世界旅行者はホテル加宝の宿泊者を見て、「人間ここまで落ちたらダメだな」と思ったが…@ロサンジェルス/カリフォルニア/米国
【4番街からロサンジェルスの高層ビル群を望む】
1988年12月31日の大晦日に、世界旅行者はホテル加宝203号室へと移動した。
1泊シングルで20ドル。
ベッドはダブルベッドだし、テレビはあるし、タンスも小さなテーブルもある。
とにかく部屋が広いので、気持ちの余裕が出てくる。
精神が大きく広がる。
日本人の精神が縮こまっていて、考え方がセコイのは、「日本の部屋が小さい」のが原因なんだよ。
これも、安い料金で大きな部屋に泊まった時に、実感としてわかるものなんだ。
アジア、ヨーロッパ、アフリカ、北米と旅をしてきた経験でも、泊まる部屋によってその都市の印象が全く違ってたからね。
ロサンジェルスリトル東京の「ダイマル(大元)」にいた時は、なにか焦っていた。
でも、ホテル加宝に移って、広い部屋に入るだけで、気持ちの余裕が出てくる。
部屋を確保して、ホテルのロビーでホテル加宝の宿泊者4人と話をした。
が、あんまり面白そうではなかった。
それは当然で、ホテル加宝の宿泊者はほとんどがロサンジェルスで働いている。
それか、何かの理由で、しばらくロサンジェルスに滞在している人たち。
僕のように、アジア、ヨーロッパ、アフリカを旅して、北米を2か月もグレイハウンドで旅をしてきた人間とは雰囲気が合わなかったんだ。
僕はまだ日本を出て1年3ヶ月ほどしかたってなかった。
まだまだ僕は、旅行初心者らしく、「旅に浮かれている」状態だったんだよ。
このころの僕はてきぱきした人間で、「こうなったら出来るだけ早く中南米へ下ろう!」と決意していた。
だから、のんびりしたことを話している人たちを見ると、「こいつらは腐さっとるな(怒)(涙)」と思わないわけではなかった。
僕はまだまだ若くて、世の中にもっと、きらきらした、断固とした決断、行動を求めていたからね。
自分がそういうタイプの人間になるとは、思いもしなかった。
僕は旅でたくさんのことを学んだが、ホテル加宝ではその十倍くらいのことを知ったね。
ただずーっと動き回っていたので、居心地のいいホテルに入ったことで、ホッとした。
「ホテル加宝の魔力」には、まだ気が付いていない。
ホテル加宝には、各部屋にテレビが付いていた。
映らないテレビもあったが、203号室に決めるとき、いくつかの部屋のテレビをチェックして、テレビがよく見えるのを確認してある。
僕は203号室で、1人で昭和63年から昭和64年の年越しをすることになる。
ヤオハンへ歩いていって、大量に買い物をした。
ワイン、日本酒、缶ビール。
寿司のパックを2つ買って、あと明太子や、海苔も買った。
テレビをチェックすると、レコード大賞が18チャンネルで午後8時半から。
紅白歌合戦が56チャンネルで午後9時から放送される。
寿司を食べて、ビールを飲んで、ベッドでごろごろしながら、紅白歌合戦を見る。
年が変わるときに、ロサンジェルスの夜に、遠く銃声が響いた。
空に向けて実弾を撃っているのだろう。
思い起こせば、去年の正月は、パリのホテルで寝ていた。
新年になった瞬間に、パリの通りを走る車が一斉に警笛を鳴らしたっけ。
昭和63年の正月をパリで、昭和64年の正月をロサンジェルスで迎えたというわけか。
でもとにかく年が明けたら、とっとと南へ下ろう!
ここまで来たら、中南米へ向かわないなんて出来ない。
年が変わる瞬間にひざまずいて、手を組んで、神に強く祈る。
「僕がどこへ行くとしても、ただ神の導きのまま!」
ただこのとき、世界旅行者は、僕が昭和65年の正月を迎えられない運命だとは知らなかった。
そして、神の意思は、世界旅行者をホテル加宝へ留めることだったことも。
【旅行哲学】人の運命はわからないものだ(One's fate is unfathomable)。
http://d.hatena.ne.jp/worldtraveller/20080518