マザーハウスのボランティア@サダルストリート/コルカタ

【有名なパラゴンホテル(Paragon Hotel)とホテルマリア(Hotel Maria)@サダルストリート】
サダル(Sudder)ストリートの宿を決めたら、とにかくサダルとその周囲の路地をどんどん歩きわまる。
しかし、観光という点から見ると、コルカタ自体にはそれほど見るものはない。

サダルにいる個人旅行者も、ほとんどコルカタの観光はしない。
チョーロンギー(Chowringhee)通りからサダルストリートへ入る角には、大きなインド博物館(Indian Museum)があるが、バックパッカーはほとんど見ないようだ。

日本からの飛行機がほとんどデリー行きになってしまった現在、コルカタは、バンコクからインドへ飛んで、これからインド旅行を始めようとする「インド長期旅行者の出発点」になってしまったわけだ。

旅行者の大部分は、コルカタからデリーへのゴールデンルートにしたがって、まずバーラナシーへと向かう。
この列車は、「3027 Varanasi Howrah Vibhuti Express」で、夜の8時に出て翌朝10時50分にバーラナシー着だ。

また、コルカタからプーリー(Puri)へ行く人も、数は多くないが存在するだろうね。
その列車は「8007 Howrah Puri Express」になるだろう。
この列車はハウラー駅を午後10時10分に出て、プーリー駅に午前7時40分に到着する。
プーリーへはもう一本「8409 Hourah PUri Sri Jagannath Express」もあって、午後4時34分に出発するが、到着が午前5時5分なので、早すぎる。
まあ、インドの列車は遅れるものだけどね。

ちなみに、プーリー駅から海岸沿いの安宿までは歩ける。
僕はプーリーからハウラーへの逆の列車「8008 Howrah Puri Express」に乗ったから、よくわかってるんだ。

今は、サダルストリートも寂れてしまって、昔の面影はない。
だから逆に、サダルストリートに長期滞在する旅行者は、観光ではない別の目的を持っている。

それが「マザーハウス」のボランティア活動だ。
実際、サダルを歩いていると、リキシャーマンやガイドなどが話しかけてくるが、みんなまず「マザーハウスへ行くのか?」と聞くからね。

僕自身はマザーハウスのボランティア活動について、平均程度の知識はある。
今までも世界各地でマザーハウスのボランティアをした旅行者と出会ってきている。

が、僕自身、ボランティア活動をする気はない。
どちらかというとボランティア活動をしてもらいたいほうだね。

ボランティア活動をするのは、まだ世の中に夢や希望を持てる、若い人たちだよ。

そしてそういう若者は確かに多かった。
僕は、夕方、サダルストリートの路上で屋台を出しているインド人の屋台から、焼き飯(20ルピー)を買って、路上の椅子に座って食べていた。

隣にいた韓国人の若者2人と、自然と(英語で)会話が始まった。
旅行者同士の話は、どこの国から来た、どこを旅した、これからどこへ行く、という定番だ。

それが終わった後で、興味を持てば、もっと深い話に入っていくわけだ。
韓国人の若者はマザーハウスで2週間ボランティアをしているということだった。

韓国人の大学生は、最近インドに多くて、なかなかしっかりとした考えを持って、しかも英語を話せる。
僕も、ゴアのアンジュナビーチやカラングーとビーチで議論をしてきた。

残念なことに、日本人の若者は、まずほとんど日常会話程度の英語も話せない。
今インドを個人旅行している日本人のほとんどが、ドラッグ目当てなのが恥ずかしいね。
韓国人大学生が去って、隣にやはり焼き飯を食べるために腰を下ろした東洋人の女の子に話しかけると、こんどは香港から来た旅行者だった。
彼女も、サダルに長期滞在して、一ヶ月ほどマザーハウスでボランティアをするとのことだ。

僕は「日本の若者はボランティアなんかやってないでしょ!」と決め付けたが、「日本人もたくさんいますよ」との答え。
彼女は「センターポイント」という安宿に泊まっているが、そこの宿泊者はほとんどボランティアに行っていて、日本人も多いとのこと。
ここで僕も少しは日本人を見直したよ。
なおこの時期(2005年11月)では、サダルの「センターポイントホテル」にボランティアしている人が集まっていた。
ボランティア情報を得たかったら、サダルや適当な安宿へ行って、旅行者に声をかければいいだろう。

屋台の飯はとにかくげっぷが出るほど量が多い。
残すのもなんとなくイヤだったので、僕はゆっくりと食べていた。

すると、次に横に座った旅行者から、今度は日本語で声をかけられた。
中年の日本人男性だったが、彼の話は単純にインド旅行自慢だった。

「インドは何回目ですか?」とか「インドはどのくらいいるんですか?」など、インド旅行の回数とインド旅行の長さで、僕に勝とうとしているのがミエミエだ。

僕が20年前に長期旅行をしたと話す。
するとインド旅行自慢では勝てないと思ったのか、マレーシアホテル、ジュライホテル、チョンキンマンションなどのアジア旅行の定番話を始めた。

僕はこの程度のアジア旅行自慢というのは、うんざりするほど出会っている。
軽く僕の世界旅行話を振ると、すぐに完全勝利したよ(笑)。

日本人2人が話をしていると、別の日本の若者が話しかけてきた。
彼は、バングラデシュからバスでコルカタに着いたが、「そのバスがひどくて死にかけた」との「旅の苦労自慢」だ。

僕はさっき話したばかりのボランティアをしている韓国人大学生、香港の女性旅行者の話の内容と比較して、日本人旅行者諸君のレベルの低さに涙も出なかったよ。

聞くところでは、最近はこのマザーハウスのボランティアに「ボランティアツアー」というものまでできているようだ。

でも、ボランティアツアーとはすべてボッタクリだと考えていていい。
自分で個人旅行をしたほうがずっと安い。

他人の世話をするボランティアをやる前に、個人でコルカタへも行けないような自分の弱さを克服するべきではないか。
まず、インドを個人で旅行して、自分でボランティアに参加する自立心を養うことが大事なんじゃないかな。

【写真】サダルストリートで有名な安宿、パラゴンとマリア
【旅行哲学】ボランティアツアーとは、旅行代理店のボッタクリ
http://d.hatena.ne.jp/worldtraveller/20060703