小学校時代
今でこそ平均的な身長なものの、当時はチビ & 大人しい。
背の順で並んでもいつも一番前。「前へならえ」 の時、いつも右手を腰に当てるだけの寂しい毎日を過ごす。
小学校3年生の時、父親が交通事故に遭い、以来寝たきりの体になる。
父が入院していた1年間は、家と病院の往復の生活。でも別にそれが普通だった。「大変ね」 と言われるのがピンと来なかった。
(今も)
両親が無職になり、それを理由に男子から軽いイジメを受ける。ツラかったのはそれくらい。でも両親を恨んだりは全然しなかった。そん
なことでイジメを始める相手の男子のアタマの中を心底軽蔑しただけ。
そういえば余談ですが、以前のアルバイト先のお店にいた男の人が、実は小学校時代の同級生だったのでした。
私は言われるまで全く気がつかなかったんだけど、じゃあなぜ相手の人は気付いたんだろう? 名前を覚えていたのかもしれないけど、小
学校の時から私は顔が変わってないのかも。
中学校時代
めちゃめちゃ校則 (というより拘束だよありゃ) の厳しい学校。
ここでも大人しく地味に過ごす。先生や同級生に憧れたりしてたフツーの女子生徒。
でも学校のストーブで焼き肉をしちゃったり、「フツーの」 ではなかったかも。(かも、じゃないだろ)
部活は華道部。部長にもなった。と言うとスゴイと思われそうですが、ただ単に気が変わりやすい私に対して、辞められないようなポジシ ョンが与えられただけのこと。
高校生時代
(昔は) お嬢様学校だった、J女子校に入学。
校則が厳しいと前評判だったのでビビッたものの、入学してみたら、中学校に比べたら全然気楽でホッとした。
そのかわり男女交際は一切禁止。 男のコと歩いてたり手紙を見つかったりしたら、それなりの処分を受ける。
私はといえば、当時は他県の男のコと遠距離恋愛中だったため、そこいらでデート現場が見つかるわけもなく悠々自適に恋愛をしてまし
た。手紙も学校なんかには持って行かなかったし。
それにしても、とにかく勉強がキライで全然しなかった。テスト前など、「全然勉強してないの」 と言いながら実はみんなしっかりして
いるものですが、私は 「してない」 と言ったら本当にしてなかったです。(いばってどうする)
テストの日程もおかまいなしで、チャイムが鳴っていざ試験用紙が配られるまで、この時間が何の教科なのか知らなかったことも。
また全校きって行われたとある小テストを、
「ヤル気ないのよね」
と眠ってしまい、白紙提出する。
すぐに呼び出され、その場で再試験を受けさせられる。結果92点。
「頼むから、最初からマジメにやって」
と先生に嘆願される。
でも人並み? だったのは現国だけで、他はメチャメチャ。よく卒業出来たもんだと今でも不思議。(というより、追い出されたのか?)
その中でもワープロだけは、面白かったので自主的に打ち込みをしていたため、すぐにブラインドタッチをマスターしてトップク
ラスに。校内でただ1人、検定1級に合格。
ある日校内放送で呼び出されて、「何がバレたんだろう!?」 とドキドキして行ってみると、他に呼び出された生徒は、私以外は成績 &
スポーツで成績優秀な、校内でも有名な優等生ばかり。
説明を受けてビックリで、学校案内のパンフレットの写真撮影をするという。要するにここに集められた生徒は学校の代表として載るわけ
で、パンフレットは来年受験する中学生に配られるらしい。
後から商業科顧問の先生と話したところ、
「商業科からは、ワープロの成績が一番いい生徒を紹介して下さいって言われたから、アンタを紹介せざるを得なかったのよ。ああ、商業
科の代表がアンタだなんて ・ ・ ・ 」
と当の本人を目の前に、大いに嘆かれる。(実話)
18歳
やっと自由な社会人! 学校が性に合わなかった私にとって、本当にせいせいした。
卒業間近になると先生が、
「アナタ達、今は文句ばかり言ってるけど、社会人になったら 『学生の頃は気楽で良かったな』 って思うものなのよ」
などと得意気に話していたが、それは私には全然当てはまらないことを実感。
また私にとって、その後の人生をも左右する、最愛の男の人と出会う。
出会ってから半年後、その人は事故に遭い、その2か月後に病院で死亡。
また同じ家に住むうちの両親と、長期にわたり大ゲンカをしていた時期でもある。
ある心理学の本に、
「子供というのはある程度の年齢になったら、両親に対して反抗するもの。というよりしなければならない。身内を忌み嫌うことで、初め
て別に愛情を注ぐ、また注いでくれる他人を求める事ができるのである。家族にきちんと反抗しなかった人間は、うまく恋愛ができない」
とありました。
それを踏まえて考えてみると、両親に激しく反抗し、同時に生まれて初めての大恋愛を経験したこの時こそが、私にとって精神的に 『親
離れした』 年齢だったのだなあとしみじみ思う。
19歳
最愛の人が死んですぐ (半月後)、誕生日を迎えて19歳に。とにかく辛かったので鬼のように仕事をする。
朝6時から10時まで、昼12時から夜8時まで、アルバイトを 2つ掛け持ち。休みは日曜のみ。
家族ともほとんど話さず、また友達とも会わず、出かけることも一切せずに過ごす。
ウイスキーをストレートで飲むわタバコは吸い出すわ、ちょっぴり非行に走る?
10か月後、限界が来て自殺を試みるため、バイトを 2つとも辞める。その夜に自殺実行。が、未遂に終わり、母親の泣く姿を見て
断念。
余談ですが、薬とお酒を飲みすぎての失敗だったため、そのせいでお酒はビールとチューハイ以外は全く受け付けなくなる。以前は
何でも飲めたのに、不便。
というより、この年ではお酒もタバコもダメだっつーの。
20歳
派遣社員を半年、その後、運送会社に入社。いよいよトラック業界に脚を踏み入れた第一歩。
初めて自分のトラックを洗ったとき、
「とうとうやった!」
と感激する。感涙にむせびながら洗車するヘンなヤツとなる。
この頃から、年末年始、G.Wなどの休みには、1人で乗用車で遠出をするようになる。高速は一切使わず普通道路で。(東京、四国な
ど)
当時オールナイトニッポンのパーソナリティーをしていた、歌手の石川よしひろさんにぜひお会いしたいと思い、放送当日 (1月3日)
にニッポン放送まで丸1日かけて行く。
当時、一部を担当していたSMAPの中居クンを待つ女性大群に圧倒されつつ、二部の放送終了を待つ。
が、石川さんに対しては、ラジオでのお人柄に惹かれてやって来たので、実はこの時まだお顔を知らなかった。他に数人ファンの人がいた
ため、出てきたのが石川さんと分かり、無事握手してもらう。(無謀だ。バカだ ・ ・ ・ )
また恋愛面では、男の人を見ても全く恋愛感情が湧かず、一生結婚出来ないかもと不安を覚える。
21歳
同じ会社の男の人に交際を申し込まれ、リハビリのつもりで付き合いを承諾。
つきあい始めこそそうだったものの、結果とても楽しく、またこの人に出会ったことで得たことと救いになったことはかなり多い。今でも
本当に感謝しています。
この人とはそれから2年、私が23歳になるまでお付き合いすることに。
丸1年経った頃転職し、キャリアカーの会社に行く。
仕事中、トラックの故障でそれに巻き込まれ、左膝挫傷。翌日病院に行ったら即入院させられる。
入院生活はとにかくヒマで、ほとんど寝るかTVを観て過ごす。お見舞いに来た会社の人や友達などは、私のヨレヨレのパジャマ姿と寝ボ
ケた顔を見ることになる。
つくづく、TVドラマなどで入院している役の女優さんの小ぎれいさは、あんなのウソだと実感する。
22歳
10月に転職、現在のダンプカーの会社に入社。
仕事で1日中運転しているため、この頃から、乗用車でのあてのないドライブはしなくなる。
翌年5月、社員旅行で、この齢で初めての海外旅行、グアムへ。夜に社員の人達とバーへ繰り出し、全員めちゃめちゃ酔っ払って、
日本語の歌を皆で片っ端から歌いまくる。
翌日には実弾射撃に挑戦。私は13人中2位の成績だったものの、本当に弾痕は全て私のものか、隣の人のが当たったのではないかと
今でも疑問。
8月、仕事関係の人達と、食べ放題のお店へ行く。
楽しい雰囲気と仕事後のビールで、とにかくめちゃめちゃ酔っ払う。
記憶がなくなるのと二日酔いを始めて経験し、同時に深あく反省する。
23歳
春にクルマを買いかえる。
生まれて初めてのローンを仕方なく組んだものの、借金があるようで性に合わず、とにかく早く返そうと、月に10万という大胆な返済で
わずか1年半でローンを終える。
9月、仕事関係の人と大衝突。
本気で転職を考えたものの、知り合いの運ちゃんに説得され、結局居残る。
お酒の席での衝突だったため、これを境に、それから友達などとお酒を飲んでも苦い思い出があるため100%陽気に酔えることはなくな
る。
(が、日記を読んでいる人にとっては、「そうか? 十分だと思うが ・ ・ ・ 」 と思われる)
24歳
機械オンチのくせに、何の気の迷いかパソコンを買う。
なんとか説明書と首っぴきでぎこちないながらも使用可能に。値段におののいていたため、部屋のインテリアにならず心底ホッとす
る。
また週末や連休の退屈さに耐えられなくなり、夜の間アルバイトを始める。といっても性格上ホステスは絶対に向いてないため、(数多く の友人からも同意見) 無難にレストランのウエイトレスにする。
25歳
10月。アルバイトを1日サボッて、大阪まで Jangle Smile のライヴに行く。
翌朝の始発まで、ライヴに来ていた人達と飲んでカラオケする。一晩中遊ぶという経験は生まれて初めて。
この頃からHPづくりに夢中になり、視力がまた更に落ちたと思われる。が、近視は子供には遺伝しないからまあいいもんねと、既に開き 直るようになる。
4月。人間関係で限界近くまで悩み、「もう会社辞める」 とまで思いつめるものの、仕事先が変更になり、悩み解消。
<26歳>
2月、「もう寒いのヤダ」 という理由だけで、いきなり1人でバリ旅行へ出かける。
会社には 「田舎の祖母が亡くなりました」 と大ウソ。こんなウソをついてバチが当たらない事を祈る ・ ・ ・
8月、海水浴に行きまくる。けど海には1度も入らず、1日中浜茶屋の中で過ごす。
隣りにいた若者グループが、かき氷の 「宇治金時」 を 「うじきんじ」 と本気で注文していたという愉快な思い出ができる。
9月、数年ぶりにめちゃめちゃ酔っ払って記憶を無くす & すごい二日酔いになる。
27歳
仕事先の忘年会で、酔っ払った勢いでお見合い話に返事をしてしまい、すっかり忘れてた後日、
「今週の土曜に日取り決めたからね」
と言われおおいに慌てる。もちろん断ったものの、これからはお酒の勢いでいい加減な返事をするのはやめようと反省。
数日前の飲み会で 「今度脱衣麻雀やろうぜ〜!」 と盛り上がった事も、この場を借りてお詫びさせて頂きます。あれは冗談でした。
翌年5月、視力回復手術を受けて視力が1.2に。文字通り世界が違って見えるようになる。おかげで夜遊びし放題になる。(おいお い)
7月、社員旅行でタイに。すっごく楽しかったけど、相変わらず何でもおいしいおいしいと食べる私の隣りでみんな 「まずーい」 と言っ
てたり、コンビニで買ってきたインスタントラーメンで全員が 「これが1番まずい!」 というのが私は1番おいしかったりして、自分の
舌にちょっぴり自信をなくす。
この年はとにかくプライベートが充実していて、週2〜3回は飲みに行くわスポーツクラブには通うわ家事を増やすわバイトもするわ、
「1日が30時間くらい欲しい!」
と本気で考える。
28歳
バイト先のレストランのいい加減さにず〜〜ッと頭に来ていたが、お客さんがいるのにその横で掃き掃除するという行為に、さすが
に、
「バカじゃねーの!? いやバカだよオメーらは!!」
とついにブチ切れ、3年半近く続けてきたお店を辞める。
(以下 随時更新予定)