●●● 作品名五十音順感想 ・ち〜て・ ●●●
題名後の()内は原題、出版社名の後の()内は日本国内での出版年、★は、再読後の感想、感想後の()内は読んだ日付です。
題名の前に(^^)/がついているのは私のおすすめ、(^^)/○はむすめに受けたもので、○の位置の数字は、その時のむすめの年令です。( )は、まだ評価を出していないものです。
ペンギンのクーちゃんはお留守番。おかあさんのエプロンをつけてはりきります。だけど、なかなかうまく行かなくて...
クーちゃんのお手伝いぶりに、いろいろなものが逃げ出します。でも、帰ってきたおかあさんは、あわてずさわがず。それにしても、小さな子にお留守番をさせているわりには、おかいものに行くおかあさん、とってもおしゃれな姿です。高畠さんならではのペンギンが楽しい一冊です。(2002.3.22)
ヨリックとチャールズは、腕のいい錬金術師の息子です。兄さんのヨリックは父さんをしのぐ錬金術師になることを夢見て、動物と遊ぶのが好きなチャールズのことは、ほとんど相手にしません。ある日父さんと母さんはが一週間家を空けることになりました。ヨリックは、父さんのいいつけを破って実験室に入り込んで薬を作り、それを飲んだら小さくなってしまいました。なんとしてももとの大きさに戻れないお兄ちゃんを親身に世話するチャールズですが...
冴えない弟が画期的な薬を作り出し、両親が返ってくる前にお兄さんを元に戻す...というありきたりな展開にはならないところがさすがでした。そして、今までとは変わらない、いや、ほとんど変わらない、でも、ちょっとはいいほうに変わっている、そんなハッピーエンドです。(2001.9.12)
「どうしておとなは、遊べないの?」。むすこのそんな疑問を聞いて、パパは考え込んだ。どうして、おとなは遊べないんだ? ちょうど流れてきた星に、パパは願いをかけた。「明日一日、こどもにして。」 願いはかなった。パパは小さくなった、七歳くらいに! さあ、今日一日、遊び倒すぞ!
こどもの振りをして、むすことともだちになって遊ぶパパ。でも、こどもになりきるのはちょっとへただったかも。最後は、おとなむけかな? 遊べないおとなにも、おとなならではのお楽しみがあるんだよって?(2004.11.5)
「こどものとも」7号です。
「きかんしゃやえもん」と同じようなシチュエーションのお話だけど、こちらのほうがずっとあたたかい。そのあたたかさとことばの繰り返しが心地よい。多くのこどもに読んでほしい。
『小さなスズナ姫』シリーズの一巻目です。
スズナ姫は、山神の一人娘です。もうすぐ三百歳になるのに、おとうさんの山神さまは、いつまでたっても、スズナ姫を小さな子ども扱い。山神の五十年が人間の一年くらいとはいえ、スズナ姫は多いに不満です。そこで、一日でスズナ山の木の葉ぞめができたら、誕生日にスズナ山をもらうという約束を取り付けますが……
がんばってごらんよ、精一杯。そうすれば、夢への扉が開くかも知れないよ……
がんばりやの女の子が好きです。優しい女の子が好きです。いや、男の子が嫌い、というわけではなく、自分がそういう女の子でなかった分、あこがれる、というだけのことです。
危険から囲い込んでおくことだけが愛情ではない。つまずかないよう、座らせておくことだけが、愛情というわけでもないのです。危険から自分の身を守る方法を教え、送り出す。だけど、疲れたときには安心して帰って来られる場所でいる。傷ついたときには、温かく受け止め、もう一度立ち向かう力を与える。そんな愛情を持つことが、親には必要なのではないでしょうか。
というのは、物語の主題ではないのですが。
突き進む力を持つスズナ姫には、道が開けます。
充足感が味わえる物語です。(2003.7.25)
『山下明生の空とぶ学校』シリーズの4冊目は、「せいかつ」です。
はるおがお祭りで買った銀色のカタツムリ。生活科が得意になるなんて、ほんとかな。でも、おとうさんは、ヤドカリじゃないかと言う。そこではるおは、「ヤドカタツムリ」と名前をつけたのだけど、その正体は……?
タイトルの通り、その正体はUFOなのでした。しかし、縁日で色つきのうさぎやひよこを売っているのは知っていたけれど、色によって得意になれる課目が違うカタツムリとは…… ほんとにあったら、売れるだろうな、きっと。(2004.10.22)
こどものとも443号、アジア・エスキモーの昔話です。
漁師だった父タギカークが海で命を落としたあとに生まれ、同じ名をつけられたタギカークは、昆布を取ろうとして海に落ちる。海の中の洞窟で、タギカークは父に会い、肉と銛をもらう。その肉が尽きたとき、父に言われていた通りに、銛を持って漁師たちの船に乗せてもらいに行くが、小さなタギカークは相手にされず、やっと乗せたくれたのは、年老いた漁師だけだった。二人は船を出し、大きなくじらを仕留めるのだった。
本筋より、死んだ父親がいた海の中の洞窟のほうが気になりました。海に生きる民だけに、「あの世」は海の中なのでしょうか。(2001.10.26)
「こどものとも」285号です。
クリスマス・イブの日、ひとりぼっちのちいさなろばは、クリスマスやサンタクロースのことを、初めて知ります。ろばもプレゼントをもらえるのだろうか、もらえるといいなと願うちいさなろば。その夜、ちいさなろばの牧場に、サンタクロースのそりが現れます。サンタクロースは、ちいさなろばに、けがをしたトナカイを休ませてくれることと、代わりを務めてくれることを頼むのでした。ちいさなろばは、プレゼント配りにでかけます。そして……
優しさが組合わさって、幸せをもたらします。クリスマスのプレゼントは、ただその日が来ただけでもらえるわけではない、それにふさわしいもののもとに届くのです。おとなには少しものたりないかもしれないけれど、サンタクロースを待っているこどもには、おすすめです。ことばの優しさが心地よい本でした。(2003.1.10)
ちいちゃな女の子まあちゃんは、パパが大好き。でも、パパは忙しくて、ごほんを読んでくれません。それじゃわたしも忙しくなるわ。まあちゃんも大忙しの一日を過ごし、そして...
でも、まあちゃんはパパが大好きだし、忙しくてもパパはまあちゃんが大好き。ここのところろくに父親に会えない生活を送っているむすめが、この本をどう読んだやら。(2000.9.3)
「こどものとも年少版」253号です。
昆虫図鑑のような本です。昆虫がいくつか並んでいて、「ちがうの どれかな」なのですが、当時1才9ヶ月のむすめには、むずかしかったようです。読んでくれともってくるものの、理解できなくて、怒っていました。それから一年ほどたちましたが、少しはテレビを通じてみたことのある虫も増えたとは思いますが、実際に見たことがあるのはアリ、てんとう虫、あげは、ハチくらいではないでしょうか。こどもたちに対して答えを聞いているのではなく、質問の形で知識を与えようとしているのでしょうけれど、「年少版」よりもう少し上の子向けの本でとり上げたほうがよかったのでは?
『事件ハンターマリモ』シリーズ第一巻です。
クラスメイトのカズエの時計がなくなった。問題の時間に教室に入ったのはマリモだけ。ぬれぎぬをはらすべく、マリモは立ち上がる。亡くなったパパの発明品を手に。
家ではママと派手なけんかもするけれど、学校では思っていることの半分も言えないマリモ。作者のきむらゆういちさんも、そんな子どもだったそうです。自分はマリモのようにすぐに明るくはなれなかったということですから、きっとマリモには胸のすくような冒険を用意しているに違いありません。(2004.12.1)
アカネのことをカスミと呼ぶ、変わり者のチィおばさんのところへいやいやお使いに行ったアカネは、おばさんの薬局の地下室で、片めがねの男の人を見つける。「となりから来た」という、そのヒポクラテスと名乗る男の人は、自分を錬金術師だと言い、アカネとチィおばさんを、「となり」へ連れて行くというのだが……
おばさんの地下室は、その「となり」のある場所と、「重なっている」のだが、双方の持ち主の契約により、両方でうまく使っていたらしい。「となり」の持ち主が亡くなったため、ヒポクラテスは代理で今後の交渉に来たのだけれど、話がまとまらないから、おばさんを「となり」に連れて行くことにしたのだ。ところが、ちょっとした手違いで、アカネ、チィおばさん、ヒポクラテス、ヒポクラテスの弟子のピポは、全然違う場所に出てしまう。しかも、ヒポクラテスのピポはさらわれてしまって。
おばさんのバイタリティとアカネの機転で、さまざまな危機を乗り切っていくのはおもしろいのだけれど、見返しの地図にはいろいろと国の名前が出ているわりには、ちらっとしか出てこなくて、ちょっと欲求不満です。でも、一度は無事帰ってきたふたりは、ちゃんと「となり」への通路を確保しているようなので、いつか続きの物語が読めるかも知れませんね。(2003.6.16)
「こどものとも」492号です。
完成したばかりのタグボートのとーとー。いろいろな船たちの言葉に不安になったり、希望を持ったりしながら、初仕事に向かいます。こんなに大きな貨物船、本当に引っ張れるのだろうか...
「こどものとも」のタグボートの物語ということで、『ピー、うみへいく』を思い出したのですが、こちらはタグボートではなく遊覧船でした。ちなみに、絵はこの本と同じ、山本忠敬さんでしたが。初めてのことに立ち向かう気持ちがなんだか眩しく思えました。いくつになったって、「初めて」はちょっと怖くて、でも、やっぱりわくわくするものです。(2000.3.24)
地球を作った神様が、疲れはてて眠り、目が覚めたら、地球はとんでもないことになっていました。神様は、こどもたちに言います。このままではいけない。やめさせなければ、地球を傷つけることを。こどもたちは、おとなたちに呼びかけます。このままではいけないと。初めはこどもたちの言葉に注意を払おうとしなかったおとなたちも、神がそう言ったと言われると、こどもたちに従います。そして、地球はすばらしい星に生まれ変わったのでした。
きわめてストレートに地球の危機を訴える本です。こどもの言うことはきかないのに、「神」と言われた途端、素直に従う大人たち。そんなふうにおとなたちが気持ちを変えてくれたらいいのに。地球を救うために、そんな超越的な存在がほしい。だれもが耳を傾ける存在。無名の人の言葉に全世界を振り向かせるなど、とても困難なこと。だから。そんな他力本願ではいけないのかもしれないけれど、そうやって大至急大改革をしなくては、地球はもうもたないかもしれない。
ストレートすぎるメッセージ、ほかの作品に比べて荒削りな言葉は、予想に反して、本をとじたあとにじわじわと効いてきたのでした。(2000.11.27)
日曜日の朝、少しだけ早起きしておひさまにこにこしていたら、みんなでピクニックに行こう。お弁当持って、いぬもねこもさそってね。どんどん歩いていくんだよ。
なんだか、こどもたちの合唱が聞こえてくるような文章です。この本を読めば、あなたもきっとピクニックに行きたくなるはず。わたしも、風に吹かれながら、草の上でおにぎりが食べたくなりました。(2002.12.26)
「ジェイコブズのイギリス昔話集より」という副題がついています。
ちっちゃなちっちゃな家に住む、ちっちゃなちっちゃなおばあさんが、ちっちゃなちっちゃな墓地で、ちっちゃなちっちゃなほねを見つけて...
イギリス人というのは、こういう繰り返しのお話というか言葉遊びがよほど好きなのでしょうね。こういうのを見ると、つい、イギリスの作品かなと思ってしまいます。リズミカルでこどもに読んであげるにはぴったりです。
それにしても、おばあさんがスープにしようとしたちっちゃなちっちゃな骨の持ち主はいったい、だれ?(2001.7.12)
元気でくいしんぼうな町ねずみの女の子、チップの登場です。
ある日、ちょっと油断していたチップは、ねこのブッチャンに木の上で追いつめられます。そこへ、運良く紙飛行機が。チップは、紙飛行機を操縦し、おいしいものを探しに出かけます。たどり着いた家で、チップはチートというねずみの男の子と知り合います。自分をこわがりやと認めるチートは、大胆なチップにびっくり。ちょっと危ないこともあったけれど、どこまでも運がいいチップは、無事いつものろじうらに帰り着いたのでした。
それにしても、この不思議な紙飛行機の作り主は、いったいだれ?(2002.12.5)
ちびうさはごきげん! だって、今日は誕生日。もう赤ちゃんじゃないよ! でも、せっかく行った遊園地で、「あれもだめ、これもだめ。」って、ママは言うの。怒ったちびうさだけど、たいへん、ママはどこ? みんなはどこ?
ぼく、もう、赤ちゃんじゃない! そんな誇りに満ちた気分がうち砕かれたちびうさ。小さい子の気持ちが、ほんっとうに、よく描かれています。小さい子だけでなく、小さい子だったことがあるすべての人にお勧めです。(2004.11.24)
『ちびっこ吸血鬼』シリーズその2です。
たいへん、吸血鬼のリュディガーがかんどうされちゃった! 行くところがないから、アントンの家の地下室に棺桶をおかせてくれだって? 地下室にはおとうさんやおかあさんだって行くんだよ? アントンの奮闘の日々始まる……
どうも、アントンと吸血鬼兄妹の関係って、一方的にアントンが迷惑を被っているような気が…… アントンが滅多にない体験を面白がっちゃわないところが、ふつうといえばふつうかも。だけど、振り回せてくらくらしているくせに、ことが片づくと自信満々になっちゃうところが、ふつうの子どもらしくて、それがこのシリーズの人気の理由かもしれません。ヒーローじゃないし、悪い子ではないし、ごくごくふつうの男の子のアントンが、吸血鬼と友だちになるというとんでもない事態を、ぎりぎりのところで乗り切っちゃうところが、読者であるふつうの子どもたちを元気づけるのかも。この最初の2冊がきっと導入部で、この先とんでもないお話が展開されるのだろうな。(2004.6.30)
アントンは、吸血鬼やフランケンシュタインの話が大好きな三年生。でも、まさか、自分が吸血鬼と知り合ってしまうとは! リュディガーと名乗った子どものように小さな吸血鬼は、アントンの本を読みたがったり、アントンを家−−墓地だ!−−に連れて行ったり。アントンの両親は、リュディガーに会いたがるし、リュディガーの妹のアンナには気に入れらすぎちゃったみたいだし。どうなっちゃうの?
リュディガーたちに、いつか吸血鬼にされちゃうんじゃないかと怯えつつも、友だちつきあいはしたいアントン。にせリュディガーにしたてたウドは失敗するし、おかあさんには疑われるし。でも、疑っているおかあさんと、吸血鬼なんているわけがないと気楽に笑い飛ばしているおとうさんと、どっちがましなんだか……(2004.6.23)
今日はとっても暑い日。オオねずくんは、疲れています。だって、やることはいっぱいあるのに、チビねずくんは、ちびねずくんはちっとも手伝ってくれないんだもの。なにか頼むと、「いま、いそがしいからだめ」って。ちっとも忙しそうに見えないのにな。だんだん頭がいたくなってきちゃったよ……
『チビねずくんのながーいよる』の続きの話です。前作が一緒に寝てもらえないチビねずくん寄りの話だったのに比べ、今回はオオねずくん寄りで話が進みます。子育て経験のある人が書いた話なんだろうなぁと思わせるお話です。オオねずくんが工夫したと思われる道具の数々も楽しめます。(2005.10.16)
チビねずくんとオオねずくんは、クリスマスの準備をしています。ツリーに飾るヒイラギを探しに行ったチビねずくんは、空がちぎれておっこちてきたのでびっくり。オオねずくんに直してもらおうと、家に急ぎますが……。
クリスマスのお話というよりは、チビねずくんが初めて雪を見てびっくりする話です。(2005.12.16)
チビねずくんは、眠れません。だって、変な音がするんだもの。オオねずくんを起こすと、音の正体を教えてくれるのだけれど、今度は別な音が気になって眠れません...
チビねずくんは、起こす度に「いっしょに寝てもいい?」とオオねずくんに聞くのですが、毎回オオねずくんは何かしら理由をつけて、一緒に寝てはくれません。でも、たびたびチビねずくんに起こされるので、最後には一緒に寝るのですが、今度はオオねずくんのほうが眠れなくなってしまいます。なにかが気になって眠れない小さな子をなだめる話はほかにもありますが、決して冷たいたちではなさそうなオオねずくんが、なかなか一緒に寝るのを「うん」と言わないところが、なんだかわが家を見るようで...(2001.7.9)
『シノダ!』というのがシリーズ名なのか、タイトルの一部なのか、そのバックにキツネのシルエットがあることからわかるように、信田のキツネに関わりのある物語です。ただし、主人公ユイのママは、正体を明かした上で、人間のパパと結婚してユイを筆頭に3人の子どもを産み、幸せに暮らしているのですが。幸せは幸せなんだけれども、どういうわけか、ひっくりなしに災難が降りかかる。ママのやっかいな親戚たちがその原因のことも多いのだけれど。でも、ママのバイタリティーとパパの懐の深さがあれば、どんな試練だって、へっちゃらさ!
魅力的なキャラクター満載の、わくわくする物語です。お風呂に住み着いた竜なんて、いいなぁ。でも、どんなに楽しくても、お風呂場は雲竜の住処ではない。仲間のもとに帰してやらなきゃね。
強さと優しさが心地よい物語です。(2004.7.14)
だがしや「よもだや」のよもだバア。三時になると、おおきなスズを揺らす。そのスズが、「チャンガラ〜、チャンガラ〜、チャンガラ〜」となるとぼくらは行けるんだ、ちゃんがら町へ。ちゃんがら町はちょっと不思議なところ。耳のある友達が待っている。たっぷり遊ぼう、日が暮れるまで。
昔の村の祭りの日のようなちゃんがら町。子どもたちが非日常を楽しみに行くところらしい。ちゃんがら町の子たちがこっちに来たら、なんて言うかな。 (2006.5.24)
デイジーは、おまめがだいっきらい。そんなデイジーにママは言います。「おまめ食べたら、アイスクリームあげる」。でも、デイジーは、「おまめ、だいきらい」。ママの交換条件がだんだんエスカレートしていくけれど、デイジーは絶対におまめを食べようとしません。そして、とどめの一言は……。
『だめだめ、デイジー』のデイジーとママがここにも出てきます。あれだけ交換条件を並べられても「うん」と言わないデイジーって、すごい! こどもだったら、尊敬しちゃうかも。そこまでおまめをきらわなくても、という気もしますが。
むすめ曰く、「ママのイヤリングがおまめだ!」 ママはおまめが好きなようです。(2005.11.16)
『ほんとにこわい今昔物語』シリーズ第四巻です。
第一巻から「じつはたいへんな人なのですが」と紹介されている尼のアァさまの「たいへんな人」ぶりが語られています。
この巻には、『五百人力の小さな女の話』、『大蛇と力くらべをした男の話』、『大力の坊さんとどろぼうの話』、『アァさまの友だちが、仙人になった話』の4編が納められています。(2004.5.12)
ちょうちょを捕まえたい犬のキッパー。どうすればちょうちょが近くに来てくれるかな。
捕まえるまでは一所懸命なのだけれど、いざ捕まえてしまうと、すぐに放してあげる。どうして放したのか、この絵本には書かれていませんが、アニメ版ではとじこめられたちょうちょが楽しそうではないからという理由付けがされています。(2001.1.18)
こどものとも126号です。
深い海の底に住むちょうちんあんこうは、ある日たこのおじさんからかくれんぼの上手なおつきさまのことを聞き、おつきさまを探しに行くことにします。
とびうおの助けを借りておつきさまのそばまで行ったちょうちんあんこうですが、海の中へ落ちてしまいます。以来、ちょうちんあんこうは周りのさかなたちにおつきさまのことを話して聞かせるのでした。
近くのさかなたちが聞き飽きて逃げ出すようになってしまったあとは、聞き手を捜して今日も海をさすらうちょうちんあんこう。ちょうちんあんこうを初め、海の生き物たちのデフォルメされた姿がすっきりと美しくまとまっています。先日、絵本の原画展でこの作品の原画を見たのですが、あの美しさが印刷では再現されていなく残念でした。もっとも、40年前の本ですから、印刷があせたということもあるかもしれませんが。部屋に飾りたいほど、一枚一枚の絵としても完成されていました。(2002.6.20)
まるごとチョコレートでできているチョコくまちゃん。ほんもののくまみたい、と言われて、それじゃ、ほんもののくまとともだちになったほうがいいかも、と、まいちゃんの家を飛び出します。ものしりな犬に教えられて動物園に行くけれど……
抱き人形ほどに大きいチョコレートのくまさん……想像しただけで虫歯の跡がうずくような…… こどもには夢のような存在かも。無事にまいちゃんのもとに帰ったチョコくまちゃんとまいちゃんのその後の日々が、ちょっと心配〜(2002.10.30)
貧しくて始終おなかを空かせているチャーリー。近所には世界一のチョコレート工場があるというのに、チャーリーがチョコレートを食べられるのは年に一度、誕生日だけ。そのチャーリーが、なんと世界一のチョコレート工場に招待されることになりました! 秘密に満ちたその工場でチャーリーが見たものは……
わがままな子どもたちがお仕置きを受け、やさしい子が報われるという、それだけ書いてしまうとおもしろくもなんともなさそうな筋になってしまいますが、さすが世界一のチョコレート工場、そのあじつけは相当なものです。チャーリーを取り巻く心優しい人々、とりわけお菓子屋さんは、なんていい人なんだろうと思いました。大人の目で見ると、財産があればなんでもできるんだな、と、思えないこともないですが。でも、自分もワンカさんになって、身勝手なおとなやこどもをのしたりのばしたりできたら、すっきりするだろうなあ……なんて思っていると、自分のほうがそうされかねないかな。(2005.9.28)→映画
「こどものとも年少版」282号です。
野原の真ん中に池が一つ。なんと、チョコレートの池です。そこへパンがトコトコやってきて、チョコレートの池にトプン。ほら、チョコレートパンのできあがり。ところが、池に次々と動物たちがやってきて...
日本語のタイトルは「チョコレートパン」、英語タイトルを日本語訳すると「チョコレート池」という全然別なタイトル、でも、両方読むとお話がわかるという、不思議なタイトルです。次々訪れる動物に、「ここはパン専用」だと宣言する池。この池の正体っていったい...(2000.12.20)
こどものとも年中向き182号です。
チョビットさんもモリダクサンも、手押し車から手で持つ部分をはずしたような姿です。チョビットさんは小さいからだの6人(台?)グループ、モリダクサンは、チョビットさん5人が列を作ったのとおなじくらいの大きな1人。それぞれ砂や土や岩を運びます。チョビットさんはちょびっとずつ、モリダクサンは大盛りにして。いっぱい運べるのはモリダクサン。だけど、でこぼこ道に強いのはチョビットさんなんだ。
だれにでも、自分の働きどころがあることを教えてくれるような絵本です。大きければ、力持ちならばえらいってもんじゃないんだよ、ということも、小さい声でいっているかもしれません。(2002.4.9)
「こどものとも」414号です。
ちょろりんととっけーはとかげ(かなへび?)の兄弟。ふたりきりでさんぼんいとすぎやまのおじさんのところに遊びに行くことになります。ところが、途中でおじいさんが書いてくれた地図を落としてしまい、しかも、おじいさんが一番危険と言っていたところで、2人ははぐれてしまいます。ちょろりんがおそわれそうになったそのとき...
森の中ではいかにも小さいちょろりんたちの様子がしっかり描かれています。草の中でさえちっぽけなちょろりん。でも、その道にはちょろりんサイズの橋やらおじぞうさんやらがあって。とかげ顔のおじぞうさんに、妙に納得してしまいました。(2001.1.30)
「こどものとも」369号です。
とかげのちょろりんは、町ですてきなセーターを見かけます。おかあさんにおねだりするけど、セーターなんていらないと却下。お小遣いで買おうと思ったけれど、少し足りません。そこで、おじいちゃんに相談すると、ランプ磨きの仕事を手伝えば、足りない分のお金をくれることになりました。ちょろりんはがんばって仕事を手伝い、おじいちゃんからお金をもらいます。必要なお金を持ってお店に行くと、欲しかったセーターは着られませんでした。ヘビ用のだったのです。泣き出してしまうちょろりんでしたが...
ほしいものを手にいれるためにはどうしなければならないか、という話かと思いましたが、もう一ひねりされていました。いえ、やはり、そうなのかもしれません。大切なのは、本当にほしいと思う気持ちと、一生懸命さ。努力すればなんでも手に入るわけではないけれど、でも、一生懸命な気持ちって、とても大切です。(2001.4.20)
「こどものとも」478号です。
パプア・ニューギニアの民話だそうです。むかし、ひとびとは月の正体を知らなかったために、けんかになってしまいました。そこで、アギサという少年が月に会いに出かけることにしました。
月の満ち欠けはどこのひとにとっても不思議なことだったのでしょう。(2000.3.9)
ある夜、池に映る自分の姿を見たお月さまは、地上にも自分と同じような月がいると思いこみ、ともだちになるためにつきのぼうやを地上の月のもとにつかいに出します。つきのぼうやはどんどん落ちていって、お月さまのいう月を探します。月みたいに丸いものはいっぱいあるけれど、どれもこれも違うみたい。最後に池の中で見つけたものは...
細長い本の上からずっと、つきのぼうやは落ちていきます。そのさなかのいろいろな出会い。ぼうやの感想、出会ったものたちの感想。いつでも真実を知っているのはこども。そして、お月さまはとてもしあわせです。だって、絶対意見の合うともだちを持てたのですもの。しあわせな中で書かれたしあわせな一冊なのでしょう。(2001.2.27)
カミまたはオニと呼ばれるものとひとのむすめとの間に生まれたナガタチは、月の森のカミを封じるため、森に近い村に招かれる。そこで出会った年若い巫女キシメは、カミの化身である若者を愛しつつも、封じる道を選ぼうとしていた。ナガタチは、自分の出自に関わる物語を語り、巫女は、その若者の生まれにまつわる物語と自分自身の物語を語る。語られないものに怒るナガタチ。己の真実の想いに気づいたとき、それぞれが選んだ道は...
2000年出版としてありますが、もともとは1991年に刊行された物語が、2000年に文庫として出版されたものです。本筋には手を加えていないものの、「かぎ裂きをつくろったような部分的な加筆と修正」をした、と文庫版のあとがきにありますので、あえて、2000年を出版年としました。なぜ、こんなに出版年にこだわるかというと、かの『守り人シリーズ』より前に書かれたものをあとから読んだということを言いたかったからです。やはり、気持ちの上で『守り人』と比べてしまいますので。
舞台は架空の場所のできごととはいえ、その背景には、帝に支配され、律令制度が整いつつある日本があります。そのせいか、ついつい『勾玉三部作』と重ねてしまいます。『勾玉三部作』には光と水を感じ、本作品には闇と土を感じるというより、はっきりとそれを描いているのですが。
本作品の世界で大きな意味を持つのは「血」です。吹き出し、流れる血ではなく、体の中でうねり、にじみ出す、ねっとりとした血。あとがきの中に、「中学生でもわかると太鼓判を押された」とあるのですが、中学生でも物語はわかるでしょうけれど、あの血の感覚は、〈月のもの〉を知らないとわからないのではないかと思いました。あの感覚と比べると、守り人の世界で流される血は、あくまでも流れる血であり、命に繋がってはいるけれど、カミに繋がるようなものではないように思います。
この作者がいま書けば、もっと大きな作品になるだろうと思うと惜しいのですが、ご本人が書かれているように、その時でなければ書けなかった部分もあるのでしょう。特に、血に関する部分など、そうではないかと思います。不満というか、惜しいという気持ちはありますが、おもしろく読めました。(2001.10.1)
★上記感想の追加です。作中に、「いのちになれなかったいのち」というような表現がありました。それで思い出したのが、鶴田静さんが『母の友』に連載されている『「上の部屋」のシイカ』の中で、「傷口のない出血のおそろしさ」という意味のことを書かれていたのを思い出しました。新しい生命につながる美しいものであるはずなのに、どこかまがまがしさを感じてしまうのは、やはり、「生まれられなかった=生の反対である死」を感じてしまうからなのかもしれません。でも、こう考えると、こどもを生まないことはひどく悪いことであるような気がしてしまいます。(2001.10.5)
4ひきのこねこを育てるおかあさんねこ。毎日こねこたちをしっかりしつけ、栄養たっぷりのミルクを与えていましたが、たいへんなことに、すんでいる農家のめうしのちちが出なくなってしまいました。月に行けば、ミルクがもらえるときいたおかあさんねこは、月にむかって走り出しますが……
途中、おいしいミルクが飲みたいと、ぶたやにわとり、こうしが仲間になりますが、アクシデントに逃げ出してしまいます。でも、おかあさんねこはこねこたちのために月をめざして進み、とうとうミルクを手に入れたのでした。
作者はスエーデンの児童文学者です。月にはおじいさんとおばあさんがいて、牛の乳搾りをしているというのですが、スエーデンではそう考えられいるのでしょうか。タイトルに惹かれて借りてみたのですが、結末は期待はずれでした。おかあさんねことこねこたちはミルクを手に入れてハッピーエンドなのですが、もう一息飛躍してほしかった…… 現実的だからこそいい、という作品なのかもしれませんが。(2002.5.29)
みゆはふつうの女の子。だけど、お月さまを見るのが大好き。ママも同じ。月を見ると、夢中になっちゃう。そんなみゆとママの月夜の不思議物語です。
月には、太陽にはない魅力がある。それは、きっと暗い中に見えるから。それに、満ち欠けがあるからかな。
でも、月のファンタジーは難しいと思う。天体としての顔も、知ってしまっている身には。上手に見せて欲しい。月の魔法。夢を続けられるように。(2004.5.7)
「こどものとも」475号です。
まなぶくんがお片づけをしていると、のらねこのブータンがやってきます。これからてらだぬきたちとなぞなぞで勝負するので、助っ人に来て欲しい... 泥とすすきで猫に化けたまなぶくん、のら猫代表でたぬきたちに挑むことになります。さて?
私が子どもだった頃からあるようななぞなぞが出てきて、懐かしかったです。勝負を決めたなぞなぞの答え、私はわかったよ、たぬきくんたち。(2000.3.24)こどものとも237号です。
とうちゃんが漁に出かけ、一人で留守番している夜、たろうの前に親子のくまが現れる。くまが去ったあと、たろうはそのくまが前にあったクマであることを、思い出す。くまは、恩を受けたたろうに、こどもを見せに来たのだ。そして、別れを告げに。
なんというか、りんとした空気が流れていて、好きです。(2003.12.24)
学校の前で竜を売っていたおじさんから、竜をもらったぼく。これが竜のたまごだって? どうみてもどんぐりじゃないか。それに、いっしょにもらったこのふくろの中身は? 机のひきだしに森を持つことになったぼく。竜なんて、ほんとにいるの? 疑いの気持ちと戦ううちに、季節は過ぎていくけれど……
『第一回森林のまち童話大賞』大賞受賞作にふさわしく、森を感じさせるおはなしです。森と竜とのつながりがしっくりこないところもあったけれど、こういうのもあっていいかなと、思いました。(2004.7.20)
マンションのエレベーターで、ほのかはおっかない顔の人形を見掛ける。また、ある時は、同じエレベーターで一階より下の闇の中に運ばれてしまう。そして、ポストの中にあったカエルの根付け。数々の不思議は、つくも神たちの仕業だった。古くなった道具にいのちの宿ったつくも神の。ほのかは、自分の回りでなにかが変わり始めたのを感じる。次第に活発になってつくも神たちは、いったい何をしたいのだろう……
読み進めていくと、表紙の絵がなぜ、黄色い傘を抱えた二足歩行カエルなのかが、よくわかってきます。自分勝手なことをしているようで、実はつくもたちは、ゆがんでしまったものごとを直しに来たのかもしれません。カエルが傘を直したように。(2005.1.14)
「こどものとも」546号です。粘土で作ったキャラクターとCGを組み合わせた作品です。
畑に雨が降ったら土のひとが生えてきて、その人が種をまいたら動物たちが生えてきて、なかまが増えてうれしかったけれど、また雨が降ったらみんな溶けてしまって。でも、また土のひとが生えてきて...
力強い造形は魅力的なのですが、固まった表情がこわいような。無表情ではないところが、こわい。というわけで、こどもにはうけませんでした。
はじめは1人だった土のひとが、次に生えてきたときは3人になっていました。その次はどうなってしまうのでしょう。(2001.9.15)
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(^^)/( )『つばきの花のおよめさん』
文:末吉暁子 絵:村上勉 刊:偕成社(1985)
つばきの花でよめさまごっこをしているところに混ざってきた男の子たち、そして、そのあねさまの正体は……
わらべうたのように語られる、化かされるのも悪くないと思わせるような、民話調のお話です。(2004.10.3)
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(^^)/( )/『翼を広げたプリンセス』(Wolf Wing)
作:タニス・リー 訳:中村浩美 刊:産業編集センター(2005)
『ウルフ・タワー』シリーズ最終話です。
ついに結婚式を挙げたクライディとアルグル。自分だけが幸せでいるわけにはいかない。クライディは、かつての女中仲間を救うべく、生まれ育った〈ハウス&ガーデン〉に向かうが、そこでは反乱が起こり、上下関係が逆転していた。今ではかつての王族が奴隷となり、クライディの友人たちは、支配者となっていた。その中の一人、デングウィとともに、クライディたちはまた新たな旅に出ることになる。アルグルの母でもあり、クライディの運命を翻弄したうちの一人でもあるウスタレスのもとに……。
最後の試練の旅の末、クライディ(と読者)は、真実を知らされる。すべてのことが、「だって、クライディちゃんは生まれつき特別な力をもっていたからよ。」で片づけられている感があり、ここまできてそれはないだろう、という気もするけれど、ウスタレスが明かした二つ目の秘密(真実)のために、許してもいいかという気もします。クライディ本人も、力のおかげですべてを済ます気はなさそうだし。
物語全体を通して、圧倒的に女性のほうが多いのだけれど、キャラが立っているのも女性陣のほう。男性陣は、どうもキャラが薄いような。中学生の女の子だったら、夢中になるかな、という気もするけれど。脇役は結構味があるのだけれど。でも、作者も意識的にそうしているのではないかと思う。この物語は、きっと女の子たちへの応援歌なのだ。人生は翻弄されがちなもの。でも、自分で選ぶこともできる。クライディは生まれながらの力に助けられもしたけれど、やり抜くもとになったのはその力じゃない。クライディを支えるのは意志の力。自分が自分でありたいという思い。まず、自分をしとっかり持つこと。運命はそこから開けるのだから。(2006.1.12)
つんつくえんのつんつく先生は、こどもたちをつれて海の家にやってきました。さんぽに出かけたつんつく先生は、大きなかめを助けますが……
すっかり浦島太郎気分でかめの恩返しを期待するつんつく先生。あきれながらも、その期待に応えてしまうかめとその仲間たち。たのしいたのしいおはなしです。(2005.7.20)
つんつくえんのつんつく先生、毎週日曜日にえんの子ども達をつれて動物園にやってきます。でも、先生はパンダだけがお気に入りで、あとの動物はけなし放題。怒った動物たちは、つんつく先生に復讐することを計画します。
『まあちゃんのながいかみ』一冊で、「このひとの本だから、おもしろいにちがいない」と思うようになった作者の作品です。「復讐、成功したのかなぁ」と首を傾げている動物たちですが、まあ、いいじゃないの、先生に通じたんだから、きみたちの魅力。(2000.5.19)
つんつくせんせい、今日はつんつくえんのみんなを連れて、山へ遠足です。山の家についてみると、十五人分のスープが。「なんだか『3びきのくま』のおはなしみたい」という子に、「十五人もいる『3びきのくま』がありますか」というつんつくせんせいですが……
第一作『つんつくせいせい どうぶつえんにいく』では、ただただお堅くてユーモアのかけらもなかったつんつくせいせいですが、自分も気がつかないところで、とっても楽しい人のようです。くまさんたちのつんくまえんにもつんつくせんせいによく似たつんくませんせいがいて、二組がどこかでぶっつくんじゃないかとは、読んでいるほうははらはらです。ずれと繰り返しがおかしい一冊です。(2002.12.25)
つんつくえんのつんつく先生は、つんとすましためがねの女の人。なかなかお堅い厳しい先生ですが、ユーモラスなところも。いえ、ご当人はいたってまじめなのですが。
このたびつんつく先生は、劇で使うために紙でとんがりぼうしを作ります。すっかり気に入って、散歩の時間に先生はとんがりぼうしをかぶって出掛けます。ところが、だいじなとんがりぼうしが、芸人の連れたござるに持って行かれてしまいます……
あわてて追いかける先生のかわいさ(?)、先生といっしょにしょんぼりする子供たちの愛らしさと言ったら、惹きつけられずにはいられません。もちろん、とんがりぼうしは帰ってきますよ。すてきな手紙といっしょにね。(2003.1.22)
つんつくえんのつんつく先生、今日は、こどもたちを連れて、おかへやってきました。おかのてっぺんではりんごが食べ頃。みんなでスケッチして、それから食べるつもりです。ところが途中でせんせいはどんぐりを独り占め。それを見てあわてたのはりすの夫婦です。そのどんぐりは、りすたちが集めたたいせつな食料なのです。りす夫婦に相談されたはりねずみのおばさんは、どんぐりを取り返すため、知恵を絞りますが……
シリーズ第一作『つんつくせんせいどうぶつえんにいく』では、厳格で、ユーモアのかけらもないような様子で登場したつんつくせんせいですが、シリーズが進むにつけて、かなりこどもっぽくてわがままなせんせいであることがはっきりしてきます。おもしろいせんせいだってこともね。つんつくえんのこどもたちも、純真なのか、せんせいよりおとななのか……(2003.5.21)
老男爵は困っていました。いい加減、孫のテーオバルトに跡を継がせたいのに、一人前の騎士になるまでは跡を継がないと言い張るのです。ちなみに、テーオバルトが言う一人前の騎士とは、彼の愛読書『騎士道入門』に書かれている条件をクリアーした騎士のこと。その本によると、蟹座生まれのテーオバルトの場合、竜のなみだを手に入れなければならないのです。そんなもの、あるわけないじゃないか。老男爵は頭を抱えますが、一計を案じ、テーオバルトにお気に入りの家来ハンスをつけて、竜退治の旅へと送り出すことにしました。果たしてテーオバルトは一人前の騎士になることができるのでしょうか……
竜を探す旅の途中で、様々な事件にでっくわすテーオバルト。旅の中で学び、成長します。騎士にとって、というより、若者がおとなになるために必要なのは、旅を通じて学ぶこと。真の騎士と呼ぶにふさわしい精神を持ったテーオバルトは、きっと愛される領主になることでしょう。(2004.7.27)
「こどものとも年少版」254号です。
仕掛け絵本というのか、ページに穴のあいた本です。魔術師が持っているものに魔法の言葉をかけると、それは違う姿に変わります。唱える言葉は、「あんどら、いんどら、うんどら!」 おとなの目にはこどもだましという程度にも思えるのですが、こどものほうは楽しくだまされているようです。
「こどものとも」28号です。
三日も出てこないおひさまを探しに、ひよこたちが出かけていくというスロヴァキアの民話です。おひさまの居場所をいろいろな動物たちに尋ねると、その動物たちも旅に加わり、最後にはそれぞれの特性を活かして、おひさまを天に呼び戻す。天候不順に悩んだ農民たちの間で生まれた物語なのではないかと思う。繰り返しがこどもには楽しいだろう。
雌牛のところにやってきた都会の男の子。なんとかミルクを出してもらおうとするのだけど、なかなか雌牛の気に入ってもらえないみたい。どうしたらいいの?
作者の体験に基づくお話だそうです。一生懸命な男の子。すました雌牛。初めのうちはお互いどこか余裕が見えるのだけれど、だんだんにどちらもストレスが来て、でも、ついにミルクが出たときの男の子の喜び、雌牛の満足そうな顔。よかったね。(2001.4.4)
同じお米なのに、どうしてインドの人は手で食べるの? 日本ではお茶碗を持つのに、韓国の人は持たないの? そんな食と道具、しきたりについて、世界各地の様子を比較しています。
食べ方が違うのはどちらかが進んでいて、どちらかが遅れているわけじゃない。それぞれ違う道を選んだだけのこと。いつもはやっていない、そっちのやりかたを試してみるのもおもしろそうです。(2005.5.25)
かがくのとも400号です。
手でできるいろいろなことがたくさんの子どもたちの姿で描かれています。ページ番号は手話で表され、点字のページもあります。子どもたちの中にも車いすの子や、髪の毛の色が目立つ子がいたり。
手でできることにはいろいろなことがある。手はいろいろなことをする。手は道具にもなるし、表現手段にもなる。作者が一番すてきだと思っているのは、きっと、手はつなぐことができるということ。手をつなぐ。つないで、どんどんつないで、みんな大きな輪になる。大きな輪はつながった大きな心。手って、本当にすてきだ。(2002.9.11)
「こどものとも」203号です。
家族みんなが眠った夜。てぶくろくろすけは、相方のてぶくろを残して、遊びに出掛けます。雪の道を歩くのって、とてもすてき。てぶくろたちの公園を見つけたてぶくろくろすけですが、遊びに来ている子たちは、みんな2人ひと組。かたっぽだけのくろすけは遊んでもらえません。それどころか、「かたっぽだけなんて、へんだ」とみんなにいじめられて……
こどものころ読んで、好きだった本です。かたっぽだけのくろすけが歩いている表紙が、印象的でした。新しい友達を作れなくて、それどころかいじめられたけれど、家族が受け止めてくれたから、だいじょぅぶ。また、冒険に行けるよ。そんな、こどもの味方の一冊です。(2003.4.6)
こどものとも128号です。
おかあさんがつくってくださった2つの手まりがころげてはずんでいく道を、いくつかの花に絡めて描いています。「つくってくださった」という表現だけで、おちついた文化的な生活をしているであろう家の様子が浮かんでくるようです。いいたいことがなんだかよくわからない絵本でしたが……(2002.6.4)
なかよしのヨウくんと遊べなくて、がっかりしているナナの足下に、赤いまりが転がってきました。まりの持ち主は、ももいろのマフラーをしたこぎつね。こぎつねは、ナナをてまりがいっぱいなっている木のところに連れて行ってくれます。二人がてみりで遊んでいると……
読み返してみたら、このこぎつね、最後まで名前が出てこないんですね。いつのまにか、「マフラーぎつね」という名前はついているけれど。さて、てまりの正体は?(2002.12.5)
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『デルトラ・クエスト 1 沈黙の森』(DELTORA QUEST 1:The Forests of Silence)
作:エミリー・ロッダ 訳:岡田好惠 絵:はけたれいこ 刊:岩崎書店(2002)
七つの宝石を飾った秘宝のベルトに守られているはずのデルトラ王国。しかし、ベルトの石は裏切りによって奪われ、王国の影の大王に支配される。最後の王の親友の息子リーフは、王の乳母の息子とともに、宝石を取り戻す旅にでる。
リンの谷のローワンの作者の、もう一つの大人気シリーズです。
RPGのようだという評を聞いたことはありましたが、まさにその通りでした。ドラクエだったら、この辺まではオートで進んで、ここでタイトルが出て... 全8巻なので、最後まで読まないと評価できないところですが、もっと読みたい本がほかにあるから、とりあえずいいや、と、いう気分です。(2003.12.10)
五味太郎の「きをつけて」の絵本シリーズの一冊です。
突然やってきたテレビくん。自分の顔にいろいろなものを映してはいい加減なことをいい、去っていくます。
いい加減といってしまえばそれまでなのだけれど、ちょっと見る方向を変えると、楽しい発想ともいえます。こどものつぶやきには、こういうのもあるかも。いえ、もちろんテレビくんは、純真素朴なおこさまではないと思いますが。(2001.11.7)
エミリーの住むアパートはペット禁止。そこでエミリーは、拾った石を卵に見立ててペットを飼っている気分を味わっていましたが、なんと、その石の卵が孵ったのです。生まれたのは、なんときょう竜。モノちゃんと名前を付けてこっそり飼っていたけれど、ペット嫌いの家主さんに見つかってしまって……
モノちゃんの活躍で家主さんのピンチが救われ、和解するという流れは予想されるパターンですが、登場人物がそれぞれ魅力的なので、読んでいてとても気持ちのいいお話です。とくに、エミリーのママがすてきです。(2004.9.8)
お絵かきなんか、だいっ嫌いな女の子に先生が言いました。「何かしるしをつけてみて。」 やけになった女の子は紙にてんを一つ。先生はそこにサインをさせ、金色の額縁に納めました。そして……
自分はだめと決めつける前に、やってみて。その子をだめな子と決めつける前に、やらせてみて。自分の方法さえ見つけられれば、人生はもっとずっとすてきになるよ。
この本は、子どもだけでなく、子どものそばにいるおとなのための本でもあります。(2006.4.10)
こどものとも81号です。
むかし鳥たちは空を飛べませんでした。ある日、天から卵が落ちてきました。何の卵だろう。鳥たちは交代で暖めます。数多くの鳥たちが暖め、卵から現れたのは、なんと天使でした。天使は、暖めてくれたお礼に、鳥たちを飛べるようにしてくれました。でも、遠くて暖めるのに間に合わなかったダチョウと、暖めたがらなかったニワトリだけは、飛べるようになれなかったのでした。
暖める気はあったのに間に合わなかったダチョウと、近くにいたのに暖めようとしなかったニワトリが同じ扱いというのは気の毒なような気がします。
鳥たちには数字が振ってあって、裏表紙のリストで鳥の名前が確認できるようになっています。その数なんと634。ちょっとした鳥の図鑑です。(2001.11.24)
一つなら「ひ」で始まる言葉、二つなら「ふ」では始まる言葉、という調子で、気象現象を読み込んだ数え歌です。唱えるには語呂が今ひとつなのもありますが、情景が目に浮かぶ楽しい絵本です。(2004.6.2)
「こどものとも」6号です。
「彦一ばなし」のダイジェストというか、アイディアを借りて脚色したもの。タイトルが民話と同じなので、これを読んで本来の話を知っていると勘違いしてしまうことはないか、心配。
「こどものとも」27号です。
北伊豆地方に伝わる民話。こままわしの得意なお寺のこぞうさんが、てんぐと勝負する話。このパターンの話は初めて読んだ。明るい話で、特に落ちがいい。
リズが気がつくと、船の船室で寝ていた。船旅に出る予定なんて、全然なかったのに。船に乗り込んだ記憶なんて、全然ないのに。やがてリズは知る。16才を間近にして自分は交通事故に遭い、死んでしまったこと。今乗っているのは、死んだ人たちを「ドコカ」に運んでいく船だということ。ドコカでは、人は年をとらない。死ぬこともない。日々、年を遡っていくのだ。赤ん坊に還るその日まで。
ドコカに未来はない。断ち切られてしまった自分の未来や家族を思い、ドコカにいることを受け入れられないリズ。でも、やがて気づく。ドコカにも出会いがあり、人生があるということ。リズが、様々な出会いを経て、いろいろなことを受け入れていく過程が美しい。特に、許すということが。受け入れるというのは、あきらめることばかりじゃない。受け入れることで、開かれる未来もある。受け入れることは、自分を大きくすること。自分を豊かにすること。そして、自分を幸せにすることなのかもしれない。
でも、それがあきらめであるような受け入れなら、しないほうが結局幸せな場合もあるから、「受け入れること」=「幸せ」ではない。私もいろいろなことを受け入れられないでいて、でも、悪あがきしている自分も結構好きだったり。受け入れることで幸せになれるなら、「悟り」、幸せになれないなら、「諦め」かな。いや、「限界を悟る」なんていう言い方もあるから、「悟り」ではなく「悟りを開く」としたほうが、私の言いたいことを正確に表しているかもしれない。といっても、「悟りを開く」の意味を自分が理解できているとも思いにくいのだけど。(2006.5.30)
「こどものとも」322号です。
幼い日、まゆの手の中に舞い込んだ「てんさらばさら」は、おしろいをあげていればどんどん増え、そして、幸運を運んでくれるというものだった。ただし、てんさらばさらを人に見られてはいけない。まゆは、こっそり大事にてんさらばさらを養い、次々と幸運を手に入れていった。望む相手の結婚し、子宝にも恵まれたまゆだったが、てんさらばさらは増え続け、もう隠しきれなくなってしまった。まゆは、ある決心をするが...
とんとん拍子にしあわせになったまゆに、どんな不幸が訪れるのか心配しましたが、あたたかいラスト、新しい始まりが用意されていてよかったです。(2001.2.6)
生まれてまもなく巫女の素質があるとして、巫女の山天山に連れて行かれたソニンだが、12になったとき、素質はないとみなされ、親元に帰されることになる。普通の少女として生きることになるかと思われたが、末の王子の侍女としてお城に召されることに。陰謀に巻き込まれたソニンは、王子たちを救うために二度と行くことはないと思っていた天山に向かうが……
生まれてすぐに見いだされるほど強い力を予見されながら返されるというのは、家族に複雑な心境をもたらしたはず。でも、ソニンの家族は受け入れ、ソニンは性格の良さも幸いして新しい世界に受け入れられていく。いずれは本当は持っている能力を使いこなすこと覚え、広い世界に旅立っていくのだろうな。
性格の良さと人を超えた力があれば、向かうところ敵なし! でも、危機に直面するたびにだれかが助けてくれる、だけでは、「普通の女の子」の共感は得にくいかも。助けてくれるだれかに巡り会えるというのが、主人公の一番の条件かもしれない……(2006.8.16)
「--それはクリスマスのよるのこと」というサブタイトルのついた、クリスマスの物語です。クリスマスの夜。それは、すべてのものたちが浄められる夜。タイトルといい、愛らしくも清らかな天使が浮かぶ表紙といい、おごそかでありがたい本なのかと思ったのですが、なんといっても五味太郎作品ですから... お子さんにサンタクロースを信じさせておきたい人には要注意の本です。(2000.12.20)
★アニメ化されいます。
みんなのペットがうらやましいさち。ある日小さな小さな天使を拾います。天使は、さちのペットになってくれました。天使はすてきなペットです。さちにしか見えないのだけれど……
みんなには見えないけれど、さちには天使がいっしょにいてくれるときがよくわかります。天使は勇気をくれるけれど、その勇気は、さちの中から生まれているのです。天使がしてくれるのは、勇気を引き出して、ちょっと背中を押すこと。見つけてごらん、あなたの天使。ちゃんと、あなたの中に住んでいるから。(2003.9.26)
おとうさんの仕事の都合で、街を離れた古い家に引っ越すことになった小学生の紅と了の姉弟。ところが、その家には、もう一組引っ越しがあったのです。ふしぎなかっこうをした四人組が現れたというのに、おとうさんもおかあさんも気がつきません。天井うらに住み着いた四人組は、「乗り物のつぼ」を直すため、紅と了に力を貸してほしいというのですが……
人間は忘れてしまう。自分たちが心を寄せていたさまざまなものを。忘れられたものたちは、とても寂しい。四人組が優しいのも、山の神さまが厳しいのも、忘れられることはとてもつらいことだから。忘れないでいることはとてもむずかしい、とても。忘れずにおとなになることは。いつもはあとまわしでいいけれど、でも、すべてをすっかり忘れてはしまわないで。心にあった、たいせつものは、いつかきっとあなたの助けになってくれるから。(2003.6.25)
『守り人・旅人シリーズ』最終章三部作の第一部です。
チャグムが自ら命を絶った…… チャグムを失ったことと、そこまでチャグムが追い 詰められていたことを嘆くバルサのもとに、新たな知らせが届く。チャグムは生きている。危機にある彼を助けて欲しい。チャグムを探し、危険な旅に出るバルサ。幾多の危機と思いがけない助けによって知ったのは、世界の情勢は思っていた以上に複雑で、 チャグムの命を狙う者も幾派もいるということだった。一方、タンダもまた、大きな異変に気づきつつあった。バルサの、チャグムの運命は? そして、世界の運命は……
皇太子でありながら父である皇帝に疎まれ、命を狙われ続けるチャグム。かつて彼の危機を救ったことから彼を身近に知り、その行く末を案じていた女用心棒バルサは、チャグム救出のため、そして、彼の理想の手助けをするため、危険に身を投じる。バルサの物語から枝分かれしたチャグムの旅が、今、大きな流れとなって、物語を貫いていく。
チャグムを追って旅をするバルサ。その旅は、守るため、助けるためなのだけれど、まるで恋をしているようだ。恋と言うより、見返りを求めない、献身的な愛だろうか。求めるものがあるとすれば、チャグムの幸せと世の平和だ。バルサ自身は認めないだろうけれど、あるいはタンダなら、肯くかもしれない。二人が、三人が、世界が、それからどうなっていくのだろう。(2007.1.22)
★追記:「幸せなあなたを見れば私も幸せ」というのは、やっぱり『見返り』なのかな。「幸せでいなさい」と強制しているわけではないから、『求めて』はいないかもしれないけど。それにしても、女にも男にももてるチャグムくんではある……(2007.1.23)
とても絵のうまいおじいがいた。お城の若様のためになんか、頼まれたって描きはしないが、村の子どもたちのためには、すてきなたこを作ってやった。あるとき、村が津波に襲われた。すべてを失い、元気を失った子どもたちのために、おじいはふんどしになまずの絵を描いた。なまずは空を舞った。そして……
絵を描くしかできないおじいを、村人はあたたかく見守る。おじいもその気持ちに応える。そして、おじいに描かれたなまずも、その思いに応えたのだ。
土のにおいがしてきそうな、骨太な作品です。(2004.6.2)
こどものとも356号です。
むかしむかし、大空がおなべをふせたようになっていた頃のこと。親を亡くしたはりねずみのはりっこは、くまのばあちゃんに育てられていた。ある日、空の丸天井を支えているくぎが抜け落ちそうになった。はりっこは、くまばあちゃんのひいひいじいさまのハンマーを借り、天のくぎを打ちに行く。
こどものともに、こんなに力強いファンタジー作品があったとは!(2003.12.3)
ミーアンは逃げ出した。これまで持っていたすべてから。王女という身分から。でも、捨て去ったものなしでは生きていくことさえできないことに気づき、途方に暮れているところに、背中に鞭の傷をもった少年、ウィスプが現れる。有能なウィスプは、ミーアンが生きていくことを助け、二人は森の中の小さな小屋で、平和に暮らし始めたが……
ミーアンが宮廷を逃げ出した理由はいくつもあるけれど、その中で一番大きなものは、彼女の生まれながらの才能を活かすことが許されないからだった。植物を育てる力を思う存分ふるって、森の中で幸せに暮らすミーアン。生活技術も礼儀も身につけている不思議なウィスプの正体は?
ミーアンの本当の身分を知ったとき、ウィスプの態度が豹変するというのは、あらすじに書かれているので読む前からわかっていたのですが、それでもどきどきしました。孫娘のために書かれたお話だそうですが、異国の多くの女性を癒してくれそうです。(2006.11.6)
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