メコンを越えてラオスへ(2000)
驚愕の国境越え、感動のボランティア、そして「キモチイイ旅行」
「メコンを越えてラオスへ(仮題)」は、僕が2000年7月に、たった二週間でタイからラオスへ旅した時のお話です。
ここには、様々なテーマがあります。ガイドブックを持たず、ビザを用意せずに国境越えをすること、これが基本的な考え方でした。
が、世界旅行者の行く所では、なにか起こる、というか、起こしちゃうのが、すごい所です。あと、基本的に「キモチイイ旅行」を提案します。
僕は「間違いだらけの海外個人旅行」で、日本人の共有する貧乏旅行、冒険旅行、海外放浪の幻想を撃った
わけですが、しかし、それに替わる新しい旅行を提案しなければ、無責任ですからね。タイとラオスの国境を越えるというただそれだけの目的で旅に出た世界旅行者は、今現在のタイとバンコクを
旅し、そこでの出会いの中で、深く思考し、日本人の旅に新しい地平を開きます。途中で途切れていますが、続きは、「これが正しい海外個人旅行」にありますので、お金を払って読んで下さい。
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目次…読みたいところをクリックしてね
04:日本のインターネットは、友達のいない寂しい人たちの世間話の場所
05:旅行代理店は、旅行者の敵だ!
『計画しない旅、計画性のない旅、計画しない旅行者、計画性のない旅行者』@成田空港/日本
成田離婚のほとんどを根本的に解決する(特に機内のトイレ問題について)
08:旅行ガイドブック編集者の頭の中は
ホアランポーン駅の窓口で、翌日のノンカーイ行きの一等夜行寝台列車の切符を買う。『ホアランポーン鉄道駅からバックパッカーストリートのカオサンまで歩いたら55分かかった』
『もし再会する運命ならば、人はまた会えるもの』@カオサン/バンコク/タイ
『バンコクからノンカーイの夜行寝台列車で中国人と同室になり、トゥクトゥクをワリカンにして、国境へのバスに乗る』@タイ
『タイからラオスへの国境を、フレンドシップブリッジで越える』@タイ〜ラオス
『アライバルビザは取ったが、荷物をバスの置き忘れて、行方不明に(涙)』@フレンドシップブリッジ/ラオス
タイとラオスの国境を越えて、日本人旅行者と一緒にビエンチャンへ向かう
『ビエンチャンの宿を、三軒目の「ラオパリホテル」に決めて、観光案内所を目指して町を歩き出す』@ビエンチャン/ラオス
『待ち合わせをすっぽかしても、心穏やかなのは、旅先での約束は守らなくてもいいから(世界旅行主義)@ビエンチャン/ラオス
ビエンチャンモニュメント(アーヌ・サワリー) 【ビエンチャンを歩き出して、観光案内所で日本人の若者とあって夕食に誘ったが】
『日本人の書く情報ノートには情報もなく、面白くもないので、自分で面白いことを書き込んであげる』@ビエンチャン/ラオス
プーシーホテル 【ルアンプラバンのシニアボランティアの方の家に宿泊したあと、町のど真ん中のプーシーホテルに泊まった】
プーシーの丘 【ルアンプラバンのお寺を見て回って疲れた世界旅行者は、プーシーの丘に登ってメコン川を眺めた】
(これ以降は、「これが正しい海外個人旅行」にあります。)
19:オチコボレの一流は、まず京大卒から
20:国際共通語としての英語の重要さを語る
21:謎の日本人の門番付きの豪邸へ
22:謎の日本人の正体は!
23:「旅行人」を抱きしめて旅するマニュアル旅行者
24:人は一人で生きていけない
25:ラオスは東南アジアの中心だった
26:チュニジア人との会話、そしてバンコクへ(さよならラオス)
ルアンプラバンからバンコクへ飛ぶ 【ルアンプラバンからビエンチャンへ飛んで(55ドル)、そこからさらにバンコクへ(70ドル)】27:(番外)バンコクのだらだら生活