「日興が身に宛て給わるところの弘安二年の大御本尊」の文について

 
▼正慶元年十一月、八十七歳の日興上人は日目上人に宛てて『日興跡条条事』と題する譲状(ゆずりじょう)(したた)められた。このなかで、宗祖大聖人出世の御本懐たる戒壇の大御本尊に()れて
と記し、大聖人より賜わった大御本尊を日目上人に相伝することを明示されている。

▼自称在勤教師会では、この御文をもって当宗真実の本尊が衆生の己心に建立されることの証拠としている。その主張の中身は、なんら文証や道理などなく、単なる思いつきとしか言いようのない他愛のないものである。これも例の如く『阡陌渉記』という川澄の書き物に端を発している。云く
と。さすがに気がひけるのか、「 〜 ともとれる」と一往の可能性があるかのように控え目に我見を提示する。もっとも川澄個人が何を、どのように理解しょうとご勝手であるが、日興上人の御文に対するこの解釈は教義としては全く妥当性(だとうせい)に欠け、文章理解の上でも椎拙きわまりない。それでも彼はしばらくすると
と言って、戒壇の大御本尊に疑義があるからという場当たり的な理由をつけ、曲解によって設定された日興体具≠ネる仮説をもとにして自論を出発させるのである。

▼自称在勤教師会がこの川澄説を金料玉条として、さらに受け売りをする。云く
と。要するに彼等は、戒壇の大御本尊は大聖人おひとりに限るのではなく、日興上人の当身すなわち内証でもあり、広く言えば我等衆生の己心にも建立される、というのである。

▼いま彼等の説を三点にまとめて破折しておこう。その第一は、『日興跡条条事』の文に対する文章的解釈の誤ちである。彼等は「日興が身に宛て給わるところ」の文の述語を「宛てる」と見て、「給わる」とは「宛て」に付随する尊敬の補助動詞と釈している。そのため、この文の意味は「日興の身に宛てたところの御本尊」ということになる。しかし、この書状が譲状(ゆずりじょう)であり、相伝のためのものであることを考えても、文の述語は「給わる」という動詞(すなわち「授与する」の意)と見て、「日興に対して授与したところの御本尊」の意味に拝さねばならない。要するに「給わるところ」という語句を助動詞と見て「〜されたところの」と解するか、それとも動詞と見て「与えられたところの」と判ずるかによって全く異なったものとなる。しかし、当宗において先師上人の文章を解釈する場合、最も大切なことは、文に依って義を判断するのではなく、依義判文すなわち相伝の深義によって文意を判ずることなのである。

▼第二の誤ちとして、彼等はこの御文が(いにしえ)より唯授一人の御歴代上人によって一貫した意味に用いられてきた伝統をあえて無視し、何らの論証もなすことなく勝手な新釈・新義を振り回していることである。いま、この文に関する先師上人の御教示のなかから、主なものを挙げてみよう。

▼まず第二十六世日寛上人は『文底秘沈抄』に
と仰せられ、「日興嫡嫡相承の曼荼羅」とは日興上人が大聖人より正嫡付弟として()()けたところの弘安二年の大御本尊を指すと、御教示されている。

▼第五十六世日応上人は『弁惑観心抄』に
ここにも戒壇の御本尊が宗祖より日興上人に付嘱されたことが明らかである。さらに第五十九世日亨上人は『日興上人詳伝』に
と仰せられている。

▼また第六十五世日淳上人は
と明示され、第六十六世日達上人も
と指南されている。

▼これらの歴代上人の御指南は一貫して『日興跡条条事』の一文が、大聖人より日興上人への法体付嘱すなわち大聖人御図顕の戒壇の大曼荼羅を大聖人より日興上人へ、日興上人より日目上人へ相承伝授されることを示すものと解釈されているのである。ここには川澄のいう日興体具や、目に見えない衆生己心の本尊こそ真実とする邪見が入り込む余地は全くないことを知るべきである。

▼第三の誤ちは、彼等が弘安二年の大御本尊とは日興上人の内証真身である=i日興体具)という考えに固執していることである。たしかに日寛上人が『雑要集』に「当身大事」と題して三箇条を設け、第一条には『本尊抄送状』の
を引き、「当身とは当体蓮華仏」との日我の言をもって解説されており、第三条では『日興跡条条事』の文を引用して「宛は当なり」と注記されている。彼等はこの第一条の大聖人に関する意味と第三条の日興上人の分とをゴチャ()ぜに解釈し、「当身とは当体蓮華仏」を日興上人に当てはめて、日興体具の御本尊説を立証しようとしている。しかし、この説は日寛上人の御意に真っ向から背反する邪説なのである。

▼なぜなら、『法華取要抄文段』に
とはっきり教示されているからである。

▼ともあれ、七百年の相伝の大義に対抗し、新義を造立するのに、「 〜 ともとれる」とか「 〜 とも考、えられる」というだけの理由では、はなはだ心もとない。天台所用の五章・七番とまではいかずとも、せめて必要・十分の二条件や正反合の弁証法ぐらいは心得て、ものを言ってもらいたい。
(水島)
大日蓮 昭和59年6月(第460号・80〜83頁)
(御書・文段は大石寺版に訂正し、O印の付された文字は色付けした)
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