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城壁

 

 それはその時代にごく当たり前のものとして、人の長い労働の汗として、小高い丘の上に築かれた。

 谷から運ばれた石と、地を掘り起こして得た砂とで、遥かな都にあってそれを見ることも、その姿を想像することもないひとりの王の命令によって。

 

 戦いがあった。

 王に従わぬ、誇り高く無謀な森の一族が、戦士の入れ墨に戦いの化粧を重ねて、砦の堀を死体で埋め尽くした。

 血塗られた城壁に、勇者たちの首玉が並んだこともあった。

 恋人を失った娘が、城壁の端から身を空に踊らせもした。

 長い間、戦いの太鼓と銅鑼の音が、霧深いあたりにこだました。

 やがて王の軍勢は去った。

 遠い王国は倒れ、都に向かった兵士は、一人として戻らなかった。  

 

 長い年月が流れ、丘の麓に町が築かれた。

 城壁は崩され、その礎石は持ち去られた。

 町は栄えたが、城壁は忘れ去られた。

 そして風が、雨が、人の、戦いの痕跡を洗い流していった。

 たくさんの家畜が、かつて野生の獣がしていたのと同じように野に草をはんだ。

 耕地が小さな町の外に広がり、森に通じるかすかな轍が新しい街道になった。

 河がその道筋を変え、大地に溢れた。長雨が町の人々を孤立させ、はやり病が人を家畜を殺した。

 町はその周りに壁を作った。

 北から毛の長い獣に乗った人々が、町を襲うようになったからだった。

 町の人々は武器を手に取り、収穫を前にした畑には火が放たれた。飢えが町を覆った。

 待ち望んだ援軍がやってきて、北の人々を追い散らした。

 しかし、ある年には味方に争いがあり、町は再び孤立して敵に当たることにもなった。

 あちこちから、すむ土地を終われた人々が集まってきた。町に受け入れられないほとんどの人は、崩れかかった城壁に雨露を避けた。

 北の人々が移り住んでくる長い長い列が、毎日のように街道を通っていった。遥か西方の国との戦いに破れたのだ。

 見慣れぬ身なりの人が町を我がもの顔であるいていた。

 物乞いや盗みをする者もあった。

 町を通りすぎる人々との諍いは絶えず、多くの命が失われた。

 ある晩、火が町に放たれた。

 森の木で作られた町は、折りからの嵐の風に、紙屑のように燃え上がった。

 虐殺が始まった。

 人々はまだ炎を上げている我が家を忘れ、怒りに任せてよそものを追った。

 行き場を失った人々が逃げ込んだ城壁に悲鳴が響いた。

 

 丘の目立たぬ斜面に墓が立てられた。死者をまつる小さなほこらには、年老いた男が住みついた。

 町にはつかの間の平穏があった。畑の作物は実り、森を拓いて畑が広がった。猟師の一族が獲物を追って去っていった。

 市が開かれていた広場が狭くなったので、丘の麓の街道筋に大きな交易所が作られた。厳めしい門が立てられて、道ゆく人から税金を取った。

 長い工事の末、城壁には神をまつる大きな神殿が建てられた。寄進者や巡礼者が町に溢れ、暴れ川に堤防と橋も築かれた。

 

 人々は信じる神を巡って争いを始めた。

 多くの若者が武器を取って町を出ていき、遠くの町に火を放った。

 戦いは長引き、土地は荒れ果てた。

 疲れ切った人々はわずかな家財をまとめ、散り散りに町を出ていった。

 嵐の晩、神殿は大音響を立てて崩れ落ち、城壁の礎石だけが残った。

 

 再び人が丘の麓に集まりだすまでには、長い月日がかかった。

 東の平原から、北の森から、西のオアシスから、南の大海から、少しずつ人々は現れた。

 町は再び築かれ始めた。

 

 やがて人々は河を塞き止め、大きな水車をいくつも回し始めた。

 町に運び込まれる荷の数は年ごとに何倍にもなり、若い男女が他の場所から働きに来るようになった。

 新しい町が広がるに連れて、古い町の跡は壊されていった。

 学校ができた。才気溢れる若者が集まった。

 大工事の末、大きく迂曲する河に運河が通じた。工事の間に町の姿はどんどん変わった。人は町のとおりに満ち、喧騒で溢れた。

 大きな船が入って来始めた。

 遠くの世界を運んで、たくさんの船が運河をやってくる。

 新しい砦が運が沿いに築かれ、軍団が駐留した。

 そして、当たり前のように、大きな戦争が起こった。

 

 町と運河を巡って攻防戦が始まり、街道は封鎖された。

 町の解放を求めて戦う闘士が、森に野に、城壁のある丘に潜んだ。

 森は再びやかれ、剥き出しの大地をたくさんの軍隊が進んできた。

 戦いはそう長くは続かなかった。

 城壁の脇で戦車が町を見下ろした。砲撃は大地を揺るがし、町を破壊すると同時に、城壁の石積みをも崩した。地下に作られた壕で息をひそめていた人々の上に土砂が降り注いだ。

 悲鳴を上げるように壁は崩れた。

 あるものは戦車を押し潰しさえした。

 

 戦争は終わり、傷ついた人々はゆっくりと町と心を癒し始めた。

 町は広がり続け、やがて城壁の残骸の立つ丘をも飲み込んでいった。

 

 ふらりと立ち寄れば、所狭しと立ち並ぶ、古ぼけた家の裏庭を仕切っている、洗濯物の吊るされた壁がそこにあるだろう。

 崩れたくぼみに植えられた小さな花が、風に揺られているかもしれない。

 そう、まだ今は、そこにあるのだから。

 人々が生き続けるかぎりは。

 


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