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ジェフリー・A・ランディス


ジェフリー・A・ランディス Geoffrey A. Landis (1955〜 )
 アメリカの今や中堅ハードSF作家。本職は太陽電池=ソーラーパネルに従事するエンジニアかつ固体物性物理学者。それに加えて、詩も書いているので、抒 情あるハードSFを描く。
 しかし、果たして日本でこの人をどれだけの人が知っているだろうか? 河出文庫『20世紀SF(6)』に収録された「日の下を歩いて」というヒューゴー 賞受賞の作者と言えば、合点が行くでしょうか?
 海外でも、処女長編 Mars Crossing (2000)が出て、短篇集 Impact Parameter and Other Quantum Realities(2001)で、ようやく2冊です。デビューは1984年ですが、本職が別にあるので、そんなには書けないと思います。それでも短編が 60編を越え、詩が20数編を越えるSF作家です。
 そういうランディスは確かにネビュラ賞にヒューゴー賞の受賞作家ですが、そんなに目を引くほうではない。本として出ているのも前述のように少ない。そう いう彼に注目する理由は、ハードSFの書き手だから。良いハードSFを書く作家を探していた時に見つけた、歯ごたえのある作家だったからです。

関連サイトはここ。
本人のサイト。
http://www.sff.net/people/geoffrey.landis/index.htp
特許・論文など。ちゃんと仕事しています。
http://www.sff.net/people/geoffrey.landis/sci_biblio.htp

Impact Parameter and Other Quantum Realities
Golden Gryphon Press 2001 ISBN1-930846-06-1

 収録作品を紹介しましょう。訳題は仮のものです。


 前書きは、ハードSF作家として見なされているジョー・ホールドマン。

A Walk in the Sun 「日の下を歩いて」で邦訳されています。
 月世界の事故で、真空の月下に一人残されたトリッシュ、助けが来るのは一月後。太陽パネルの電力で生命維持装置は動きつづけるが、それも太陽が差してい る間だけ。そこで彼女は西へ向かう。(この後が知りたい人は邦訳を読んでください)
 後書きで、ワールドコンで良く質問されることに、トリッシュは何故、極(南極ないし北極)に行かなかったか? そこなら白夜のように日が差し続けるだろ うに? というのがあると、その説明をしている。曰く(他にも色々計算したんだよ、あんまり信じてくれそうにもないが)、一つは極付近では方向が分からな くなるため誤った方向に行ってしまう可能性がある(月では方位磁石は使えません)。一つには、影が長くなるため、山脈やクレータの影で結局日が差さない危 険性がある。だそうです。
Impact Parameter (初出はASF(アシモフズSF)誌1992年 8月号)
「衝撃パラメータ」
 題名は物理学で「衝突パラメータ」として扱われる用語です。それを、世間に与える衝撃のパラメータとして扱っているのです。
 話はSETIから始まって、宇宙からのメッセージを探していると観測天体の基準点となる恒星の位置がずれていることに天体物理学者が気づくところから始 まります。最初は機器校正がされていないのかなと思うのですがそうでもない。そこで、大学の専門家と相談すると、やがて恒星のずれは重力レンズのためと判 明する。更に侃侃諤諤の議論の末、ブラック・ホールが地球を目指して跳んでくると判明する。避けることは出来ない、逃げる場所も無い。世の終りがやって来 たのである。マスコミに知らせても、返ってパニックを煽るだけである。それでも、一部の学者はこのことを公表しようと思うが、会議のメンバーは穏やかに世 の終末を迎えようとする。そして、主人公は、別れた妻に会いに行く。
 最後に、一捻りありますが、実に抒情的で実直、それでいて人間の機微が描けたお話。
Elemental(初出は Analog誌1984年 12月号:デビュー作)
「エレメンタル」
 メリッサ・スコットの錬金術SF(『天の十二分の五』創元文庫)のような、この世が四元素をシンボルで操れる世界であったらということから書かれた短 編。実は錬金術は量子力学だった。だから、ロケットだって、反物質であっても全てエレメントで制御出来てしまう。ところが、こういうアイデアで書くことか らも分かるように若書きなので、実に初々しい。なんせラヴ・ストーリーのハッピー・エンド物なのです。当のランディス本人も、私が書く話でないと言うくら い。ちなみにヒューゴー短編部門候補作。
Ecopoiesis(初出は Science Fiction Age誌1997年 5月号)
「エコポイーシス」
 火星に降り立った三人の女性、サバイバリストのタリー、物理学者リーア・浜川、生物学者ティンカーマン。彼女らは火星における入植者の最期を調べるため に監視局から送られて来た。火星はエコポイーシス化されていた。エコポイーシスはテラフォーミングではない。他の惑星を地球の植生に近づけるのがテラ フォーミングだが、生命のない惑星で、生物圏をあるがままにしたらそれは地球の生態系とは異なった形で平衡化するだろう。それがエコポイーシスである。火 星は人類の一派によって領有化宣言され、大気は二酸化炭素とメタンに溢れ温室効果で温暖化は進んだ。そして嫌気性(酸素が嫌いな)細菌が存在するが、人類 がそのまま呼吸できるわけではない世界となっていた。そんな世界にしても、住居さえあれば真空というわけでないので人間は生きていける。しかし、その入植 者が亡くなったので、当局(おかみ)は調査員を送ったのだ。
 ある意味、殺人が行われたのかと調べるので、ミステリーでもあります。
 改造された火星、北半球は海と化し、温暖化によってバクテリアに溢れた川が流れる(ビールだ、ビールの川だ)。そこを巡る旅がティンカーマンの目を通し て描かれる。まさにエキゾティックな異世界である。詩人の目を通して描かれた世界は、地球に無い色彩の風景を織り成し、そこを快活な女性が走っていく。
 なお、この三人の話は他にもFarthest Horizonsというのがあるそうです。
Across Darkness(初 出はASF誌1995年 6月号)
「闇を渡って」
 太陽系から20光年離れた所に人類が入植できる星がある。そこで、人類の総力を上げ、恒星間船が建造され、旅立った。相対論効果によって船内では12年 間に相当する。乗組員は五人、全て若い女性である。彼女らは、新天地での母親(=人類製造機)の機能も担っていた。ところが、船は僅かながら段々推進力が 落ちていく。なんとかしなければならない。彼女らが失敗すれば、疲弊し資源を失った人類には二の矢は無いのである。エンジンを止め、出力が下がる原因であ るノズル内付着物の除去のために、遠隔操作ロボットを使うがなかなかうまく行かない。累積被爆によりロボットは全て壊れ、ついには人間の手で行わざるを得 なくなる。
 何か全キャラクターを女性にしたベンフォードの作品を読んでいるような感じもするが、女性という特性の為か、作家ランディスの特質の為か、実にケンの無 いそれでいてホロリとする情感のあるハードSF(寧ろ管理工学的なSF)になっている。
Ouroboros(初出はASF 誌1997年 1月号)
「ウロボロス」
 ウロボロス、それは自分の尾を飲み込む蛇。話は、宇宙をシミュレーションしていると、その世界でまた宇宙をシミュレーションして、そのまた世界 で・・・。ダニエル・F・ガロイ『模造世界』(創元SF文庫)ですな。ほんとにショート・ショート。
Into the Blue Abyss(初 出はASF誌1999年 8月号)
「青き深淵へ」
 天王星、太陽系の外殻にあるその星は、弱い太陽の光を受けて、青く輝いている。地球の四倍ほどの直径を持つが、表面重力は地球以下である。その内部には 固体の核は無く、全てが液体と考えられている。そう、海の星である。外惑星に住む者は狂信的であるとされるが、その狂信的な科学者ストッダーマンの依頼 で、女性物理学者リーア・浜川は、カイパーベルトからやって来た女性生物学者ハニタ・ジャヤヴェルと共に、天王星の海に生命を求めてダイブすることにな る。
 ホームベースはいわば熱気球であり液体表面まで、じわりと降り、そこから、ダイアモンド外殻で覆われたイルカ型ポッドで、青き深淵へと飛び込む二人。こ の辺りは冒険SFで、実にビビッドで快活に描かれている。詩才のある人は情景を描くのが巧いが、ランディスも伊達に幾つも詩を書いている訳ではない。青い 海を螺旋を描くように追いつ追われつ深みへと先行していくニ体のイルカ型ポッド、外の青は暗さを増し、コバルトに更に群青へと変っていく。
 ちなみに、この作品が表紙絵である。
Snow(初出は Starlight 2, TOR, 1998)
「雪」
 ロバート・チャールズ・ウィルスン『世界の秘密の扉』のような、他の世界 へ渡ることの出来る女性の話。これまた、短い話。
Rorvik's War(初出は New Legends, Legend, 1995)
「ローヴィックの戦争」
 ある日突然召集礼状が当局より届き、戦場に駆り出されるローヴィック。ロシア軍が攻めて来て、ボストンは戦場と化したのだ。各種ガジェット兵器が飛び交 う未来戦争。ところがローヴィック、自分が何度も戦い、何度も死んでいることを思い出し、召集前にコンピュータ・シミュレーションの記事を読んで、シミュ レーションでは、有り得ない事態でも想定することに考えが行きついた。そうか、俺はシミュレーションに繋がれているのかと悟る。
Approaching Permelasma(初 出はASF誌1998年 1月号)
「臨界接近」
 ブラック・ホールにおいて、シュバルツシルト半径よりも内側では光は抜けられないため、何の情報も得られない。そこで科学者たちは、ブラック・ホール内 部を見るための作戦を編み出した。
 まず、潮汐力があるので、ブラック・ホールに飛び込むプローブのサイズを極小さくする(潮汐力は物体のサイズに依存しますので)。次に、プローブに人間 の意識をダウンロードする。
 主人公は、プローブにダウンロードされた人格である。自分のアイデンティティを考えながら、ブラックホールの臨界=シュバルツシルト半径に接近する。も し、回収に失敗すれば、自分はブラック・ホールに呑みこまれる。
 全くもってハードSF。回収方法に疑問が生じたが、シュバルツシルト半径内部でも特異点自体でないと気がつけば納得。
 結構スリリングなので、ほんの触りを訳してみましょう。

 ドキドキと唐突なスリル、何か恐怖の大波が−まだ、それを恐怖として感じているならの話だが−近づいてくるような。そして分っていた、俺がそれを やるまさにその人物だと。
 俺こそがブラックホールに陥らんとする人物なのだ。
 ああ、なんてことだ。今回は俺であってあんたではない。
 これは現実だ。
 もちろん、どんな風に感じるか正確に経験してはいる。俺たちは二人とも、これをどう感じるか、正確に知っている。

 俺の身体は奇妙に思える、大きすぎて同時に小さすぎる。筋肉の感覚、視覚、運動神経、全てが調子狂っている。全てが不可思議だ。視覚はけば だって、色は奇妙に歪んでいる。動くと、俺の身体は予想もしないほど速く動く。しかし故障しているようには思えない。もはやそれに慣れようとしている。 「いける」と俺。
 知らねばならぬことは多すぎて、一度に全ては多すぎる。俺はゆっくりとあんたの個性の断片たちと合体する。そいつらの誰としてあんたではない。そいつら の全てはあんたである。
 操縦士、もちろん、あんたはそうだったかもしれないし、今現在そうかもしれない。俺はあんたの操縦士のペルソナをまとめ上げる、そいつが俺。たんなる未 探検の大陸よりもずっと暗い暗黒の中心に俺は飛ぶ。科学者、あんたの経験を理解すべき誰か、そうだ。俺はペルソナを合成する。あんたはそいつでもあり、俺 も分っている。
 そして、単純にそれを経験し、あんたが如何にブラックホールに陥ったか、そしてあんたが如何に生き延びたかという話をする(もし俺が生き延びて話が出来 るならの話だが、)その人物は俺。俺は自分を通り過ぎた星に因んで、ウォルフと呼ぶだろう、多分、単にあんたじゃない俺自身に主張する以外に、何の理由も 無い。
 俺たちは俺とあんた。しかし、本当の意味では、あんたは全くもってここにいない。俺っていうのはあんたじゃない。あんたは遠くだ。安全だ。

 ブラック・ホールの幾つかは−俺の科学者のペルソナが囁く−降着円盤に彩られ、華やかな信号のように宇宙に耀く。恒星間充填材たる塵とガスは飢えた特異 点に向って落ち、その降りにおいて光の速度近くに加速し、落ちるに従い狂ったように渦を巻く。そして衝突し、縮まり、イオン化する。摩擦がプラズマを百万 度に加熱し、硬X線の絢爛たる光輝を放たたせる。そういったブラック・ホールは黒いどころではない。降下ガスの白熱光は銀河の中で最も華々しく光輝いてい るものかもしれない。誰もそして何であれ、その傍らに寄ることはできない。その放射から生き延びるものがない故に。

 詩情があり、幾分緊張した主人公の心情を丹念に描いていることが分かるでしょう。


What We Really Do Here at NASA(初出はScience Fiction Age誌1994年 6月号)
「我々はここNASAで本当は何をやっているのか」
 題からすれば、業務解説(ランディスはNASAで仕事をしていますので)のような気がしますが、実はしっちゃかめっちゃかの法螺話。
 警備は厳重で、パスワードを間違えたらマシンガンの餌食。構内には地雷がばら撒かれて、しかもパターンを変えるので、忘れたら、はいそれまで。税金で支 払われたお札が、トイレットペーパーと化している。宇宙人がいて、こいつがカードに細工するから、家でちゃんと切ってから持っていくとなる。時には空軍の コマンド部隊が、その宇宙人は俺たちが見つけたんだからなと、奪い返しに来る。嘘言っちゃいけない、見つけたのは俺たちNASAだ。
 だから、内緒だよ、誰にも言っちゃいけないよ、って話。

Dark Lady(初出はInterzone誌1995年 8月号)
「ダーク・レディ」
 大学の理論物理における卒業生の苦闘話。彼が仕えることになった教授は、学内一の切れ者の女性だが、どうも気に掛かる。機嫌の良い時は実に溌剌としてい るが、そうでない時は鼻を棒で括ったようなぞんざいな扱いをする。彼女の大学での友人は同期の博士だけ。大学の研究室も結局は人間関係からなるが、人間だ からこそ軋轢がある。最後の数ページの中の数行で、SFとなるが、基本的に、人間関係をまだ若い大学卒業学年の目から描いた、普通小説(メインストリー ム)。
Outsider's Chance(初 出はAnalog誌1998年 12月号)
「アウトサイダーの機会」
 宇宙海賊の話。ここでいうアウトサイダーというのは無法者というわけでなく、外惑星者という感じである。
 核融合によって熱を発生させ、その熱で推進剤を飛ばして反動で進む船、低重力域でほそぼそと貨物を扱う独立業者。その彼を宇宙海賊が襲った。
 何か谷甲州の航空宇宙軍シリーズの外惑星動乱の話をベースにして、宇宙海賊の話を作ったようなそんな話である。ですから宇宙海賊の話でも破天荒ではな い。
Beneath the Stars of Winter(初出はASF誌1993年 1月号)
「冬の星の下で」
 スターリン圧制時代のシベリアの強制労働収容所の話である。話の大半はそこでの寒く厳しい世界を描くことに費やされている。食べ物は少ない、労働はきつ い、病気や怪我になったら回復の見込みは無い。僅かな楽しみは知識階級による、講義である。元々政治犯なので知識に対する好奇心は強く。各個人の専門講義 は第一級である。
 そこでも科学者が頑張っているという話であるが、そこでの発明がSFに結びつく。その発明が無ければ、ダウンビートな普通小説。
The Singular Habits of Wasps(初出はAnalog誌1994年 4月号)
「スズメバチの特異な習性」
 シャーロック・ホームズのパスティーシュである。シャーロック・ホームズと切り裂きジャックの話である。色々と当時の題材を使っているのが楽しい。兄の マイクロフトも登場しますし、H・G・ウェルズも登場しますし、ワトスンはメアリー嬢(結婚前だから)と演劇を見に行ったりします。その劇は『ジキルとハ イド』。
 ホームズものなのでミステリーになっているのは当然として、それでも、ちゃんとSFになっている。尤も、題でネタ割れしていると思う。「ホワイトチャペ ルの惨劇」とか「消えた屍」くらいで良いような。
 個人的には、シャーロック・ホームズの女装というのが、なんか可笑しかった(笑うとこじゃないんだけど)。
Winter Fire(初出は ASF誌1997年 8月号)
「冬の火」
 主人公はリーアという幼い娘(おそらく女性物理学者リーア・浜川の幼少)の戦争時代の記憶を巡る旅。
 音楽の都ザルツブルグは、恐らく世界のグローバリゼーションが生んだのであろう自国中心的ナショナリズムの攻めぎ合いの戦場と化していた。どの戦争でも そうであろうが地獄の世界である。
 各種の未来兵器が飛び交う古の都市で、リーアは日本人の両親を失い、ドイツ人の養父ヨハンの元、育てられる。ヨハンの妻もビル崩壊によって亡くなってい る。
 元ネタはサラエボの悲劇である。どうもランディスはこういう話や前述の「冬の星の下で」のような歴史的な悲劇に敏感なようで、それをなぞるような作品を 書いている。
 本人曰く「明るく楽しくなければSFでない。そういう意味ではこの作品はSFでない」
 後書きは、作者による作品解説(本人は、作品は作品自体が全部語らないといけない、とか書いているが、結局、書かれた 背景について説明している)

 というのが、この短編集の中身です。フォワードかシェフィールドのような割と明るい話を期待していたのですが、意外と重い話(=ダウンビート)ばっかり で、びっくりしました。詩情があっても現実から目を逸らさないのはエンジニア気質(かたぎ)なのかもしれません。逆に暗い話でもそれでも十分に読ませる作 品で、しかも情感がある。エンターテイメント作家には決してならないでしょう。それでも良いのです。このランディスらしい感性でハードSFを書いてくれれ ば。ジェフリー・A・ランディス、これからも追いたいハードSF作家の一人です。

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