大白法・平成14年7月16日刊 (第601号より転載) 信行を磨く (67)
大良薬は末法の成仏の甘露なり
梶原慈文御尊師
宗旨建立七百五十年を慶祝する法華講三十万総登山が開始され、早二カ月余が経過しました。全国の法華講の皆様には、各支部一丸となって総登山完遂をめざし御活躍されていることと思います。
御開山日興上人の『遺誡置文』の冒頭に、
「於戯仏法に値ふこと希にして、喩ヘを曇華の萼に仮り類を浮木の穴に比せん、尚以て足らざる者か。爰に我等宿縁深厚なるに依って幸ひに此の経に遇ひ奉ることを得」(御書 一八八三n)
との御文があります。末法において大聖人の正法に値遇することの難しさとその歓びを御教示されたものです。私たちは、意義あるこの時に生まれ合わせた身の福徳を感じ、歓喜をもって総登山に参加することこそ肝心と思います。
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法華経『譬喩品』に、
「三界は安きこと無し 猶火宅の如し 衆苦充満して 甚だ怖畏すべし 常に生老 病死の憂患有り 是の如き等の火 熾然として息まず」(法華経 一六八n)
と説かれていますように、現代社会の混迷はもはや救いようのないところまできています。連日マスコミを賑わしている政界・官界の腐敗などは、自浄能力が欠如した最たるもので、かと言って、何らの解決策をも見出せない、まさに蟻地獄状態です。
釈尊は、ブッダガヤの町外れの象頭山という山の頂上で、一千人の弟子に対して次のように説法したと言われています。
「よく見るがいい。下界は燃えている。下界の者たちは感覚的・物質的快楽にふけり、三毒の火がついて、おのれの身も心も燃えている。彼等をとりまくものさえ燃えている。欲望に火がついて、その火に追い回され、背中に火を背負って逃げ回っている。眼が燃えている。眼の欲望が燃えている。耳が燃えている。耳の欲望が燃えている。鼻が燃えている。鼻の欲望が燃えている。舌が燃えている。舌の欲望が燃えている。身が燃えている。身の欲望が燃えている。人のすべての欲望に火がついて燃えている」(『雑阿含経』「NHKこころの時代・仏典のことば」二三n)
山頂から見た下界が、煩悩の火焔によって明々と燃え盛っている様子に、弟子たちはどのような思いを抱いたかは想像に難くありません。
これがまさしく今の私たちの住む娑婆世界の現状です。貪・瞋・癡の三毒によって欲望の炎がますます燃え上がり、その火を背負って逃げ回っているのが、末法の我々衆生なのです。
なぜ三毒が強盛になるかと言えば、大聖人は『曽谷殿御返事』に、
「日本国の人々癡かの上にいかりををこす。邪法をあいし、正法をにくむ、三毒がうじゃうなり。日本国いかでか安穏なるべき」(御書 一三八五n)
と仰せです。邪法を愛し正法を憎むという謗法によって貪・瞋・癡の三毒が強盛になるのです。そうなれば、決して安穏な国とはならないのです。
今さら申すまでもなく、私たちの周りには様々な邪宗邪義か横行しています中でも特筆すべきは、宗旨建立七百五十年という大佳節を慶祝する三十万総登山を妨害しようと、あらゆる策謀の網を巡らして宗門を攻撃している池田創価学会の存在です。この邪法教団は日本の国を牛耳ろうとしているのです。日本国内はおろか世界中が混迷をきたすのは必定と言えましょう。
大聖人は『御義口伝』に、『寿量品』の、
「此大良薬。色香美味。皆悉具足」(法華経 四三六n)
の文を釈されて、
「されば妙法の大良薬を服する者は貪瞋癡の三毒の煩悩の病患を除くなり」(御書 一七六八n)
と仰せです。私たちが貪・瞋・癡の三毒の煩悩の病を除くためには、妙法の大良薬を服する以外に方法はないのです。
さらに『御義口伝』には具体的に、
「法華の行者南無妙法蓮華経と唱へ奉る者、謗法の供養を受けざるは貪欲の病を除くなり。法華の行者罵詈せらるゝも忍辱を行ずるは瞋恚の病を除くなり。法華経の行者是人於仏道決定無有疑と成仏を知るは愚痴の煩悩を治するなり」(同)
とあります。
すなわち、この混迷から抜け出すために私たちは、大聖人の説き顕された三大秘法の御本尊を絶対無二と信じ、謗法厳誡の精神を堅く持し、御法主上人猊下御命題の三十万総登山の完遂をめざして、登山啓蒙・折伏行に励むことが大切なのです。
さすれば、
「大良薬は末法の成仏の甘露なり」(同)
と示されるように、貪・瞋・癡の三毒を転じて、成仏の甘露を味わうことができるのです。
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慶祝記念法華講三十万総登山大法要では、論義式が奉修されます。厳粛で古式豊かな法要に、参列者はあらためて感銘を受けたことでしょう。この論義式とともに、大講堂では「特別記念展」が開催されています。三十万総登山は、宗旨建立七百五十年を慶祝申し上げることは勿論のことですが、日蓮正宗七百五十年の歴史を振り返り、先達の尊い信心の姿を学び、未来広布の決意を新たにすることも大切なことでしょう。ぜひ展示会場に足を運んでいただきたいと思います。
この「特別記念展」に、金沢法難に関する資料も展示されています。金沢法難とは、北陸金沢の法華講衆が、正宗の寺院もなく、藩から出される禁制のお触れの中、享保十一(一七二六)年から明治に至るまで、実に百五十年間にもわたって、数々の迫害に耐え忍び、日蓮正宗の信心を貫き通した信仰の歴史です。彼らの信心姿勢は、私たちにとっても、多くの学ぶべきことを示唆しています。
今回、総本山第二十六世日寛上人が金沢法華講衆の松任治兵衛に与えられた次のような御返事が展示されています。
「かならずかならず身のまづしきをなげくべからず 唯信心のまづしき事をなげくにて候」
何と命に染み入る御指南でありましょうか。このような、時の御法主上人猊下の御指南が、金沢法華講衆の百数十年にもわたる法難の風雪に耐える支えとなったのでしょう。
大聖人御在世当時や、金沢法華講衆の受難の時代から比べれば、私たちの生活は格段に便利になりました。まして、国法によって法難を受けることなどは現代社会ではありえません。私たちは「身のまづしきをなげく」ことがなくなったかわりに「信心のまづしきことをなげく」ことを失ってはいないでしょうか。宗旨建立七百五十年に当たって、もう一度自分の信心を見つめなおそうではありませんか。
『松野殿御返事』に、
「魚の子は多けれども魚となるは少なく、菴羅樹の花は多くさけども菓になるは少なし。人も又此くの如し。菩提心を発こす人は多けれども退せずして実の道に入る者は少なし。都て凡夫の菩提心は多く悪縁にたぼらかされ、事にふれて移りやすき物なり」(御書 一〇四八n)
とあります。
私たちは、いかなることがあっても悪縁にたぼらかされず、末法今日に生まれ合え、大聖人の正法に巡り合い、しかもその正法を信仰できた尊き仏縁を決して逃すことなく、一生成仏の信心に邁進してまいりましょう。そして、御法主上人猊下御命題の法華講三十万総登山を是が非でも完遂して、一人も漏れることなく功徳の大輪の花を咲かせようではありませんか。