ひとひら
水野竜也!今日こそ殺したる!!
成樹は刀剣を持つ手に力を込めた。
そして勢いよく疾走し、竜也に向かっていった。
金の髪、そしてマントの様に見える黒いロングコートがたなびく。
そして丸腰の、しかも背を向けた竜也にためらいも無く剣を振り上げた。
よしっ!
しかし、剣先は竜也に到達する前に強い力で弾かれた。
「くそっ。」
成樹は吐き捨てるように呟くとバック転で竜也との間合いを広げた。
またや…
竜也の周りを蒼い膜のようなものが覆っていた。
そしてゆっくりと竜也が振り向いた。
「またお前か…。」
呆れたようにため息をついた竜也の手には呪符が握られていた。
「妙な技使いよってからに。」
成樹は忌々しげに眉をひそめた。
闇討ちを狙ったが、気付かれてしまった以上こちらの勝算は薄い。
「まだやるのか?」
余裕の笑みを浮かべる竜也を睨むと成樹は気配を消して闇のなかに消えた。
竜也はそっとため息をついた。
式神の白虎が教えてくれなかったら今頃自分は死んでいた。
さんきゅ白虎…
竜也は心の中でお礼を言った。
「くそっ、今日もアカンかった!」
成樹はグラスに注いだ強い酒を割らずにそのまま喉に通した。
自称佐藤成樹は暗殺業を生業としていた。
裏の世界では知る者がいないとまで謳われた最高の暗殺者だ。
それが、今回の仕事ではすでに3回失敗に終わっていた。
こんなことは初めてだった。
「何なんや、あいつはっ!!」
空になったグラスを机の上にドンッと置いた。
気配を消して忍び寄る。
そして斬り付ける。
ただそれだけのこと。
しかし、あの不思議な技に阻まれ触れることすら出来なかった。
話によれば水野竜也は稀代の式使いということだった。
式使いやと…!?
成樹は苛立ちを隠せなかった。
そうして一年の月日が流れた。
竜也は河原にたたずみながら宙を舞う蛍を眺めていた。
綺麗だな…
けれど儚い生き物
短い命はすぐに絶え果てる。
竜也はそれが羨ましいと思った。
回復力に優れた竜也は簡単に死ぬことが出来ない。
どんなに衰弱しようとも決して死ぬことは無かった。
その事実は竜也の精神崩壊にさらに追い討ちをかけた。
気付けば一人だった。
知っていたのは自分の名前だけ。
自分がどこの誰とも分からず、幼い頃から呪われた子だと蔑まれ、迫害されてきた。
どうして…?
僕がいけないの?
どうして僕はみんなと違うの?
幼い子供は心に痛みを抱えて青年になった。
また、裏の世界では竜也の力を利用しようと暗躍するものが後を絶たなかった。同時に竜也は命を狙われるようになった。
竜也の力を悪用すれば、この国を崩壊する事も出来る。
だから竜也は死にたいと思いつつ、敵から自分の身を守らねばならなかった。
どんなに特殊能力に優れていようと竜也の精神は人と同じだった。
いや、人よりよっぽど繊細だった。
日々の闘争に疲れ、竜也の精神は少しずつ蝕まれていった。
そして今、竜也の心は完全に崩れ去る寸前だった。
「なんで死ねないんだよ…。」
竜也の小さな呟きは風の音にかき消された。
数日後
竜也の目の前で小さな女の子が事故に遭った。
甲高いブレーキ音がして、そのあと血が広がった。
見るからに瀕死の状態で、手当てを受ける前に死んでしまうであろうということが推測された。
助けないと!
どんなにつらい思いをしてきても竜也の心は荒むことなく、温かかった。
見捨てることなど出来はしない。
竜也は咄嗟に治癒能力を使った。
竜也の手のひらから温かい光が浮かぶ。
幼児は見る見るうちに回復して、傷跡ひとつ無くなった。
竜也はホッと息をつくと周りを見渡した。
するといつの間にか人が集まっていた。
ヤバイ…
そう思ったときには遅かった。
「あいつ人間じゃないぜ!!」
「気味悪りぃ。」
ひそひそと囁かれる幾つもの言葉が竜也の胸に突き刺さった。
異質なものを見るような白い視線。
それが引き金となった。
幼い頃の迫害の記憶が甦る。
殺セ!!
殺シテシマエ!!
「止めろっ!止めてくれ!!」
激しい頭痛がする。
負の感情が湧き上がってきて抑えきれない。
自分の体が暗闇に飲み込まれていく。
竜也は近くの廃ビルに飛び込んだ。
「はあっ、はあっ・・・」
竜也は目尻に涙を溜めながら自分の細い身体を抱きしめた。
怖いよ
助けて
大人に追いかけられながら必死に逃げ回った小さい自分の姿が脳裏に浮かぶ。ときには竜也の力を手に入れようとする者に無理やり犯されかけたこともあった。
力の制御が出来なかった竜也は自分の感情を爆発させ、気付けば人は死んでいた。
オ前ガ殺シタ
ごめんなさいっ
ミンナオ前ガ殺シタ
ごめんなさいっ
望んでやったわけじゃない。
殺したかったわけじゃない。
この手で殺めてしまった者達の幻が竜也を責め立てる。
「止めてくれぇ…!!」
竜也の自我は完全に壊れた。
「朱雀…」
全部燃やして…
竜也の声で十二の式神のうち火の属性を持つ朱雀が舞い降りた。
竜也の眼は何も映していなかった。
望むのはただ己の死だけ。
「もっと…もっと…」
真っ赤に染まれ…
魂の抜け落ちたような竜也の顔には薄い笑みが浮かんでいた。
「一体なんなんや!?」
成樹はビルから昇る激しい炎を見ていた。
あれから竜也の殺しを依頼した者が死んでしまって、依頼は無効になっていた。このまま失敗したままなんて成樹のプライドが許さなかった。しかし、仕事以外では人を殺めないことを信条にしている成樹は竜也を狙うことを断念せざるを得なかった。
そして今日。
仕事を終え、街を歩いていたらたまたま竜也の姿が目に入った。
そして竜也がフラフラとビルに入ったと思ったら、そこは激しい勢いで燃え出した。
くそっ!!
成樹は燃え盛るビルに入って行った。
奥の部屋に着くとそこには竜也と炎に包まれた大きな赤い鳥がいた。
「なっ…!!」
成樹は目の前の光景に言葉を失った。
あれが式神や…
せやけどこの状況は一体なんや!?
それにあいつ…
成樹は竜也を凝視した。
明らかにいつもと違う。
いつもの高慢ささえ感じさせるような生意気な青年ではない。
虚ろな目で、何の表情もなく立っている竜也は壊れた人形のようだった。
「お前、なにやっとんねん!!」
成樹は降りかかる火の粉を手で防ぎながら大声で竜也に向かって叫ぶ。
しかし、竜也の顔色は全く変わらない。
聞こえてへんのか!?
「水野竜也―!!」
3回呼んだところで成樹は燃え盛る室内へと足を踏み入れた。
そして天性の身体能力で成樹は竜也の元に走った。
どうにか竜也の元まで辿り着くと華奢な肩を揺さぶった。
「おいっ!おいっ!!」
けれど竜也は目線さえ動かさない。
白いシャツから覗く線の細い身体に成樹は驚きを隠せなかった。
ひどい衰弱ぶりだ。
「はよ来い!!焼け死にたいんか!?」
そう怒鳴って竜也の手を引いた。
そのとき竜也の手首に行く筋もの痛々しい傷痕が見えた。
それは紛れもなく自分で命を絶とうとした証。
こいつ…
成樹は息を呑んだ。
死にたいんか…?
「お前・・・死にたいんか?」
答えなど返ってこないと思ったが、そう尋ねた。
しかし予想に反して竜也は成樹を見つめて消えそうな笑みを見せた。
あまりに悲しい微笑に成樹は胸の痛みを感じた。
死なせて堪るか…!
そんな気持ちが湧き上がった。
朱雀が舞うなか、成樹は竜也を連れ出そうとした。
しかし、竜也は怯えたように急に暴れだした。
無理やり腕を引かれたことで幼い頃の痛ましい記憶が鮮明に甦ったのだ。
「やだっ、やめてくれっ!」
「水野竜也!?」
「嗚呼ぁぁ!!」
竜也はしゃがみこんで悲鳴をあげた。
それとともに朱雀の炎の勢いが増す。
「な、なんや!?」
「もう死なせてくれっ!!」
それは心の底から吐き出された叫びだった。
「アカン!!」
成樹は竜也を無理やり立ち上がらせると頬を叩いた。
パシンと乾いた音がした。
初めてこいつを守りたいて思た
「…あ・・。」
竜也の瞳にわずかに光が戻る。
「死ぬなんて許さへん!!生きなアカン!!」
竜也は怯えながら成樹を見詰めた。
生まれたての赤子のように無垢な瞳だった。
「俺が守ったる。俺がお前のこと守ったる。せやから死ぬな!」
竜也はしばらく呆然と成樹を見ていたが、小さく口を開いた。
「…おれ…生きて・・て・いいのか…?」
「そうや。お前は生きててええんや。」
成樹は力強く答える。
「だって・・みんなが・・・死ねって・・。」
竜也はすがる様に成樹を見ていた。
「生きろ。」
成樹は真摯に告げた。
その瞬間竜也の瞳が揺れた。
「・・・お・・れ・・。」
「今日からお前の命はおれのモンや。俺が死ね言うたら死ななアカン。せやけど俺が生きろ言うたら嫌でも生きなアカン。ええな!?」
我ながら無茶苦茶な理論だと思った。
けれど、竜也はその言葉にすがってしか生きていけないだろう。
竜也が完全に大人しくなったのを見計らって成樹は竜也を連れて歩き出した。このままでは竜也より先に成樹の方が焼け死んでしまいそうだった。
“竜也”
竜也の頭の中に朱雀の声が響いた。
「朱雀・・・」
“やっと私の声を聞いてくれた”
“私は式だからお前の命令に背くことは出来ない。しかし、お前を殺したくは無い。お前に生きていてもらいたい。”
「朱雀・・・」
“私は竜也が好きだ。我ら十二の式神は皆竜也のことを想っている。だから死ぬな。”
「・・・うん。」
朱雀…殺してなんて頼んでごめん。
竜也は戸惑いながらも生きることを選んだ。
2人が去ったあと、朱雀はバサリと羽ばたくと姿を消した。
炎の羽が一枚、花びらのように舞い落ちた。