不足
 『ラジオ公論』休刊へ
 玉音放送
 復活するラジオ
 新ラジオ公論創刊
 急激な変化
 大阪に民放会社設立
 資材不足に悩む業界
 視聴者サービスと読者サービス
 昭和22年の中国地方のラジオ業界(1)
 昭和22年の中国地方のラジオ業界(2)
 松下幸之助氏の寄稿、生産者の英知を政治に生せ
 ローランド梯会長とラジオ
 松下電器のラジオ第一号機は「当選号」
 関西ラジオ電機業界野球大会
 躍動感あふれる昭和二十二年のラジオ業界
 ラジオ組合との密接な関係
 スピーカーと発展した専門大卸問屋・電響社
 民間ラジオ放送開局前夜(4)  ラジオキット













本稿は『オール電気』に連載中です。
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