●●● 作品名五十音順感想 ・あ・ ●●●
題名後の()内は原題、出版社名の後の()内は日本国内での出版年、★は、再読後の感想、感想後の()内は読んだ日付です。
題名の前に(^^)/がついているのは私のおすすめ、(^^)/○はむすめに受けたもので、○の位置の数字は、その時のむすめの年令です。( )は、まだ評価を出していないものです。
ワニくんはバイオリンが大好き。いつも夜中まで猛練習です。たまらないのは、調子っぱずれの音を一日中聞かされるお隣のゾウさん。これではたまらんと病院に相談に行きますが、帰り道、苦い薬を飲むよりいいことを思いつきます。ずっとこれがほしかったのさ。ゾウさんはトランペットの練習を始めます。驚いたのはワニくん。これではバイオリンの音が聞こえません。それからがさあ大変。二人で騒音の応酬です。最後には二つの部屋をーの間の壁が壊れてしまい、二人は我に返ります。そうだ、いっそ、一緒にやってみたらどうだろう。
お気楽で自分勝手なワニくんと、おっとりでちょっと気弱なゾウさんなのかと思うと、立場が変われば性格も変わる。ああなんだか、こういう人っていそうだよねぇ、というのがおかしいです。基本的にゾウさんは気が良くて、ワニくんも自分の好みで暴走しそうなところを、ゾウさんにいろいろ気づかされて立ち止まって考えてみる、といった感じでしょうか。でも、ゾウが吹くトランペットって、さぞ大きな音でしょうね。(2000.9.5)
年少版「こどものとも」260号です。
ペンと水彩の不思議な世界が、1ページごとに切り取られています。いえ、特別な世界ではない。ただ、不思議なタッチで描かれているだけなのですけれど。でも、淡い、寒色系の色味の中で、なんだか世界はあいまいで。そこに書かれている少しずつの言葉。「ない ない」「あー あった」
本当はなにがなくて、本当はなにがあったのか。わたしにはわかっていない、と、思いました。(2003.4.10)
『おれたち、ともだち!』絵本第7弾です。
冬眠するともだちにしばしの別れを告げるキツネとオオカミ。イタチさんにもクマさんにもヤマネさんにもあくしゅしたり、ギュッてしたりしてお別れが言えるんだけど、ヘビさんにだけは声を掛けられなかったキツネ。それを気にしている様子に気づいたオオカミは……
思いを伝えられないのはつらい。だれにも思ってもらえないのはつらい。本当の手遅れになる前に、伝えに行こう。伝えられる思いを受けとめよう。心が凍ってしまう前にね。ヘビとだって、握手をする方法はある(正確には握「手」じゃないけどね)。それに気づけばいいだけのこと。(2005.9.5)
青いチューリップを咲かせられれば、スルタンからたいそうなほうびがいただける。そんな話を聞いたことがきっかけで、山に住む少年ネフィは神学者にして優れた植物栽培のうでをもつアーデム教授のもとでより青いチューリップを作り出す手伝いをすることになる。しかし、ついに青いチューリップが咲いたとき、思いも掛けぬことが起こり、アーデム教授は追放の身となる。教授に再会すべく、ネフィは教授の娘ラーレとともに苦難の道への旅立つことに……。
だれが味方でだれが裏切り者なのか。なにが本当にたいせつなことなのか。様々な経験の中で、ネフィとラーレは多くのことを学び、成長していく。
16世紀のトルコが舞台になっているのだが、作者はよく知っているけれど、こちらの知識が足りないことが多くて、あと一歩入りきれないところがあった。いっそこれが異世界物であれば、作者ももっと説明したのだろうし、翻訳物であれば、訳注の形ででも説明のしようがあっただろうにな、と、思う。おもしろいだけに、少し残念。(2005.4.30)
キッパーシリーズの作者が、1990年にボローニャ国際児童図書エルバ賞を受賞したという作品です。キッパーも、キッパーシリーズよりも小さい頃の姿で出てきます。ぼくの誕生日の次の日、キッパーが拾ってきたしぼんだ青い風船。きのうのパーティーで使ったのとは違うのは、色だけじゃなくて...
かんたんな仕掛け絵本になっています。仕掛けと言ってもたたんであるところを開くだけなので、比較的壊れにくい仕掛けなのですが、さすが図書館の本、あちこち補修されていますが。こどもの大好きな風船がいろいろな姿で出てくる楽しい本です。キッパーも出てくるし。色もとてもきれいで手元に置いておきたい本ですが、上手に仕掛けが扱えるようになるのは、もう少し大きくなってからかなぁ。
毎日海にやってくる男の子。海は好きみたいだけれど、でも、ちょっとこわいみたい。海はいいよ。感じてごらん。
表紙はシュノーケルをつけ、青い巻き貝を耳に当てた男の子です。ああ、これがきっとこの貝をヤドカリにあげるんだろうな、と、思ったら、全然違います。いや、全然ということはないんだけど。タイトルだけ見ると、ほかにはない真っ青な貝を背負ったヤドカリが、不思議な世界を見せてくれるような気がしますが、それも違います。でも、海に行きたくなる本です。(2005.10.16)
「こどものとも」482号です。
おばあちゃんのひざからおちた赤い毛糸玉をおいかけたカーチャは、あちこちですてきなものを見つけます。どんどん転がる毛糸玉は、おむかえにきたママのところで終わります。
赤い毛糸は、ひととなにかを結ぶ象徴のようです。結ぶもの、導くもの、編まれるもの。それは、思い出であり、想いであり。見えない糸は、いつだってつながっているのです。(2000.3.10)
「こどものとも」511号です。
おかあさんのおなかの中にあかちゃんがいるんだって。おとうと? いもうと? ぼく、おとうとがいいな。おとうとは、いろんなものが買ってもらえていいな。おとうとと遊ぶんだ。おとうとが生まれたら... 生まれた!!
二人目、三人目のこどもが生まれている友人の話をきくと、上の子にはもうちょっと複雑なものがあるようですが、このくらいに描いてもらったほうが、「こどものとも」年齢のこどもに読ませるにはいいかな。(2000.5.20)
こどものとも134号です。
おとこのこに、おじいちゃんがあかちゃんだったときのことを語る、という形で明治時代のあかちゃんに関する行事を説明しています。
形は多少変わっても、当時の行事が今も続いているのだということがよくわかります。でも、おかあさん、里帰りしていないんですね。昔は里帰りするのがふつうかと思っていました。地域性もあるのかもしれないし、妊婦だからといって、上げ膳据え膳というわけにもいかなかったのでしょうから、一般庶民では自宅で出産するほうが多かったのでしょうか。3歳児神話だって、戦後作られたものだそうですから、ぎりぎりまで働くためには、里帰り出産はできなかったのかもしれませんね。(2002.6.4)
親方は、木で作ったかわいい人形にマトリョーシカと名付けました。「小さなお母さん」という意味です。ところが、マトリョーシカは、「赤ちゃんがほしい」と言い出します。同じ木でむすめの人形を作ってあげると、今度はむすめの人形が「赤ちゃんがほしい」と言い出して……。
次々小さな人形を作ることになった親方の解決方法がGoodです。(2005.4.12)
中国苗族の民話を肖甘牛という人が採話したものの再話です。
トーリンというわかものが、山の中で折れたユリを持ち帰り大切にしていると、ある夜あかりの中から、美しいむすめが現れる。それから、トーリンとむすめは仲むつまじく暮らすが、二人の作るものが高く売れるようになると、トーリンはぜいたくを覚え、働かなくなる。むすめは嘆き、ある日、ほのおの中から現れた金鶏鳥に乗って、去ってしまう。むすめの残したししゅうに、幸せだった日々を思い出したトーリンが、また、懸命にはたらくようになると、むすめは戻ってきて、二人は末永く幸せに暮らしたのだった。
むすめが行ったきりではなく、また、戻ってきてくれたところに救いがあって、ほっとしました。(2003.12.2)
かがくのとも傑作集です。
空き缶を使った工作や遊びがたくさん紹介されてすます。穴を開けるのにはおとなの手助けが必要ですが、全体に子どもが自分で作って楽しめるようなものが多いようです。ころを作って大きなものを運んだり、たくさんの缶ででんぽうをしてみたり。大勢で大量の缶を集めて遊ぶのにもよさそうです。(2002.11.6)
こどものとも389号、ネパールの民話です。
貧しい男の子ラージャンは、銀貨を一枚拾います。羊や豆を買うようにという両親の忠告には従わず、ラージャンは小さなさるを買います。ラージャンにかわいがられたさるは、村を荒らす悪魔におよめさんを見つけてあげるからといって、悪魔に宝をねだります。さるは言葉巧みに悪魔を翻弄し、およめさんを殺してしまったと思いこんだ悪魔は、その後村に現れることはありませんでした。そして、さるが悪魔からせしめた宝のおかげで、ラージャンの家はすっかり豊かになったのでした。
ころりとだまされる悪魔が、結構純真なようで、なんだか気の毒になってきてしまいました。でも、純真さというのは、向く方向によっては、悪に直結してしまうものかもしれません。ネワール族の伝統的な手法で描かれたという絵も魅力的です。(2001.11.2)
「こどものとも」278号です。
あさえの妹のあやちゃんは、よちよち歩きの小さな子です。ある日、あやちゃんがねているあいだに、おかあさんはあさえにお留守番を頼んで近くに出かけます。ところが、あやちゃんはすぐに起きてしまい、外にいたあさえのところにやってきます。遊んであげようとしたあさえですが、気がつくとあやちゃんがいません。あさえは、必死であやちゃんを探します。
あさえがあやちゃんを見失った理由が、あやちゃんを楽しませるために地面に夢中になって線路を書いていたせい、というところにきゅんとなってしまいます。自分が二人姉弟の姉なので、上の子への思い入れが強くて... あさえが必死で妹を探しているシーンは、あさえの苦しい気持ちが痛いほど伝わってきます。同じ経験をしたことはないけれど、あさえの年頃に読んでいたら耐えられたかと思うくらいです。一人っ子のむすめには小さい子を見失った怖さなど見当もつかないようですが....(2001.2.28)
近視の男の子が、めがねをかけることの苦痛を乗り越える物語です。夫婦そろって強度の近視なので、とごもの目のことが気がかりです。アーサーのようにつらい思いをすることがなければよいのだけれど。でも、めがねさえあればちゃんと見えることの幸せと、いうのも感じてほしいと思います。(1999.10.8)
「かがくのとも」404号です。
植物のあしの生育の様子や、暮らしとの関わりを写真で紹介しています。(2005.11.7)
『ともだちや』の続きの話に、いつのまにか『おれたち、ともだち!』絵本というシリーズ名がついていたんですね。その3冊目です。
キツネは、悲しくなっていました。オオカミが遊んでくれないのです。きっとキツネよりだいじなともだちができたのです。でも、本当はね……
オオカミっていうのは、乱暴者でやさしいことなんかしないものなんだ。その看板が気になったばっかりに、おおっぴらにやさしいこともできずに、あやうくだいじなともだちをなくしかけたオオカミ。単純なような複雑のような、味のあるヤツです。かなしそうなキツネの姿が、かわいそうでかわいくて。本当のことがわかってよかった。友情って、ときどきむずかしいよね。(2005.6.8)
「こどものとも年少版」259号です。
朝鮮半島の伝承遊びを紹介した絵本というのは、珍しいのではないでしょうか。それぞれの遊びに類似する日本の遊びの名前が書かれていて、ハングル語での発音と表記も添えられています。遊んでいるのがトラの姿で描かれているので、このタイトルです。こどもより親が楽しんだ本でした。朝鮮風なのか、トラの絵がこどもには馴染みにくかったようです。
「こどものとも年少版」266号です。
このひとは、こどもの目でみることができるのだ。五味太郎さんの作品を読むときに感じることがよくあります。ことりがきりんのところに飛んできていいます。「あそぼうよ」。きりんは一言、「あそばない」。次のページでも、「あそぼうよ」「あそばない」。あそびたくてつきまとうことりに、きりんはあくまでクールです。でもね...
★ハードカバーは偕成社から出ています。
あたしのママはすっごい魔女なの。だから、あたしもママみたいになりたいんだけど、ママは魔法はだめ、こどもはこどもの遊びをしなさいって言うの。だから、ママをカエルにして追い出しちゃった!
で、やりたい放題やっていると困った事態に陥って、ママに助けを求める……というのは予想通りのパターンだけど、ママの反応がすてき。やっぱり、ママはこうじゃなくっちゃね。むずかしいけどね。(2006.8.30)
エドワードはいいな、みんなにいろんなことしてもらえて。あんなに面倒見てもらえるなら、あたしもびょうきになりたいな。そう思ったエリザベスだけど本当に病気になってしまうと、元気になったエドワードがうらやましくて。
それだけならよくある話ですが、元気になった2人がよくしくれた人たちにお礼をしてまわるところに、子持ちの作者の願望もしくは、自分の子どもたちへのメッセージがこめられているのかな、と思ってしまいました。(2001.6.1)
こどものとも48号です。
更地に家が建つまでです。物心付いたときから現在に至るまで中層団地暮らしの私にも勉強になるというか、こどもに説明できてありがたい本です。(2001.12.13)
うまのはいどうさんが、あつさのせいでうっかり駅のベンチに帽子を忘れてしまいました。それを見つけたきつねのとりうちくん。すてきな帽子だといただいちゃったはずみに自分が持っていたかごを忘れちゃいました。それを見つけたのはブタの三吉くん……というふうに、帽子を振り出しに、みんなの忘れ物が少しずつずれていって、最後にはうまのはいどうさんに戻ってくるのかと思ったら、はいどうさんは出てきたものの、帽子は戻らないのでした。それも、みーんな、あつさのせい?
タイトル、冒頭に?をひっくり返した記号がつきます。(2005.3.23)
たいへん、みんながいない……! 長老の話を聞くのをさぼって昼寝をしていたシママングースのシンメル・ポーが目を覚ますと、なかまはだれもいません。きっと、シンメル・ポーがいないのに気づかないまま、新しい泉目指して移動してしまったのです。広いサバンナにひとりぼっち。シンメル・ポーの仲間探しの旅が始まります……が、その旅にとんでもない道連れが……
いつもシママングースの仲間たちといっしょにいるだけだったシンメル・ポーは、サバンナの動物たちの名前は知っていても、姿は知りません。そのシンメル・ポーがでっくわしたうちのひとりが、なんと、キング・コブラのマハー・パンニャー。ほんとなら食べられちゃうところだけど、幸いマハー・パンニャーはちょっと、いえ、かなり変わったキング・コブラで、迷子のシンメル・ポーを見捨てられなくて、いっしょになか探しをしてくれることに。
そんなことありっこないんだけれど、でも、おかしくて、心温まる物語です。(2004.5.25)
こどものとも248号です。
日曜日の朝、なにもすることがなかったからあなを掘り始めたひろしくん。なにもすることがなかったから、という動機の割には、掘るうちにだんだんこだわりが出てきて、だれにも手伝わせないし、だれの意見もききません。でも、夕方になると……
大切なのは、なにが残ったかでなく、なにをして、どれだけ満足できたかなんだね。そういうこと、おとなは忘れがちだけど。それは、とてもたいせつなこと。(2002.5.28)
☆
(^^)/*( )/『あなたがだいすき』
作:鈴木まもる 刊:ポプラ社(2002)
ページごとに繰り返される言葉は、「あなたがだいすき」
大好きに理由なんていらない。言いたいのは、どうして好きかではなく、好きだからどうしてあげるか。繰り返される言葉は、安らぎの言葉。「あなたがいるだけでしあわせ」 それは、本当に幸せなこと。(2006.8.23)
☆
(^^)/*(^^)/8『あなたのネコもアクマかもしれない』
作:クリスティーネ・ネストリンガー 訳:松沢あさか 絵:大和田美鈴
刊:さ・え・ら書房(1997)
地獄のアクマ大女王はアクマ大王と賭けをしました。「2年間で、ブルンナー夫妻を悪者にし、不幸にする。」 そのために女王が選んだのは、アクマ上級学校のベルツェ。成績はいまいちだけど、人間のかわいい男の子に見えるのです。地上のことはなんにも知らないベルツェ、お金が人間を堕落させるということを思い出したまではいいのだけど……
堕落させるはずが幸せにしてしまうところは予想通り。でも、それだけではすみません。一ひねりも二ひねりもしてあって、笑わせてくれます。(2005.1.19)
☆
(^^)/( )『あなはほるも のおっこちるとこ』(A HOLE IS TO DIG A First Book of First Definitions)
文:ルース・クラウス 絵:モーリス・センダック 訳:わたなべしげお
刊:岩波書店(1979)
「ちっちゃいこどもたちのせつめい」というサブタイトルがついています。
あなはほるもの。くそはかるもの。おしろはすなばでつくるもの。そんなふうに、こどもたちのつぶやきが続きます。保育園や幼稚園のこどもたちや先生方に謝辞が捧げられているので、実際に取材したものなのかもしれません。
どうしてこどもたちがこんなことを言っているのか、それを想像してみると楽しいでしょう。でも、まねをして自分でこんな本を作ってみると、もっと楽しいことでしょう。(2005.3.30)
サンタクロースの国の一年間を描いた絵本です。
四才のむすめは『さむがりやのサンタ』が大のお気に入り。とはいえ、サンタクロースのイメージがあのサンタさんだけではなんなので、こちらの本も借りてみました。一人暮らし(ネコ、犬、ニワトリ等とは一緒ですが)の『さむがりやのサンタ』のイメージがあるところに、サンタクロースがたくさん住んでいるサンタクロースの国の話はどうかと思ったのですが、これはこれで受け入れているようです。借りて以来、毎日一回以上読まされています。(2000.11.15)
「こどものとも」469号、ばばばあちゃんのシリーズです。
いつもげんきなばばばあちゃんが、きょうはベッドで動かない。ばばばあちゃんが病気? みんなはお見舞いを持って集まりますが...
実はうっかりもののあひるかあさんの代わりに、たまごを温めていたのでした。生まれる前に本当のおかあさんが帰ってきてよかった。あやうく(?)、ばばばあちゃんがお母さんになってしまうところでした。ひよこを引き連れて歩くばばばあちゃんも、「いかにも」という気はしますが。(2000.4.13)
『空中の城』シリーズ第2巻です。
自分をさらわれた王子と空想するのが好きな若き絨毯商人アブダラは、店に訪れた旅人から魔法の絨毯を買います。絨毯は彼をどこかの庭に運び、アブダラは〈夜咲花〉という名の姫君と恋に落ちます。しかし、〈夜咲花〉はジンにさらわれ、アブダラは〈夜咲花〉の父から、誘拐犯人として追われることに。恋人たちの運命やいかに...
『空中の城』シリーズといっても、前作の人々は、最後の最後まで出てきません。本当の姿では。この人はだれかの仮の姿に違いないとか、あの人はどこかにいるはず、と思うのですが、ほとんどの人が今見えている姿と別な姿を持っているようで、意外な展開にひっぱられました。前作『魔法使いハウルと火の悪魔』のソフィーが長女なんだからうまく行くはずがないと思いこんでいて不運の中にいたように、今回の主人公アブダラも、次々と不幸に見舞われます。その原因はびんに閉じこめられた精霊。びんの持ち主の願いを一日一個叶えなければならないという呪いをかけられているのですが、精霊はそれが気に入らず、願いを叶えるものの、必ずなにか災厄をおまけにつけているのです。おかげで、常に何かから逃げているようなアブダラとしては、目的に近づいているのだか、遠ざかっているのだか、焦りとイライラがつのるばかり。幼いところから商売の駆け引きをたたき込まれいているアブダラ、どうも主人公らしくありません。おおよそスーパーヒーローではなく、勇敢と言うよりはやけっぱちの行動ばかり。ソフィーが運命とあきらめ、自分の道を閉ざしていたのとは反対に、自分の本当の姿は今とは違うのだと考え、運が開けることを願うと言うより夢見ているアブダラ。対照的なようで、真実から目をそらしているという意味では同類です。でも、ソフィーが最後には本当の自分を見つけたのとは違い、アブダラは夢を手に入れたものの、自分自身は変わっていないように思います。もっとも、すっかり「長女だから」という枷のはずれた今作のソフィーは、「ソフィーって、こういう人だったの?」と思わせられるような言動になっていますが... 私にとっては、アブダラよりはソフィーのほうがずっと魅力的な主人公に思えます。今作もおもしろかったけれど、どちらかというと前作のほうが楽しめました。やっぱり、巻き込まれ型より、自分で運命を切り開いていく勇敢なひとのほうが好きです。まあ、知恵と舌で乗り切っていくような話も、それはそれでおもしろいのですが。楽しめるけれど、点数をつけるなら、前作のほうにより高い点をあげたい、といったところです。(2001.12.13)
『古王国記』シリーズ最終巻、『聖賢の絆』というサブタイトルが付いています。
自分が次期アブホーセンであることを知ったライラエルは、現アブホーセンの息子であり、自分の甥であるサメスとともに、サメスの友人ニックの救出に向かう。ニックは、ネクロマンサーに利用され、そのいのちの火は尽きかけていた。懸命の戦いを続けるライラエルとサメスのもとに、悲報が届く。絶望のなか、自らが果たさなければならない使命を知るライラエル。古王国に、世界に、希望はよみがえるのだろうか。
図書館から借りられる、ちょうどその日の朝、新聞にこのシリーズの広告が。読まなければよかった…… 「サブリエルが倒れる」? そういう大切なことを、軽々しく広告に書かないでほしいと思いつつ読み始めた『アブホーセン』の展開は、広告を読んで連想したことと違ってはいたけれど、でも、やっぱり、あの広告の紹介文はすでに2巻目まで読んでいる人にはいいけれど、これから古王国シリーズを読もうと思う人には不親切というか、読む気をなくす人もいるのではないかと心配になりました。
それはさておき、物語は、まだまだ拡がりを見せながら、収束へ向けて突き進んでいきます。先を知りたさに猛スピードで読んだため、細かいところがわかっていないという情けなさ。いずれ、シリーズの最初からじっくり読み返してみたいと思います。猫と犬がとても魅力的。それなのに、その正体がよく理解できていない私です。あれだけの長さの本を借りて読んだだけで味わい尽くすのは無理なのかも。やっぱり、買おうかな。(2004.8.21)
バナナを持っていくと、ワニがごきげんになるって知ってる? ないしょだけど、ほんとだよ。はみがきがきらいなライオンがどうなったか知ってる? ないしょだけど、ほんとだよ。
アフリカを舞台にした、5つの短いお話でできています。とぼけたところもあるけれど、かわいいお話になっています。(2003.12.9)
ある日台所に迷い込んできたアマガエル。次の年もやってきたことからアマガエルと暮らすことになった元学校の先生による観察記録です。記録というよりは、アマガエルと暮らした日々の思い出語りという感じです。
生き物を「飼う」のではなく、ともに「暮らす」という感覚を教えてくれます。カエルが、こんなに人間を覚えて意識する生き物だとは思いませんでした。大げさな言葉はなく、それだけにいっそう心に響きます。(2004.12.26)
ねずみのてんこちゃんは、あさからごきげんななめ。目が覚めたらあまのじゃくになっていたのです。だから、やることなすことすべてさかさま。くつはあべこべだし、雨だけど、傘も差しません。一日中あまのじゃくを続けるてんこちゃんに、ママはいいことを思いつきました……
こどもたちを安心させてくれるような本です。どんなにあまのじゃくでも、ママはやっぱりてんこちゃんがかわいいんです。どんなに手を焼いても、怒らずにユーモアで返せるママに乾杯!(2002.6.12)
『王立ユウレイ学校のなかまたち』シリーズ一巻目です。
ユウレイのアマーリア姫に、ついに、王立ユウレイ学校受験のチャンスが来ました。この学校で勉強しなければ、あこがれのお城ユウレイになれないのに、ずっと女の子の入学を認めていなかったのです。チャンスは来ましたが、入学するためには、課題をクリアしなければなりません。アマーリアに与えられた課題は、こうもり城の秘密を手に入れること。卑怯なライバルにじゃまされるけど、人間の男の子フィンを仲間に、アマーリアは課題に挑戦します。絶対、王立ユウレイ学校に入るという、固い決意の元に。
なかなか楽しく、味のあるキャラクターたちが登場するシリーズの開幕です。
元気で、勇気がある女の子の話が好きです。本作のアマーリア姫も、そんな女の子の一人です。ユウレイだけど。
何百年も女の子の入学を拒んできた学校ということなので、性差別の問題もこの先出てくるのかな。アマーリアが学校に入っちゃうと、フィンとのおつきあいはどうなっちゃうのかな、とか、先がなにかと気になるところですが、元気なアマーリア姫の活躍に、期待したいです。でも、よく考えると、子どものユウレイだなんて、不幸ですよね……(2003.7.25)
『まほうをかけられたまじょのアマンダ』の続きのお話です。
ある日魔女のアマンダのもとに、トロールが訪ねてきました。どうやらこのトロール、魔法の押し売りらしく、あやしげな魔法の道具を押しつけようとしますが、どれも人に迷惑をかけるようなものばかりなので、アマンダは断ります。そこでトロールは、「おばけやさいのたね」を置いていきます。どうやら悪いものではないらしい。アマンダが種をまいて世話をすると、とっても大きな野菜がごろごろ。よろこんだアマンダだけど、こっそり食べた森の動物たちが、どんどん大きくなっちゃって...
続きがあればいいなぁと思っていたおはなしの続きが見つかったので、ワクワクして借りてきました。
相変わらずいい性格のアマンダ、自分を困らせたトロールに腹を立てはしないのだけれど、ちゃんとアマンダ流の仕返し(アマンダの場合、この語は相応しくない気がするけれど)は考えているんですね。(2000.3.15)
12の窓を持つ塔に住む姫君は、とっても、わがまま。自分に見つけられないところに隠れられた男と結婚する。でも、見つけたそのときには首をさらしものに……。そんな姫君の100人目の求婚者となった若者は、見逃してやったカラスと魚、キツネの助けを得て、みごとに隠れぬく。
民話にはほかにもあるパターンのお話です。せっかく若者には助けてもらえたのに、姫君に殺されちゃうカラスと魚が気の毒なような。アメフラシが走るっていったい?とか、なんとなく素直に受けとめられないお話でした。そういうお話なんだから、しょうがないけど。大人が眺める分には趣のある絵けれど、子どもにはトラウマになるかも。(2005.12.7)
「こどものとも」388号です。
ばばばあちゃんのシリーズの一冊です。続く雨降りに、ばばばあちゃんのおうちは川に呑まれそう。でも、だまって成りゆきにまかせるばばばあちゃんではありません。ばばばあちゃんvsかみなりたちは、やはりばばばあちゃんの勝ちなのでした。
しっかり肝の据わったばばばあちゃん。雨がほしくなったら、またなにかいい手を考えるのでしょうね。(2000.4.11)
新築の家にいきなり現れたお客さん。ぼくにしかみえないミドリさんに出会って以来、ぼくの周りには不思議がいっぱい。すてきで不思議なミドリさんだけど、不吉な予言をする。そして、ぼくのまわりに「雨ふりマウス」がちょろちょろしているそのわけは?
ミドリさんに象徴されるミドリのイメージに彩られた物語です。ミキトくんに訪れた不思議は、自分でもちょっと体験してみたい気もするけれど、やっぱり大変……ですね。でも、気がついていないだけで、こういうこと、どこかで起きているような気がします。(2002.10.23)
こどものとも345号です。
もうすぐあやちゃんの誕生日です。おかあさんは、あやちゃんが生まれた日のことを話してくれます。
弟妹が生まれる話はよくありますが、これは自分が生まれたときのことをきく話です。おかあさんが読んであげると、きゅんとくるかも。弟妹が生まれる話は、こどもは弟妹をほしがる、しかし親には次の子を持つ予定はない場合にはなかなか読んであげにくいものがありますが、本人が生まれたときの話なら、安心だ...と思ってしまいました。下の子が生まれるので不安になっている子に読んであげるのもいいかも。
五才のむすめ曰く、「いい話なんだよねぇ」(2001.11.9)
「五色の糸の物語」というサブタイトルがついています。
貧しい暮らしの中で母がむすめに残したのは、五色のあやとりひもだけだった。むすめは、あやとりひもの助けで苦難を乗り越え、しあわせをつかむ。
三枚のお札のように、むすめがあやとりで作ったものが本当の山や橋になって、むすめを助けます。心優しいむすめに幸せが訪れる、民話風のお話です。(2004.3.5)
「こどものとも」217号です。
あるひ、あらいぐまさんの家から、じゃがいもや豆が盗まれました!! こぼれた豆をたどっていくと、ねずみたちを発見。見れば、じゃがいもや豆だけでなく、今までなくなったあれこれを、ねずみたちが使っているではありませんか。あらいぐまさんは、怒ってねずみをひっつかまえました。ところが、ねずみたちの窮状を聞くと、あらいぐまさんは同情して……
なんだか、ひたすら気のいいあらいぐま一家です。でも、ねずみたちも恩返ししているから、ま、いいか。あらいぐまさんが手伝って建てたねずみたちの家、なかなかすてきです。(2002.12.12)
嵐の夜、ヤギが壊れかけた小屋に逃げ込みます。そこには先客が。暗やみの中で2人は、お互いを自分の仲間と思いこみますが、こちらはヤギ。相手はオオカミなのでした……
暗やみ中で、なぜか話があってしまう2人。時々危ない一言があったり、稲光で明るくなったりするのだけれど、運がいいことに、相手の正体に気がつかないのね。しかも、朝、「あした、また、ここで会いましょう」なんて約束しちゃって、お別れするし。なにしろ、暗やみの中で出会って別れる2人だから、明るいところで会っても、相手がわかるかどうか。というわけで決めた合い言葉は、「あらしのよるに」 ああ、あした、どうなっちゃうのかしら!
続きは、『あるはれたひに』で、どうぞ。(2003.3.20)
「こどものとも年少版」262号です。
おなかがベビーカーのカンガルーかあさんや、くちばしがフライパンになっているペリカンのコックや、やかん頭のゾウさん。そんなユニークな姿の動物たちが、「あらら ありゃりゃ」 ちょっと困ったことに。なぜそうなるのかは、配本時点で2才半だったこどもにはむずかしかったようですが、「あらら ありゃりゃ」ということばのくりかえしはおかしかったようです。
「こどものとも年少版」265号です。
ネズミのピラフくんが、なたねをたべちらしながらお散歩しています。なたねをいれていたかみぶくろに穴が開いていたのに気づかずに。ウサギさんの庭を抜け、リスの住むクルミの木の下を通り、タヌキくんの畑を抜けて。そして、森に秋が来て、冬が過ぎ、春になると、もりのみんながピラフくんのところにやってきます。菜の花を抱えて。
知らずに種蒔きしてあるいていたピラフくん。種は育って、愛らしい花を咲かせ、森のみんなにも、ピラフくんにも思いがけない贈り物になったのでした。(2000.8.2)
「あいさつの絵本」というシリーズの中の一冊です。男の子が両親との朝食をすませ、頼まれた牛乳を買いに行き、帰ってくるまでの間のさまざまなシチュエーションでの「ありがとう」が語られています。いちいち「ありがとう」と言わなくても、感謝の気持ちを伝える言葉はいろいろあります。でも、幼児には、まず「ありがとう」の言葉と気持ちを教えることがたいせつかも。(2001.2.6)
『おれたち、ともだち!』絵本第6弾です。
海を見たことがないというキツネを、海釣りに連れて行くことにしたオオカミ。前にカジキマグロを釣ったことがあると言ったものの、今日は全然釣れません。それに、カジキマグロのことも、本当はうそなの。キツネをがっかりさせたと思ってあやまるオオカミだけど……
「ありがとうともだち」のありがとうは、キツネが言ったありがとうと、オオカミが言ったありがとう。海釣りだから海が釣れてよかったというキツネにバンザイ!(2005.8.31)
「かがくのとも」382号です。
クロヤマアリのおかあさんが新しい巣を作り、そこで一番初めに生まれた働きアリのちえちゃんが、初めて餌をとって帰ってくるまでという物語の形で、アリの生態を描いた絵本です。
ちょうど前日『アンツ』というアリが主人公のCGアニメを見たところで、主人公が働きアリのオスで、最後には次期女王と結ばれるという、実際の生態に反する作品をテレビでみたところだったので、正しい知識が得られてありがたかったです。「アリのちえちゃん、かわいいね」といいながら話を聞いていた4才のむすめは、最後に5年後の巣の様子の絵があって、「働きアリは一年しか生きられないので、ちえちゃんはもういない」というところに、大変ショックを受けていました。どうして一年しか生きられないのかという問いに、納得がいく説明をしてあげられなくて、残念でした。(2000.12.4)
砂糖、こぼしちゃ、だめ! ほらきた、ありんこぐんだんだ。どこに隠れたって、だめ! お砂糖のあるところ、どこにでもやってくるんだ、ありんこぐんだん。宇宙に逃げたって、追ってくる!?
目つきの悪いありんこぐんだんが、なんともいえません……(2004.10.7)
そりゃ、おったまげるさ。だって、ぼくのだいじなところがぐーんと伸びて、どこまで伸びているのかほからないんだよ! ジジ・ジャン・ボウは、追っかけます。どこまでいっちゃったの? やっと見つけたと思ったら、たいへん、轢かれちゃう!?
ただただゆかいなお話です。あしたはなにが起こるだろうね。(2006.9.6)
「妖精の身代金」というサブタイトルがついています。
アルテミス・ファウル。それは、犯罪者一家の天才息子。弱冠十二才の彼が、コンピュータを駆使して、妖精が書いた書物の秘密を解き明かし、妖精が隠している莫大な黄金を奪おうとする物語です。
妖精とコンピュータ。相反するようにも思えるこの二者が、一冊の本の中でみごとに解け合っています。原子力を使いこなす妖精だなんて、一部の妖精ファンにとっては許し難い存在かもしれません。でも、こんな妖精だったら、今も私たちと共存しているかもしれない。そんな気持ちにもさせてくれます。
20年以上前のマンガですが、『エイリアン通り(ストリートと読ませる)』が好きな人なら、きっと楽しめると思います。(2004.12.3)
「妖精の身代金」の続きの話です。
アルテミスの父、アルテミス・ファウル・シニアが見つかった! なんとしても父親を取り戻すべく立ち上がるアルテミス・ファウル・ジュニア。一方、地下の妖精世界にも、たいへんな事態が起こっていた。父親の救出の手助けをすることと交換に、アルテミスはホリーたち妖精に手を貸すことにするが……
前作では、理由はあったものの犯罪者であり、そのことを誇りにしている気配さえあったアルテミスですが、今回はほかに悪人がいろいろ出てくるし、アルテミス自身にもその年頃のふつうの子供のような反応や成長があったりで、なんだかふつうのファンタジーみたいです。ふつうのってどんな?という疑問はありますが。前作ではひたすらいやみな上司という感じだったルート司令官が、現場で活き活きとした姿を見せてくれ、なかなかに魅力的です。西部劇の正義の保安官みたいなホリーもすてき。おきて破りとか都合のいい解釈をしているところは、「正義の」という感じではないかも知れませんが。でも、まっすぐでとってもかっこいい! バトラーやフォーリーもいい味だしてます。そして、アルテミス・ファウル。いい子だね、とっても。ああ、とっても。(2004.12.15)
『あらしのよるに』シリーズ、2作目です。
「あらしのよるに」、相手がだれかわからないまま出会ったヤギとオオカミ。別れたときの約束通り、次の日、同じ小屋の前で再会します。もちろん、相手の正体を知って、びっくりです。しかし、夕べ暗やみで嵐の恐怖を一緒に乗り越えた2人の間には、友情が芽生えていました。ヤギとオオカミは、それぞれ持ってきたお弁当を食べに、ながめのいいところに行くことになりますが……
再会したときにはオオカミはすでにおなかが空いているし、途中でお弁当をおっこどしちゃうし、大好物はなんといってもヤギだし。でも、このヤギは、友だちだし。
はらぺこのオオカミの葛藤。食べられるのではないかと内心おびえているヤギ。でも、友だちなんだ!
この、壮絶な友情の物語は、まだまだ続きます。(2003.3.21)
夜中に目が覚めてしまったアルフィは考えた。ぼくが明かりをつけたら、くらやみはどこにいくんだろう? 思い切って、くらやみに話しかけてみると……
くらやみそのものに話しかけてしまうという発想にびっくり。アルフィと同じ疑問を持ったひと、暗いところが恐いひとにお勧めです。(2005.3.8)
スコットランドのカーラ城の城主アレックスは、十二歳の男の子。十二歳だけど、城主だからいろいろ考えなきゃならない。たとえば、お金がなくなったらどうするなんてことも。というわけで、アレックスはお城を売ることにした。そうすれば、そうすれば、めしつかいたちに十分な退職金をあげられるし、おばさんだってすてきなホテルで老後を送れるんだから。幸いアメリカの大金持ちが買ってくれることになったんだけど、問題が起きた。体の弱い娘がいるから、ゆうれいは絶対だめだって言うんだ。カーラ城には、ゆうれいが四人もいるのに。ゆうれいたちは大好きなアレックスのために、お城を立ち退いてくれることになったけれど、でも、カーラ城とアレックスが恋しくて……
読んでくれるこどもたちをよろこばせたくて書いたという印象を強く受けました。こうなってほしいと思うところは回り道しつつそこに落ち着いて、一方で、思いがけない展開があって。悪い者はこらしめなくちゃいけない。でも、そのためにいい人たちが悪者になっちゃいけない。でも、やっぱり、こらしめは必要なんだ。その加減が絶妙で、とても楽しめる物語です。(2005.3.30)
ほいいくえんにいくのはいいけれど、おかあさんが帰っちゃうのはいやだ。あーんあん。ぼくが泣くと、みんなも泣いちゃって、涙のお池でさかなになっちゃうの。
夫はせなけいこの本が好きだというし、こどもも表紙を見て惹かれるものがあるらしく、自分で選んで借りてくるのですが、私はどこか暗いトーンが苦手です。おさかなになったらおかあさんが網で救ってつれて帰ってくれるという終わり方なのですが、それを、「ああよかった」というふうには思えません。(2000.5.10)
相変わらずねずみが出てくる絵本が好きなむすめが、見つけてきました。
バレエが大好きなアンジェリーナですが、王女さまが見に来る発表会の配役を決める日、具合が悪くてバレエ教室を休んでしまいます。小さな役ならやりたくないというアンジェリーナですが、おかあさんに説得されてレッスンに行きます。ところが、主役の一人が怪我をしてしまい、そちらの役もこっそり練習していたアンジェリーナに、チャンスが訪れます。
ねずみたちがバレエをしている姿がごくごく自然なのにびっくり。アンジェリーナもとってもいい子で、むすめも私もこのシリーズが気に入りました。(2000.4.29)
バレエが大好きなねずみのアンジェリーナのシリーズです。
アンジェリーナは体操も大好き。でも、さかだちは大の苦手です。失敗したのを上級生たちに笑われて、しかもなかよしのアリスまで一緒に笑ってる!! 傷心のアンジェリーナは立ち直ることができるでしょうか。
大好きななかよしの友だちに失敗を笑われるなんて... アンジェリーナの悲しみがひしひしと伝わってきます。でも、大丈夫、2人は「なかよし」なのですから。(2000.5.17)
クリスマスを間近にしたアンジェリーナは、一人で暮らす元郵便配達のおじいさんと知り合います。
おじいさんのために、何がしてあげられるだろう。そうだ、こんなすてきなクリスマスはいかが?
バレエが大好きなねずみのアンジェリーナのシリーズのなかでも、とりわけ心温まる物語です。(2000.5.19)
バレエを習っているねずみのアンジェリーナに、有名なバレエ団の舞台に立つチャンスがやってきます。ちっちゃないとこのヘンリーも出ることになったのですが、ヘンリーったら、ちっともわかってなくて...
ちやほやされるヘンリーにちょっとやきもちを焼きながらも、困ったときには機転をきかせて舞台を成功させます。とっても、すてきなアンジェリーナは、読む人を幸せにしてくれます。(2000.5.5)
いつもと違う道で見つけたポケットや。役に立ちそうなポケット、いっぱい売っていたけれど、ぼくは、「あんしんポケット」というのを買った。おこづかいで、ちょうどいい値段だったんだ。あんしんポケットに手を入れると、なんだかあったかい。なんだか、勇気が湧いてくる。今までできなかったことが、できるようになったんだ。きみも、ためしてごらん、ポケット。
ふしぎなポケットといえば、ビスケットが増えるポケットが有名ですが、役に立つポケットは、いろいろあるようです。でも、わざわざポケットやに行かなくても、もしかしたら、なにかふしぎが入っているかもよ、きみのポケットにも。(2003.6.18)
「おとぼけアンナ」シリーズの4冊目、最終巻です。
アンナに弟が生まれました! パパは、「アンナそっくり」って言うけれど……
赤ちゃんが生まれる前のおなかが大きなママの様子や、両親が病院に行ってしまったあとの上の子の気持ち、弟が生まれ、お姉ちゃんになってからのことが、リアルに、また、温かなまなざしで描かれています。弟妹を迎えることになったすべての子どもと、赤ちゃんが生まれるのを待ったことのあるすべてのおとなに、共感のもてるお話です。さりげない言葉や描写に、どきんとするに違いありません。(2003.8.11)
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