『世界旅行者はT261次列車で移動して、ハルビンの旧大和ホテル・龍門大廈にチェックイン』
【大連鉄道駅】
2003日9月2日朝、大連駅切符売り場。。
僕はチチハル行きの切符を買うために、切符売り場の窓口でノートを出す。
ノートに「大連→海拉●(ハイラルの中国簡体字) 2083/2081 軟臥 9月3日 8:21AM」と書いある。
中国語がわからなくても、筆談で十分にやれるはず。
ところが、窓口の女性は、僕のノートに「4日」と書いて見せてくれた。
僕は自慢ではないが、中国語は全く理解できない。
また、窓口の女性は日本語も英語もしゃべれない。
ただ、心と心が通じ合う。
僕はすぐに「9月3日には列車がない。4日ならばある」と理解できた。
しかも、言葉が通じなくても、現代では、コンピューターのモニターというものがある(笑)。
実は、モニターを見せてくれたんだ。
モニターを見ると、9月2日と4日には列車があるが、9月3日には列車が存在しない。
つまり「2083/2081」は、一日おきに走っているって事なんだろう。
実際、あとでホテルに戻って、時刻表をよく読んでみた。
すると、時刻表の注意書きに「隔日去海拉●」というのがあったしね。
それで、その場で、翌日(9月3日)午前8時21分の列車を諦めた。
今日はもちろん列車があるが、とっくに出発している。
すると、9月4日まで待つわけにはいかない。
旅の基本は「旅の最初に、まず移動する」ってことなんだからね。
そこで、世界旅行者は、その同じ窓口で「9月3日、T261次列車、ハルビン行き軟臥下段」を買ってしまった。
この値段が352元(1元=15円として5千2百円)。
切符を買ったあとで考え直した。
T261次列車は、今夜の午後9時39分にも出るわけだ。
何も無理に明日の列車に乗る意味はない。
今夜出発すればいいわけだ。
そこで、また新しく列に並ぶ。
今度はすんなりと「9月2日、T261次、ハルビン(中国簡体字)」と書いたページを見せる。
そこで、「8車4号上輔」をゲットする。
上段だから少し値段が下がって、337元になった。
【大連から哈爾賓へのT261次列車軟臥寝台の切符(337元)】
次に、切符払い戻しの一番窓口の列に並んで、買ったばっかりの明日の切符を払い戻しする。
払い戻し手数料が72元。
そこで、352元から72元を引いた280元が手許に戻った。
問題だったのは、切符を手に入れたときは、ホテルのチェックアウト時間が過ぎていたこと。
とはいっても、2003年のこの時期までは、ぼくもお金があった。
だから、無理にチェックアウトして、1泊分を節約する気持ちもなかったけどね。
ホテルのレセプションで、「午後六時にチェックアウトするので200元にしろ」という交渉をして、決定。
世界中では、普通は午後6時のレイトチェックアウトは、一泊の半分で受けてくれるものだ。
この日は、他にもいろいろと面白い話があった(それはまた別に書きますね)。
午後9時には駅へ行った。
改札はすでに始まっていて、とっとと4号コンパートメントに入る。
【大連からハルビンへのT261次列車の軟臥(一等寝台)コンパートメント】
【T261次列車のコンパートメントにあった時刻表】
コンパートメントには他に誰もいなかったので、「ひょっとして1人で独占かしら(笑)♪」と期待する。
でも、神はそこまでは世界旅行者に親切ではなかったようだ。
下の2つのベッドに中国人のおばさんが来た。
僕と向かいの上段にはコンピューターとケータイをもった若者が入ったよ。
出発が午後10時近くだったので、何も話さず、そのまま寝てしまいました。
翌朝、午前5時ごろに目が覚めて、本を読みながら寝ていた。
午前7時04分ハルビン到着予定だったが、実際に着いたのは7時19分。
さすが中国東北地方の列車は、満鉄(南満州鉄道株式会社/South Manchuria Railways Co.)が運営していた歴史のせいなのか、ひどい遅れはないね。
さて、ハルビン駅に到着した世界旅行者は、駅前の大通りを渡って、龍門大廈へ行きます。
【ハルビン駅から見た龍門大廈(Longmen Hotel)】
そして、龍門大廈の1015室から、ハルビン駅を見下ろしました。
【龍門大廈(longmen hotel)から見おろしたハルビン駅】
http://d.hatena.ne.jp/worldtraveller/20081014#p1