迷信・俗信・占いなどを信じている人へ


12 水子(みずご)のたたりはあるのか



 最近、「水子(みずご)のたたりを(なぐさ)める」ためとして、水子供養(くよう)を売り物にするいわば新種の慰霊(いれい)産業(さんぎょう)が目だつようになりました。全国の至るところの寺院では、水子地蔵(じぞう)や水子観音(かんのん)なるものが建てられ、易者(えきしゃ)霊能者(れいのうしゃ)たちは、水子のさわりやたたりによって現在の不幸や病気などがあるとおどかしています。また新聞の広告には水子除霊(じょれい)(霊を()(のぞ)くこと)のはでな(さそ)いとともに、水子のたたりの例をあげ、いたずらに恐怖心(きょうふしん)をあっおっているのをみかけます。
 これらの宣伝(せんでん)によって作られた水子供養ブームは、ことさら迷える人々に対して、家庭内の不幸や、精神的な不安も「水子の霊を供養すればすべてかたづく」という安易(あんい)な思想を()えつけ、増大(ぞうだい)させているように思われます。
 水子について考えてみますと、昔、とくに享保(きょうほう)天明(てんめい)天保(てんぽう)などの三大飢饉(ききん)のときには生活防衛(ぼうえい)のためにやむなく「間引(まび)き」という農業用語が転じて用いられたほど、堕胎(だたい)嬰児(えいじ)(ごろ)しが多かったといわれています。
 また中には、優生(ゆうせい)保護(ほご)(てき)な意味からやむをえず中絶(ちゅうぜつ)しなければならなかった場合もありましょう。しかし、現在では生活のためというよりもむしろ、性風俗の乱れや道徳心(どうとくしん)欠如(けつじょ)からくる人工中絶による水子が多いようです。このあたりに水子供養ブームの一因(いちいん)があるように思われます。
 仏教では人間の生命が胎内(たいない)生育(せいいく)する次第(しだい)五位(ごい)に分けて説いています。 そして出生(しゅっしょう)()つと説かれています。
 この説は受胎後(じゅたいご)胎児(たいじ)(ただ)ちに生命体として生育(せいいく)を始めることを明かしており、現代医学と近似(きんじ)しているものといえましょう。まさしく胎児は人格とまではいえないまでも、生命あるひと≠ニして生きているのです。
 そして、十界(じっかい)互具(ごぐ)一念三千(いちねんさんぜん)の仏法の生命観より見れば、たとえ小さな胎児の生命にも必ず仏性(ぶっしょう)()し、あらゆる可能性を()めているのです。ですから「水子のたたり」があるかといえば、そのようなものはありませんが、堕胎という生命軽視(けいし)行為(こうい)はなんらかの罪障(ざいしょう)を作ることになるでしょう。
 そのために大事なことは、何よりも正しい仏法を基調(きちょう)とした生命観の確立と、道徳心の向上(こうじょう)をはかるということであり、もし不幸にして水子があった場合は、正しい因果律(いんがりつ)をふまえた真実の仏法による追善(ついぜん)供養(くよう)と、本人自身の罪障消滅(ざいしょうしょうめつ)の祈念こそがもっとも肝要(かんよう)なことといえましょう。