2004年末、結婚しました。
ダンナさん ・ Oくんの紹介と結婚までのイロイロを書いてます。

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結婚報告 

              
     
ダンナさん ・ Oくん 
名前
 高木 優希
S 51.12.13 
生年月日
 S 48.10.17
O型 
血液型
 A型
父、母、兄、妹 
家族
 父、母、兄
産業廃棄物収集の運転手 
仕事
 ダンプカーの運転手
寝ること、TVを見ること 
趣味
 読書、パソコン
全然やらない 
パソコン
 HP作成、インターネット
マルボロメンソールライト 
タバコ
 吸わない
何でも飲む 
お酒
 ビールとチューハイのみ
写真集の優香 (あ、そう)  
好きな芸能人
 丹波哲郎さん (おいおい)
後ろ向き、心配性 
性格
 楽天的、神経質




 
出会い

知り合いの運転手 ・ Sさんが転職して数か月後、同僚にいいヤツがいるから会わせてやるとのことで、3人で飲みに行ったのが 最初でした。
当日の日記です。初対面では全く何とも思わなかったので、 Oくんのことはなああーんにも書いてないけど)

「いい男だぞ〜。アイツでダメだってんなら、オレぁもう知らないよ」
とまでSさんは言ってて、でも会って年齢を聞いたら、なんと3歳も年下! それまで年上としか付き合ったことがなく、年下なんて 考えられなかった私はすぐに管轄外、途中でお店の外へ出て、当時好きだった人に電話したりしてました。(オイオイ)
その時はそれっきり。(1〜2回、電話がかかって来たような気もするけど)

数か月くらいして、Sさんから 「飲みに行かない?」 と電話があり、
「今日一緒に仕事してたから、あいつも一緒でいい?」
と聞かれ、
「いいよー。大勢の方が楽しいし」
と、何も考えてませんでした。(多分Sさんも) 

ということで再会したんですが、この時はなぜか、ちょっといいなと思った。でもそれから1、2回会ってそれっきり。

それからまた数か月経って、その間私には付き合った人もいたんですが、なんとなくずっとその人のことが気になっていて、
「こんな気持ちのままなのは気持ち悪いし考えるの面倒くさい、白黒ハッキリさせちゃる!」
と連絡を取って飲みに行き、その夜 から付き合い始めたのでした。

なんだかトントン拍子に付き合ったかのようですが、いざ連絡を取ろうと思った時、Oくんのの電話番号が変わってて繋がらなか ったんですよ。会社を辞めていたのでSさんも新しい番号を知らない。なのでもう1人の共通の知り合いの男の人に電話したら、ちょうど 「いま一緒にいるよ」 とのことで変わってもらい、新しい電話番号を直接教えてもらい、再び連絡が取れるようになったのでした。
あの時、きっと私が 「もういいや」 とか 「きっと縁がなかったのね」 と諦めていたら、あれっきりだったと思います。「縁のある人 とは何もしなくても一緒になるもんだ」 とか、なかなかうまくいかないと 「縁がないってことなのね」 と諦めてしまう人もいるけど、 私はそうは思わない。運命なんて決まってない。出会った人をどう運命の人にしていくかではないでしょうか。






付き合い


付き合いはすごく楽しかったです。今まで私はどういう恋愛をしてたんだ? と思ってしまうほど。 (本当、どうしてたんだか)

ケンカもよくしました。一度ラーメン屋さんでケンカになった時は、
「もう別れる!」
と本気で思い、1人で席を立ってお店を出て行きました。あの時、Oくんが追いかけて来なかったらそれきりだったと思います。 単に財布を持ってなかったから追いかけて来ただけのような気もするけど。

だけど実は、恋人とケンカするというのは私にとってはほとんど初めてて、それまでは出来なかったんです。 「それならもういいよ、 別れよう」 と言われるんじゃないかと思うと怖くて、ガーッとした言い合いなんてとても出来なかった。だから 「彼氏とケンカした」 と言ってる友達が、変かもしれないけどうらやましくて仕方なかった。
でもOくんとはなぜか自然に (というのもまた変だけど)、ケンカできました。

もちろんそればかりでなく、すごく充実してました。これほどまでに想い想われる経験が、私の人生に再びあるとは思ってなかった。結婚 すると恋愛は終わるのかもしれないけど、あれだけの思いをしたんだから、もういいです、十分。




 

同棲


実家を出てマンション暮らしをするようになり、同時に一緒に暮らすようになりました。

でも最初から同棲しようと思っていたわけではなく、
「来たかったらいつでも来てね」
と言ってあったのですか、引っ越し当日 早速着替えを持って来やがりまして(笑)、以来毎日来て、これって一緒に暮らしてるのと同じ だよね、と1か月めから生活費は折半にしてました。

私は実家にいる頃、
「いくら好きな人でも、他人と暮らすなんて大変そう。やっていけるのかなあ」
と心配してたんですが、「毎日相手が遊びに来てる」 という感覚で結果的に一緒に暮らすことができて、自然に気負わず受け入れられ、 私にとっては良かったと思います。

でもやっぱりケンカはよくしました。相手の人が 「もう2度と来ない!」 とマンションの鍵を置いて実家に帰った時は、即効出会い系 サイトに登録したし。 ( ← 何やっとんじゃ) ちなみに翌日あっさり来て謝ってくれたので、慌てて登録と1日で山ほど来たメールを 慌てて削除しましたが。メール下さった皆さんどうもすみません。
今はケンカはかなり減ったし、仲直りもうまくできるようになりました。






プロポーズ


タイトルにしておいて何ですが、はっきりしたプロポーズというのはなしです。
付き合って2か月目くらいに、「結婚」 という言葉は既に言われてたし。

マンション暮らしも一年が過ぎた頃、
「家賃払ってるのもったいないよね」
という会話から、家を建てることを考え始めました。
でも家の話を嬉しそうにしていたら、友達に、
「っていうか、それより先にやることがあるんじゃない?」
と呆れた顔で言われ、そういえばまだ結婚してなかったっけ、と私もOくんも我に返ったという。でもお互いに 「ずっと一緒にやって いく」 ということが自然というか 暗黙の了解になっていたということだろうので、これはこれでいいのかな。

じゃあ結婚しようと、普通の日より覚えやすい日に入籍することにしました。クリスマスイブに入籍なんてロマンチックに思われる かもしれませんが、単に覚えやすいからってだけ。お祝いも一緒にできるし。ムードなくてすみません。(いやでも少しは、「ロマ ンチックだし」 とも思いましたよ。多分 ・ ・ ・ )

同棲カップルが結婚するのには なにかしらきっかけが必要だと思うけど、それがいきなり 「家」 だったのは珍しいかも。




 

両親にあいさつ


お互いの親には、付き合ってる時にあいさつに行っていて面識はあったので、結婚の報告もスムーズでした。早く入籍しろと言われて たし。

娘が結婚するとなると、一般的に父親は不機嫌になるというイメージがあるけど、うちの父親は不機嫌になるどころか、話し相手ができた と喜ぶような人だったし。両親ともにしっかり子離れしててくれて本当に助かりました。

ただこの時、私は絶対に言って欲しくない言葉があって、
「娘さんをください」
というやつ。くださいだのあげますだのって、私は物じゃないんだから。
だから前もって 「絶対言わないでね」 とOくんに念を押しておいて、無事 「禁句」 も言わずに済みました。

またOくんのご両親も、うちの父親が寝たきりだということや、式や披露宴はしないという私たち (というか私) の状況と希望を何も 言わず受け入れてくださり、感謝しています。
(過去に父親のことで2回、結婚しようと思った相手のご両親から反対されましたからね〜)




 

写真撮影


結婚式場でアルバイトをしているためか、
「自分の結婚式はすごーく凝るんでしょ」
とよく言われましたが、ぜーんぜん。式も披露宴も、やる気は全くありませんでした。
招待されて行くのは大好きなんですが、なんででしょう、自分でしたいとは全く思わなかった。

でも写真は撮っておきたかったので、アルバイト先の結婚式場にお願いすることにしました。
和装には興味はなかったけど、母親が昔から見たがっていたので、色打ち掛けだけ借りることに。でもバイト先の式場が白無垢もサービス してくれるというので、そちらも着ることにしました。
打ち掛けは、最初に見せてもらったのを私も母親も気に入ったので、すぐに決定。
白ドレスは、あらかじめ希望のデザインを伝えておいたんですがそれがなくて、似たデザインの中から選びました。何がなんでも希望の ドレスを、とこだわるには時間も気力もなかったし、しょせん着るのは私だしと思うと、もーこれでいいやという感じ。
アクセサリーも別にこだわらないから 「シンプルなのを適当に用意しといて下さい」 とだけお願いしておいて、全部を1時間半くらいで パッパと決めてしまいました。

それにしても写真を見ると、まるで仮装大会です。こんな姿で会社の人や親戚や友達の前に出るなんて 、考えられない。式も披露宴もやらなくて本当に良かった。






マリッジブルー?


マリッジブルーってなんじゃらほい、と思ってたんですが、それらしきものに少々なってしまいましたよ。

結婚そのものには全く迷いはなかったんですが、結婚写真を撮ってもらったバイト先の式場の対応に不満だったり、家の打ち 合わせでメーカーの人に対してナメられてるのかと思うようなことを言われたりされたり、家具を買いに行った店員にタメ口をきかれて 「はあ?」 と思ったり、「結婚しました」 ハガキの仕上がりが指示と違っていたりなど、「はあ?」 と思うようなイヤなことが沢山 あって。

写真も家もハガキも嬉しいことのはずなんですが、その中でのちょっとした言葉や対応にムカついたりゆううつになったり。 婚約時代は、決して 「楽しい!」 と言えるものではありませんでした。
でもマリッジブルーって、相手との結婚に不安を覚えることだから、こういうのはマリッジブルーとは言わないのかな? ただのゆううつ ですか。






お祝い


両親をはじめ、親戚や友達、知り合いの人から 「おめでとう」 と言われたりお祝いをいただいたり飲み会を開いてもらったりして、
「うわー、おめでとうだって。そうかめでたいのかあ」
と不思議な感じでした。

18歳で結婚しようと思ってた時は、お互いの両親は大反対だったし、友達にも話してなかったので、結婚について 「おめでとう」 と 言われたのはこれが初めて。
私は周囲が反対したとしても結婚すればいいじゃんという考え方だし、そこまでして一緒にいたい人と巡り会えたというのはすごくステキ なことだと思っていますが、祝福されたことは素直に嬉しかったです。

2年近く一緒に暮らしているし、式も何もしないしで、私にとって入籍は自然な流れで大したことじゃないと思っていたんですが、 こんなに周囲が変わるなんて、「結婚」 はやっぱり社会的なことなんだなあと実感しました。






入籍


年末は相手の人は仕事がものすごく忙しいので、婚姻届は1人で出しに行くことに決めてました。

家族に出して来てもらう人もいるらしいし、別に何とも思ってなかったんですが、とある友達からは、
「ええ、2人で出しに行きなよ! それがケジメじゃない。役所の人にも 『おめでとうございます』 って言われるんだよ〜」
とすんごい驚かれて、変人扱いされましたが、私はたかが届けを出しに行くだけじゃん、ポストに投函するようなもんじゃんとしか思え なかった。
もちろん出来れば2人で行きたかったけど、相手の人の仕事は年末になると本当にものすごく忙しくて帰って来るのは夜中だし、そんなに 疲れてるのに、わざわざそこまでして行くほどのことじゃないじゃんと思ったのでした。
2人で行きたい人は行けばいいと思うけど、あくまでも私は、そういうのにあまり意味は感じない。

もともとそのつもりだった上、相手の人が当時出張だったので、どのみち一緒には行けなかったのです。
というわけで、とっとと1人で行きました。それでも十分嬉しかったですよ。






結婚の理由


一緒にいたいだけなら結婚なんてしなくてもそうすればいい、あんなの紙きれ1枚のことじゃん、という人がいますが、その紙きれ 1枚を出しているのとないのとでは、ものすごく大きな壁があると思います。

以前の婚約者の方が事故に遭い入院していた時、集中治療室には身内しか入れなくて、相手のご両親に反対されていた私は、結局一度も 会えないままでした。毎日病院に通いつめ、先生に土下座してお願いしてもダメでした。社会的に認めてもらえてないという のはこういうことなんだと思い知り、それがすごく悔しく、悲しく、みじめだった。

たとえ親とは絶縁して、一番大事なのはお互いだと思っていたとしても、籍を入れてない限り、何かあった場合に真っ先に連絡が行き、 優先されるのは親なのです。
私はそれがイヤだった。相手の人に何かあったら真っ先に知りたいし、誰よりも優先されたい。一番近い家族でありたい。だから一生一緒 にいようと思う人とは、籍を入れるというのは私にとっては必須なのでした。






亡くなった婚約者について


私が18歳の時に亡くなった婚約者の人のことは、相手の人には言ってません。お互い 「過去の恋愛話は聞きたくない」 主義なので 話すつもりはないし、大反対された末ああいう結果に終わったため、両親が口を滑らせることもないでしょう。

婚約者の人と署名してあった婚姻届は、残しておくわけにいかないし どうしようかと考えて、捨てるのは論外、燃やすのもなんだか、 どこかに埋めても気になるし、 ・ ・ ・ と結局、海に流す (溶かす?) しか思いつかず、そうしてきました。婚姻届に書かれた彼の字を 前にすると動転してどうしようもなく、「取っておきたい」 という衝動を抑えるのが大変だったけど。

婚約者の人と過ごした半年間は、今でも本当に大切な、私にとっての宝物です。
あの半年があったから今の私があり、人生が変わり、その結果 今の相手の人と出会って縁を持てたんだと思っています。
この気持ちはやはり 「感謝」 としか言い表せません。そして当時、あれほどの逆境を全くものともせず、全力に、懸命に婚約者の人を 愛していた自分を、「よくやった!」 と誉めてあげたい気持ちで一杯です。






そして、これから


HP上では恋人がいるのかいないのかは一切書かなかったのですが、週末に飲みに行ったり、1人でモルディブ旅行に行ったりなどして いたので、いないんだなと思っていた方が多かったんじゃないかと思います。
そして結婚したからといって、これらのしたい事を変に我慢するつもりはなく、これからも友達と飲みに行くし、旅行にも行きたくなれば 行くつもりです。ただ自由と自分勝手は違いますので、もちろん相手の人と相談の上ですが。
男性だと何も言われないのに、結婚している女性が遊びや飲みに出ていると 「ダンナを放っておいて」 と批判されるのはおかしいと思 う。同じ人間なんだから、男が遊びに行きたいんなら女だって行きたいに決まってるのに。こういう固定観念は早くなくなって欲し いなと思います。

そんな訳で、生活は特に今までと変わりませんが、相手の人とは、
「一番近い家族になり、新しい家庭を持った」
という意識はものすごく芽生えました。
そして待望の新居は、年明けの1月末に完成予定です。 (2004年12月現在)

私は31歳と決して早くはない結婚ですが、もっと早く相手の人と出会っていれば、とは全く思いません。
ここまで来れたのは、私も相手の人も今まで積み上げてきた人生経験があってこそ。仮にもっと前に出会っていたとしても、きっ と何事もなくすれ違っていたでしょう。あの時に出会っていたからこその今だと思ってます。

ちなみに、子供は今のところ考えてません。仕事を続けたいし、気が向いたら自然にまかせて、もし出来なかったらそれでいいし、 と2人の意見は一致してます。親は早く孫の顔を見たがってますが、やっぱり私たち自身の人生なので、後悔のないよう、自分 たちのペースでやっていきたいと思います。

こんな私たちですが、これからもどうぞよろしく!