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ロバート・J・ソウヤー
ロバート・J・ソウヤー Robert James Sawyer (1960〜)
カナダ出のカナダの作家。Compserveを起点として作家になったといえる、ファンダム上がりのSF作家。彼のWeb
pageには詳しく最新の情報が満載。そのソウヤーのページはこちら。
http://www.sfwriter.com/
カナダSFのサイトです。
http://www.geocities.com/canadian_sf/pages/authors/sawyer.htm
http://www.edu.yorku.ca:8080/~WIER/rjs.html
http://isfdb.tamu.edu/cgi-bin/ea.cgi?Robert_J._Sawyer
http://www.fantasticfiction.co.uk/authors/Robert_J_Sawyer.htm
『ゴールデン・フリース』Golden
Fleece (1990) 内田昌之訳(ハヤカワ文庫SF)
解説にはこうあります。
>恒星間宇宙船<アルゴ>で殺人事件が発生する。物語は犯行シーンからはじまり、
>読者は冒頭から犯人の名前も、自殺を偽装した手口も知らされる。 −中略−
>本書は犯人自身の一人称で語られていく。……犯人が語り手の倒叙。
いわゆるSFミステリーと言って良いでしょう。SFミステリーと言うと、アシモフ、ギャレット等
が思い浮かびます。その上に、バサード・ラムジェットに
よる人類初の恒星間宇宙船という、SFならではの大舞台。
さて、「黄金の羊毛(ゴールデン・フリース)」を求めるのは、イアソン率いるアルゴノーツでありますが、何で<アルゴ>かと言うと、自明ですが、人類最
初の船の名が<アルゴ>だったからです。「黄金の羊毛」について補足すると、イアソンの一族の者が、王位継承を巡って殺される時に、ヘルメスの手引きに
よってコルキスの地に逃されますが、その手段が空飛ぶ黄金の羊であり、その羊がコルキスの地で生贄として神に捧げられた後、毛だけが宝物として眠らない龍
によって守られるというのが、そのエピソードです。そして、その羊の毛を追うように、イアソンたちがコルキスに向かうわけです。(読んだ人には、ああなる
ほどと納得されるかも知れない)アルゴノーツには、ヘラクレス、テーセウス、オルフェウスなどがいます。<アルゴ>にも着陸船として<オルフェウス>があ
るのもそのためでしょう。
これが処女長編というそうだから、武骨な、消化しきれていない所があっても仕方ないかな、と言う気はする。まあ、金払った分は楽しめたから、気負わず読
むのが一番良いのかもしれない。
『占星師アフサンの遠見鏡』Far-Seer
(1992) 内田昌之訳(ハヤカワ文庫SF)
これは、紛れもなくサイエンス・フィクションである。SFファンなら、見逃してはならない、一冊なのである。
SFは空想科学小説であるということから、私のSF歴(1998年現在、たかだか25年)が積み上げられている。それがベースであるから、科学的な見方
と言うのが、一番引きつけられる。主人公<恐竜>アフサンが天文学の発見をする(読者の私は既に、余計な知識があるために見破っているのだが)、その導き
方が読んでいて気持ちがよい。観察、仮定、検証というのは、科学の常套的な手法であるが、それを踏襲しているのである。その結果、世界観を180度変え、
世の中の既成概念を打ち破ることになるが。
SFのストーリーでは既成概念の打破は良くあり、少年がその中心となるのがある種のパターン。それはSFが権力志向で、サクセス・ストーリーによる子供
の願望充足にも繋がる「SFという名の暴力」とも云え、話によっては流血の騒ぎになったりするが、『占星師アフサンの遠見鏡』の場合もその例にもれない。
しかし、知ってか知らでか、作者はここで巧妙な手を使っている。すなわち、主人公達の種族を肉食恐竜にすることで、冒険好きで血生臭いことが好きなのを、
肉食の本能に依存したものとすることができた。だから、この一冊で恐竜の話、冒険ロマン、そして世界観の逆転によるセンス・オブ・ワンダー(死語?)を詰
め込んでも、薄っぺらい冒険SFに見えないように見せることができる(誉めてるつもり)。
文章やレトリックは平板だが、SFの醍醐味はアイデアとその展開だと思わせてくれる。久方振りの往年のSFらしいSFを読んだような気分になった。
『さよならダイノサウルス』End
of an Era (1994) 内田昌之訳(ハヤカワ文庫SF)
恐竜の滅んだのは何故か? その理由はタイムトラベルが実は、ってパターンは意外に多いのであるが、その一つとも言える。けれど、ソウヤーはそれに輪を
かけている。恐竜の謎について、実はねと打ち明け話をしてくれる。それは嘘だって! と思うんだけど、しつこくやられていくと信じる気にもなってくる。そ
れにタイムパラドックスが絡んでくる。こっちの方はネタの出自が、疑わしいというか、今一つのれないのだ。話自体にしても、今のアメリカ的夫婦生活の破綻
てのがあって、気になる人は気になると思う。
それ以外は、素直でない強烈なSF物、殊更恐竜の出てくるタイムトラベル物である。
やっぱり、タイムパラドックスが気になってしまうなあ。
『ターミナル・エクスペリメント』The
Terminal Experiment (1995)
内田昌之訳(ハヤカワ文庫SF)
ピーター・G・ホブスンは、脳波を正確に測定することで、人が死ぬときに、ある電気のフィールドが人間の頭脳から出て行くことを発見する。何人かの被験
者からそれは確認できて、人間が生きているときにもそれが存在することが確認できる。また、9週間目から10週間目の胎児にもこの電気フィールドが存在
し、それ以前にはない。また牛にはこのフィールドは無く、チンパンジーには存在する。
これをなんと呼ぶべきか? 魂? 取りあえず、ホブスンはこれを魂波と名づけて公開する。さて世の中はどうなるか? ある過程が起こったとして、それが
どうなるかを考えることを、普通演繹とか外挿(エクストラポレーション)と言うが、それをバックグラウンドとして物語は語られる。(余談だが、魂がないと
言われる弁
護士の場合、見つけるのに苦労したという記述が面白い)
バックグラウンドと言うのは、このSFはミステリーでもある。誰が犯人かという本格物である。容疑者は、ホブスンから得られたニューラルのシュミレー
ションモデル3体である。1つは、死と同じく生体からの生物的要因からリンクを外されたモデル。1つは、老いや死に関する項目からリンクを外されたモデ
ル。最後は、生体の状況そのままのモデルである。ここまでばらしたら不味いのではと思われる方もあるかと思いますが、大丈夫、最初の数ページで、紹介され
るネタなのです。ミステリーですので、読者は犯人を読みながら捜すということが出来ます。
ここいらの説明は解説:瀬名秀明を読んでもらえば、もう下手な駄文を並べるよりも確実で、SFファン以外でも読んでみようかと思うこと請け合い。
しかし、それでは真性SFファンにはどう説明するか? SF解説家のやりそうなことをやりましょう。
まず、この本の成立過程から。"Hobson's
Choice"として1994年12月号から4回に渡って、analog誌に掲載され、1995年に"The Terminal
Experiment"と刊行される。Terminalはバス・ターミナルなどでいうターミナル、つまり終点、人間でいえば臨終を意味するが、同時にコン
ピュータ等では端末の意味を持つ。つまりダブルミーニングなわけです。では元の「ホブスンの選択」"Hobson's
Choice"は? これは故事成語みたいなものです(作品中できちっと説明されています)が、簡単に言うと「選り好みなし」という意味です。それと主人
公の名前がホブスンというので掛けているわけです。人間生まれた以上、好むと好まざるとに関わらず、この肉体で生きていかなければなりません。生きるのも
死ぬのも。死ぬのを厭うなら、死ぬまで老いさらばえて生きていくしかない、嫌なら生きるのを止めることだ。まさしく「選り好みなし」です。
『ターミナル・エクスペリメント』は作品的には『ゴールデン・フリース』を読まれた方なら、またやっているとにやりとされると思います。AIに関する描
写や、人格サンプリングの点。またSFミステリーである点。しかし、さすがに脂が乗り切ってくると、昔よりも読ませます。しかも、興味をもたれるであろう
死後の世界は、せいぜいシミュレーション的な見地のみを見せて、臨死体験の問題を脳の活動が作り出した場合もあるんだと、ちゃっかり逃げているし、わざわ
ざその話にする必要もないなあと思うくらい、話は充実しています。特に主人公ホブスンを取り巻く環境や性格が入念です。その全てを見ると、さすがにネヴュ
ラ賞を取るだけの値打ちはあるなと言えます。
『スタープレックス』Starplex
(1996)内田昌之訳(ハヤカワ文庫SF)
もうお馴染みのソウヤーの5作目です。今度は宇宙SF、けれど、タイムトラベルも含まれる。ちょいと喋ってしまおう。
暗黒物質(ダーク・マター)について。
現在の宇宙の運動から予測される、宇宙の質量は、観測される値から外れている。このことを合理的に説明する簡単手段は、見えない質量源があると考えるこ
とです。その一つは、本当に見えない物質が宇宙空間にあるというもので、重力レンズ効果があるのだから、遠くの星を観測していれば、またたくような状態が
あるだろうという観測が続けられました。もう一つは、従来は質量を持たないと思われたニュートリノのような粒子が質量を持つだろう、そうすれば辻褄は合う
というものです。現実の世界では、恒星間暗黒物質によると思われる重力レンズ効果が発見されたのですが、その後の検証で、どうも背景銀河の影響らしいと分
かって、このタイプの暗黒物質は、現在は分が悪い状況にあります。もう一つの仮説、ニュートリノに質量があるというのは、最近ニュースになりましたが、ど
うもそうらしいということになっています。こういう背景は知っていないと、『スタープレックス』のどこまでが今の科学か、虚構か、分からないと思います。
当然、登場する新しい二つのクォークも、現段階では虚構でしかないです。
スタートレックとの関連。
ブリッジの配置とか、船の形がダイヤモンドを横から見た形とか、コマとか言うのは、エンタープライズ号の円盤部分を思い起こさせる。スタープレックス自
体、スタートレックに響きが似ている。実はソウヤーはスタートレックの本を書かないかと言われ、結局、断っている。そして、その話をアメリカのパソコン通
信で流して、多くの人の喝采を得ていたのである。確かに、スタートレックを書けば、確実な市場があり、懐を潤すことは出来る。しかし、作家に取って大事な
オリジナリティを捨てることになる。『宇宙大作戦』(ハヤカワ文庫SF)の後書きで、ジェイムズ・ブリッシュがそのことを書いていたことがある。
で、私が何を言いたいかというと、ソウヤーはずっと、スタートレックを書くことを考えていたんだなと。もちろん、スタートレックを直接書くわけではない
が、ストーリーとかアイデアのコアはそういう背景に基づいてしまったと思います。だから、スタープレックスもどうしても、スタートレックに似てしまうの
だ。
ストーリー構成。
話の作り方が旨くなっていますね。以前から、冒頭に話の最後に近い部分を持って来るって −カット・バック− を使っていて、それで、時系列の順序を変
えているんだけど、ネタをばらさずに、徐々に話が見えて来るという巧みなストーリー構成を行なっています。ただ、すべてが分かってしまうというのは、良く
ないなとも思える。例えば、バクスターのジーリー・シリーズでは、ジーリーが未知の存在のままに
終わ
る。実は、この見えていない部分が、話に奥行きを感じさせている。霧深い奥山だからこそ、返って神秘的であって、書割のように全貌が見えていたら、小さく
見えてしまう。
サイエンス・フィクションとしては上出来なエンターティメントかつ科学啓蒙的であるけれど、それでも妙な点はある。人工重力ってどうやって作っているの
とか牽引ビームはどういう原理なのか、本当は宇宙の神秘よりも、そっちの方が私は不思議なんだよな。なまじハードSFっぽく作っているなら、そっちの方が
重要だと思う。
色々書いたけど、考えなければ楽しい作品。
『フレームシフト』Frameshift
(1997) 内田昌之訳(ハヤカワ文庫SF)
うちのリーダーズ英和辞典によるとFrame
Shiftは「DNA上の塩基の1または2個の挿入または欠失による読み枠の移動による」という意味だそうですが、作品中で詳しく説明されるので、この言
葉に悩む必要はなかったです。もっとも題名と中身では、フレーム・シフトの比重が違います。枠組みがずれたというのを、ストーリーの中でやっているという
ダブルミーニングなら間違いではないかもしれませんが、そこまでこだわっているようにも思えません。
ハンチントン舞踏病という遺伝上の悩みから遺伝学者になったカナダ出身の主人公に、フランス語を知らないがゆえ、主人公と恋仲になる、生得の能力で、他
人の頭の中で言葉になった意識を拾える、つまりテレパシストの女性。ユダヤ人収容所で、残虐の限りをつくし、行方をくらませた戦犯と、彼を追うユダヤ人の
捜査官。こういった、遺伝というものを巡って話は構築されていく。これなら素直にGeneって題名をつける方が良いなと思います。とにかく、最初は何が焦
点か分からなくて、話も主人公も右往左往してしまうのですが、終ってみれば良く出来たSFテイストなミステリーなんです。SF性もアイデア的には結構面白
いのですが、どっちかというと地味です。ぱあっと派手なハッピーエンドにもしていない。しかし、むしろこういった納得できる話の方が読んでいて違和感がな
いです。これは面白いです。
遺伝子ということについては、それとなく作品中で読者に説明するようにしてあり、知らない人でも分るように話は作られている。けれど、専門家からする
と、これは違うというのもありそう。そうでなければ、SFでなく「サイエンス」や「ネイチャー」に投稿されたでしょうし。
読んでいて、改めてソウヤーについて分ったのは、カナダへの帰属意識が高いことです。ヴァン・ヴォークトの追悼メッセージで、彼をカナダ人として見てい
たことや(カナダでのヴァン・ヴォークト人気は、ご当地作家という感じ)、自身カナダ作家であるということを書いていて、相当な自負があるようです。
P.292 50%*50%*50%*50%*50%*50%*50%は0.78%の間違いですね。ちゃんと検算しないと。
『イリーガル・エイリアン』Illegal
Alien (1997) 内田昌之訳(ハヤカワ文庫SF)
もはや安心して読める、あるいは外れのない作品を書くと評判が固まった気がしないでもないのが、昨今のロバート・J・ソウヤーである。
今回の作品は、地球外知性体とのファースト・コンタクトから始まりますが、話は意外なことに、そのエイリアンによる地球人殺害容疑という流れになり、エ
イリアンが法廷で有罪か無罪かを陪審員たちによって評定されるというものになります。表紙の絵が、そのエイリアンでして、人類とは全く似ていない姿です。
そのエイリアンが被告として、法廷に立つ。
短編SFなら、このようなシチュエーションというのもないことは無いのですが、長編でここまで引っ張る話というのは、珍しいような気がします。
このエイリアン、異質な思考を持つようには作者によって考えられているんですが、やはりどうしても人類的な発想に手を加えたような感じになる。例えば、
アメリカでは子供たちに進化論と共に、創世記(つまり神が人間を創った話)を教えているのですが、それをくすぐるような話を持ってきている。詳らかに言う
と、このエイリアン(アルファ・ケンタウリからやってきたトソク族)は神を信じるが、その神がトソク族を創ったのではなく、トソク族は進化の結果生まれた
のだと知っている。そして、宇宙の何処かに、神が創った本当の知性体がいるに違いないと信じている。
なぜ、そう信じるかと言えば、神が創った知性体なら、完璧であり、進化の過程で生じた無様な痕跡を残す筈が無い。しかし、トソク族には、その進化の形跡
がはっきりと刻印されている。この後、地球人類も進化の形跡があると続くのです。一例を言うと、話の中では出てこなかったのですが、人間には尾底骨があり
ます。つまり、人間は「進化した猿」だというわけです。このようなエイリアンの考え方には、作者ソウヤーの思想というのがかいま見えます。
そのソウヤーという人の思想ですが、SFヲタクにも拘わらず、すごく常識的です。人類の社会や制度や政治・宗教等を、エイリアンから見たら、非常に非常
識である、ないし自己矛盾を含んだとんでもないことであると、(あからさまに非難することなく)諭しているのです。そして、今回の対象になったのは、盲目
的に創世記を信じる人あるいは教える人なわけです。
従って、エイリアンの思想も、本質的には人類的でなければ、そのようなくすぐりが出来ないわけで、前述したように、人類的な発想に手を加えたような感じ
に収まってしまうのだと思います。
とかなんとか、いろいろ作者の思うところを考えながら読める本なのですが、基本はSFミステリー、しかも法廷物というのが、本書です。これで、ソ
ウヤーなら即買いだという評判を後押しする作品が、また一つ増えたわけです。
(2002/11/2 追記)
『フラッシュフォワード』Flashforward
(1999)
内田昌之訳(ハヤカワ文庫SF)
もしも、未来が見えてしまったら? SFはある仮定が生じたら、それがどういった行く末になるのかを徹底的に思索するから生まれる。
『フラッシュフォワード』ではたまたま、全世界の人間たちが、それぞれ21年後の2分間のヴィジョンを見てしまう。見られなかった人は寝ていたか、或い
は・・・って情況になる。その仮定の実現から始まる。それが実現したのは、CERNの大イオン衝突型加速実験開始時だった。そういった加速衝突実験で、未
来が見えてしまう「フラッシュフォワード」が起こり得るのか? 当の登場人物である物理学者でも当然納得はしない。しかし、起こってしまったものは起こっ
てしまったことだし、そうなったらそれを考えてしまうのが人間である。例えば、ヴィジョンが正しい未来なのか? と考える人、明るい未来に感動する人、逆
に暗い未来を嘆く人がいる。また、未来の殺人事件で殺されてしまうことが分ったCERNの若い物理学者や、今の婚約者と違う女性と結婚している中年の物理
学者は当然、当惑する。未来は決まったものなのか、それとも変えられるのだろうか? 話は全世界的であるために、様々な問題が生じている。
また「フラッシュフォワード」という現象が生じるとは、事前に分らなかったために、多くの人が2分間意識を失っていたため(意識が未来へ飛んでいたの
で)、事故で亡くなっている。
このように、アイデアは奇想であるが、それが現実に起こり得たらと丁寧に詳細に追って行くことで、また登場人物が頭で考えるのではなく心(ハート)で考
える、ある意味平凡な人間なために、話は説得力を持ち、まるで現実にこのようなことが起こったのかと、思わせる。これが思索が結実した面白さである。
このような調子で今後も書いてくれると嬉しいなと、今、私はソウヤーに期待している。
『ホミニッド -原人-』Hominids
(2002)内田昌之訳(ハヤカワ文庫SF)
出だしは、カナダにあるカミオカンデのようなニュートリノの観測施設に、
並行宇宙、その世界ではクロマニヨン人が消え、ネアンデルタール人が残っ
たそこから、そのネアンデルタール人が一人出現する、と始まる。一方、ネアンデルタール
人の世界では、一人が失踪したという、言ってみればそれだけの話を長編一
冊に膨らませただけである。
それを引っ張るのが、作家というもの。それに
はネアンデルタール人の生態・社会・文化を知りうる限りの資料を元に、徹
底して構成するところから始まり、それがクロマニヨン人と接触する際に、
どうなるかを考察して作り上げている。となれば気付かれるであろうが、こ
れは、異星人(エイリアン)とのコンタクトをテーマにしたSFと同じわけで
ある。そして、それで終らず、2つの世界でのゴタゴタ騒ぎを交互に描くこ
とで、一冊の本にまで広げているのである。しかし、ご存知のように、この話はネアンデルタール・パララックスの
第1部である。或いは、3部作は実は1作で終る筈だったのが、こういう細かい手順を追っている間に3部作になったの
かも知れない。
こちらの世界で、並行世界からネアンデルタール人がやって来たとなれば、
それは当然、社会的な大騒ぎになる。これは結構、読者の注意を引き付けて
おく事ができる。一方、ネアンデルタール人世界でも、(こちらの世界の)読
者の注意を引かねばならないので、彼の失踪が殺人罪と繋がるように仕組ま
れている。しかも、ミステリばりに謎が用意されている。それも法廷ミステ
リである。これって、結局、いつものソウヤーなのだなと分かる。だから、
ソウヤーのSFを楽しんでいる人には、文句が付けられない筈。
一長編だけでも面白く、この一冊が面白ければ、次々読めば良いと、滅多にないシリーズもの長所が出ています。
(2006年1月3日追記)
『ヒューマン
-人類-』Humans(2003)内田昌之訳(ハヤカワ文庫SF)
前作、多次元宇宙のネアンデルタール人が我々の世界やって来て、何とか
帰りついた後の続きです。前作の結末ばらすようですが、そこから話が始ま
るから仕方がない。再び、ネアンデルタールのポンターは、我々の世界にやって来よ
うと自分の世界の政治家に働き掛けます。一方、こちらの世界でも、再度ネ
アンデルタール人がやってきたらと、今度は米国の機関が動き出します。
という三部作の第二部で、第一部の伏線から展開するミステリもありますが、文化的に無神論であるネアンデルタール人に
よるキリスト教糾弾、理性的にあの世は無いという整然とした反駁、我等人類の戦争という蛮行に対する糾弾と、ソウヤーは確信犯的に、こちらの人類
世界の文化を撫で斬りにします。これって以前にもあったなと考えると『イリーガル・エイリアン』で、ソウ
ヤーは異星人を使って、旧約聖書の創世記で、神が人間を作ったというのが、如何に誤ったことかと諭すのと同じことをやっているわけです。異文化の衝突は双
方に、影響
を与えますが、ソウヤーはそれを隠れた武器にして、通常は口に出来ないタブーを正面から突き付けるわけです。キリスト教徒でないない我々には、実に
痛快に見えます。SFだからね、ということを口実に、ソウヤーは実に壮大な(見えざる)戦いを行っているのかもしれません。
第2部もそれなりに、第1部の伏線を消化しつつ、地球磁極の謎と第3部への伏線を張りと、ほんと2部作、ここまで来たら第3部も読まなければと思わせる
のが、商売の上手い作家だ(別に貶す意図はない)。
(2006年1月3日追記)
『ハイブ
リッド -新種-』Hybrids(2003)内田昌之訳(ハヤカワ文庫SF)
さて、題名と第2部のストーリーから、この第3部では何をやろうとするのかは最初から見えます。こんなことを書いても、バチは当らないと思うので書きま
すが、こうしてネアンデルタール人とホモ・サピエンスは手を携えて同じ未来を歩もうとするのでありました、という話なんです。ここでは結末よりそれに到る
プロセスが大事で、何の為にここまで作者が引っ張って来たかというと、結果に辿りつくまでの流れをなるほどと作者自身が納得できるまで書き進めるのが、少
なくとも作者には必要だったのだと思います。ある意味、真摯なネアンデルタール人なんですね、作者ソウヤーは(念の為に、誉め言葉です)。
また、今回もネアンデルタールとホモ・サピエンスの差について、面白いアイデアが描かれています。人間の脳は周囲の磁気変化に応じて、幻影を見る性質が
あるというネタです。私も、以前、何かのテレビ番組で、幽霊を見たとかいう場所を調べると、電磁気が幽霊を見たという人物に影響を与えていたというのを見
たので、あれかと思ったのですが、ネアンデルタール人にはその特性がなく、いやネアンデルタールから見れば脳の欠陥であり、そのためにホモ・サピエンスだ
けが幽霊を見たりキリストを見たりUFOを見たりするのだと言う話に展開する。これって、イーガンの『祈りの海』
ですね。悩めるヒロインのメアリの葛藤が読み所。
まあ、完璧というのを追うとそれには遠いですが、分量と読者に考えさせる小説としては十二分に許せる。3部作全体としても。
(2006年1月3日追記)
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