大白法・平成16年3月16日刊 (第641号より転載)  信行を磨く (85)
 
 彼岸会の大精神
高野日海御尊能化
 
 (しゃ)()(そく)(じゃっ)(こう)
 暑さ寒さも彼岸まで、厳しかった冬も遠のいて、(しの)ぎやすい季節を迎えます。 彼岸会を世間では、(つう)()に先祖供養の法会、私たち一人ひとりがこの世に生まれ、今こうしてあるのも、すべて父母御先祖のお陰と、その大恩に真心からの御報恩をする精進行と観念します。
 これはこれとして、仏教の本意はそれだけではありません。
 迷いの此岸より悟りの彼岸へ、凡夫の(けが)れた娑婆世界を去って、仏の清らかな寂光浄土へ到達する努力こそ、彼岸会の大切な意義であります。
 これらに対して日蓮正宗の本義は、此岸と彼岸をことさらに分け(へだ)てず、また特別にこの週間だけの精進でなく、娑婆即寂光、(ぼん)(のう)(そく)()(だい)と開き、(じょう)(ぼん)(じょう)()(がん)と変わらない精進を、生涯にわたって持ち続けることこそ、日蓮大聖人の正しい信心であると教えます。
 御本仏日蓮大聖人は、このところを、
として、私たちの住むこの国土こそ、仏様が常に妙法を説かれ、一切衆生を善導慈愛あそばされる清浄安楽の常寂光土であり、
と、そこに住む私たち一切の生類は、南無妙法蓮華経の光明に照らされて、悩みや苦しみ、悲しみや憂いに(おのの)く凡夫のまま、仏の力用(りきゆう)を発揮する当体蓮華、理想の社会国土、仏智仏身もここを離れ、この身に遊離してあるはずはないと、爾前の権経、歴劫修行を払ってその真実義たる依正不二、凡聖一如の極理を説示あそばされます。
 
 勇猛精進
 このようなうえから御法主日顕上人猊下は、地涌六万大総会に、
その人こそ、凡夫の私たち法華講員自身であると、その自覚を促され、如来の使として如来の事を行じて、その実現に資するよう激励あそばされます。
 さらに『御義口伝』の、
を日寛上人は、勇猛精進とは、
と、本門戒壇の大御本尊を無二に信じて、恐れなく勇敢に、智を竭すとは以信代慧の筋目よりして、信力の限りということ、この住みにくい娑婆世界を住みよい仏国土にするための努力を、休みなく行ずることこそ勇猛精進であると解釈あそばされます。
 
 俗間の経書、治世の語言
 この実大乗経の難解な辺を、夏目漱石は『草枕』の冒頭に、
と、法華経の円融、一念三千、娑婆即寂光を下敷きにして、菩薩の精進行を絡めて、こう(つづ)っておりますが、小説家でさえ、この住みにくい世の中をそのままにしておいてよいはずはないと憂慮します。
 日蓮大聖人は、この苦しみを救われるために、
と、一切衆生救済の大浄業、仏国土建設の大運動に、至らない私たちにも力を結集して参画するよう、もったいない呼び掛けをしてくださいました。
 
 哀音亡国、唱題興国
 御法主日顕上人猊下は、御登座の砌、「祖道の恢復(かいふく)」「広布への前進」「異体同心の確立」なる三指針をもって、この御遺命達成の急務なることを御訓諭あそばされました。
 そして本年を「破邪顕正の年」として、平成二十一年の「『立正安国論』正義顕揚七百五十年」の大佳節に向かって、さらなる精進をと庶幾(こいねが)われます。
寂光の極楽は、西方十万億土の他土にあるのではなくて、悩み苦しむ凡夫の心中に、本然本理(そな)わるところの清浄安楽の世界だと明かされます。
 病気に苦しむ境界の中で、仏様が、
と、「働き過ぎだよ、もっと他にすることがあるでしょう、少しは休養してよく考えなさい」と、「病によりて道心」を起こし、「仏と成る道」を教えられるのだと、病を大利益と歓喜するところ、これ妙法の信心であります。
 凡夫は邪法に依るとき、仕事でも人生でもすべて悪い方へ悪い方へと悲観して「もう駄目だ」とあきらめて不安定な精神状態、ノイローゼから死に至ります。
 法華経は蘇生の妙薬、
と一切をプラス指向で捉えます。
 病気は健康になる試金石、貧乏は(ふう)()になる前奏曲、失敗は成功の元です。(しゃく)(とりむし)のかがむは伸びんがためと、広布の大願を抱く者は、世の中の下積みや(あっ)()()()に耐え、如何なる困難も唱題で乗り切り、一切が開けると確信して自行化他の折伏を淡々と行じてまいりましょう。
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