足の指の化膿を、ナイロビ病院で治療して、書類を持って保険会社へ行くとその場で金をもらう
1988年、ロンドンを出てアテネへ飛び、トルコを一周して、ロードス島から船でピレウス港へ。
アテネからカイロへ飛び、エジプトナイル川沿いに観光したあと、ケニアへ飛ぶ。

ナイロビのイクバルホテルへ宿泊して、ほとんど毎日リバーハウスへ通う毎日だった。
参照:ケニアの旅行記
このころ、東アフリカ旅行の定番が、ケニア、ウガンダ、ルワンダ、ブルンジ、タンザニアの周遊旅行だった。
または、そのままコンゴへ抜けて、ザイール川のリバーボートに乗るルートもあった。

そこで、どういうルートをとってもいいように、全部のビザをナイロビで集めていた。
これは実は、リバーハウスに友達もたくさんできてしまったので、旅を始めるのが面倒になったから。
旅に出るのを延ばすために、言い訳として「あの国のビザも必要、この国のビザも必要」と集めていたわけだ。

で、ナイロビの六月は雨季で、町のとおりは結構ぬかるんでいた。
そこを、サンダルで歩いていたら、右足の親指の爪のところがちょっと化膿してしまった。
親指が腫れているので、踏ん張りが利きにくく、歩きにくい。
アフリカで変な細菌に感染すると大変だと、ナイロビ病院へ行った。

黒人のドクターに「傷はたいしたことないと思いますが、アフリカは危険ですから…」と(もちろん英語で)言った。
すると、「アフリカのどこが危険なのかね」と問い返される。
礼儀正しい僕は、「エイズが蔓延している」と言えずに、「てへへっ…」と日本人スマイルを浮かべてしまいました。
結局、膿を検査して傷を治療してオワリ。
ただ、ついでだからと狂犬病の一回目の注射をされた。
検査費用、狂犬病の一回目の注射などを合わせると、結局一万円ほどかかった。
これで僕の理論、「世界中どこへ行っても、診察を受けたら一万円!」が成立したよ。

その書類を持って、保険会社のナイロビオフィスへ行く。
すると、「ちょっと待って」と言われてしばらく待たされた。

待っている間に、暇つぶしに机の上の書類を勝手にめくる。
するとと、日本の女の子が町のど真ん中でバッグをひったくられて押し倒された請求が、なんと昨日の日付で見つかった。
やはり、危ないのは本当みたいだよ。
これは1988年の話だが、1996年に行った時は、町歩きはかなり危険を感じた。
現在では、ナイロビの町を個人で歩いて、うろうろしない方がいいでしょう。
ナイロビでよかったのは、その場でお金をもらえたこと。

これで保険請求の話はオワリだが、結局他のアフリカ諸国へ行く気がなくなって、そのあとは、ケニアのビーチをうろついて過ごしました。

参考: ケニアのビーチをうろつく話