立 正 安 国 論
  文応元年七月一六日 三九歳(234頁)

 旅客()たりて(なげ)いて(いわ)く、近年より近日に至るまで、天変・地夭(ちよう)飢饉(ききん)疫癘(えきれい)(あまね)く天下に満ち、広く地上に(はびこ)る。牛馬(ちまた)(たお)れ、骸骨路(がいこつみち)()てり。死を招くの(ともがら)既に大半に()え、(これ)を悲しまざるの(やから)()へて一人(いちにん)も無し。(しか)る間、或は利剣即是(りけんそくぜ)の文を(もっぱ)らにして西土(さいど)教主の名を唱へ、或は衆病悉除(しゅびょうしつじょ)(がん)(たの)みて東方如来の経を(じゅ)し、或は病即消滅不老不死の(ことば)(あお)いで法華真実の妙文(みょうもん)(あが)め、或は七難即滅七福即生の()を信じて百座百講の()調(ととの)へ、()るは秘密真言の(きょう)()って()(びょう)の水を(そそ)ぎ、有るは坐禅入定の儀を全うして空観(くうがん)の月を澄まし、()しくは七鬼神の()を書して千門に押し、若しくは五大力の形を図して万戸(ばんこ)()け、若しくは天神地祇(ちぎ)を拝して四角四堺(しかい)祭祀(さいし)(くわだ)て、若しくは万民百姓(ひゃくせい)を哀れみて国主国宰(こくさい)の徳政を行なふ。(しか)りと(いえど)唯肝胆(ただかんたん)(くだ)くのみにして(いよいよ)飢疫に(せま)り、乞客(こっかく)目に(あふ)れ死人(まなこ)に満てり。()せる(しかばね)(ものみ)()し、並べる(かばね)を橋と()す。(おもんみ)れば(それ)二離(じり)(たま)を合はせ、五緯(ごい)(たま)(つら)ぬ。三宝(さんぼう)も世に(いま)し、百王(いま)(きわ)まらざるに、此の()早く衰へ、其の法(なん)(すた)れたるや。是何(これいか)なる(わざわい)に依り、是何なる誤りに()るや。
 主人の曰く、(ひと)り此の事を(うれ)ひて胸臆(くおく)(ふんぴ)す。客()たりて共に嘆く、(しばしば)談話を致さん。(それ)出家して(みち)に入る者は法に依って仏を()するなり。(しか)るに(いま)神術も(かな)はず、仏威も(しるし)無し。(つぶさ)に当世の(てい)覿()るに、愚かにして後生(こうせい)の疑ひを()こす。然れば(すなわ)円覆(えんぷ)を仰いで(うら)みを()み、方載(ほうさい)()して(おもんばか)りを深くす。(つらつら)微管(びかん)を傾け(いささか)経文を(ひら)きたるに、世(みな)正に(そむ)き人(ことごと)く悪に帰す。故に善神国を捨てゝ(あい)去り、聖人所を辞して還らず。(ここ)を以て魔来たり()来たり、(さい)起こり(なん)起こる。()はずんばあるべからず。恐れずんばあるべからず。
 客の曰く、天下の災・国中(こくちゅう)の難、()独り嘆くのみに非ず、衆(みな)悲しめり。今蘭室(らんしつ)に入りて初めて芳詞(ほうし)を承るに、神聖(しんせい)去り辞し、災難並び起こるとは(いず)れの経に出でたるや。其の証拠を聞かん。
 主人の曰く、其の文繁多(はんた)にして其の証弘博(ぐはく)なり。
 金光(こんこう)(みょう)経に云はく「()の国土に於て此の経有りと(いえど)も未だ(かつ)流布(るふ)せしめず。捨離(しゃり)の心を生じて聴聞(ちょうもん)せんことを(ねが)はず、(また)供養し尊重(そんじゅう)讃歎(さんだん)せず。四部(しぶ)の衆、()(きょう)(にん)を見るも、亦復(またまた)尊重し乃至(ないし)供養すること(あた)はず。遂に我等(われら)及び余の眷属(けんぞく)、無量の諸天をして此の甚深(じんじん)の妙法を聞くことを得ず、甘露の(あじ)はひに背き正法の流れを失ひて、威光及以(および)勢力(せいりき)有ること無からしむ。悪趣(あくしゅ)増長(ぞうちょう)し、人天(にんでん)を損減して、生死(しょうじ)の河に()ちて涅槃の(みち)(そむ)かん。世尊、我等四王(しおう)並びに(もろもろ)の眷属及び薬叉(やしゃ)等、()くの如き()を見て、其の国土を捨てゝ擁護(おうご)の心無けん。(ただ)我等のみ()の王を捨棄(しゃき)するに非ず、必ず無量の国土を守護する諸大善神有らんも皆(ことごと)捨去(しゃこ)せん。(すで)に捨離し()はりなば其の国(まさ)に種々の災禍(さいか)有りて国位を喪失(そうしつ)すべし。一切の人衆(みな)善心無く、但繋縛(けばく)殺害(せつがい)瞋諍(しんじょう)のみ有って、互ひに相讒諂(あいざんてん)して()げて(つみ)無きに及ばん。疫病(やくびょう)流行し、彗星(しばしば)出で、両の日並び現じ、薄蝕恒(はくしょくつね)無く、黒白(こくびゃく)二虹(にこう)()(しょう)の相を表はし、星流れ地動き、井の内に声を発し、暴雨悪風時節に依らず、常に飢饉(ききん)()ひて(みょう)実成(じつみの)らず、多く他方の怨賊(おんぞく)有りて国内を浸掠(しんりょう)せば、人民(もろもろ)の苦悩を受けて、土地として所楽(しょらく)(ところ)有ること無けん」已上
 大集経に云はく「仏法(じつ)隠没(おんもつ)せば鬚髪爪(しゅほっそう)皆長く、諸法も亦忘失(もうしつ)せん。時に当たって虚空(こくう)の中に(おお)いなる声ありて地を震ひ、一切皆(あまね)く動ぜんこと猶水上輪(すいじょうりん)の如くならん。城壁破れ落ち下り屋宇(おくう)悉く()(しゃく)し、樹林の根・枝・葉・華葉・菓・薬()きん。唯(じょう)()(てん) を除きて欲界一切処の七味・三(しょう)()損減(そんげん)して、余り有ること無けん。解脱(げだつ)の諸の善論(とき)に当たって一切尽きん。生ずる所の華菓の味はひ()(しょう)にして亦(うま)からず。諸有(しょう)井泉(せいせん)()一切尽く枯涸(こかつ)し、土地悉く鹹鹵(かんろ)し、剔裂(てきれつ)して丘澗(くけん)()らん。諸山皆燋然(みなしょうねん)して天竜も雨を(くだ)さず。(みょう)()(みな)()()し、生ずる者皆()()くして余草(よそう)更に生ぜず。土を()らし皆昏闇(こんあん)にして日月も(みょう)を現ぜず。四方皆亢旱(こうかん)し、(しばしば)(もろもろ)の悪端を現じ、十不善業道(ごうどう)貪瞋(とんじん)()倍増して、衆生の父母に於ける、之を観ること獐鹿(しょうろく)の如くならん。衆生及び寿命色力(しきりき)()楽減(らくげん)じ、人天の楽を遠離(おんり)し、皆悉く悪道に堕せん。是くの如き()善業(ぜんごう)の悪王・悪比丘、我が(しょう)(ぼう)毀壊(きえ)し、天人の(どう)を損減し、諸天善神・王の衆生を悲愍(ひみん)する者、此の濁悪(じょくあく)の国を棄てゝ皆悉く余方に向かはん」已上
 仁王(にんのう)経に云はく「国土(みだ)れん時は()づ鬼神乱る。鬼神乱るゝが故に万民乱る。賊来たりて国を(おびや)かし、(ひゃく)姓亡喪(せいもうそう)し、臣・君・太子・王子・百官共に是非を生ぜん。天地怪異(けい)し二十八宿(しゅく)星道(せいどう)・日月(とき)を失ひ度を失ひ、多く賊の起こること有らん」と。亦云はく「我(いま)五眼をもって明らかに三世を見るに、一切の国王は皆過去の世に五百の仏に(つか)へしに()って帝王の主と()ることを得たり。是を(もっ)て一切の聖人羅漢(らかん)(しか)(ため)に彼の国王の中に来生(らいしょう)して大利益(りやく)を作さん。若し王の福尽きん時は一切の聖人皆(しゃ)去為(こせ)ん。若し一切の聖人去らん時は七難必ず起こらん」已上
 薬師経に云はく「()刹帝(せってい)()潅頂王(かんじょうおう)等の災難起こらん時、所謂人衆疾疫(にんじゅしつえき)の難・他国侵逼(しんぴつ)の難・自界叛逆の難・星宿変(せいしゅくへん)()の難・日月薄(にちがつはく)(しょく)の難・非時風雨の難・過時不雨の難あらん」已上
 仁王経に云はく「大王、吾が(いま)化する所の百億の須弥(しゅみ)、百億の日月、一々の須弥に四天下(してんげ)有り、其の南閻(なんえん)浮提(ぶだい)に十六の大国・五百の中国・十千(じゅつせん)小国(しょうごく)有り。其の国土の中に七つの(おそ)るべき難有り、一切の国王是を難と()すが故に。云何(いか)なるを難と為す。日月度を失ひ時節返逆(ほんぎゃく)し、或は赤日(しゃくじつ)出で、黒日出で、二三四五の日出(ひい)で、或は日蝕して光無く、或は日輪一重二三四五重輪現ずるを一の難と為すなり。二十八宿度を失ひ、金星・彗星・輪星・鬼星・火星・水星・風星・刁星(ちょうせい)南斗(なんじゅ)北斗(ほくと)五鎮(ごちん)の大星・一切の国主星・三公星・百官星、是くの如き諸星(しょしょう)各々(おのおの)変現(へんげん)するを二の難と為すなり。大火(たいか)国を焼き万姓焼尽(しょうじん)せん、或は鬼火・竜火・天火・山神火・人火(じんか)・樹木火・賊火あらん。是くの如く変怪(へんげ)するを三の難と為すなり。大水百姓を(ひょう)(もつ)し、時節反逆して冬雨ふり、夏雪ふり、冬時(とうじ)に雷電霹|(へきれき)し、六月に(ひょう)霜雹(そうばく)()らし、赤水(しゃくすい)・黒水・青水(しょうすい)を雨らし、土(せん)石山(しゃくせん)を雨らし、(しゃ)(りゃく)(しゃく)を雨らす。江河(さか)しまに流れ、山を浮べ石を流す。是くの如く変ずる時を四の難と為すなり。大風万姓を吹き殺し、国土山河樹木一時に滅没(めつもつ)し、非時(ひじ)の大風・黒風・赤風・青風・天風・地風・火風・水風あらん、是くの如く変ずるを五の難と為すなり。天地国土亢陽(こうよう)し、炎火洞燃(どうねん)として百草亢旱(こうかん)し、五穀(みの)らず、土地赫燃(かくねん)して万姓滅尽せん。是くの如く変ずる時を六の難と為すなり。四方の賊来たりて国を侵し、内外の賊起こり、火賊・水賊・風賊・鬼賊ありて百姓荒乱し、刀兵劫(とうひょうこう)()せん。是くの如く()する時を(しち)の難と為すなり」と。
 大集経に云はく「()し国王有りて、無量世(むりょうせ)に於て施戒慧(せかいえ)を修すとも、我が法の滅せんを見て捨てゝ擁護(おうご)せずんば、是くの如く()うる所の無量の善根悉く皆滅失(めっしつ)して、其の国(まさ)()つの不祥の(こと)有るべし。一には穀貴(こっき)、二には兵革(ひょうかく)、三には疫病なり。一切の善神悉く之を捨離(しゃり)せば、其の王教令(きょうりょう)すとも人随従(ずいじゅう)せず、常に隣国の為に侵嬈(しんにょう)せられん。暴火(ぼうか)(よこしま)に起こり、悪風雨多く、暴水増長して、人民を(すい)(ひょう)せば、内外(ないげ)の親戚其れ共に謀叛(むほん)せん。其の王久しからずして当に重病に()ひ、寿終(じゅじゅう)の後大地獄の中に生ずべし。乃至王の如く夫人(ぶにん)・太子・大臣・城主・(ちゅう)()・郡守・宰官(さいかん)亦復(またまた)是くの如くならん」已上
 (それ)四経の文朗(もんあき)らかなり、万人(たれ)か疑はん。而るに盲瞽(もうこ)(やから)、迷惑の人、(みだ)りに邪説(じゃせつ)を信じて正教(しょうきょう)(わきま)へず。故に天下()(じょう)諸仏衆経(しゅうきょう)に於て、捨離(しゃり)の心を生じて擁護(おうご)(こころざし)無し。()って善神聖人(しょうにん)国を捨て所を去る。(ここ)を以て悪鬼外道(さい)を成し難を(いた)すなり。
 客色を()して曰く、後漢の明帝(めいてい)金人(こんじん)の夢を悟りて白馬の(きょう)を得、上宮太子は守屋(もりや)の逆を(ちゅう)して寺塔の(かま)へを成す。(しか)しより(このかた)、上一人より下万民に至るまで仏像を(あが)め経巻を(もっぱ)らにす。(しか)れば則ち叡山・南都・園城(おんじょう)・東寺・四海・一州・五畿・七道(しちどう)に、仏経は星のごとく(つら)なり、堂宇雲(どううくも)のごとく()けり。(しゅう)()(やから)は則ち鷲頭(じゅとう)の月を観じ、鶴勒(かくろく)(たぐい)は亦鶏足(けいそく)(ふう)を伝ふ。(たれ)か一代の(きょう)(さみ)三宝(さんぼう)の跡を廃すと()はんや。若し其の証有らば委しく其の故を聞かん。
 主人(さと)して曰く、仏閣(ぶっかく)(いらか)(つら)ね経蔵(のき)を並べ、僧は竹葦(ちくい)の如く(りょ)稲麻(とうま)に似たり。(そう)(じゅう)(とし)()(そん)貴日(きひ)(あら)たなり。但し法師は諂曲(てんごく)にして人倫を迷惑し、王臣は不覚にして邪正を(わきま)ふること無し。
 仁王経に云はく「諸の悪比丘多く名利を求め、国王・太子・王子の前に於て(みずか)ら破仏法の因縁・破国の因縁を説かん。其の王(わきま)へずして此の(ことば)を信聴し、(よこしま)に法制を作りて仏戒に依らず。是を破仏・破国の因縁と為す」已上
 涅槃経に云はく「菩薩、悪象等に於ては心に恐怖(くふ)すること無かれ。悪知識に於ては怖畏(ふい)の心を生ぜよ。悪象の為に殺されては三趣(さんしゅ)に至らず、悪友の為に殺されては必ず三趣に至る」已上
 法華経に云はく「悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲(てんごく)に、未だ得ざるを()れ得たりと(おも)ひ、我慢(がまん)の心充満せん。或は()練若(れんにゃ)納衣(のうえ)にして空閑(くうげん)に在り、自ら(しん)(どう)(ぎょう)ずと(おも)ひて人間を軽賎(きょうせん)する者有らん。利養に貪著(とんじゃく)するが故に(びゃく)()(ため)に法を説いて、世に()(ぎょう)せらるゝこと六通の羅漢(らかん)の如くならん。乃至(ないし)常に大衆の中に在りて我等を(そし)らんと(ほっ)するが故に、国王・大臣・婆羅(ばら)(もん)居士(こじ)及び余の比丘衆に向かって誹謗(ひぼう)して我が悪を説いて、(これ)邪見の人外道の論議を説くと()はん。濁劫(じょっこう)悪世の中には多く諸の恐怖(くふ)有らん。悪鬼()の身に入って我を罵詈(めり)毀辱(きにく)せん。(じょく)()の悪比丘は仏の方便随宜(ずいぎ)所説の法を知らず、悪口(あっく)して顰蹙(ひんじゅく)数々擯出(しばしばひんずい)せられん」已上
 涅槃経に云はく「我涅槃の(のち)無量百歳に四道の聖人悉く(また)涅槃せん。正法(しょうぼう)滅して(のち)像法の中に於て当に比丘有るべし。持律に似像(じぞう)して(すこ)しく経を読誦(どくじゅ)し、飲食(おんじき)貪嗜(とんし)して其の身を長養(ちょうよう)し、袈裟(けさ)を著すと雖も、(なお)猟師の細視除行するが如く猫の鼠を(うかが)ふが如し。常に是の(ことば)を唱へん、我羅漢(われらかん)を得たりと。外には賢善(けんぜん)を現じ内には貪嫉(とんしつ)(いだ)く。唖法(あほう)を受けたる婆羅(ばら)(もん)等の如し。実には沙門(しゃもん)に非ずして沙門の像を現じ、邪見()(じょう)にして正法を誹謗せん」已上。文に()いて世を見るに誠に以て(しか)なり。悪侶を(いまし)めずんば(あに)善事を成さんや。
 客(なお)(いきどお)りて曰く、明王(めいおう)は天地に()って化を成し、聖人は理非を(つまび)らかにして世を治む。世上の僧侶は天下の帰する所なり。悪侶に於ては明王信ずべからず、聖人に(あら)ずんば賢哲(けんてつ)仰ぐべからず。今賢聖(けんせい)の尊重せるを以て則ち竜象の軽からざることを知んぬ。何ぞ妄言(もうげん)()きて(あなが)ちに誹謗を成し、誰人(たれびと)を以て悪比丘(びく)()ふや、委細に聞かんと欲す。
 主人の曰く、後鳥羽院の御宇(ぎょう)法然(ほうねん)といふもの有り、選択集(せんちゃくしゅう)を作る。則ち一代の聖教(しょうぎょう)を破し(あまね)く十方の衆生を迷はす。其の選択に云はく「道綽禅(どうしゃくぜん)()聖道(しょうどう)・浄土の二門を立て、聖道を捨てゝ(まさ)しく浄土に帰するの文、初めに聖道門とは之に就いて二有(にあ)り、乃至(これ)に準じて之を思ふに、(まさ)に密大及以(および)実大を(そん)すべし。然れば則ち今の真言・仏心・天台・華厳・三論・法相・地論(じろん)摂論(しょうろん)、此等の八家(はっけ)の意(まさ)しく(ここ)に在るなり。曇鸞法(どんらんほっ)()往生論(おうじょうろん)(ちゅう)に云はく、謹んで竜樹(りゅうじゅ)菩薩(ぼさつ)十住(じゅうじゅう)毘婆(びば)(しゃ)を案ずるに云はく、菩薩阿毘(あび)跋致(ばっち)を求むるに二種の(みち)有り、一には難行道(なんぎょうどう)、二には()行道(ぎょうどう)なりと、此の中の難行道とは即ち(これ)(しょう)道門(どうもん)なり。易行道とは即ち(これ)浄土門なり。浄土宗の学者先づ(すべから)く此の旨を知るべし。(たと)(さき)より聖道門を学ぶ人なりと雖も、()し浄土門に於て其の(こころざし)有らん者は(すべから)く聖道を棄てゝ浄土に帰すべし」と。又云はく「善導(ぜんどう)和尚は(しょう)(ぞう)の二行を立て、雑行(ぞうぎょう)を捨てゝ正行(しょうぎょう)に帰するの文。第一に読誦(どくじゅ)雑行とは、(かみ)の観経等の往生浄土の経を除いて已外(いげ)、大小乗・顕密の諸経に於て受持読誦するを悉く読誦雑行と名づく。第三に礼拝(れいはい)雑行とは、上の弥陀(みだ)を礼拝するを除いて已外(いげ)、一切の諸仏菩薩等及び諸の世天(せてん)等に於て礼拝し()(ぎょう)するを悉く礼拝雑行と名づく、私に云はく、此の文を見るに(すべから)く雑を捨てゝ専を修すべし。(あに)百即百生の専修(せんしゅう)正行を捨てゝ、(かた)く千中無一の雑修雑行(ぞうしゅぞうぎょう)(しゅう)せんや。行者()く之を()(りょう)せよ」と。又云はく「貞元入(じょうげんにゅう)蔵録(ぞうろく)の中に、始め大般若経(だいはんにゃきょう)六百巻より法常住経(ほうじょうじゅうきょう)に終はるまで、顕密の大乗経総じて六百三十七部・二千八百八十三巻なり、皆(すべから)く読誦大乗の一句に(しょう)すべし」「当に知るべし、随他(ずいた)の前には暫く定散(じょうさん)の門を開くと雖も随自(ずいじ)の後には(かえ)って定散の門を()づ。一たび開いて以後(なが)く閉ぢざるは唯(これ)念仏の一門なり」と。又云はく「念仏の行者必ず三心(さんじん)具足(ぐそく)すべきの文、観無量寿経に云はく、同経の(しょ)に云はく、問ふて曰く、若し()(ぎょう)の不同邪雑(じゃぞう)の人等()りて外邪(げじゃ)異見(いけん)の難を(ふせ)がん。或は行くこと一分二分にして群賊(ぐんぞく)()(かえ)すとは、即ち別解(べつげ)別行(べつぎょう)悪見(あっけん)の人等に(たと)ふ。(わたくし)に云はく、又此の中に一切の別解・別行・異学(いがく)・異見等と言ふは(これ)聖道門を指すなり」已上。又最後結句(けっく)の文に云はく「夫速(それすみ)やかに生死を離れんと欲せば、二種の勝法の中に(しばら)く聖道門を(さしお)きて(えら)んで浄土門に入れ。浄土門に入らんと欲せば、正・雑二行の中に且く諸の雑行を(なげう)ちて選んで(まさ)に正行に帰すべし」已上
 之に()いて之を見るに、曇鸞(どんらん)道綽(どうしゃく)善導(ぜんどう)謬釈(みょうしゃく)を引いて聖道浄(しょうどうじょう)()・難行易行の旨を建て、法華・真言総じて一代の大乗六百三十七部二千八百八十三巻、一切の諸仏菩薩及び諸の世天等を(もっ)て、(みな)聖道・難行・雑行等に(しょう)して、或は捨て、或は閉じ、或は(さしお)き、或は(なげう)つ。此の四字を以て多く一切を迷はし、(あまつさ)へ三国の聖僧・十方の仏弟(ぶってい)を以て皆群賊と(ごう)し、(あわ)せて罵詈(めり)せしむ。近くは所依(しょえ)の浄土の三部経の「唯五逆と誹謗正法(しょうぼう)を除く」の誓文(せいもん)に背き、遠くは一代五時の肝心たる法華経の第二の「若し人信ぜずして此の経を毀謗(きぼう)せば、乃至(ないし)其の人命終(みょうじゅう)して阿鼻獄に入らん」の誡文(かいもん)に迷ふ者なり。(ここ)()末代(まつだい)に及び、人聖人(ひとしょうにん)に非ず。(おのおの)(みょう)()()りて並びに直道(じきどう)を忘る。悲しいかな瞳矇(どうもう)()たず。(いた)ましいかな(いたずら)に邪信を(もよお)す。故に(かみ)国王より(しも)土民に至るまで、(みな)経は浄土三部の(ほか)に経無く、仏は弥陀三尊(さんぞん)の外に仏無しと(おも)へり。
 ()って伝教・義真(ぎしん)慈覚(じかく)()(しょう)等、或は万里の波濤(はとう)(わた)りて渡せし所の聖教(しょうぎょう)、或は一朝の山川(さんせん)(めぐ)りて(あが)むる所の仏像、若しくは高山の(いただき)華界(けかい)を建てゝ以て安置し、若しくは深谷の底に蓮宮(れんぐう)()てゝ以て崇重(そうじゅう)す。釈迦・薬師の光を並ぶるや、威を現当に(ほどこ)し、虚空・地蔵(じぞう)の化を成すや、(やく)(しょう)()(こうむ)らしむ。故に国主は郡郷を寄せて以て灯燭(とうしょく)を明らかにし、地頭は田園を()てゝ以て供養に(そな)ふ。
 (しか)るを法然の選択(せんちゃく)に依って、則ち教主を忘れて西土(さいど)仏駄(ぶつだ)(たっと)び、付嘱を(なげう)ちて東方の如来を(さしお)き、(ただ)四巻三部の経典を(もっぱ)らにして(むな)しく一代五時の妙典を(なげう)つ。是を以て弥陀の堂に非ざれば皆供仏(くぶつ)の志を(とど)め、念仏の者に非ざれば早く施僧(せそう)(おも)ひを忘る。故に仏堂は零落(れいらく)して()(しょう)の煙()い、僧房は荒廃(こうはい)して庭草(ていそう)の露深し。然りと雖も各()(しゃく)の心を捨てゝ、並びに建立(こんりゅう)(おも)ひを廃す。是を以て(じゅう)()聖僧(せいそう)行きて帰らず、守護の善神()りて来たること無し。(これ)(ひとえ)法然(ほうねん)選択(せんちゃく)に依るなり。悲しいかな数十年の間、百千万の人魔縁に(とろ)かされて多く仏教に(まよ)へり。(ぼう)を好んで(しょう)を忘る、善神(いか)りを成さゞらんや。円を捨てゝ(へん)を好む、悪鬼便(たよ)りを得ざらんや。()かず()の万祈を修せんよりは此の一凶(いっきょう)を禁ぜんには。
 客(こと)に色を()して曰く、我が本師釈迦(もん)、浄土の三部経を説きたまひてより以来(このかた)曇鸞(どんらん)法師は四論の講説を捨てゝ一向に浄土に帰し、道綽(どうしゃく)禅師(ぜんじ)は涅槃の広業(こうごう)(さしお)きて偏に西方の行を弘め、善導(ぜんどう)和尚は雑行を抛ちて専修を立て、慧心(えしん)僧都(そうず)は諸経の要文を集めて念仏の一行を宗とす。弥陀を貴重すること誠に以て(しか)なり。又往生の人其れ幾ばくぞや。就中(なかんずく)法然聖人は幼少にして天台山に昇り、十七にして六十巻に(わた)り、並びに八宗を(きわ)(つぶさ)に大意を得たり。其の外一切の経論七遍反覆(はんぷく)し、章疏(しょうしょ)伝記究め()ざることなく、智は日月に(ひと)しく徳は先師に()えたり。然りと雖も猶(しゅつ)()の趣に迷ひ涅槃の旨を(わきま)へず。故に(あまね)覿()、悉く(かんが)み、深く思ひ、遠く(おもんぱか)り、遂に諸経を(なげう)ちて専ら念仏を修す。其の上一夢(いちむ)霊応(れいおう)(こうむ)四裔(しえい)親疎(しんそ)に弘む。故に或は勢至(せいし)化身(けしん)と号し、或は善導の再誕と仰ぐ。然れば則ち十方の貴賎(きせん)(こうべ)()れ、一朝(いっちょう)男女歩(なんにょあゆ)みを運ぶ。爾しより(このかた)春秋()し移り、星霜(あい)積れり。而るに(かたじけな)くも釈尊の教へを(おろそ)かにして、(ほしいまま)に弥陀の文を(そし)る。何ぞ近年の災を以て聖代(せいだい)の時に(おお)せ、(あなが)ちに先師を(そし)り、更に聖人を(ののし)るや。毛を吹いて(きず)を求め、皮を()りて血を出だす。昔より今に至るまで此くの如き悪言未だ見ず、(おそ)るべく(つつし)むべし。罪業(ざいごう)至って重し、科条(いか)でか(のが)れん。対座(なお)以て恐れ有り、杖を(たずさ)へて則ち帰らんと欲す。
 主人()(とど)めて曰く、(から)きを蓼葉(りょうよう)に習ひ臭きを溷厠(こんし)に忘る。善言を聞いて悪言と思ひ、謗者(ぼうしゃ)を指して聖人(しょうにん)と謂ひ、正師を疑って悪侶(あくりょ)()す。其の迷ひ誠に深く、其の罪(あさ)からず。(こと)の起こりを聞かんとならば、(くわ)しく其の趣を談ぜん。釈尊説法の(うち)、一代五時の間先後を立てゝ権実を(べん)ず。而るに曇鸞(どんらん)道綽(どうしゃく)善導既(ぜんどうすで)に権に()いて実を忘れ、(せん)に依って後を捨つ。未だ仏教の淵底(えんでい)(さぐ)らざる者なり。就中(なかんずく)法然其の流れを()むと雖も其の(みなもと)を知らず。所以(ゆえん)(いかん)。大乗経六百三十七部・二千八百八十三巻、並びに一切の諸仏菩薩及び諸の世天等を以て、捨閉閣抛(しゃへいかくほう)の字を置いて一切衆生の心を(おか)す。是(ひとえ)()(きょく)(ことば)()べて全く仏経の説を見ず。妄語(もうご)の至り、悪口(あっく)(とが)、言ひても(たぐい)()く、()めても(あま)り有り。人皆其の妄語を信じ、悉く彼の選択(せんちゃく)を貴ぶ。故に浄土の三経を崇めて衆経を(なげう)ち、極楽の一仏を仰いで諸仏を忘る。誠に(これ)諸仏諸経の怨敵(おんてき)、聖僧衆人(しゅじん)讎敵(しゅうてき)なり。此の邪教広く八荒に弘まり(あまね)く十方に(へん)す。(そもそも)近年の災を以て往代(おうだい)を難ずるの(よし)(あなが)ちに之を(おそ)る。(いささか)先例を引いて汝の迷ひを(さと)すべし。止観(しかん)の第二に史記を引いて云はく「周の(すえ)()髪袒身(ほつたんしん)にして礼度(れいど)に依らざる者有り」と。弘決(ぐけつ)の第二に此の文を釈するに、左伝(さでん)を引いて曰く「初め平王(へいおう)東遷(とうせん)するや、伊川(いせん)に被髪の者の()に於て(まつ)るを見る。識者の曰く、百年に及ばざらん。其の(れい)()(ほろ)びぬ」と。(ここ)に知んぬ、(しるし)(さき)に顕はれ災ひ(のち)に致ることを。「又阮籍逸才(げんせきいつざい)にして蓬頭散帯(ほうとうさんたい)す。後に公卿(こうけい)の子孫皆(これ)(なら)ひて、奴苟(どく)して相辱(はずか)しむる者を(まさ)自然(じねん)(たっ)すといひ、撙節(そんせつ)(きょう)()する者を呼んで田舎(でんしゃ)と為す。司馬氏の滅ぶる相と為す」已上
 又慈覚大師(じかくだいし)入唐(にっとう)(じゅん)礼記(れいき)を案ずるに云はく「唐の武宗(ぶそう)皇帝の会昌(かいしょう)元年、(ちょく)して章敬寺(しょうきょうじ)鏡霜(きょうそう)法師(ほっし)をして諸寺に於て弥陀念仏の教を伝へしむ。寺(ごと)に三日巡輪(じゅんりん)すること絶えず。同二年回鶻国(かいこつこく)軍兵(ぐんぴょう)等唐の(さかい)を侵す。同三年河北(かほく)(せつ)度使(どし)(たちま)ち乱を起こす。其の後(だい)(ばん)(こく)()(めい)(こば)み、回鶻国重ねて地を(うば)ふ。(およ)兵乱(ひょうらん)秦項(しんこう)()に同じく、災火邑里(ゆうり)(さい)に起こる。何に況んや武宗(ぶそう)(おお)いに仏法を破し多く寺塔を滅す。(らん)(おさ)むること(あた)はずして遂に以て(こと)有り」已上趣意
 此を以て之を(おも)ふに、法然は後鳥羽(ごとば)(いん)御宇(ぎょう)建仁(けんにん)年中の者なり。彼の院の御事(おんこと)既に眼前に()り。然れば則ち大唐に例を残し()が朝に(しょう)を顕はす。(なんじ)疑ふこと(なか)れ汝(あや)しむこと莫れ。唯(すべから)く凶を捨てゝ善に帰し源を(ふさ)()()るべし。
 客(いささか)(やわ)らぎて曰く、未だ淵底(えんでい)を究めざれども(しばしば)其の趣を知る。但し華洛(からく)より柳営(りゅうえい)に至るまで釈門に枢楗(すうけん)在り、仏家に棟梁(とうりょう)在り。然れども未だ勘状(かんじょう)(たてまつ)らず、上奏(じょうそう)に及ばず。汝(いや)しき身を以て(たやす)莠言(ゆうげん)を吐く。其の義余り有り、其の理(いわ)れ無し。
 主人の曰く、()少量たりと雖も(かたじけな)くも大乗を学す。蒼蠅(そうよう)驥尾(きび)()して万里を渡り、碧蘿(へきら)松頭(しょうとう)()かりて千尋(せんじん)()ぶ。弟子、一仏の子と生まれて諸経の王に(つか)ふ。何ぞ仏法の衰微(すいび)を見て心情の哀惜(あいせき)を起こさゞらんや。その上涅槃経に云はく「若し善比丘ありて法を(やぶ)る者を見て置いて()(しゃく)駈遺(くけん)挙処(こしょ)せずんば、(まさ)に知るべし、是の人は仏法の中の(あだ)なり。若し()く駈遺し呵責し挙処せば(これ)我が弟子、真の声聞なり」と。余、善比丘の身たらずと雖も「仏法中怨(ぶっぽうちゅうおん)」の責を(のが)れんが為に唯大綱(たいこう)()って(ほぼ)一端を示す。其の(うえ)去ぬる元仁(げんにん)年中に、延暦(えんりゃく)興福(こうふく)の両寺より度々奏聞(そうもん)()勅宣(ちょくせん)()教書(ぎょうしょ)を申し下して、法然の選択の印板(いんばん)を大講堂に取り上げ、三世の仏恩(ぶっとん)を報ぜんが為に之を焼失せしめ、法然の墓所(むしょ)に於ては感神院(かんじんいん)犬神人(いぬじにん)に仰せ付けて()(きゃく)せしむ。其の門弟隆寛(りゅうかん)聖光(しょうこう)成覚(じょうかく)薩生(さっしょう)等は遠国(おんごく)に配流せられ、其の後(いま)だ御勘気を許されず。(あに)未だ勘状(かんじょう)(まい)らぜずと云はんや。
 客則ち(やわ)らぎて曰く、(きょう)を下し僧を謗ずること一人には論じ難し。然れども大乗経六百三十七部・二千八百八十三巻、並びに一切の諸仏菩薩及び(もろもろ)の世天等を以て、捨閉閣抛(しゃへいかくほう)の四字に()す。其の(ことば)勿論(もちろん)なり、其の文顕然(けんねん)なり。此の瑕瑾(かきん)を守りて其の誹謗を()せども、迷ふて言ふか、(さと)りて語るか。賢愚(わか)たず、是非(さだ)め難し。但し災難の起こりは選択に()るの由、(さか)んに其の詞を増し、(いよいよ)其の旨を談ず。所詮(しょせん)天下泰平国土安穏(あんのん)は君臣の(ねが)ふ所、土民の思ふ所なり。(それ)国は法に依って(さか)え、法は人に因って貴し。国亡び人滅せば仏を誰か崇むべき、法を誰か信ずべきや。先ず国家を祈りて(すべから)く仏法を立つべし。若し災を消し難を止むるの術()らば聞かんと欲す。
 主人の曰く、余は是頑愚(がんぐ)にして()へて(けん)を存せず。(ただ)経文に()いて(いささか)所存を述べん。(そもそも)治術の旨、内外(ないげ)の間、其の文幾多(いくばく)ぞや。(つぶさ)に挙ぐべきこと難し。但し仏道に入りて(しばしば)愚案を(めぐ)らすに、謗法の人を(いまし)めて正道(しょうどう)(りょ)を重んぜば、国中(こくちゅう)安穏にして天下泰平ならん。
 即ち涅槃経に云はく「仏の(のたま)はく、唯一人を除きて余の一切に(ほどこ)さば皆讃歎(さんだん)すべし。(じゅん)()問ふて()はく、云何(いか)なるをか名づけて唯除一人(ゆいじょいちにん)と為す。仏の言はく、此の経の中に説く所の如きは破戒なり。純陀(また)言はく、我今未だ解せず、(ただ)願はくは之を説きたまへ。(ほとけ)純陀に語りて言はく、破戒とは()はく一闡提(いっせんだい)なり。其の余の在所(あらゆる)一切に布施するは皆讃歎すべし、大果報を()ん。純陀(また)問ひたてまつる。一闡提とは其の義如何(いかん)。仏の(のたま)はく、純陀、若し比丘及び比丘尼・優婆(うば)(そく)優婆夷(うばい)有りて麁悪(そあく)(ことば)を発し、正法(しょうぼう)を誹謗せん。是の重業(じゅうごう)を造りて永く改悔(かいげ)せず、心に懺悔(さんげ)無からん。是くの如き等の人を名づけて一闡提の(みち)趣向(しゅこう)すと為す。若し四重を犯し五逆罪を作り、(みずか)ら定めて是くの如き(じゅう)()を犯すと知れども、(しか)も心に初めより怖畏(ふい)・懺悔無く、()へて発露(はつろ)せず。彼の正法に於て永く()(しゃく)建立(こんりゅう)の心無く、毀呰(きし)軽賎(きょうせん)して言に禍咎(かぐ)多からん。是くの如き等の人を亦一闡提の道に趣向すと名づく。唯此くの如き一闡提の(やから)を除きて其の余に施さば一切讃歎すべし」と。
 又云はく「我往昔(むかし)(おも)ふに、閻浮提に於て大国の王と()れり。名を仙予(せんよ)と曰ひき。大乗経典を愛念(あいねん)敬重(きょうじゅう)し、其の(こころ)純善にして()悪嫉悋(あくしつりん)有ること無し。善男子、我()の時に於て心に大乗を重んず。婆羅(ばら)(もん)方等(ほうどう)を誹謗するを聞き、聞き()はって即時に其の命根(みょうこん)()つ。善男子、是の因縁を(もっ)て是より已来(このかた)地獄に()せず」と。又云はく「如来(むかし)国王と()りて菩薩道を行ぜし時、爾所(そこばく)の婆羅門の命を断絶す」と。又云はく「(せつ)()つ有り、()はく()中上(ちゅうじょう)なり。下とは蟻子(ぎし)乃至(ないし)一切の畜生なり。(ただ)菩薩の示現(じげん)(しょう)の者を除く。下殺(げせつ)の因縁を以て地獄・畜生・餓鬼に()して(つぶさ)に下の苦を受く。何を以ての故に。是の(もろもろ)の畜生に(わず)かの善根有り、是の故に殺す者は(つぶさ)に罪報を受く。中殺(ちゅうせつ)とは凡夫の人より阿那(あな)(ごん)に至るまで是を名づけて中と為す。是の業因(ごういん)を以て地獄・畜生・餓鬼に堕して具に(ちゅう)の苦を受く。上殺(じょうせつ)とは父母乃至阿羅漢・辟支仏(びゃくしぶつ)畢定(ひつじょう)の菩薩なり。阿鼻(あび)大地獄の中に堕す。善男子、若し()く一闡提を殺すこと有らん者は則ち此の三種の殺の中に堕せず。善男子、彼の諸の婆羅門等は一切皆是(みなこれ)一闡提なり」已上
 仁王(にんのう)経に云はく「(ほとけ)波斯(はし)匿王(のくおう)に告げたまはく、是の故に諸の国王に付嘱(ふぞく)して比丘・比丘尼に付嘱せず。何を以ての故に。王のごとき威力(いりき)無ければなり」已上
 涅槃経に云はく「(いま)無上の正法(しょうぼう)を以て諸王・大臣・宰相(さいしょう)及び四部の衆に付嘱す。正法を(そし)る者をば大臣四部の衆、(まさ)苦治(くじ)すべし」と。又云はく「仏の(のたま)はく、()(しょう)()く正法を護持(ごじ)する因縁を以ての故に是の金剛身(こんごうしん)を成就することを得たり。善男子、正法を護持せん者は五戒を受けず、威儀(いぎ)を修せずして、(まさ)に刀剣・弓箭(きゅうせん)鉾槊(むさく)を持すべし」と。又云はく「若し五戒を受持せんの者有らば名づけて大乗の人と為すことを得ざるなり。五戒を受けざれども正法を(まも)るを(もっ)て、(すなわ)ち大乗と名づく。正法を護る者は、当に刀剣(とうけん)()(じょう)(しゅう)()すべし。刀杖(とうじょう)を持つと雖も、我是等(これら)を説きて、名づけて持戒と()はん」と。又云はく「善男子、過去の世に此の拘尸那(くしな)(じょう)に於て仏の世に出でたまふこと有りき。歓喜(かんぎ)増益(ぞうやく)如来と(ごう)したてまつる。(ほとけ)涅槃(ねはん)(のち)、正法世に住すること無量億歳なり。余の四十年仏法の(すえ)()の時に(ひとり)の持戒の比丘有り、名を覚徳(かくとく)と曰ふ。爾の時に多く破戒の比丘有り。是の説を作すを聞き(みな)悪心を生じ、刀杖を執持して是の法師を()む。是の時の国王の名を有徳(うとく)と曰ふ。是の事を聞き()はって、護法の為の故に、即便(すなわち)説法者の所に往至(おうし)して、是の破戒の諸の悪比丘と極めて共に戦闘す。爾の時に説法者厄害(やくがい)(まぬか)るゝことを得たり。王爾の時に於て身に刀剣箭槊(せんさく)(きず)(こうむ)り、(からだ)(まった)き処は芥子(けし)の如き(ばか)りも無し。爾の時に覚徳(かくとく)()いで王を()めて言はく、()きかな善きかな、王今真(いままさ)(これ)正法を護る者なり。当来(とうらい)の世に此の身(まさ)に無量の法器(ほうき)と為るべし。王是の時に於て法を聞くことを得()はって心大いに歓喜し、尋いで即ち命終(みょうじゅう)して()(しゅく)(ぶつ)の国に生ず。而も彼の仏の為に第一の弟子と()る。其の王の将従(しょうじゅう)・人民・眷属(けんぞく)の戦闘すること有りし者、歓喜すること有りし者、一切菩提の心を退せず、命終して(ことごと)く阿閦仏の国に生ず。覚徳比丘()って(のち)寿(いのち)終はりて(また)阿閦仏の国に往生(おうじょう)することを得て、而も彼の仏の為に声聞衆の中の第二の弟子と作る。若し正法尽きんと欲すること有らん時、(まさ)に是くの如く受持し擁護(おうご)すべし。迦葉(かしょう)()の時の王とは(すなわ)ち我が身(これ)なり。説法の比丘は()(しょう)(ぶつ)是なり。迦葉、正法を護る者は是くの如き等の無量の果報を得ん。是の因縁を以て、(われ)今日に於て種々の相を得て以て(みずか)荘厳(しょうごん)し、法身(ほっしん)不可壊(ふかえ)の身を成ず。仏、迦葉菩薩に告げたまはく、是の故に護法の優婆(うば)(そく)等は、(まさ)に刀杖を(しゅう)()して擁護すること是くの如くなるべし。善男子、我涅槃の後、濁悪の世に国土荒乱し、互ひに(あい)抄掠(しょうりょう)し、人民飢餓せん。爾の時に多く飢餓の為の故に発心出家するもの有らん。是くの如きの人を名づけて禿人(とくにん)と為す。是の禿人の(やから)、正法を護持するを見て、駈逐(くちく)して出ださしめ、()しくは殺し若しくは害せん。是の故に我(いま)持戒の人諸の白衣(びゃくえ)の刀杖を持つ者に依って、以て伴侶(はんりょ)と為すことを(ゆる)す。刀杖(とうじょう)を持つと雖も我是等(これら)を説きて名づけて持戒と()はん。刀杖を持つと雖も、命を断ずべからず」と。法華経に云はく「若し人信ぜずして此の経を毀謗(きぼう)せば即ち一切世間の仏種を断ぜん。乃至其の人命終して阿鼻(あび)(ごく)に入らん」已上
 (それ)経文顕然(けんねん)なり。私の(ことば)何ぞ加へん。(およ)そ法華経の如くんば、大乗経典を謗ずる者は無量の五逆に勝れたり。故に阿鼻大城に()して永く出づる()無けん。涅槃経の如くんば、(たと)ひ五逆の()を許すとも謗法の()を許さず。蟻子(ぎし)を殺す者は必ず三悪道(さんなくどう)に落つ。謗法を(いまし)むる者は定めて不退の位に登る。所謂覚徳(いわゆるかくとく)とは(これ)()(しょう)(ぶつ)なり。有徳(うとく)とは則ち釈迦文(しゃかもん)なり。法華・涅槃の経教(きょうぎょう)は一代五時の肝心なり。其の禁め実に重し、(たれ)帰仰(きごう)せざらんや。而るに謗法の(やから)、正道を忘るゝの人、(あまつさ)へ法然の選択(せんちゃく)に依って(いよいよ)愚癡(ぐち)盲瞽(もうこ)を増す。(ここ)を以て或は彼の遺体を忍びて木画(もくえ)の像に(あら)はし、或は其の妄説を信じて莠言(ゆうげん)(かたぎ)に彫り、之を海内(かいだい)に弘め之を墎外(かくがい)(もてあそ)ぶ。仰ぐ所は則ち其の家風、(ほどこ)す所は則ち其の門弟なり。然る間、或は釈迦の手の指を切りて弥陀の印相(いんそう)に結び、或は東方如来の鴈宇(がんう)を改めて西土教主の鵞王(がおう)()へ、或は四百余回の如法経を(とど)めて西方浄土の三部経と成し、或は天台大師の講を(とど)めて善導の講と為す。此くの如きの群類()れ誠に尽くし難し。(これ)破仏に非ずや、是破法に非ずや、是破僧に非ずや。此の邪義は則ち選択(せんちゃく)に依るなり。嗟呼(ああ)悲しいかな如来誠諦(じょうたい)禁言(きんげん)に背くこと。哀れなるかな愚侶(ぐりょ)迷惑の麁語(そご)に随ふこと。早く天下の静謐(せいひつ)を思はゞ(すべから)く国中の謗法を()つべし。
 客の(いわ)く、若し謗法の輩を断じ、若し仏禁(ぶっきん)()を絶たんには、彼の経文の如く斬罪(ざんざい)に行なふべきか。若し然らば殺害(せつがい)相加へ罪業(いかん)()んや。
 則ち大集経に云はく「(こうべ)を剃り袈裟(けさ)(じゃく)せば持戒及び毀戒(きかい)をも、天人彼を供養すべし。則ち()れ我を供養するなり。是我が子なり。若し彼を撾打(かだ)すること有れば則ち為れ我が子を打つなり。若し彼を罵辱(めにく)せば則ち為れ我を毀辱(きにく)するなり」と。(はか)り知んぬ、善悪(ぜんなく)を論ぜず是非を(えら)ぶこと無く、僧侶たらんに於ては供養を()ぶべし。何ぞ其の子を打辱(だにく)して(かたじけな)くも其の父を悲哀(ひあい)せしめん。彼の竹杖(ちくじょう)の目連尊者を害せしや永く無間(むけん)の底に沈み、提婆達多の蓮華比丘尼を殺せしや(ひさ)しく阿鼻の(ほのお)(むせ)ぶ。先証(せんしょう)()れ明らかなり、後昆(こうこん)最も恐れあり。謗法を(いまし)むるに似て既に禁言を破る。此の事信じ難し、如何(いかん)(こころ)()んや。
 主人の曰く、客明らかに経文を見て(なお)()(ことば)を成す。心の及ばざるか、理の通ぜざるか。全く仏子を(いまし)むるに非ず、唯(ひとえ)に謗法を(にく)むなり。(それ)釈迦の以前の仏教は其の罪を斬ると雖も、能仁(のうにん)の以後の経説(きょうせつ)は則ち其の施を止む。然れば則ち四海万邦(ばんぽう)一切の四衆、其の悪に施さずして皆()の善に帰せば、何なる難か並び起こり何なる災か競ひ来たらん。
 客則ち席を()(えり)(つくろ)ひて曰く、仏教()(まちまち)にして()趣窮(しゅきわ)め難く、不審多端(たたん)にして理非明らかならず。但し法然上人の選択(せんちゃく)現在なり。諸仏・諸経・諸菩薩・諸天等を以て捨閉閣抛(しゃへいかくほう)()す。其の文顕然(けんねん)なり。(これ)()って聖人国を去り善神(ところ)を捨て、天下飢渇(けかち)し、世上疫病(やくびょう)すと。(いま)主人広く経文を引いて明らかに理非を示す。故に妄執(すで)(ひるがえ)り、()(もく)(しばしば)(あき)らかなり。所詮(しょせん)国土泰平天下安穏(あんのん)は、一人(いちにん)より万民(ばんみん)に至るまで好む所なり(ねが)ふ所なり。早く一闡提(いっせんだい)の施を止め、永く衆僧(しゅそう)()()を致し、仏海(ぶっかい)白浪(はくろう)を収め、法山(ほうざん)緑林(りょくりん)()らば、世は()(のう)の世と成り国は唐虞(とうぐ)の国と為らん。然して(のち)法水の浅深(せんじん)斟酌(しんしゃく)し、仏家の棟梁(とうりょう)を崇重せん。
 主人(よろこ)んで曰く、(はと)()して(たか)と為り、(すずめ)(へん)じて(はまぐり)と為る。悦ばしいかな、汝蘭室(らんしつ)の友に交はりて麻畝(まほ)(しょう)と成る。誠に其の難を(かえり)みて専ら此の(ことば)を信ぜば、風(やわ)らぎ(なみ)静かにして不日(ふじつ)に豊年ならんのみ。但し人の心は時に随って移り、物の性は境に依って改まる。譬へば(なお)水中の月の波に動き、陣前(じんぜん)(いくさ)(つるぎ)(なび)くがごとし。汝当座に信ずと雖も後定めて永く忘れん。()し先づ国土を(やす)んじて現当を祈らんと欲せば、(すみ)やかに情慮(じょうりょ)(めぐ)らし(いそ)いで対治を加へよ。所以(ゆえん)(いかん)。薬師経の七難の内、五難(たちま)ちに起こり二難猶残れり。所以(いわゆる)他国侵逼(しんぴつ)の難・自界叛逆(ほんぎゃく)の難なり。大集経の三災の内、二災早く顕はれ一災未だ起こらず。所以(いわゆる)兵革(ひょうかく)の災なり。金光(こんこう)(みょう)経の内、種々の災過一々に起こると雖も、他方の怨賊(おんぞく)国内を侵掠(しんりょう)する、此の災未だ(あら)はれず、此の難未だ来たらず。仁王(にんのう)経の七難の内、六難今盛んにして一難未だ現ぜず。所以(いわゆる)四方の賊来りて国を侵すの難なり。加之(しかのみならず)国土乱れん時は先づ鬼神乱る、鬼神乱るゝが故に万民乱ると。今此の文に()いて(つぶさ)(こと)(こころ)を案ずるに、百鬼早く乱れ万民多く亡ぶ。先難(これ)明らかなり、後災(こうさい)何ぞ疑はん。若し残る所の(なん)悪法の(とが)に依って並び起こり競ひ来たらば其の時(いかん)()んや。帝王は国家を(もとい)として天下を治め、人臣は田園を領して世上を保つ。而るに他方の賊来たりて其の国を侵逼(しんぴつ)し、自界叛逆(ほんぎゃく)して其の地を掠領(りょうりょう)せば、(あに)驚かざらんや豈騒がざらんや。国を失ひ家を滅せば(いず)れの所にか世を(のが)れん。汝(すべから)く一身の安堵(あんど)を思はゞ先ず四表の静謐(せいひつ)(いの)るべきものか。就中(なかんずく)人の世に()るや(おのおの)後生を恐る。(ここ)を以て或は邪教を信じ、或は謗法を貴ぶ。(おのおの)是非に迷ふことを(にく)むと雖も、而も猶仏法に帰することを(かな)しむ。何ぞ同じく信心の力を以て(みだ)りに邪義の(ことば)(あが)めんや。若し執心(ひるがえ)らず、亦(きょく)()猶存せば、早く有為(うい)(さと)を辞して必ず無間(むけん)(ひとや)()ちなん。所以(ゆえん)(いかん)、大集経に云はく「若し国王有って無量世に於て施戒慧(せかいえ)を修すとも、我が法の滅せんを見て捨てゝ擁護(おうご)せずんば、是くの如く()うる所の無量の善根悉く皆滅失し、乃至(ないし)其の王久しからずして当に重病に()ひ、寿終(じゅじゅう)(のち)大地獄に生ずべし王の如く夫人(ぶにん)・太子・大臣・城主・柱師・郡主・宰官(さいかん)も亦復是くの如くならん」と。
 仁王経に云く「(ひと)仏教を(やぶ)らば復孝子無く、六親不和にして天神も(たす)けず、疾疫(しつえき)悪鬼(ひび)に来たりて侵害し、災怪(さいけ)首尾(しゅび)し、連禍(れんか)縦横(じゅうおう)し、死して地獄・餓鬼・畜生に入らん。若し出でて人と為らば(ひょう)()の果報ならん。響きの如く影の如く、人の夜(ものか)くに火は滅すれども字は存するが如く、三界の果報も亦復是くの如し」と。
 法華経第二に云はく「若し人信ぜずして此の経を毀謗(きぼう)せば、乃至其の人命終(みょうじゅう)して阿鼻獄に入らん」と。又同第七巻()軽品(きょうほん)に云はく「千劫阿鼻地獄に於て大苦悩を受く」と。涅槃経に云はく「善友を遠離(おんり)正法(しょうぼう)を聞かず悪法に住せば、是の因縁の故に沈没(ちんもつ)して阿鼻地獄に在って受くる所の身形縦横(しんぎょうじゅうおう)八万四千由延(ゆえん)ならん」と。 
 広く衆経を(ひら)きたるに専ら謗法を重んず。悲しいかな、皆正法(しょうぼう)(もん)を出でて深く邪法の獄に入る。愚かなるかな(おのおの)悪教の綱に()かりて(とこしなえ)に謗教の網に(まつ)はる。此の朦霧(もうむ)の迷ひ彼の盛焰(じょうえん)の底に沈む。豈(うれ)へざらんや、豈苦しまざらんや。汝早く信仰の寸心を改めて速やかに実乗の一善に帰せよ。然れば則ち三界は皆仏国なり、仏国其れ衰へんや。十方は悉く宝土なり、宝土何ぞ(やぶ)れんや。国に衰微(すいび)無く土に破壊(はえ)無くんば身は(これ)安全にして、心は是禅定ならん。此の(ことば)此の(こと)信ずべく(あが)むべし。
 客の曰く、今生(こんじょう)()(しょう)(たれ)(つつし)まざらん誰か(したが)はざらん。此の経文を(ひら)きて(つぶさ)に仏語を(うけたまわ)るに、誹謗の(とが)至って重く毀謗(きぼう)の罪(まこと)に深し。(われ)一仏を信じて諸仏を(なげう)ち、三部経を仰ぎて諸経を(さしお)きしは(これ)()(きょく)の思ひに(あら)ず、則ち先達(せんだつ)(ことば)に随ひしなり。十方の諸人も亦復是くの如くなるべし。今世(こんぜ)には性心(しょうしん)(ろう)来生(らいしょう)には阿鼻に()せんこと(もん)明らかに理(つまび)らかなり疑ふべからず。(いよいよ)貴公の慈誨(じかい)を仰ぎ、(ますます)愚客の癡心(ちしん)を開き、速やかに対治を(めぐ)らして早く泰平を致し、先づ生前を(やす)んじ更に没後(もつご)(たす)けん。(ただ)我が信ずるのみに非ず、又他の誤りをも(いまし)めんのみ。