メコンを越えてラオスへ(02)

2:本を書いたのは、西アフリカ旅行から逃げるためだった
2000年の始め、1月から3月にかけて、僕はずーっと西アフリカへの旅行を考えていた。
そして考える度に、ますます気持ちが悪くなって、吐き気がしてきた。だって、どう考えても、西アフリカ旅行が楽しいとは思えないから。
サハラ以南のブラックアフリカは、東西冷戦が終了し、ソ連と米国の援助合戦も消滅し、経済的にはめちゃくちゃになっている。ケニアのナイロビでも、僕の行った1988年と1996年を比較すると、明らかに治安が悪化していた。
西アフリカならば、もっとひどい状態になっていると考えるのが当然だ。しかも最近、西アフリカへ旅行する日本人旅行者の数が増えている。
ということは、西アフリカでも、日本人旅行者というものが、やたらと金を持っているだけで、しかも性格的に弱い甘ちゃんだと、知れ渡っているはずだ。日本人旅行者というのは、本人が日本に帰ってきて周囲に自慢するほどたいした旅行はしていないのが常識で、ただ、世界のあちこちで恥をかいてまわっているだけ。
つまり、西アフリカでも、日本人旅行者の悪い噂、つまり、男は寂しがり屋で単純な馬鹿、女はセックス大好き、との評判が立っているに決まっている。トルコのイスタンブールも、僕は1988年と1996年に訪れているが、1988年のイスタンブールでは、すんなりと現地の人と友達になれたのに、1996年のイスタンブールでは、ただの日本人観光客としてしか相手にしてもらえなかった。
1996年のイスタンブールでは、日本人観光客は、片っ端からトルコ人の餌食になっていた。
男は次々と騙され、女は片っ端からトルコ人のポコチンの性奴隷になっていたのだ。僕が1999年にアジア横断をしても、トルコ東部からシリアへ抜けて、イスタンブールへ寄らなかったのは、それが理由だった。
つまり、できるだけイスタンブールに行きたくなかったんだね。現在、トルコ人は完全に日本人を馬鹿にして、食い物にしている。
以前はトルコ人が感じていた日本への憧れや親近感は、日本人旅行者諸君の行動で完全に消滅し、現在は、軽蔑の対象にしかなっていないのだ。だから、イスタンブールと同様に、日本人の個人旅行者がうろついてしまった西アフリカも、もう旅先として、楽しい所ではなくなっているのは確実だ。
しかも、ブラックアフリカでは、エイズ問題が大変だ。
そして、日本人男性旅行者も、女性も、西アフリカでセックスしているに決まっている。僕は(特に知的な)日本女性しか相手にしないのだが、西アフリカで出会う日本女性は、エイズの可能性が高い。
エイズの本場アフリカのウィルスとなると、日本製の薄いコンドームなんかは、バリバリと食い破って侵入してくるだろう。どう考えても、西アフリカは危険で、しかも全く楽しくないと予想できる。
でも、僕としては、西アフリカに行っておかないと、「全世界のすべての地域へ旅した世界旅行者」という肩書きが作れない。僕は完璧に日本一の世界旅行者先生様なのだが、西アフリカに行かないと、身分不相応に西アフリカに行っただけの、ド素人旅行者に負けてしまう。
まあ、海外旅行とは、ただその旅行を他人に自慢するためだけにあるのだしね。困った、困った。
と思っていると、神は、必ず僕に助け船を出してくれる。突然、神が「間違いだらけの海外個人旅行」の出版話を持ってきたのだ。
そして、僕が西アフリカへ行かなくてもいい理由を作ってくれた。気候的に西アフリカへの旅行開始ギリギリの2月末に出版の話がきて、実際に本が書店に並んだ6月まで、本の事であれやこれやと時間が潰れた。
そして、「間違いだらけの海外個人旅行」は現在、ベストセラー街道を驀進している。
すると、すぐに次の本の話がやってくる。しかし、一冊本を書いた時には、自分の能力の限界まで振り絞っているのだから(笑)、絞り粕のようになってしまっている。
それだけ力を振り絞って書いたのが、「間違いだらけの海外個人旅行」なのだから、覚悟して読んで欲しいものだよね。だから、次の旅行の本を書く時は、もう一度、生き生きとした旅行の雰囲気を自分の中に注入しなければならない。
旅行環境というのは、どんどん変化しているので、最新の旅行感覚を常に持っていないと、どこかちょっと変な、ズレた本が出来上がってしまうのだ。さらに、僕はとてもサービス精神に富んでいるので、「すぐに役に立つ最新の情報」を読者に与えたいという気持ちがある。
よくある旅行自慢本のように、20年も前のことを、まるで今現在の話のように誤魔化して、旅行のウンチクを語っていては、なんの役にも立たないのだからね。だから、また、海外旅行に出ることを考えた。
しかし、どこに行ったらいいだろう。
西アフリカは、ないことはない。
でも、西アフリカ観光の白眉、マリの古い交易都市トンブクトゥは、7月の気温が摂氏40度を軽く越えているのだ。これは、いいおじさんじゃなくても、体力的にとうてい無理じゃないかな。
なにか、適当な、手ごろな、それでいて、なにかもっともらしい理由の着く旅先はないだろうか?