「こどものとも」494号です。
ありのありごろうは、村のみんなと遠足です。みんながせっせと歩くなか、ありごろうだけは逆立ちしたり、綱渡りをしたり。さくらんぼをぶらんこにして遊んでいたら、さあ、大変。勢い余ってさくらんぼはありごろうを乗せたまま、空へ...
あくまでお調子者のありごろう。こりない、めげない性格のようです。こんな子、いるよね。(2000.12.13)
ゴミ捨て場の長靴に落っこちたことから、ねずみの冒険は始まった。拾い上げられた船では、ねずみは厳禁。隠れて暮らす中でも友だちができる。といっても、壊れたシャワーのヘッドに、穴あきのバケツや長靴だけど。でも、その友だちは、このままでは今度の港で捨てられてしまう。危険を承知で、ねずみは友だちのために走り回る。そんなねずみに、胸がきゅんとなるような、すてきなお話です。(2004.4.20)
ももたろうも、きんたろうもべんけいも、帽子をかぶる。いつまで? みほちゃんは、いつまで?
みほちゃんは、ぼうしがだいすき、という本なのかな? 力強い画面は、魅力的です。
こどものとも327号として出たものを再構成したものではないかと思いますが、詳細不明です。(2003.12.2)
バッタにもリスにもトガリネズミにもネコにも、大きくなったらしたいことがあるんだって。だから、みんなすくすく体操して、早く大きくなりたいねって言ってる。ぼくがおおきくなったら、ぼくはなにができるのだろう。はやく大きくなろう。ぼくにしかできないことをするために。
3才9カ月間近のむすめにはそれぞれの生き物がするすくすく体操が大うけでしたが、私は「ぼく」の決意になんだかじん、としてしまいました。その真っ直ぐさ、強さ。私も大きくなりたい。未来を求め続けていたい。(2000.3.24)
「こどものとも」231号です。
少年が飛行機を作っています。模型ではなく、本当に飛ぶ飛行機。初めは失敗するけれど、少年は考えます。そして、完成させます。少年は飛んでいきます。遥かな空を。どこまでもどこまでも。
失敗を畏れない。考えるんだ、どうしたら、夢がかなうかを。ぼくは飛びたい。だから飛ぶんだ。心の中にまっすぐに飛び込んできて、そのまま空へ抜けていくような絵本です。(2000.11.30)
犬のキッパーは自分のベッド(犬用のバスケットのようなもの)が気に入りません。新しい家を探して歩くのだけれど、どれもこれもどこか都合が悪い。結局もとのベッドへ.... 世界ののどかさとキャラクターの外見内面ともの愛らしさが魅力。
兄妹のなかで、ぼくだけえくぼがある。仲良しの中で、ぼくだけ逆立ちある気ができる。朝礼でぼくだけ貧血を起こした。ぼくだけのことって、たくさんある。みんなと違う。ぼくだけのこと。できることもできないことも。みんな、ぼくがぼくだっていうしるしなんだ。
同じじゃないことに悩んでしまうあなたに。同じじゃないことを責めちゃうあの子に。同じっていうことの意味、違うっていうことの意味。少し考えて見ようよ。なにもかもが同じひとなんて、いないんだ。違いを探してみよう。それが、きみのしるし。(2004.12.1)
はじめおじちゃんが来るから、楽しみにしてたんだ。だけど、電話がかかってきて、「酒に飲まれたから」来られなくなったんだって。でもさ、おじちゃんがお酒に飲まれちゃうんじゃ、ぼくも、ジュースに飲まれちゃうのかな、ねんどにこねられちゃったりもするのかな。うわあ、たいへんだ!
「お酒に飲まれる」から、ぼくの発想に持っていくところがいささか強引な気もしますが、立場逆転の様子がおかしいので、○としましょう。どちらかというと、絵の勝利かな。(2003.5.28)
いたずらっこのぼくと元いたずらっこ、現いたずら老人のおじいちゃんはとってもなかよし。その2人の楽しい日常を絵だけで綴っています。
どこが気に入ったのか、むすめは、図書館でくり返し読んだあと借りて、家でも何度も読んでいました。(1999.10.29)
近所の海岸にでかけたぼくは、海の中からホースが出ていて、なにやら丸いものが浮かび上がってきたのを見た。そこから出てきたねずみがいうには、これはかれが作った「せんすいきゅう」だそうだ。ぼくが手助けしたお礼に、ねずみは海底探検にさそってくれる。
なんだか私もねずみといっしょにこの「せんすいきゅう」で海の中に行ってみたくなりました。自分と同じサイズのねずみは、ちょっとこわいけど。いや、こんなすてきな発明をするねずみなら大丈夫かな。肝の据わっていそうなねずみのおかあさんもすてきです。(2001.1.12)
ぼくとポチのところに、毎月違った友だちが訪ねてきます。友だちといっしょだと、いろんなことができる、そういうあったかい本です。
この本に出会ったのは、銀行のマガジンラックでした。私が用を足している間待っていたむすめが見つけて、すっかり気に入ったようなので、図書館で借りてみました。今度本屋さんで見かけたら、是非買ってこようと思っています。(2000.3.24)
★6才の今でも、お気に入りの本です。今度こそ、買ってこよう(^^;)(2002.10.23)
『この顔にピーンときたら...』(1999年フォア文庫『だいきらいがいっぱい』)に加筆・改稿して新しい作品にしたものだそうです。
おなじみぼくとポチが今回は探偵に。いろいろな事件を調査します。どの事件もちょっとした勘違いで「事件」になっているのだけれど、そんなわけで、見方を変えてみれば、誰の周りにも「事件」は転がっているのかもしれません。
日常がとても刺激的で楽しくなる本...なのかもしれません。(2001.11.20)
ぼくには、しっぽがあったらしい。ときどきむずむずするし、ほら、ここに尾骨もある。これは、しっぽのあとなんだ。それに、毛もちょっと残っているし、うころのあとだって。どう、ぼくって、ちょっとなにかに似ていない?
というように、人間の体に残っている、ここまで進化するまでの名残のあれこれを、紹介している本です。そう、人間も、動物も、かっぱも、本当はかなり似ているのかもね。(2003.6.11)
おばあさんと2人暮らしのマモルの家に、今時珍しい、和服の似合う青年が下宿することになる。古風な美青年の彼、実は稲荷山の神さまのお使いキツネなのだ。彼、守山さんとともに、マモルは稲荷山と自然を開発から守るための戦いに乗り出していく。
難航する交渉、思いがけない助けの手、そして、戦い。その結果は、完敗ではないものの、勝利にはほど遠かった。今は、これが精一杯、だけど、いつか取り戻すよ、自然を。そんな決意を固めるマモル。
作者のデビュー作です。まだ、ほかの作品を読んだことはないのだけれど、なんというか、若さというか、「あおさ」を感じさせる作品でした。(2003.7.23)
はじめて行った海で、ぼくは波と友だちになった。帰るときになったら、波はぼくのうちについてくるっていうんだ。波と暮らすことになったぼく。楽しいけど、ときどき困ることも……
訳者あとがきにある原案の小説『波とくらせば』の紹介を読むと、なかなか凄みがあって興味深いのですが、この絵本にはそれほどの魅力は感じなかったな…… 絵が私が感じた話のイメージに合わなかっただけかもしれませんが。(2005.10.21)
ぼくは4さい、おとうとは0さい。まだあかちゃんなの。おとうとにぽいぽいあそびを教えたら、いつまでも遊びたがるんだ。でも、ぼくはあきちゃったから、ほっといたの。そうしたら、夜、あたまに木を生やしたおばけがきて、ぼくを連れて行くって言うんだ。ぼくがゆびきりげんまんした約束をやぶったからって。だから、ぼくは言ったんだ。「おとうととぽいぽいあそびをして、勝ったらぼくを連れて行っていいよ」って。
一人っ子のむすめは、弟や妹が出てくる話に興味があるようです。私としては、遊んであげるのにあきちゃったおにいちゃんの気持ちがよくわかる、といいたいところですが。でも、おやまのおばけが来たら困るので、できない約束はしないことにします。(2002.10.16)
ごはんの食べ方にも遊び方にも、ぼくにはぼくの好きなやりかたがあるんだ。おかあさんはちょっと変な顔してるけどさ。でも、これがぼくの好きなやりかたなんだもん、ぼくはぼくの好きにしたいんだ。
生活の中のいろいろなシーンで、ぼくはぼくの好きなやり方を披露し、通りかかったおかあさんは、しかめっ面をしたり、あきれたり... この親子、姉妹編の『わたしのすきなやりかた』では立場が逆転していて、一冊ずつでもおもしろいけれど、それぞれのページが対応しいるので、二冊そろえて読むことをおすすめします。(2001.11.2)
耳がよくきこえないベンという男の子を主人公にした物語です。ベンは特別な子ではありません。どこにでもいる4才のおとこのこです。ただ、ベンと話しをするときに、ちょっと気をつけて欲しいことがあるだけです。時々、ベンはとても悲しくなってしまうことがあります。そんなときにはあおいふねが受けとめてくれます。難聴のこどもの感じていることや、どうしてあげればいいかを教えてくれる本ですが、それだけでなく、心がとても暖かくなる物語です。
やわらかな絵を描く画家として知られる鈴木まもるさんが、自分の鳥の巣のコレクションを例に、鳥の巣について解説している本というか、蘊蓄を傾けている本です。画家の本だけあって、巣はイラストで紹介されていますが、写真よりわかりやすいかも。ちなみに、このコレクションの展覧会を見に行ったがありますが、鳥の建築術のみごとさに驚きました。(2004.8.24)
ずっと気になっていた本なのですが、なんとなく後回しになっていて、やっと借りてきました。タイトルを見て、「ブルジョワ犬ポチの贅沢な日々」と思いこんでいたのですが、「ブルテリアのポチ」なんですね、たぶん。でも、「ぼくの、ちょっとぜいたくなポチブルてき生活」という言葉が出てくるので、私の思いこみも、完璧に間違っていたというわけではないようです。
さて、そのポチブルの言う「ぜいたく」とは? ポチブルは、いろいろな相手に手紙を書きます。その相手からの返事がきっかけで、また別な相手に手紙を書いて。すると、また、返事が来て…… という具合に、ポチブルの日々は、好奇心と出会いに満ちているのです。そう、やっぱり、ぜいたくな生活だよね、ポチブルくん。だれかに手紙を書きたくなる一冊かもしれません。(2003.6.18)
「インク ヴァンパイア」シリーズ、第4巻です。
恋人のカーミラと『赤ずきん』の本を「飲んで」いたオデュロン。たいへん、本を飲むはずが、逆に飲みこまれちゃった!? カーミラは赤ずきんちゃん、オデュロンはおおかみになっちゃってる。このままだと、どうなるの?
前巻で世界図書館なんていうとんでもないものが出てきたので、次はこの世界図書館の話かと思っていたら、ちょっと寄り道的な一冊です。インクヴァンパイアの弱点というか、陥りやすい失敗をオデュロン(と読者)に教えるためのお話といったところでしょうか。こういう枝話(でもないのかな)があると、世界の広がりを感じられて楽しいです。(2005.1.26)
パグマンの村にサーカスがきた! めずらしいものばかり。かあさんよりきれいな女の人を、初めて見たよ。ふえがとてもじょうずな友だちミラドーは、サーカスといっしょに行くことになった。いいな、ミラドー。どこかで、きっと会えるよ。戦争に行ったきりのとうさんに。
『せかいいちうつくしいぼくの村』の続編です。これは冬の直前の話で、この冬、村は戦争で破壊されてしまいます。そのことを知って読んでいるので、サーカスの楽しさも、実りの美しさも、つかの間のきらめきとしていっそう輝き、悲しみを際だたせるのです。
アフガニスタンのこどもたちに捧げられた物語。なにもできないのと、なにも思わないのは違う。すぐに差し伸べることのできる手はなくても、君たちを思う気持ちはあるよ。気持ちだけで、なにができると、思われてしまうかも知れないけれど。(2004.5.12)
仙人になりたいうさぎの少年。クラスのみんなは笑うけど、かれの決意は固かった。学校を出ると、仙人の居場所を探し出し、弟子にしてもらった。そして……
表紙のうさぎがなかなかきりりとした顔をしているのですが、その顔にふさわしいきりりとした語り口調が小気味よい本です。(2003.7.9)
「こどものとも」111号です。
なんでも自分の思うとおりにしたいこねこが、飼い主の女の子がだめだというのに、ひとりで森に出かけてしまいました。遠くに行きすぎたこねこは、迷子になってしまいます。家どころか、自分がだれかもわからないこねこは、うさぎということにされたり、りすの家に連れて行かれたり。食べられない、眠れないで、こねこはだんだんつらくなってきます。さあ、こねこはお家に帰れるでしょうか。
図書館にリクエストしたら、よく貸してもらえたものだという状態の本を県立図書館から借りていただけました。1ページめくるにもはらはら。子どもも親も好きそうな本なのに、絶版のようです。もっとも、今では多少手直しが必要とされそうな表現もありましたが。四歳のむすめにも読んであげたかったのですが、手を出されたら崩壊しそうなので断念しました。残念。(2000.8.23)
こどものとも395号です。
明日、親戚のお兄さんと釣りに行くのをとても楽しみにしているケン。だけど、なんだか、せきがでるみたい。隠そうとしたけれど、おかあさんに見つかっちゃった。せきがでるし、熱もあるって。それに胸がヒューヒューいってる。ベッドの中でケンが不安になっていると、ノックの音。ドアの前に立っていたのは、大きなくまのおいしゃさんだった!!
ケンが、くま先生に治してもらって釣りに行けたのはいいのだけれど、先生がそもそもいくはずだった患者さんのところには、無事つけたのでしょうか。迷子の名医登場はとってもすきだけど、妙なことが気になってしまいました。こどもなら、気にしないでしょうね。患者さんのところからの帰り道だったら、もっとよかったかも。(2002.3.26)
『インクヴァンパイア』シリーズの1冊目です。
ぼく、見ちゃったんだ! きょう、うちの本屋に来たお客さん。本にストローなんてつっこんで、なにしてるの? うわっ、字がない! あいつ、本の中のインクを飲んじゃったんだ……
紹介を読んでおもしろそうだと思ったのですが、ひねりがいまいち…… シリーズで原作は4巻目まで、邦訳も次の巻までは出ているので、今後の展開に期待したい。せっかくのアイディアなんだから、おもしろくなって〜(2004.10.13)
「インク ヴァンパイア」シリーズ、第3巻です。
インク ヴァンパイア生活にもすっかり慣れてきたオデュロン。恋人のカーミラともうまくいっているし、楽しく暮らしていたのに、大変、ぼくらの住みかが壊されちゃうんだって! 新しい住みかなんて、そう簡単には見つからないのに……
絶望するオデュロンの前に現れた高い建物。世界図書館だって?!
ヴァンパイアマウンテン現る!と言ったところでしょうか。なんだかな、と思う反面、物語が軌道に乗ってきたのか、おもしろくなってきました。今後の展開が楽しみです。(2004.12.15)
お屋敷の取り壊し跡からぼくと数馬が拾ったほこらは、お願いを聞いてくれたり、天罰を与えてくれたりする、本当に神さまのいるほこらだった…… 願い事をかなえてくれるときは、不思議な音で知らせてくれが、どうやらそれは、厄とセットで訪れるらしい。ある日、クラスで落書き事件が起こり、仲間の準一が犯人扱いされてしまう。三人は、ほこらの神さまに助けを求めるが……
読んでいて、ときどきぞくっとしました。さらっと書かれているし、ほのぼのとした挿し絵も明るいイメージなのに、主人公の勇平同様、時々ほこらが怖くなって。本当に、力のありそうなほこらなので。
ほこらの不思議、ぬれぎぬに逆襲する三人、こどもたちを見守る先生。この、ちょっとしか出てこないけれど、印象的な先生がいいです。雨の日にやってきた不思議は、雨上がりになくなってしまったけれど、かれらが小さな奇跡を忘れないように、私は彼ら自身がやりとげたさわやかであざやかないたずらを、きっと忘れない。それは、正義と友情を誇らかに示す戦いだったから。(2004.7.5)
コロボックル物語第3巻です。
コロボックルのミツバチぼうやはことクルミノヒコは、飛行機械のテスト中、もずに襲われたサクランボ技師を助けたものの、自分は地上に落ちてしまう。気がついた時、ミツバチぼうやは、箱の中にいた。小学生の男の子のえんぴつけずりのけずりくず入れの中に...
危機に陥った仲間を救おうとするコロボックルたち。仲間の秘密を守るため、「この世にただひとり」となろうとするミツバチぼうや。
ミツバチぼうやを拾い、夢がふくらむおチャ公少年。そして、サクランボ技師の妹おハナと、せいたかさんとママ先生のひとりむすめのおチャメさんの思いもかけず大胆な活躍。
だれかのために一生懸命な気持ちと、背伸びしたい気持ちがいっぱいのコロボックルが、ミツバチぼうやのため、みんなのために動いているのと比べ、おチャ公は、自分のためだけに行動していて、人間の身勝手さを思い知らされるようです。でも、おチャ公も、ミツバチぼうやと過ごすうちに、少しずつ自分の世界を開いていきます。
対照的なのが、おチャメさんです。せいたかさんとママ先生のこどもという、いわば、サラブレッドで、コロボックルの期待を一身に背負った存在です。何も言われないうちに自分のしなければならないことをしっかりと身につけているし。
時として、これは、つらいことかもしれません、本人にとっては。
おチャメさんの今後の成長を、見守りたいものです。(2003.10.15)
星々の世界の住人・星人のシリウスは、無実の罪で地球に追放される。子犬の体に押しこめられて。無くしてしまったゾイというものを見つければ、もとの星人の世界に戻れるが、犬の体の寿命が尽きるまでに見つけられなければ、犬のまま死ななければならない。しかし、シリウスの記憶の多くは犬の本能の奥底に追いやられ、ゾイがどんなものかを思い出すことさえできない。拾ってくれた少女キャスリーンの幸福を願いつつ、本来の自分を取り戻そうとするシリウス。犬の本能と本当の自分、キャスリーンの幸福と本当の自分の幸福に引き裂かれそうになりつつ、シリウスは前進していく。ことの真相に向かって。
初期の作品のせいか、最近のものとはずいぶん違うと思いつつ読み進みましたが、主人公のこの性格は、メインの男性キャラクターにはありがちだし、後半登場する老婦人も、ダイアナ・ウィン・ジョーンズならではの魅力に満ちています。シリウスの心にほろ苦さは残るものの、全体としてはハッピーエンドであることは、シリウスも認めないわけにはいかないでしょう。キャスリーンも幸せだといいんだけど。ああ、だいじょうぶだね。あのひとといっしょなんだから。
認めたくなくても、真実から目を背けてはならない。結局は自分のためにならないのだから。真実を見つめることは、ときにつらいことだけれど、真実は真実。起きてしまったことは変えられない。でも、新しい真実を作ることはできる。だから、絶望することはないんだよ。(2004.11.5)
「こどものとも」527号です。
カナダ・インディアンの昔話です。
空から降りてきたむすめに恋をした人間の若者が、魔法の力を借りてむすめを手に入れます。やがてむすめは星の世界のことを忘れ、二人の間には男の子も生まれますが、ある時星の世界のことを思い出したむすめは、男の子を連れて星の世界に帰ってしまいます。やがて成長した男の子は、父親に会いたがって...
前半は羽衣伝説に似たものがありますが、星の世界は天女の世界よりは人間に寛容だったようで、人間の若者を星の世界に連れてくることは許され、親子3人、一緒に暮らせるようになります。姿は変わりますが。それにしても、天上に人間と同じ姿をしたひとたちがいるというのは、どこから来て考え方なのでしょう。ひとはいったいいつから空へのあこがれをもっていたのでしょうね(2000.7.11)
「こどものとも」473号です。
なつだけ開く「ほたるホテル」は昆虫たちのためのホテルです。といっても、カマキリのおばあさんの登場に、ほかの宿泊客たちはびくびく。でも、かえるのビョンタが乱入してきたとき、追い出すためにアイディアを出し、ホテルを救ってくれたのはカマキリおばあさんでした。
やさしい色使い、愛らしい虫たちの本です。愛らしい、というのはむずかしいようですね。「愛らしいでしょ、でしょ?」という感じにこびている絵本をみかけるたび、悲しくなります。悪い意味でのおにんぎょうさん。生きていないの。でも、この虫たちは生きています。生きているからこそ、愛らしい。そして、この作者も、「生きている」人なのでしょう。(2000.2.4)
かばくんは考えます。ぼく、しょうぼうしになれるやろか。なれるだろうかといろいろ考えてはみるのだけれど、主に体重が邪魔をして、失敗続きです。どないしたら ええのんやろ。まあ、ぼちぼちいこか。
という本なのですが、読み始めて、思わず表紙を見直しました。これ、日本の本だっけ? そう思うくらい、訳が絶妙で、初めから大阪の言葉で書かれた絵本のようです。むすめは、ロケットがかばを残して飛んでいってしまうページが気にいったようです。(1999.10.15)
かばくんは考えます。ぼく、しょうぼうしになれるやろか。なれるだろうかといろいろ考えてはみるのだけれど、主に体重が邪魔をして、失敗続きです。どないしたら ええのんやろ。まあ、ぼちぼちいこか。
という本なのですが、読み始めて、思わず表紙を見直しました。これ、日本の本だっけ? そう思うくらい、訳が絶妙で、初めから大阪の言葉で書かれた絵本のようです。むすめは、ロケットがかばを残して飛んでいってしまうページが気にいったようです。(1999.10.15)
★二年ぶりに再読し、むすめは大喜びでした。深刻でない失敗というのは、楽しいものようです。私のほうは、話にあってはいるものの、エアーブラシの絵は、絵本の絵としてはあまり好きになれないな、と思いました。好みが変わったのか、以前は話のおもしろさに呑まれて、気にならなかったのか……(2003.1.16)
おばあちゃんが亡くなって、関東からおとうさんが生まれ育った関西の家に住むことになった茂。慣れない土地で不安な思いでいる茂に、どこからともなく現れた不思議な少年が、自分が助けてやるから心配するなという。その少年の正体は……
よそからやってきた少年が、座敷わらしに助けられ、その土地に馴染んでいく…… 富安版『ユタと不思議な仲間たち』と言ったところでしょうか。
会えなくなるからといって、どこかに消えてしまうわけじゃない。いつも、いつだってそばにいるんだ。それが、ぼっこだから。
茂や同級生たちのその後が添えられたラストに、作者のほかの作品を読んでも感じる前進する力を感じました。(2005.9.30)
庭の片隅で目を覚ました植木鉢のポットくん。自分のおしりにどうしてこんなに大きな穴があいているのか気になって、だれかにきいてみることにしました。ジョウロさんもみみずくんも知らなかったけれど、シャベルのおじいさんが教えてくれました。そして、ポットくんの中にはヒヤシンスさんがやってきて、ポットくんはとてもしあわせです。
「福音館のかがくのほん」という幼児向けの科学の本です。植木鉢に穴があいているわけと、植木鉢に球根を植えるときの適切な方法が紹介されています。といっても、ハウツーものではなく、かわいい絵本になっています。(2001.1.5)
「こどものとも」466号です。
あたらしい家を手に入れたホッピーは、みんなに見て欲しくて、あちこちにおひろめパーティのお知らせをかけてまわります。パーティの日、友人たちがお祝いを持って次々と現れます。友人たちはそれぞれ自分の友人たちも連れていて、家はたくさんのお客さんでぎゅうぎゅう。そして最後のお客さま、はえのバズビーが窓に足をかけたとたん...
きれいな色使いの優しい印象の絵本です。たくさんの動物たちも、それぞれ味があります。「こどものとも」は、5〜6才向けということになっていますが、もう少し小さい子でも楽しめそうです。(2000.2.11)
花子は、自分の名前があまり好きではありません。ちょっとおちびでぷくっとしていて、ぽつんとした目だってことも。だから、ときどき「ハンナ」という、すらりとした、ぱっちり目玉の女の子のつもりになってみるのでした。ピアノの先生に、ポップコーンのもとのとうもろこしをもらった帰り、ハンナになっていた花子は、「カメリア」という女の子と出会います。カメリアはとてもふしぎな女の子でした……
全編、ほんわりとあたたかな物語です。できたてのポップコーンに手を伸ばしたときのような。自分に自信のない子に、「だいじょうぶだよ」と語りかけてくれるような、優しい物語です。(2003.8.6)
「こどものとも」485号です。
家族みんなが怒っていて、みんなの口から「ボッボッ」と火が出ているから、ぼくはポチと遊ぶ。ポチといっしょにみんなと遊びに行く。そろそろ「ボッボッ」は消えたかな。
火を吹くほど怒っている家族と、おだやかなポチ。なんだか切ないものがあります。実際の家族と引き比べて、泣き出す子どももいるかも。(2000.4.7)
スカンクのプップは、夜が恐くて眠れません。ふくろうのポッポは、夜が恐くて起きていられません。それぞれ自分のベッドで恐がっていると、おばけがやってきて...
4才のむすめが、「おもしろいよ」と勧めてくれました。ずっとモノクロで進んだページが、最後でカラーになり、夜の暗さと真相が分かったときの安心感がとてもよく伝わってきます。(2000.10.30)
おかあさん機関車が、こども客車をひいて走っています。ぽぽぽぽぽ ぽぽぽぽぽ。ほとんどのページが、文章はこのおとだけで、汽車が走っていきます。走って、走って、トンネルをぬけたり、鉄橋を越えたりすると、おとはちょっと変わりますが。すっきりした画面構成がきれいです。
汽車に興味が出てきたけれど、言葉のほうはまだまだ、という小さな子から楽しめそうな本です。我が家の三才児も、音を楽しんで聞いていたのですが、一番印象に残ったのは、駅で汽車を待っている女の子が、「さささささ」という擬音とともに、かばんを持って去っていく(逃げていく?)らしい男だったようです。置き引きみたいにみえて、私が、「かばん、もってっちゃうね」と言ったのがいけなかったようなのですが...(1999.10.14)
「こどものとも年少版」255号です。
ポッペンは、主人公の名前。ビードロではありません。白っぽい、卵形の壷のような陶器です。ある日突然草原に現れたポッペンくん、風に吹かれたり、川の流れに現れてみたり。自然と遊ぶのもいいけれど、ぼくに似た子はいないかな。
写真に焼き物のキャラクターという一風変わった絵本(?)ですが、このポッペンのフォルムがいいのか、「ポッペン ポッペン」という繰り返しがいいのか、むすめは気に入ってくり返し読んでいます。
「こどものとも」287号です。
くまの母子がふゆごもりをしています。うつらうつらする穴の中で、こぐまがききます。あれはなんのおと? かあさんはこたえます。あれはね... 聞こえてくる音はいろいろ。その音は、森の中がどんな様子かを、冬が過ぎていく様子を伝えてくれます。そして、「ぽとんぽとんはなんのおと?」 「あれはね...」
なんだかとてもあたたかいお話です。生き生きとしたこの冬生まれたばかりのこぐまはいのちの輝きそのもの。それを受けとめるかあさんぐまは、大地のぬくもりそのもの。自分までこぐまになって、かあさんぐまにだっこしてもらっているような心地よさを感じます。ほーっと息をつきたくなるような一冊です。(2001.3.7)
ホビットと呼ばれる小さい人の種族の一人、ビルボ・バギンズは、ある日、亡き両親の知り合いであったという魔法使いの訪問を受けます。それがすべての始まりでした。その魔法使いガンダルフは、ビルボをドワーフ族の宝探しの旅に引きずり出します。トロルに食べられそうになったり、ゴブリンの襲撃を受けたり。エルフたちやクマに姿を変えられるひとの歓待を受けたりもしましたが、大クモに襲われたり、別なエルフの種族に仲間たちを監禁されたり。しかも、問題の宝は巨大で凶悪に竜がドワーフたちの壮麗な館もろとも我がものとし、なんぴとの侵入もゆるすまじと見張っているのでした。ビルボとドワーフたちは、宝を取り戻すことができるのでしょうか?
何度か読んでいる物語ですが、この夏出た少年文庫版に「新版」とあったので、どこがどう変わっているのか読んでみました。いわゆる「差別的表現」が言い換えられ、また密かに誤訳では...?と言われていたところが直されていたようです。以前の版では、読んでいて「???」と引っかかりのあった部分に手を入れてあるので、すんなり読めます。また、これまでおそらく教育漢字の表にあった漢字しか使わないことになっていたらしく、「ま夜中」となっていたところが「真夜中」となったり、ルビが相当減らされたりしています。対象年齢は小学5・6年以上となっているのですが、のそ年齢を越したこどもを持つ友人によると、「本を読むような子ならルビがなくても読めるし、読まない子はルビがあっても読まないから、読む子が読みやすいように取ったのでは」とのことでした。それにしても、意味が変わる改訳をしているのに、だれが手を加えたのか明記されていないのが気になります。
さて、物語に関する感想ですが、書かれた順や扱われている年代は『指輪物語』より前ですが、私自身が読んだのがこちらのほうが後であるため、つい『指輪物語』と比べてしまうのですが、『指輪物語』と比べると、『ホビットの冒険』は物語の世界に入り込みにくい気がします。おそらく、「そうでないことは、あとあとわかることになります」という意味の言い回しが何カ所かあって、その度に物語の外に連れ出されてしまうのです。『指輪物語』は一緒に旅をしている、筋には関わりを持たないものの、その世界に住むひとたちのすぐそばを歩いている気分で、同じ世界に入り込んでいられるのですか、『ホビットの冒険』のほうは、そういう出来事があったことを、ほかのひとから教えてもらっている、という気がしてしまうのです。作者がこどもたちのために語った聞かせた物語がもとになっているということなので、その語って聞かせるという形が本になっても残っているのでしょう。それが、ほかの物語なら気にならないのですが、『指輪物語』の旅をもう一度味わいたかった私にとっては、不満の種となってしまったのでした。
その点を除けば、確かな世界が展開されていて、とても満足のですが。やはり、トールキンがこどもたちに語ったというように、だれかに語ってきかせてもらえれば不満はなかったのかもしれません。そういえば、四才のお子さんに読んで聞かせているという友人もいるのですが、お気に入りのシーンを何度も読まされて、先に進めないそうです。(2000.10.2)
はらぺこのオオカミが、ポリーちゃんを狙っています。でも、大丈夫、オオカミはまぬけで、ポリーはとても賢いのですから。
オオカミも努力はしているのです。本を読んで勉強して。でも、自分の都合のいいところまでしか読んでこないから、いつも最後まで知っているポリーにやられてしまうのです。それでも、かなり危機一髪のところまでポリーが追い込まれることもあって。どっちも、がんばれ! でも、オオカミさん、ポリーを食べないでね。ポリーも油断しちゃだめよ!(2003.6.25)
ぼんさいの大好きなぼんさいじいさまのところに、小さな小さなひいらぎ少年がやってくる。「お迎えにまいりました」。同じくらい小さくなったぼんさいじいさまは、大好きなぼんさいや仲間たちに別れを告げ、静かに旅立っていく……
こんな静かな別れが迎えられたらいいなぁ…… きっと、正直に、こつこつと生きていったらこんなふうにいけるのかもしれない。理想でしかないのかもしれない。だけど、こんなさよならなら、残されるほうも、温かな気持ちでいられるだろうな。(2005.5.11)
☆
(^^)/『本はこうしてつくられる』(How a Book Is Made)
作/絵:アリキ 訳:松岡享子 刊:日本エディタースクール出版部(1991)
本ができるまでの工程を、マンガ風に図解した本です。印刷製本あたりを説明した本はほかにもあると思いますが、作家が書いて、読者の手元に届くまでをここまでていねいに描いた本は、そうそうないのではないでしょうか。本がどうやって自分のもとまで届くのか知りたい人や、このルートのどこかで働く親を持つお子さんに、お奨めです。(2004.4.21)
★ ★ ★