本文は資料として 原田種純著 「秘境 五家庄巡見記」(歴史図書社 昭和54年)を参照しています。
五家荘ごかのしょう
最後の秘境と言われる五家荘、今でも手付かずの自然が残っている。この五家荘は広く知られるように平家の落人の里である。それは、五家荘の人たちの口伝に依るほど高貴な身分の人たちではなかったとも考えられている。
天草代官所の村次勇八郎が天保2年に巡見した記録を改訂して著した「肥後五家庄図志」によると、今を遡ること660年程前の南北朝時代に肥後の豪族菊池武重が球磨川のほとりまで遠征した折に、これより先は熊山と称し人家等全くないと言われているにもかかわらず古い飯椀が流れ下ってきた。これを怪しんで探索を命ずる。しかし山方役人10名が樵夫を道案内に山に分け入ったが原生林が生い茂り、山道はまるで闇夜のようで西も東もわからず引き返してきたので、その時はそのままになってしまった。
やがて、山中に「煙とは見えず、さりとて雲でもないようなぼんやり霞んでいる一角があったが、人里と思えば思われるのだが・・・」と注進する山役人がいた。そこで、「足利尊氏が新田や楠にやぶれその敗兵が山中に隠れ住むことが無いとも限らぬ」ということで「落人体の者、また怪しき者を見つけたら直ちに注進するように」と触れ渡した。やがて、小川町の商人らしき者が何かわからないが筵包みを背負い頬かむりをして朝4時頃に山へ向かい夜10時頃帰ってくる。一月に4度5度、不思議であると注進するものあり。
そこで、小川村の庄屋を呼び出し怪しい男の事を尋ねた。すると、この男は塩売り勘兵衛といい、10年前はその日の暮らしにも事欠くほど貧乏していたが、近年俄かに裕福となり土蔵を建てており、村人の噂になっているという。早速勘兵衛を召し出して問い詰めると「一荷にないの塩商いをやっていたが、稲荷明神を信心日夜家業に励んでいたところ、夢にに衣冠正しき老人が現れて、今から熊山へ行くがよいとのことで、喜んで熊山に分け入った。すると、やはり霊夢をこうむって導かれてここまで来たという男二人に会った。」という。この事は親兄弟にももらさじと神への誓いの文書を取り交わし、向こうからは熊の胆、熊、鹿、狼の皮などを塩と交換し身代を増やしたと述べたという。家数150軒ほど、ここを所の名を五家というと。
そこで、菊池家では放置ならぬと兵を進めたが吊り橋は1人ずつしか渡れず川は深く激流と言うことで、ただただ軍議に時を移すばかりであったという。そこへ、足利尊氏謀反、新田・楠に追われて筑前へ落ち来たという報が入り、五家攻めは差し置いて兵を返した。
その後、江戸時代、天明年間の神沢貞幹と言い人の「翁草」という本に、ある年、国々の巡見使がはるばる江戸から下向して村の入り口にさしかかったところ、村人はこれを拒んでいれず、「往古より同じ肥後の人でも今日まで山内へは入っていません。公儀であろうとも他の者の入ることは相成りません」ということで懸け橋を引き上げたのでどうしようもなく立ち去ったと言うことである。
さて、江戸時代には、この九州の真ん中の、ぽっかりとした空白の山の中は幕府の直轄天領として、天草の代官の配下にあったという。
前述、天草代官所の村次勇八郎が天保2年にキリシタン改めの絵踏みのために巡見した記録により五家庄の生活の詳細が分かる。
五家荘とは樅木・椎原・久連子・葉木・仁田尾の5つの集落のことである。現在は熊本県泉村である。
この五家荘は、特に秋の紅葉が美しい。また樅木には平家の里公園が整備され、秋には寝殿造り風の舞台で平家琵琶の演奏が行われる。その他吊り橋や古民家、渓流キャンプ場なども整備されている。最近はかなり道路も良くなってきているが、離合が難しい場所も少なくはない。秋の紅葉祭り期間中は一方通行となり周回道路を廻ることになる。この周回には4時間〜5時間はかかるようだ。途中から球磨郡五木村を経て人吉にぬける道もある。
平成13年5月3日 五家の荘 樅木の「平家の里」において薪能が開催されました。金春流松融会ということでした。 プログラムは仕舞「鞍馬天狗」、「熊野」、「八島」 狂言「佐渡狐」 能「熊坂」
平家琵琶もそうですが、このような本当の山奥で、しかも平家伝説の里で星の下で古典芸能を見るのはほんとに素晴らしいものです。村から「獅子汁」の無料サービスもありました。
| 始まる前からカメラマンが数人詰めかけています。集まりはぼつぼつのよう。なにせ役場からでも1時間以上車でかかりますから。 | 狂言です。事前に内容については少し説明もありましたから皆楽しんでいました。 少し大きい画像にLINKしてます |
最後の能「熊坂」です。なかなかきらびやかな衣装で「幽玄」の境地も最高潮。少し寒かったですね。 |
2000年10月28日(土曜日)
雨の中、平家琵琶の演奏が行われました。
池の上に浮かぶ舞台に灯りが揺れて
極めて幻想的な雰囲気でした。雨の中、写真が全くうまく撮れていません。
2001年秋の紅葉です
樅木【平家の里】
樅木の集落:険しさがわかる
樅木【平家の里:能舞台、毎年10月にここで筑前琵琶によって平家物語が語られる】
樅木の吊り橋:昭和40年代までかずらによる吊り橋だったという。現在2本あるが下流側は写っていない。
栴檀轟(せんだんとどろ)の滝
五家の荘緒方家で平家琵琶の演奏が行われました
平成12年8月26日
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