03月02日《楽園への抜け穴》
そもそも、私がこんなよもるサイトを作ったのも、よもるページを作ったのも(つーか滅多にない更新もここしかしてない)、ツネヒゴロ感じることをくだくだとしゃべるためであったのに、その目的を達してないことが多かったなあ。
てことで、今回はソレらしい話。(どんなだ?)
今回のお題。ずばり、世間で話題沸騰(嘘)な「Heaven's Hole」。併せて2/24少年倶楽部あたり。
んなわけで、今回のタイトルだ。単に前回の続きとも言えるが(笑) 楽園つながり(爆)
まあ、もっと意訳(?)して、《楽園への抜け道》でもいいんだけど。けどまあ実際は、ずばり「穴」、ダイレクトに「穴」。
昨年末のディナーショーで登場した、として話題になった、MA「初」の「オリジナル曲」 文字で示されたわけでないので、Seven's? Heaven's? Seventh?/Fall? Hall? Hole?... と議論さまざま、悲喜こもごも。歌詞も相当えろてぃっくらしいよ、てことで「Heaven's Hole」か「Heaven's fall」か、が二大勢力(笑)だったわけですが、ファン心理の良心と、ジャニーズJr.的良識(失笑)として「Heaven's fall」説が若干優位、だったのに。だったのに、「Heaven's Hole」だと判明したのが先月初め。しかも機を置かず「少年倶楽部で歌う」という情報まで。おいおい、あれって最近歌詞テロップつくじゃんかよ!と期待不安を抱きつつオンエアを待つこと半月。ついにご開帳〜「Heaven's Hole」
うぉぉっい〜 絶句。失笑。無言。苦笑。赤面。乾笑。etc.
実はこの(きね的)前段として、実は当日は「大野さん家(違)」の千秋楽を感動と笑いをもって鑑賞している最中にてリアルタイムでは見ておらず。当夜に歌詞の一部を速報でいただいて「マジでぇ!?」(笑)とドキドキ。翌日夜帰宅してすぐに見たわけなんですけど。あは、あは、あはははは。「もう笑うしかない」(C:平松愛理)
いやはや、正直ココまでダイレクトとは思いもよらず。「やっぱりHoleか」と明かされた時も、「年頃のオトコノコ(笑)だから仕方ないか…」と笑って見過ごしてあげたのに。さすがにあの詞では笑って見過ごすわけにはいきません。…まあ、いろいろ創造、いや、想像させてもらいました。(照らいのない年寄りの行動)ましてや、作詞クレジットにMusical Academyって出ちゃってるし。参った参った。
歌詞の内容にツッコミいれるのはさすがに勘弁するとして(え?)それ以外の部分で思うところを述べさせていただきます。
あ、詞に関していえば、おそらくテレビサイズでカットされてる部分が(まだ)あるからなのか、物語背景(なんてあるのか?)がいまひとつ理解できない私です。「君」と…あ、一人称が出てない…まあ、仮に「俺」として。その「君と俺」の関係がどうも理解できないっす。単に私の読解力不足かもしれませんが。強いていえば、「君」が女性である必然性はないな(おいおいおいおい)
思うがまま、なので順序や構成がとっちらかると思いますがご容赦を。いつものことだが。
まず曲。正直どっかで聞いたことあるよーな、気がしてなりません。気の迷いかもだが。曲というよりオケがね。特にイントロあたり。なんだろう…。私はあまり音楽を広く聞くタイプじゃないので、というとオヤジの曲か…。ちなみに横山輝一も一時期(アメリカかぶれで帰国してたあたり)は、吐息系ボーカルでダイレクトな歌詞を歌ってたりしたけどね。でも当時既に30超えてたんだから目くじら立てることでもないけど。
で、曲に関して。これは割とオーソドックスに「ジャニーズの踊れる曲」の定番イメージなんじゃないかなあ。敢えて言うなればぁ、KinKi系?(半疑問) こりゃまたコードとかに関する知識がないんでイメージですけどマイナー調の哀調漂う感じ。オトナっぽい感じ。
んでもって、生歌ですよね? あれで口パク、別録り、て言われたら、ほんとにもう「笑うしかない」からねっ。
正直に申して、今現在、「MA内で」もっとも「歌が上手い」のは秋山社長で間違いない。緊張せず冷静に歌えば、もっと「上手く」歌うであろう。…だから口パクにすればよかったのに…(爆)
でも、「MAが」歌を「上手く」歌う必要があるか、といえば、そうでもない、と思う。もっとも私は「上手く歌えるようになってほしい」と切に願っておりますが。ヒトこれを矛盾という(笑)
無理と身贔屓を承知で言わせていただければ、MAは歌が下手なわけではない。個人個人でみてみれば、秋山はフツウに(ミュージカル的歌い手として)達者だし、屋良は若者のカラオケレベルでみれば上位者、町田米花に関しては…ちょっと語尾がにごるけども(笑)、ヘタなわけではない。声質の聞きづらさが弱点ではあると思うけど。
とーこーろーが。毎週のようにヒッパレで歌わせていただいておるので、おわかりの通り。なんであんなに、聞く度にガックリさせられるかなあ、という結果論。踊りは(それなりに)達者、天下御免のアクロ隊も配置。(一応)ジャニーズさんとこのタレントとしてのビジュアルも持ち合わせていて。なのに、歌うとがっくり。しゃべるともっとがっくり(爆)
すごく独偏的な見方をすれば、あのコたちは、耳が悪いんじゃないかと思う。個人個人の歌は悪くないのに、お互いの音を聞いて合わせる、てのができてない。だから団体で聞いたときにとっちらかるし、ツライ。ユニゾンもハモリもなしに、それぞれのソロパートだけでやらせてる時は、まだマシだもん。その時も何か必要以上の気合が入っててジタバタしてるから、やはりまだツライけども。あ、あとオケもちゃんと良く聞くように。で、力を抜いて、オケと互いの歌を聴くようにして……そうすれば、すぐに「フツウに」「上手く」歌えると思うのだが。あ、ついでに言うと。互いの音を聞いてないのは、MAメンバー内のことだけでなく、ゲストの人の歌も聞いてないから。共演していただく方には申し訳ない気持ちになるっすよ、毎回。
それも含めて。ボイトレ推奨。ちょっと教えてもらえば各段に上手くなると思うんで。発声の仕方、音のとり方、そして人との合わせ方。ダンスレッスンが悪いとはいわないけど、そのうちの5回に1回でいいからボイトレ行きなよ、と訴えたい。
相変わらず世界が狭いので例がコンボイになるけども、コンボイの兄さんたちは、いろんなジャンルのダンス、だけでなくそれぞれ自主的に歌も楽器も習ってる。「コンボイ」として義務付けられてるレッスンでなくて、それぞれが自らね。(で、いつのまにか方向性がボーカルグループのようになってたが/コンボイ祭) すごくわかりやすい例え。現在の実力度はさておき、上達度のすんばらしさは滝沢総統ナンバーワン。見よ、ボイトレすれば上達するのだ! ……ま、したからってどうこうならないが(爆) けど、「芝居もできるにこしたことない」のと同様、「歌もできるのにこしたことない」と思いませんか?>各位。…つーか、そういう考えって、間違ってると思うがな、切実に。
で、Heaven's Hole。正直、今回は何度見ても…つーか、あまり見返してないんだけど、実は…、歌詞に気をとられていけません。ダンスねえ、ダンス……。町田屋良主導が顕著な感じのダンスですね。確かにジャニーズさんとこでも群を抜いて上手いでしょう、群を抜いてカッコいいでしょう、あんなにできるのはMAだけでしょう。それは認めます。でもね、だから、何? それで何? って言いたくなる私の方がどうかしてんでしょーか?
活き活きと自ら振り付けのダンスを踊り倒す、町田さん屋良さん。トータル評価で何をやっても達者で安心な米花さん。すごく頑張ってる、エライなあと思わずにいられない秋山さん。言うなれば、「社長がんばってんなー」てのが第一印象かもしれません。アッキー的には、MA'sダンスはストリート指向で構わないんだろうか…謎。それはさておき、ダンスの技やら難易度、技術に関しては全くの門外漢ゆえ、そういう玄人的評価はできません。単に私の主観で申させてもらえば「ふーん、なるほど」でお仕舞である。
で、曲とダンスってこれで合ってんの? 曲はすごくKinKi系?(半疑問)な王道ジャニーズちっくな匂いがするのに、ダンスはどこまでもMA系(今勝手にジャンルを確立してみた)。すいません、アレがあの直接的ベッド的な歌詞を表現してるダンスの技だとすればあやまります。でも、私にはわからない、これが偽りのない本音です。
でも、今更、彼らの振り付けがどうこう言ってもしょうがないし。言える身分でもないし。本人達が満足してて、事務所的にオッケーが出てるのなら(出てるんだろう、たぶん)それでよろしいかと思います。
それで、歌ですが。すんごい「妥当」な割り振りですが。妥当さだけを狙った割り振りですが。つまんないですね。歌詞がオトナだから、見かけがオトナな社長がメインなんですか? つーか単に秋山が一番技量的にマトモだから、だろうね。それとメインボーカルならその分ダンスが減らせるから、とか?(笑) でもつまらん。ここはやはり、グループとしての「顔」として売るべく、屋良にメイン取らせるべきだろう。んでもって屋良の歌は悪くないし。何より、この詞ならば、ルックスとのギャップ(最も見た目がコドモ)により倒錯感を抱かせてくれる屋良をメインに推奨したいね。どうですか?>皆さん。
でもって話がどうどう巡りだが、緊張感とイッパイイッパイ力みすぎモードで、あんなバッランバランな歌を聞かさせるくらいなら、口パクで結構。あ、言い忘れてたけど、あの番協はなんですかね? 元々番協の存在そのものというより、シュールさを狙ってんのか?と問い質したくなるくらいの音声と映像不一致な番協。ましてやMAの時に何故番協が必要なのか、理解に苦しむ。ましてや、あの歌だぞ。中高生(らしき)お嬢さん達が「きゃー、きゃー」と頭上で手を叩きながら歌うところか? 全くもって国営放送は謎だよ。
唐突に話が変わるようだが(私の中では関連づいている)、オリジナル曲、ってなんでしょうね。長くなってきたので後回しにしたい「天才ボーイソプラノジュニア」の登場もあったよね。「既にオリジナル曲がある」って。「陽のあたる道」(だっけ?)どっかで聞いたことあるタイトルだけど。あと手話も要らない。(ついでに言えば、Mステで手話に参加してた総統は最悪。"手"話だからって口閉じてたらだめだろう。"手"以上に口の動きが重要なんだよっ)
実は、今回披露されて歌詞への衝動、もとい衝撃を論じる以前。
「初」の「オリジナル曲」
に過剰なまでに反応する人々、つーか本人たち。これが私にゃ不思議でなりませんなんだ。そんなに「オリジナル曲」が嬉しいのか? そんなに「オリジナル曲」をやることがエライのか? そんなに「オリジナル曲」を持つことが素敵なことなのか?
私の結論から申せば、答は「否」である。だから、何よ。それで何なのさ。
今、この現状において、「今更」MAがオリジナル曲をもつ、ことになんの意味があるのだろう。まあ確かに、今までずーっと無かった、のに突然(しかもあんな曲を)自前として頂くことになった、てのは何かの契機を示してる、のかもしれないが。契機を示すこと以外に、持つこと自体の価値があるのかと言えば、無い、と私は思う。
極論を言えば、「オリジナル曲」はやがて、CDデビューへとつながる、という布石なのかもしれない。そうだった時期もあったかもね(KinKiとか)。でも、今の大量生産状態において、それがなんの意味を持つというのだろうか。総統にしろ、翼っちにしろ、もう数えるのもタイヘンなくらいオリジナル曲を持っているが、だからっていつデビューするんだい?(地雷) まあ、滝翼については契機となる(かもしれない)日が近づいているので、ここで余計な弁を振ることは避けたいが。
どうしてそこまで、どうしてそんなに「CDデビュー」という契機をここまで重大な意味を持たせているのか、正直わからないってのが、ジャニーズ事務所最大の謎だと思う。月9で主役(一応)を張っても、まだ不安定な身分だというのだから、すごい話だ。どうしてもどうしてもデビューしなきゃ収まらないのだ。(だったら早く滝翼を出しとけ、てのが結論だが)
で、最終的にして安息的な目標が「CDデビュー」だというならば。「オリジナル曲」なんてどうでもいいじゃん。極端な例を言えば。「A.RA.SHI」を完全コピーで(オケそのまんま、リミックス一切無し)歌っても、それがCDとしてショップで売られた方がマシ、てことではないのか? 歌う曲は「お祭り忍者」だって、「スシ食いネエ」だって構わない。売ったもん勝ちなんじゃないのか。だったらヘタにオリジナル曲なんて要らない。
そう思えば、ますますどうして、MAさんがあんなに「オリジナル曲」を喜ぶのかわかんない。というかオリジナル曲が欲しければ、屋良なり秋山なりで作ればいいじゃん。作って、振り付けて、勝手に歌って踊ればいいじゃん。そうじゃなくて、事務所が作ってくれて、(作詞にも参加させてくれて)公の場で歌って踊れること、に価値があるのだろうか。
ますますわかんねーよ。解説してみてくれないか。
今現在のMAさんの最大目標は、ここしばらく、ずっと長く聞かされているとおり、「MAライブ」だろう。もう耳タコ。それも歌ライブでなくて「ダンスライブ」、「出るだけじゃなくてダンスでうならせたい」、大きい会場でなくて「ライブハウスみたいなところで」……だった筈だよね。じゃあ何故オリジナル曲なの? 何故Heaven's Holeなの? セットリストの1から20までが「穴」なライブは嫌だなあ(笑)
そのライブで演ることのできる「オリジナル曲」が出来たから嬉しいのか? でも、オリジナル曲が欲しければ(以下同文)……。でも、ダンスライブだったら、歌わないライブもアリのつもりなのだったら、詞つきのオリジナル曲なんて無意味じゃないか。ダンサブルな洋楽ナンバーでも流して、延々踊り続ければよいではないか。曲を選べば、無為にオリジナルにセクシャルな詞をつけなくても、ダンスでエロスを出せばよいではないか(Sexy Mother Fucker@三宅健を見よ!) みんなが慣れ親しんでいる曲に、あっと言わせるような振りをつけてダンスればよいではないか。
こう考えていけば、「オリジナル曲」へのこだわりを見せたMAにも、やはり捨てきれない「デビュー」への憧憬がある、てことかもしれない。もちろん、デビューするならしてくれて多いに結構なんだけど。必ず買ってさしあげますよ、CD。
それでも、もはや、仔ジュニアのように「将来はグループでデビューしたいです」と無邪気には言えない。かといって、ヨコのように舞台のアドリブで「デビューしたいねん!(切)」とネタ化してしまえるほどにはプライドも捨てきれない。そんな立場と気持ちの現われが、オリジナル曲に対する喜びであり、緊張であるのかもしれないな。……などと思ってみる。
そして、待望のオリジナル曲。詞つけていいよ、といわれて考えた。仔ジュニアにはないもの、滝翼には出来ないこと、嵐にも出来ないこと。トニセンやTOKIOだってそこまではしてない位のレベルで、アダルト感を演出する。直接行為的な詞を作る。何を間違ったかオッケーが出る。
口酸っぱくなるくらい言ってる、ああいうライブがやりたいなら、ジャニーズ事務所にいる必要はない。つーか、いることは足枷になるだろう。それでも、現状の立場にいられて、価値のある(かどうかしらんが)仕事がもらえているのは、事務所に所属しているからで。でも、目指すものは、今までの先輩や既成の概念にはないもので。ジャニーズアイドル、としての概念を超えたい、打ち破りたい。そんな気持ちがきっとあるのだろう。必要以上に「ジュニア歴」が長くなり、たくさんの朋友の去る姿を送り、それでも彼らが事務所にいる理由。それでいて枠を超えたい気持ち。わからないではない。「わかる」としたり顔はしたくないし、できないが。
かみの師匠@EVOLUTIONの最新のmemorandumを拝読して、実は私にも「そうだよな」と思う部分があり、こんなことを書かせていただきました。
不必要なまでの直接的な歌詞は、打ち破りたい彼らの意志の現れなのだろう、たぶん。彼らが目指すものへのひとつの通過点なのかもしれない。つまり、Heaven's Holeは、彼らにとっての楽園への抜け道なのだ……たぶん。と、実はここにもってきたくてつけたんですな<本日のタイトル。事務所の許可を取りつけることが出来た、その事実が抜け道へとつながる。
前回のオヤジへの辛口といい、今回の批判調の論旨といい、私って大概ヒドイなあ、と我ながら思わなくもない。けど、思ってしまったことは仕方ないっつーか。
だからって、愛がないわけじゃない。大好きだし、応援してるわ(はぁと)……って文字が、今誰の目にも空しく映るなあ……(笑)
応援してること、見守ってることと、持論をぶちまけることはまた別なのだ。少なくとも私の中ではね(言い訳) じゃあ、愛があれば、愛あるダメ出しは構わないのか? というのとはまた違う観点だとも思うが。
どれだけ文句を言ってても、横山輝一がライブをするといえば、何をさておき駆け付けるだろう、たぶん。
こんなに批判ばかり繰り出してても、MAが待望のライブをやる!て日がくれば万難を拝してチケット争奪戦に身を投じるだろう。
「ファン」だということを免罪符にしてはいけない、と肝に銘じている。今改めて、そう銘じようと思う。
「ファンだから」愛があるから、なんでもかんでも批判していいわけじゃないと思う。でも「ファンだから」盲目的に狂信的に応援すればいいかといえば、そうじゃないと思う。もちろん「ファンだから」その応援のために法やマナーを破ったりするのは論外だ。
でも同時に、タレント・アーティスト側も「ファンならば」てのを押し付けてはいけないと思う。「ファンならば」活動しない自分も暖かく見守って欲しい、とか。「ファンならば」ボクたちのやりたいことを黙って応援して、とか。「ファンならば」ボクだけを信じて着いてきて、とか。
結果的に。やっぱり、私がいつも思うことに行きつくのかな。いろんな人がいるんだから、いろんな考えの人がいて当たり前。だから面白いんじゃないか! 自分の考えも大切だし、相手の思いも大切。合わないからといって排除してはいけない。合う人だけで寄り添っていても仕方ない。でも、私はこう思ってるから! 自説は曲げない! と、やっぱり自己中の独偏にてひとまず終了。ご批判ご意見は甘受致しますが、たぶんそれでも曲げないと思います…意味ねーじゃん>自分。