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前々回、本欄ではラジオの特許に係わる「ラジオ魔騒動」を取り上げたが、それ以降も業界では特許問題が続いている。特許に関した問題は、時代が変わっても変わりなく、技術特許の権利を主張するのは、今も昔もおなじである。
真空管を製造・販売していた東京電気が、フリップスの日本法人・フリップス日本ラジオを真空管の特許侵害(バルブ係争)として提訴した事件があった。
東京電気とフリップス日本ラジオの特許係争問題は、紛糾続きで約半年にわたってラジオ業界を騒がした。しかし昭和七年九月二十七日、提訴者の東京電気から訴訟取下げが行われている。両社において妥協が生じたものと本紙は推測しているが、それまでの盛り上がり方すると、あっけない幕切れだったようだ。
この頃、真空管の需要は急速に伸びてた。特にその年のオリンピック開催や、都市対抗野球、中等学校選抜野球大会などがラジオへの関心を高め、ラジオの普及も百十万台を突破していた。松下電器製作所がラジオを発売したのもこの年のだった。
東京電気とフリップスの販売競争も過激になっていた。フリップスは、その年三月十五日から五月五日までの期間で、真空管三十円購入ごとに東京、大阪、名古屋の一流劇場での観劇券を、観劇を希望しない場合には、百円の商品券や自転車などを進呈している。
東京電気はその年の夏、マツダ真空管の「夏季景品付大売り出し」を行っている。これは同年八月一日から八月三十一日まで行われ、一般需要家が同社の真空管を三円購入ごとに、商品券や化粧石鹸一缶をプレゼントするというものだった。
両社以外にも、真空管の景品付売り出しは、頻繁に行われているが、こうした業界情勢の中で両社の特許問題は発生したのだ。
真空管の両雄と言われたマツダとフリップスの値下げとサービス、販売競争は熾烈をきわめるが、フリップス社はついに特許権を持ち出した。そこで今度は東京電気は、輸入品仮差し押さえ処分を申請した。これが両社の特許騒動の始まりだった。
この問題を本紙が大きく取り上げたのは、両社間だけの問題にとどまらず、真空管を使うあらゆるメーカー、バルブ業者の争いまで発展して、業者はバルブ値上げ予想、先回りして値上げ反対運動を展開したほどだった。
神戸市のラジオ業者、大関源蔵氏は、本紙に寄稿して「日本放送協会はラジオに関するあらゆる特許権を買収して、これをラジオ発展のため無償でラジオ業界に提供せよ」と、述べている。その論拠として、「放送事業は国家の必需機関であるから、一部の権利者によって発展が阻害されてはいけない」としている。誰もが自由に製造できることが、放送事業を発展させることになるから、というものだ。
これを実現した人物がいる。松下製作所の松下幸之助氏だ。
かつて「ラジオ魔騒動」では、山中無線電機製作所が日本無線通信(安藤氏)から特許権侵害で訴訟されたのだが、これの結末は松下氏が二万五千円の私費を投じて特許権を安藤氏から買収して、無償でラジオ受信機製造者のために開放したのだ。これに対しては業界はもろ手を挙げて称賛している。
松下氏が安藤氏と特許権買収で話し合ったのは十月九日で、東京電気が提訴を取下げたのが九月二十七日であるから、これが東京電気とフリップスの係争解決にどのように関係したか詳細はわからない。しかし、前の大関氏は、一個人経営の松下氏の壮挙に対して、東京電気が特許権を振りかざしての騒動が、決して業界発展につながるものではない、と糾弾している。
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