無 疑 曰 信(むぎわっしん)につて

▼むかし、ある家の門前に飢えた修行者が乞食(こつじき)してきた。家のあるじは食物を施す前に、修行者にいろいろな質問をした。あなたはどこから来たのか、何を求めているのか、名前はなんというのか、今まで修学した内容は何か、などと際限なく質問をくり返しているうちに修行者は倒れ、死んでしまったという。

▼また、ある比丘は宝珠を施す大会に行く途中で、大きな橋にさしかかったとき、近くにいた智者に対して、この橋は誰が作ったのか、この河はどこから来て、どこへ流れていくのか、橋の材木はどこの林で育ったか、誰が()り、どこの象が運んだのか、などと次々に疑問を(ただ)し、無為(むい)な時間を(つい)やしたために宝珠を得ることができなかったという。

▼これらは、物事を信用せずすべてを疑うことの愚かさを教えた寓話(ぐうわ)として『方等陀羅尼経』に説かれている。天台大師は『摩訶止観』にこれを引いて、蔵経の歴劫修行(りゃっこうしゅぎょう)
呵責(かしゃく)している。

▼ところで『継命(正信会発行の機関紙)』の「教学の栞」欄には、次のような解説が掲載されている。
自称正信会では、天台が「唐しく一期を棄つ」と弾呵(だんか)された疑滞(ぎたい)と不信こそが、当宗の信仰なりと賛嘆し推奨(すいしょう)しているのだから驚き()る。ここでも彼らは
といって、衆生己心の本尊説≠(かつ)ぎ出そうというのである。

▼「無疑曰信」は『法華文句』巻十に
とあり、現在四信の第一、一念信解を説明するに用いられている語句である。この無疑曰信が、彼らのいう疑いが氷解し尽くした≠ニころの信かというに、『文句』には
と言い、六根清浄を得ない鉄輪位(十信)の初門であると説いている。これをさらに日蓮大聖人は『四信五品抄』に
と説き、一念信解・無疑曰信の信とは名字凡夫の位であり、思惟によって法門を了解した結果≠フ信などではないことを明示されている。

▼御法門は信順すべきものではなく、疑問を持ち、その疑いが尽きるまでくりかえすこと≠主張する彼らは、本当に人間生命における「疑」という心の作用と影響を知っているのであろうか。いうまでもなく「疑」とは「猶豫(ゆうよ)して決定せざる精神作用」のことである。『康熙字典(こうきじてん)』によれば
とあり、『弘決』には
とある。

▼「疑」という精神作用を、倶舎では貪・瞋・癡・慢・悪見とともに根本煩悩たる「六随眠」のひとつとし、唯識(ゆいしき)でも「六根本煩悩」のひとつに挙げている。天台家では見惑八十八使・思惑八十一品の基本となる五鈍使(どんし)のひとつに数える。「煩悩」とは悪業・苦界の因、「見惑」は邪理に執する煩悩、「思惑」は一切の事物に執着する感情の惑いであるから、「疑う」という行為は、理性、感情両面にわたって正道に(おもむ)くことを(さまた)げ、悪業を駆使(くし)し限りなく人間性を(けが)しつつ三界の苦悩に流転(るてん)せしめるものといえる。

▼天台家では、一念三千の観達を(さまた)げる働きとして五(がい)を説き、その中のひとつが「疑蓋」であるという。『摩訶止観』巻四に云く
と。すなわち仏道修行の不可欠要件ともいうべき自己・師範・法義を疑うことが善法を覆蓋(ふがい)することであり、禅定の境地を妨げることになるというのである。

▼疑心の起こる原因について『瑜珈論』に
とある。正信会の徒輩が、日蓮大聖人の仏法を疑ってかかろうとしている原因は、この六事のいずれによるのであろうか。不法邪見を誰人かに教唆(きょうさ)されたか(第一番)。本師大聖人が名字凡身の故に信じられないか(第二番)。我見自説が大聖人の教えに違背している故か(第三番)。愚魯の機の故か(第四番)。それとも、その他の理由によるものか。

▼叡山の学匠・慧澄癡空(えちょうちくう)などは『止観講義』に
と一言のもとに断じている。要は愚癡の者ほど猶豫狐疑(こぎ)の邪念にとりつかれるということだ。禅家の仏教学者・宇井伯寿氏ですら
と説いている。「疑煩悩」のくり返しによって真実の信が生ずるなどは仏教教義にない外道の論なのである。

▼どうも彼らは御法門≠法体と別なものと考えているようだが、当宗の法門はすべて文底下種の法体たる戒壇の大曼荼羅より発し、大曼荼羅に帰結することを忘れてはならない。当宗の御法門を疑うことは、とりもなおさず大聖人を疑い、血脈相承を疑い、大御本尊を疑うことに外ならない。『法華題目抄』の
との御聖文をよくよく拝承すべきであろう。

▼「不能思惟」の経文を隠して思惟せよと教え、「以信得入」の金言を(おお)って橋を問えと誘う。教学と称して檀徒に阿鼻火坑(かきょう)の因業を(すす)める正信会の行為は、冷酷な悪鬼の所業でしかない。

 (水島)
大日蓮昭和59年10月(第464号・84〜87頁)
(御書は平成新編に訂正した)
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