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オラフ・ステープルドン
オラフ・ステープルドン William Olaf Stapledon (1886〜1950)
イギリスの作家。哲学博士でもあるが哲学者というよりも思索家の方が近いのではないだろうか。壮大なヴィジョンで知性や生命の行く末を見つめる作品
『最後にして最初の人類』 や『スターメイカー』で知られる。
関連サイトはここ。
http://www.geocities.com/Athens/Agora/7628/stapledon/index.html
その他、オラフ・ステープルドン関係のサイト。
http://www.euro.net/mark-space/OlafStapledon.html
http://www.daviddarling.info/encyclopedia/S/Stapledon.html
http://mathematicsbooks.org/search_William_Olaf_Stapledon/searchBy_Author.html
http://www.popsubculture.com/pop/bio_project/olaf_stapledon.html
『最後にして最初の人類』Last
and First Men (1930) 浜口稔訳(国書刊行会)
1930年というSFの尚早期に現れた、壮大なヴィジョンを持った作品がようやく翻訳された。ということで、内容と感想を上げよう。
時は1930年台、第一次世界大戦の後(この頃は世界大戦とは言っても、第一次とかは付かな
かった)、未来からの精神が、遠大なる人類の歴史を伝えてきた、彼がもう一人の作者となり、人類の歴史を詳らかに開陳するのである。
まず、書かれた時期が時期なので、ヨーロッパの混迷が輪を掛けて、更なる戦争が起こることが描かれ、それを通して、アメリカが台頭してくることが示され
る。第四章まで、アメリカ化する地球とその没落が描かれる。二千年にも及ぶアメリカ及び人類の文明が没落するのは、エネルギー危機であった。
(この傲慢なアメリカというのは、最近のブッシュ政権を見ていると、予見していたなとも思える。また、この時代は石油の埋蔵量が分かっていなくて、石炭が
主流のエネルギーであったことを考えると、ステープルドンには結構鋭い知覚があると言える)
この後、延々と続く、ある意味粗筋だけの話を更に抜粋していくのも、芸が無いので、大雑把に
いうと、人類は文明を崩壊させ退行し、種として別の人類となり、文明を花開かせ、萎ませることを繰り返していく。時にはその崩壊の芽は、自分たちのテクノ
ロジーであるとか、他の天体からの侵略であるとか、太陽系規模の天災とかで、時間間隔は数百万年、数億年の規模である。その最後の第十八期人類、恒星間規
模の天災に見まわれ、その文明と人類の終焉を迎えることを予期し、その種を広大な宇宙に播く事を続けつつ、過去にも僅かながら干渉して行く存在に辿りつ
く。それが、作者のもう一人の姿であった。
この連綿と続くヴィジョンが、この作品の読み所だろう。ただ、後半の進み具合からいうと、近
代の出発点の些事が結構退屈である。同じペースで書くなら、後半の割愛した部分も描くべき、寧ろそっちの方が読みたい。
火星人の侵略や、金星への入植と金星人たちを葬るエピソード、金星での第七期人類の飛翔文明等は想像力というものを見せてくれる。後半になるほど、話は
広がり、後で生まれた作品『スターメイカー』を想起させる。いや『最後にして最初の人類』は『スターメイカー』への
習作とも言える。
サイエンス性という意味では、この作品が1930年のものと割り切れば問題はないと思う。逆に、七十数年経っても、作品の背景を打ち砕くほど科学は進ん
でいないと言うべきかもしれない。お時間のある方は読むと良いと思う。
(2004/4/11 追記)
『スターメイカー』Star
Maker (1937) 浜口 稔(国書刊行会)
飛翔する精神は、時を越え空間を越える。様々な星とそこに発生する生命体、それは数万年という”やがて”を過ぎ、知性を獲得する。それを見つめる宇宙の
旅人。読者は彼と共に時間で言えば数十億年、空間で言えば、数十億光年のスパンに渡る精神の旅に出るのであった。そこには未知の観念があり、未知の存在が
ある。人間が知らないからといって、世界が存在しないわけではない。そうして、旅する者の前には、宇宙を創る存在・スターメイカーが現れる。スターメイ
カーは宇宙を創ることのみに終始し、出来た宇宙の中に存在する生命など、塵芥でしかない。
壮大なヴィジョンである。しかし、歴史背景からは逃れられないのも事実。書かれたのが第二次世界大戦直前であり、そのため、ナチス・ドイツに相当する宇
宙の覇権争いが出て来る。しかし、それとて広大な宇宙では”些細”な事なのだ。
観念だけで作られた世界は、小説というジャンルからは外れているかもしれない。その分、読み応えがあり、思索できる作品だと思う。
『オッド・ジョン』Odd
John (1935) 矢野徹訳(ハヤカワ文庫SF)
奇妙なジョンは、姿・形だけでなく、知性もそうだった。彼は、超人類つまり人類を超える種族だったのである。頭が良いとはどういうことか? 計算が速く
出来る、記憶力が良い、的確な判断が出来る、ものごとの行く末が読める、等考えられるかもしれない。しかし、思考方法が本質的に異なる可能性もあるのだ。
コンピュータのCPUにCISCやRISCというのがあるのと、少し似ているかもしれない。外から見るとアーキテクチャーが分らなければ、全く意味不明だ
からだ。他の人間には奇妙な奴として認識されるかもしれない。それが、ジョンだった。この作品は、ジョンの崇拝者だった人物が、伝記としてジョンの生まれ
育ちを描き、やがて仲間を集めるが、運命を享受して消えて行く彼の最後を語った話である。なぜ、このような行動を取ったのか? なぜこのような結果になっ
たのか? それが分るようでは、超人類とは言えないだろう。そういうキャラクターを作れた時点で、オラフ・ステープルドンは実にスペキュレイティヴなSF
を作るのに成功したと言えるだろう。傑作です。
『シリウス』Sirius
(1944) 中村能三訳(ハヤカワ文庫SF)
星座が組まれた時に、猟師であるオリオン座に従う猟犬として、おおいぬ座、こいぬ座が組まれた。おおいぬ座の主星を天狼星・シリウスという。だから、シ
リウスという名前を犬に付けるのはなるほどと思う。そう、この話は犬の話で、星の話ではない。
大生物学者が、動物の知性を上げる研究を行い、その結果生まれた、人間並の知性を持った犬が、シリウスなのである。しかし、シリウスは同類もいない孤独
な存在である。彼が心を通わせるのは、生物学者の娘プラクシーであった。この異種族の間にほのかな接点があった。こうなると話としては、破滅に至るミュー
タントの悲劇の物語に近くならざるを得ない。
それにしても、丹念に書きこまれたシリウスの心象や行動は、犬の体や犬の世界を持った人間であり、それゆえ葛藤が生じる。なぜなら、人並だからこそシリ
ウスは悩みもするのだ。これもSFの面白さだと思う。動物の擬人化ではなく、もっと深く追求したからこそ見える世界が現れる。そして、なるほどありそうな
話だと思えてくる。だからこそ、この悲しい結末には引きずり込まれる。犬好きな方は、読むべし。
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