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奥山線は大正3年、元城―金指間が開通。その後、昭和39年廃線になるまで、浜松市民から
「らっきょう軽便」の名で親しまれていた。
現在でも奥山線の跡をたどれる。 約25キロ、
1日。
参考資料 遠州鉄道HP
PS 奥山線の跡をたどれるといっても、その跡をそのまま行こうとすると、家があった
り、道がなくなったりしているので、その時は、その近くの通れる道で代用する。
奥山線(廃線)と駅(地図100000分の1)

アクセス 奥山線の出発点遠鉄浜松は市の中心にある「クリエート浜松」(浜松駅より歩いて
北5分)
奥山線を歩くには旧路線地図が必要。下記の地図 は、「テレビはままつ」
が
「奥山線」について放映した時使用した地図(手元にあるが、ゼンリンの地図で
50数枚)に基ずく。100000分の1は全路線、25000分の1は6枚に分けてある。
(当時の「奥山線」制作グループ次長鈴木さんに深く感謝します。)
奥山線(廃線)の路線地図(100000分の1)

奥山線(廃線)の路線地図(25000分の1) 6枚
一番下の地図の「遠鉄浜松」が出発点。下の地図から上にた
どって遠鉄浜松ー幸町―曳馬野ー谷ー金指ー四村ー奥山へ。
写真は「駅跡」の現在の様子(2007年11月)
6枚の地図の一番下の「遠鉄浜松駅ー幸町駅」から順次上にたどる
奥山線 6 四村―奥山
奥山駅跡(遠鉄バスの駐車場所になっている
。現在の「奥山バス停」はここから北側の坂を登る。)

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奥山線 5 金指―四村
四村駅跡(現存する唯一の駅舎。前よりだいぶ荒れてきている。)

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奥山線 4 谷―金指
金指駅跡(線路の南側に駅があり、線路と平行して奥山線は
南側を走っていた。)

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奥山線 3 曳馬野―谷
谷駅跡(二つの鉄塔の間あたりにあったという。)

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奥山線 2 幸町―曳馬野
曳馬野駅跡(遠鉄ストアのパーキングになっている
。)

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奥山線 1 遠鉄浜松―幸町
幸町駅跡(遠鉄のタクシー乗り場になっている。)


遠鉄浜松駅跡(「クリエート浜松」、このすぐ裏の細い道から)
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奥山線の廃線跡を歩く

亀山トンネル(奥山線の出発点近く)
ト ンネルを抜けると、そこは「異空間」である。「雪国」ではない。だが、自動車の通らない道、「異空間」である。
そこから細い静かな道が続く。そして、少し行くたびに自動車の進入を防ぐ逆U字型の柵がある。異空間は恐ろしいほど静かである。途中、普通の広い道にぶつかると、
自動車の轟音で、一瞬、現実に戻る。だが、その先に例の逆U字と異空間が待っている。そして、再び 静寂が続く。ただ、それも昔の「銭取駅」の手前まで。そこを過ぎると、普通の自動車の道。退屈で、わずらわしいだけ。だが、ふと、昔の奥山線の駅の跡には店が多いのに気づき、その発見に気をよくする。「庄屋」「遠鉄ストア」「谷島屋」、皆、昔の駅跡である。
北に向かっていた道を西に進むようになると、左に鉄橋の跡があり、「ああ、あそこを軽便電車が走ったんだ」 と
実感する。
その少し先に、昔の「谷駅」。このあたりは傾斜が厳しかったので
「軽便」はよく立ち往生したという。そうすると乗客は降りて
「軽便」を押したというから楽しい。道は北、西,
北と向きを変え、「井伊谷駅」跡に出る。
「井伊谷駅」は今は消防小屋、そのアンバランスにしばらく声もでない。
そのあたりから再び道は細くなり、奥山線の面影が残っている。そして、車がめったに通らない「亜空間」となる。不粋な
逆U字がないのがいい。やがて
「四村」の駅舎に出会う。ほぼ昔のままの駅舎である。駅の跡をまるで残していない奥山線に、ただ一つ残っていたと思ったら昔のまま。重要文化財?である。あとは神宮寺川に沿って奥山まで。およそ、1日。
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