大日蓮 平成3年7月号(第545号 53〜76頁)

外 護 に つ い て
                        時局協議会文書作成班1班

 は じ め に

 日蓮正宗において、創価学会は、自他ともに認める外護の団体のはずである。その創価学会の外護について、検討しなければならない日を迎えたのは、いったい誰のせいなのであろうか。
 初代会長牧口常三郎氏に始まる組織活動は、戦時中は中断のやむなきに到ったが、戦後、二代戸田城聖氏の指導に基づく、周到かつ強力な弘教の推進により、飛躍的な教線の発展を遂げ、宗教法人認可設立を経て、その体制を盤石なものとした。戸田氏の逝去後も、会員の正法弘通の情熱はとどまるところを知らず、第三代池田大作氏の代に、八百万信徒の浄財供養による、正本堂建立をもって、その発展は頂点に達した。
 同時に、王仏冥合の具体化として政界進出が行なわれ、公明党は野党第二党となり、その影響力は増大した。
 しかし、その華やかな大功績の反面、言論出版妨害事件・選挙の替え玉投票事件・電話盗聴事件・月刊ペン事件・会員による身代金六億円住職誘拐事件・一億七千万円入り金庫遺棄事件・ルノワール絵画疑惑・公明党議員の不正等々、不祥事が続々と白日のものとなり、その言行の不一致は、宗の内外に懐疑の念を生ぜしめた。
 過ちは、凡夫ゆえに起こりうるものである。その場合、過ちに気付き、正直に懺悔し、改め、そして正しい道に進むことが、宗祖日蓮大聖人の教えである。
 これらの不祥事件は、内容もさることながら、残念なことに、「過ちを改めざるを過ちという」との格言のままの対応によって、拭い難い不信感を、世間に植え付けたのである。
 当然のことながら、同一視される日蓮正宗は世人の疑いを招き、本宗の清浄な宗風と信用は著しく傷つけられ、正法流布の大きな障害となったのである。
 特に、昭和五十二年路線における教義逸脱問題は、その根源である学会首脳の信心を窺(うかが)わせるに十分であったが、一応の反省を見せて事態の収拾は図られた。しかし、その反省が、真摯(しんし)なものでなかったために、多くの人々は不信感を拭い去ることができなかったのである。
 そうしたなか、ついに総本山開創七百年の大佳節の年に、池田氏は陰に隠れて学会員に向かって、御法主上人猊下および宗門僧侶を侮蔑し、また五十二年路線の反省が虚偽であったことをも述べたのである。これらの発言が、御法主上人はじめ宗門人の知るところとなり、その謗法の醜面は、天下に隠れないものとなった。
 さて、そののちの対応たるや、その正体の露見が創価学会の内外に及ぶことを恐れ、それまで日蓮正宗の外護のために蓄積されたと信じられてきた勢力のすべてを、御法主上人はじめ宗門攻撃のために総動員したのである。しかも、その宗門に対する誹謗の言説は、「開かれた宗門になってほしい」などとの詭弁(きべん)を弄(ろう)し、それが「外護のため」であると主張して憚(はばか)らないのである。
 そこで、この論は、外護とは何かを考え、彼等の詭弁を粉砕せんとするものである。

 一、 外 護 と は

    『創価学会入門』には、 とある。この会員一致の崇高な使命は、仏祖三宝の御嘉賞あそばされるところである。池田氏も、 と繰り返し、創価学会が、日蓮正宗の外護の団体であることを指導してきたのである。それは、創価学会が日蓮正宗の外護のために設立された宗教法人であり、外護こそが創価学会の使命であるからである。
 この精神は、『創価学会会則』第4条に、 また、『宗教法人「創価学会」規則』第三二条にも、 と明記されているのである。
 もちろん、外護は創価学会のみの役目ではない。『日蓮正宗宗規』第二百二十七条に、 とあるように、日蓮正宗を信奉するすべての檀信徒の義務なのである。

 二、外護の定義および出典

 外護について、 と、創価学会教学部編の『仏教哲学大辞典』にある。ちなみに、これは、龍谷大学編の『仏教大辞彙』あるいは『望月仏教大辞典』等を参考にした前版の『仏教哲学大辞典』の文章を、新版で整理したものである。
 その他の辞書類も、概(おおむ)ね同意である。例を挙げれば、 あるいは、 などである。
 これらの根拠は、『涅槃経』の、 との文や、『摩訶止観』の、 との文のほか、創価学会の『仏教哲学大辞典』に引用した、妙楽大師の『摩訶止観輔行伝弘決』、また伝教大師の『守護国界章』の、 との指南にもあるように、『仁王護国般若波羅蜜経』等が挙げられる。

 三、三宝の救護と信徒の外護

 このように見ると、「唯我一人能為救護」と説かれるように、衆生および国土を救護すべきはずの仏宝と法宝とその伝導者たる僧宝の三宝が、逆に外護者によって庇護(ひご)される立場にあるかのような印象を受ける。
 しかし、伝教大師の『註仁王護国般若波羅蜜経』には、 と説き、また、 とある。ここには、正法の利益によって、衆生・国土が安穏であることが示されるのである。
 これによって明らかなように、外護とは、
 第一に、三宝を信仰する功徳によって、衆生が成仏の因を積み、衆生および国土が守られ安穏を得るという、三宝がその威徳により外部を護る意味が存する。
 第二に、檀信徒がその功徳をもって威勢を増し、かえって三宝を扶助することを外護というのである。そこには、三宝を外護することによって、また仏の智慧をもってしても量り知れないと言われる無量の功徳を得ることができるのである。
 さて、ここで考えなければならないことは、外護とは現世のみの問題ではないということである。
と仰せのように、人は三宝に帰し、五戒を持ってはじめて人に生まれることができるのであって、我々の人間としての果報自体が、宿世の外護の功徳によるものである。
 さらに、 と説かれるように、なかにも国王の果報は、前世の篤(あつ)い仏法への供養の結果である。あるいは主権在民という、一人ひとりが王の意義を有する世に生まれる人は、すべてこの果報を持つと言えるのかも知れない。また、各々の今世の分々の徳が、やはり過去世の供仏という外護の果報であり、詮ずるところ、三宝の御威徳によるものであることが信解されなければならない。
 このことは、信仰を正しく続けていく上で、極めて重要であるが、また難信難解な点でもあり、清浄かつ強盛な信心によってのみ信解されるのである。
 日淳上人の、昭和三十四年元旦の、 との御指南を、よく拝すべきである。
 前述の『止観』には、「外護とは白黒を簡ばず」とあるが、ここに言う白黒とは僧俗ということであり(『弘決』参照)、仏法の外護は、基本的にはすべての僧俗が外護者であるが、一般的には檀信徒を指して、外護者とするのである。
 伝教大師には、多数の高位の檀越がいたが、この人々を外護と称したことは、『伝教大師伝』の、 との文によって判る。

 四、日蓮大聖人の外護観

 大聖人の外護に関しての御見解も、次に挙げる御書等から伝教大師等と同様であられたと拝される。すなわち、『立正安国論』に、『大集経』の次の御文を引かれている。  ここには、国王が仏法を擁護、すなわち外護しなければ、過去世よりの功徳を失うのみならず、今世には重病等の不幸を招き、死しては地獄に堕ちると説かれているのである。
 次に、『法華初心成仏抄』には、 と、よき檀那を国土安穏の条件に挙げられている。これを、先の『立正安国論』の趣旨と考え合わせれば、それが外護を意味することは、見易い道理である。
 さらに、『曽谷入道殿許御書』には、 と、曽谷教信氏・大田金吾氏等を、天台大師・伝教大師当時の外護者に擬(なぞら)えておられるから、檀那をして外護と目されていたことは明らかである。
 ただ、ここで留意しなければならないことは、『法華初心成仏抄』の「よき檀那」であり、『曽谷入道殿許御書』の「清浄の檀越」である。「よき檀那」とは、「法華経を持たん」檀那である。この法華経のことを、創価学会員はただ法宝の御本尊とのみ考えている人が多いが、このあたりにも、今日の問題を招いた創価学会の重大な考え違いが存する。
 法華経とは、単に法宝のみをいうのではなく、仏法・法宝・僧宝の三宝のすべてを含んで言うのである。この三宝とは、仏宝が宗祖日蓮大聖人であり、法宝は所見の大漫荼羅本尊であり、僧宝は日興上人以下御歴代の御法主上人である。この三宝は一体であり、三宝を持つことが御本尊、すなわち「法華経を持たん」の意味であり、よく持つ人が「よき檀那」なのである。
 「清浄」とは、 また、 とあるように、蓮華の徳である。蓮華とは、 と示される当体蓮華の意であり、「正直に権教の邪法邪師の邪義を捨てて、正直に正法正師の正義を信ずる」人が、はじめて証得しうるのである。その人を、「清浄の檀越」というのである。
 この「よき檀那」「清浄の檀越」こそが、真の外護者たりうるのである。

 五、有徳王・覚徳比丘

 有徳王・覚徳比丘とは、『仏教哲学大辞典』には、 と説明されている。この仏説は、正法護持の信仰者の心構えと、正法を守る者の功徳の大きさを讃えるものである。
 有徳王・覚徳比丘が有名なのは、『三大秘法抄』に、 と、その名が戒壇建立の御指南に存することによると言えよう。
 『撰時抄』の、 との御文のほか、諸御書に示される広宣流布は、日蓮大聖人の御遺命であり、広宣流布の達成によって戒壇は建立される。その僧俗和合の姿を、有徳王・覚徳比丘の説話をもって示されるのである。
 それは、檀信徒における不自惜身命の外護の姿であり、正法の伝導者たる僧宝を、命に代えて守ったというものである。この仏説は、『立正安国論』にも引用されているように、外護の檀信徒の覚悟として、大聖人の厳しくも尊い御指南なのである。
 このように、広宣流布は、僧侶による令法久住と、檀信徒の不自惜身命の外護によって、達成されなければならないということである。

 六、化儀の広宣流布

 池田氏の会長就任時の、 との抱負に、全学会員が心から奮い立ったのは、有名な話である。この「化儀の広宣流布」とは、化儀の折伏のことである。
 化儀とは、化法に対する語である。化法とは、下種独一本門の法体とそれに基づく教義・教学であり、化儀とは下種仏法の執行・表明のことである。『観心本尊抄』には、 とある。日寛上人は、この文を、 と解釈されている。すなわち、大聖人は、五重相対・五重三段の教判に基づき、諸宗の邪義を打ち破り、一期の御化導の究竟として、その化法の眼目である下種の法体、本門戒壇の大御本尊を御建立あそばされた。これを法体の折伏というのである。そして、受持の一行・信唱の題目をもってその化儀の正行とし、方便・寿量の二品読誦を助行と定められた。この勤行は、下種仏法の修行の中心である。さらに、化儀には、 と、四悉檀の斟酌(しんしゃく)をもって、修行・法要・荘厳式等、行儀行事の上に、下種仏法が表明されている。
 化儀の折伏とは、宗開両祖以来の血脈相伝に基づく、日蓮正宗の法要・修行・荘厳式等、行儀行事という化儀が広宣流布され、本門の本尊に対し奉る正しい信行が確立され、同時に邪宗教の化儀がその本尊とともに一掃されることである。具体的には、各々御本尊への給仕に怠りなく、朝夕の勤行・唱題に励み、折伏を実践し、努めて末寺の行事に参詣することであり、法要の執行を依頼することである。
 さらに総本山への登山参詣も、遠近の別なく、恋慕の心において行なわなければならない。このような、信心の発露による自然の行業により、信行者は三宝の加護を受けるのである。また、それはそのままが、かえって三宝を外護するという浄行となるのである。
 御法主日顕上人は、平成二年の御誕生会の砌に、 と、その化儀である行事が、王法による祝祭日となることを示されている。まさに宗内僧俗の理想とする王仏冥合の姿である。
 なお、先の『観心本尊抄』の「此の四菩薩、折伏を現ずる時は賢王と成って愚王を誡責し」との御文を曲解し、在家本仏のような論を展開する者が、創価学会員のなかにいる。しかし、これは化法に即した化儀の折伏の意味を、はきちがえることによるのである。
 日寛上人は、この賢王を、仙予国王等であると釈されている。仙予国王とは、『仏教哲学大辞典』によれば「純善」の人である。この人は、日蓮正宗に伝わる日蓮大聖人の化儀をもって、正しく世の中に弘めていく方である。広宣流布の日には、必ずこのような方が現れるであろう。
 しかし、僧侶を軽視し、在家がその己義により勝手な化儀を乱造する現在の池田氏等のような、限りなく退転者に近い無信心の人のことでは断じてない。
 また、「是くの如き高貴の大菩薩、三仏に約束して之を受持す。末法の初に出でたまはざる可きか」との御文の「高貴の大菩薩」について、日寛上人は、 と釈されている。宗教法人設立の際の「三箇条」を忘れ、自分が、 と述べたことを忘れる者が、該当しないことは当たり前のことである。
 また、池田氏は、いわゆる一一・一六のスピーチで、 と、下品なことを言われるが、「高貴の大菩薩」が「御本尊のよ」とか「拝んでんのかよ」とか、下品な言葉を仰せになるとは考えられない。

 七、信 徒 の 外 護

 外護は、時代により変化する社会状況に応じて、内容もまた多岐であり、その在り方も推移する。当然、その威力が強大であればあるほど、外護の効果も大となるのである。しかし、創価学会の姿を見ても明白なように、その威勢は、まさに両刃の剣であり、危険性をも併せ持っている。
 通常の外護は、個々に有する世間の威勢が、仏法に帰順することにより、さらに威勢を増し、正法外護の威力となる。この大小の勢力の集合が、外護の全体である。

 八、創 価 学 会 の 外 護

 創価学会の外護が、通常の外護と本質的に異なる点は、その多数の信徒の組織的総合力である、政治力・財力という力の統合が、演出された「権威」によって、行なわれていることである。
 政治力とは、公明党であり、権力として様々な影響力をもつに至った。この政治力への指導力・影響力という支配の主体が、創価学会の指導者に存在するという構造なのである。ためにその権力は、そのまま創価学会の指導者の「権力」と言いうる。つまり、権力を指導者一人が支配しえたため、指導者一人の信心により、その全体が外護者ともなれば、攻撃・破壊者ともなりうるのである。
 また財力は、「特別財務」による集金や、書籍等の収益によって得た莫大なものである。ところが、これらは、日蓮大聖人への御供養の名目、もしくはその意義を有すると理解・洗脳させることによって集めた、一般信徒の浄財なのである。
 この政治力と財力は、ともに、本来、日蓮正宗の三宝の外護を目的として、はじめて成立する威勢であり、単独でなしえたものではない。
 むろん現状は、会運営のための寄付や宗教法人としての公益事業等の収入もあるから、それをもって学会としての供養をもなしうると言える。しかし、それ以外の、信徒の日蓮正宗の三宝への供養としての意義の名目を使用した蓄財については、あくまで日蓮正宗の外護のためのものとして、理解されているのである。
 このような、多数の信徒を有する巨大な組織の団結を可能とするのは、僧俗の和衷協力の精神「異体同心」によるからである。
 同心とは、日蓮大聖人の心に同ずることである。その日蓮大聖人の心は、血脈法水の御相承によって、歴代の御法主上人が所持あそばされるのである。したがって、僧俗が一人も漏れずに、御法主上人に信伏随従することをもって、本当の異体同心となるのである。
 このことの重要性は、池田氏も、先に引いた如く、 と述べているのだから、よもや異論はなかろう。
 本来は、この上で、信徒指導者としての指導力が発揮されるべきである。その指導力は、正しい信仰に基づく「実力」であらねばならないし、どこまでも御法主上人の御教導の正直な実践者でなければならない。
 しかし、池田氏は全学会員による、大御本尊への御供養を、「全部私がしたんです」と高言し、大部の代作の著書を自らの著作と称するなど、会内の全能力を挙げての成果をも、池田氏の能力であるかのように演出してきた。ために、池田氏一人が実力を遥かに上回る評価を受け、また権威として、会内に定着したのである。
 この権威を得るための誇大宣伝は、池田氏の会長就任以来、現在に至るまで続けられている。しかし、それらは正直を旨とする、日蓮大聖人の仏法とは、およそかけ離れたものである。正直に御法主上人に信伏随従しておれば、池田氏は宗史に残る大檀那となったであろうに、あまりの落差に不憫(ふびん)でならない。
 ウソにウソを重ねる。その無軌道ぶりは、ついに池田本仏論・池田独尊論という本末転倒した迷信・邪信となって会内に横行し、大聖人よりの血脈法水を所持される御法主上人をも見下すに至ったのである。
 もうお判りのように、その権威の正体は、大聖人の御仏意と学会員の尊い弘教への真心を掠(かす)め取り、我がものとして恥じない、魔性であり、虚像なのである。
 仏に匹敵するかのように演出された虚像を、本物の「権威」と信じ込ませることによって、巨大な「権力」を一人の人物が握っているのである。

 九、池 田 本 仏 論 に つ い て

 ここで、池田本仏・独尊論を信じている者達に、池田氏が決してそのような人物でないことを明らかにしておこう。
 まず、彼等の信ずる御本仏とやらは、勲章の重みには耐えられるが、自分の体重に対しては、たった一時間の正座すら耐えられず、開創七百年慶讃大法要の読経の最中に、あぐらをかかれたのである。弟子達がそれにならったことは、言うまでもない。
 池田氏は、以前から御自分が、大聖人の仏法のすべてを知っているかのようなことをよく言われているが、本当に御存知なのであろうか。例えば一一・一六のスピーチでも、 といわれた。池田本仏の信奉者にとっては、当然の発言と映るであろう。しかし、このような人のことを、仏法では「未得謂得・未証謂証の人」、つまり「いまだ得ていないのに『得た』と言い、いまだ証していないのに『証した』と言う大増上慢の人」と言うのである。本当のことを言えば、池田氏は、御本尊はもちろん、御書もあまりよく知らない方なのであろう。
 御本尊はじめ御法門の深義は、血脈付法の御法主上人のみが所持あそばされるところであって、血脈相伝のない池田氏が、その奥義に至ることは絶対にないのである。大聖人の仏法は、深く広いのであって、知ったかぶりをして大言壮語を吐いても、肝心の部分には、何も答えることはできないだろう。
 例えば次のような問題に答えられるだろうか。  これは、大石寺と日什門流との問答の時に、大石寺側より什門に与えた質問である。
 また、『当体義抄』の、 との御文を、日寛上人は、 と述べられている。この「真実」は三箇なのに「題目」は二箇なのは、なぜか判るだろうか。
 一分は答えられても、完璧に答えることは、御法主上人以外には不可能である。なぜならば、血脈相承は唯授一人だからである。
 池田氏や最高幹部達の寿命も、あとどのくらいあるかは、判らないのである。このまま終われば、地獄へ堕ちることは、ウソをついている自分達が一番よく知っている。純真な学会員を地獄に連れていこうとしていたことが発覚たら、それはただでは済むまい。しかし、学会員に真実が知られるのも怖いだろうが、地獄はもっと怖いのである。

 十、外 護 者 の 条 件

 以上のことは、信心の在り方が正常でなくなった場合、当然予想されることであって、その防止のために、戸田会長が宗教法人の設立を願い出た際、日蓮正宗からは、次の三項目を守ることを条件としたのである。それは、