久遠元初の阿弥陀仏について

 
▼この表題は誤字や誤植ではない。過日の委員会で、在勤教師会の教祖ともいうべき川澄勲の自筆による『阡陌渉記四』が紹介された。その中で川澄は、よほど己れの博識ぶりを自慢したかったのか、珍妙な念仏論をまくし立てている。その所産のひとつが「久遠元初の弥陀」説なのである。

▼云く と。

▼何とも支離滅裂の文章だが、ここで川澄は、大聖人が と論破された阿弥陀仏を、久遠元初の本仏と(たた)えている。権実に迷い大聖人に背反する者が、当宗相伝の深義を論ずることなどおこがましい限りである。

▼それにしても、弥陀名号の紙片を(わら)しべで結んであることを と得々として解説するところなどは川澄の面目躍如として、理屈ぬきに可笑(おか)しい。まさに とはこのことであろう。

▼川澄に限らず在勤教師会の者に共通する文章上の特徴として、論証不可能な結論に導くために辻褄(つじつま)の合わない飛躍や強引なすりかえの文言が非常に多いことが挙げられる。例えば「おさめられていたようである」との推量が一転して「一々に墨書されて居り」と既定の事実に変わり、最後は「胎内本尊の(かたち)表わしている」と意義づけまでされるという具合に、状況設定が極めて不安定であり、視点が常にぶれているのである。

▼それは との文にも言える。左尊右卑が何故(なにゆえ)、還滅を意味するのか、「いうまでもない」どころか、珍説であり飛躍した部分であるから精細な立証によって「言うべきところ」なのである。とは言え、右尊左卑(印度)・左尊右卑(漢土・日本)という世俗的風習の相違を直ちに迷悟二面の流転・還滅に配分することが、どだい無理な話なのである。もし川澄説に依るならば、阿弥陀でも大日でも左尊右卑の型式さえ用いるならば、すべて開悟涅槃の正境ということになる。まったく幼椎な発想だ。

▼「久遠元初の弥陀」の意味もいまひとつ明瞭でない。もし の意ならば、寛尊の の御文によって破られるであろう。もし との意ならば、 の教示に反し、また、もし の義ならば、 の聖文によって破折されよう。

▼当家の深旨たる久遠元初を、無間の業因阿弥陀仏に付して(もてあそ)ぶ川澄こそ の文に当たる法賊というべきである。正法破壊を目論(もくろ)む正信会・在勤教師会の思想的源流がここに存することを、我々は明確に認識すべきであろう。
(水島)
大日蓮 昭和58年10月(第452号・102〜103頁)
(御書は大石寺版に訂正し、(・)印の付された文字は色付けした)
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