人間の器の大きさはオゴり方で決まる、が、旅ではオゴらないこともまた大切。

【海外旅行公演中の世界旅行者みどりのくつした(みどくつさん/みど先生)】
僕がロサンジェルスの「ホテル加宝」に長期滞在していた1990年前後、まだ日本のバブル崩壊直前だったので、いろんな経歴の、わけのわからない人たちが泊まっていた。
その中の一人が、日本ではかなりのワルで、親が金持ちなので米国の学校に追い出されたという、まあ昔も今もよくいるタイプの若者だった。
ただ、この男は本格的に根性の座った不良(渋谷のチーマー)だったので、なかなか努力をしていたようだ。
まじめに英語学校に通って、UCLAの外国人向け語学コースに入ろうとがんばっていた。
それが、適当に書類を出したら、何を間違ったのか、UCLAに正式に入学してしまったらしい(?!)。
彼は「僕は大学に入ったんでしょうか?見てくれませんか?」と、僕に書類を見せに来た。
で、チェックしてみたら、コンピューターの入力ミスか、親が後ろで手を回したのか、よくわからないが、彼の持っている書類では、どうも大学に入学してしまったらしかった。
彼はUCLA近くのアパートへ引っ越したのだが、そのとき、黙ってバドワイザーの24缶ボックスを二つ置いていった。
まあ値段的に言うと、(買う場所にもよるが)LAでは2箱でも40ドルもしないので、日本円で5千円程度だけどね。
ビールはもちろん、ホテルの仲間ですぐに飲み干したが、これで彼の評価がずいぶん高くなった。
「あいつはさすが元不良だけあって、筋を通すよなー」と人気者になり、ときどき誰かに用事があって、彼がホテルに戻ってきた時、みんなの歓迎の仕方が違ったものだ。
その後も引き続き「ホテル加宝」にいた僕は、カナダのネルソンにある某大学の学生に会った。
彼がしばらく滞在していた時、いろいろと人生論を語り、彼の下手な冗談をたしなめ添削し、彼がペルーへ行く相談に乗り、切符の手配までしてあげた。
明日ペルーへ出て行くという彼に「人間の大きさは、別れる時に、どれだけお礼をしていくかにかかってるんだよなー」と、語った。
続いて、「この前の不良はさすがに人間の器が大きかったから、バドワイザーを2箱置いていったものだが…」と付け加える。
すると、翌朝、彼がペルーへ旅立ったあと、不思議なことに、ホテルにバドワイザーが2箱置いてあった。
これは、今考えても、なぜそうなったのか、誰が置いたのか、さっぱり理解できない(誰かわかったら教えてください)。
たぶん神様が、僕の親切さをたたえるために、ビールを残しておいてくださったのだと思うが…。
というわけで、人にオゴルと人間関係はとてもうまく行くものだね。
ところが、旅先ではこのオゴリ方が非常に難しい。
例えば、「大人の海外個人旅行」の第二章第4項「中高年旅行者は、海外では若い女の子にモテモテ」の最初にも書いてある話。
敦煌の中国銀行の両替窓口で出会ったピチピチ日本人留学生ヤングギャル2人を世界旅行者が誘って、一緒にビールを飲んだ。
これは、世界旅行者はオゴったよ。
というのは、タンクトップでチチが見えそうだったし、3時間粘って、ビール6本飲んで、たった40元(560円)だったしね。
でも、それ以外は同じバックパッカーなのだから、オゴってはダメだ。
というのは、ちょっとオゴったために、オゴった方の立場が上になってしまい、旅人同士の話が盛り上がらなくなるからだよ。
旅行者、特にバックパッカーというものは、年が違っていても、同じバックパッカーとして平等だ。
平等でないと、話がタテマエだけになって、話をする意味がなく、旅先で一番の楽しみがなくなっちゃうからね。
旅先で一番の楽しみとは、もちろん、日本にいるときならどうでもいい、わけのわからないことを、ああでもないこうでもないと、無責任にしゃべりあうことだけどさ。
オゴルということで僕がちょっと思い出すのが、1988年だったか。
まだ一応社会主義で、ビザも必要だったハンガリーのブダペストに行ったときのこと。
ユーゴスラビアのベオグラードから、真夜中に着いて、ブダペスト駅のフロアで朝まで寝る。
駅の両替所の列で知り合った日本人男子学生と民宿紹介所へ行ったら、そこで一人の女子大生と会った。
ところがこの女子大生とは僕は、イスタンブールのブルーモスクの前で会っていたんだよ。
そこで、3人で民宿に泊まることにした。
男性2人と女性1人が一つの部屋に泊まるということは…。
セックス好きな日本人ならば誰でも、当然3人プレイを予想するよね(うふふっ)。
で、その女の子も、もちろん3Pを期待していた(と思う)。
だが、この男子大学生は、そんなことは考えられないみたいだった。
というのは、僕が「せっかくだから、3人でセックスするべきかなー」と彼に言ったら、「そんなことはあの子は考えてないでしょう」とわけのわからないことを言ったからね。
その後、3人でブダペストの夜にさまよい出て、食事ができるところを捜した。
そのころのブダペストはなにしろ社会主義国家なので、夜は真っ暗だった。
さんざん歩き回って、やっと明かりのついたレストランを見つける。
社会主義国にしてはまあまあのレストランで、安くはなかった(と言っても、ブダペストだから安かったけどね)。
僕はそのころは金も潤沢に持っていた。
レストランに入ったら、必ずステーキを食って、ワインを飲むのが、モロッコ以来の習慣だったんだ。
でも、他の2人は学生さんなので、ここでステーキとワインの食事はできない…。
しかし、僕はステーキとワインの食事をしたい。
でももちろん、僕は二人にオゴルつもりはない…。
で、2人はパスタと水を飲んだんだけれど、僕はステーキとワインの食事をしたんだよね。
この時も、僕が女の子と2人きりで、夜にエッチがあるのなら、もちろんブダペストの安いステーキとワインくらいおごってあげたよ。
でも、3Pもなくて、夜に3人で一緒の部屋に寝るくらいなら、一人で寝た方がよかったからね。
もし僕が2人におごっていたら、もちろん女の子にはセックスしてもらう。
男の子には、どこか部屋の外で寝てもらうことになる。
だから、おごらない方がよかったんだと思うけどね。
というわけで、バックパッカー同士ならば、オゴらないほうがいい、オゴるとあとが大変だってお話でした。