自称正信会の本因修行観について

 
▼ある時、十人の仲間が集まって「人間は他人に寛容(かんよう)であるほうがよいか」というテーマで討論した。議論を尽くしたのちに賛否(さんぴ)をとったところ、九人までは賛成したが、最後の一人が反対を唱えた。九人の仲間は、最後の一人に反対の理由を(ただ)したが、彼はともかく反対だと言い張るばかり。それでも九人は様様に説得したが、彼は(がん)として耳を貸そうともしない。しびれを切らした九人は、とうとうその一人を袋叩(ふくろだた)きにしてしまったという。

▼言うことと行動がなかなか一致しないところが人間の(さが)なのかも知れないが、この九人の言行不一致の話は、おかしさの中に人間のもろさを風刺(ふうし)しているようだ。とは言っても言行不一致があまり極度に昂進(こうしん)すると、誇大妄想(こだいもうそう)や精神分裂などの精神的疾病(しっぺい)惹起(じゃっき)することになるのであろう。

▼過去三回に分けて自称在勤教師会の不軽菩薩観を破折してきたが、今回はその締めくくりとして、自称正信会の不軽本因説を取り上げてみたい。『正信会報』第三十一号の「法門拾遺(しゅうい)」なる(らん)を見ると
と主張している。この記事には記者の名が付されていないところを見ると、個人の所感ではなく、正信会の主張とみなすべきであろう。

▼前回で紹介したように、日顕上人は
と御指南された。しかし彼らが引用する如き「そんなものができるか」などとは一言(ひとこと)も仰せられてはいないのである。これは彼らが勝手に下品な言いまわしを捏造(ねつぞう)して、日顕上人のイメージダウンを計るつもりなのであろうが、引用文ならば引用文らしく正確に記述しなければいけない。

▼それはともかく、日顕上人が不軽菩薩の礼拝行は末法の修行ではない≠ニ御指南されたことは明白な事実である。これに対して彼らは「不軽の行である本因修行を捨てた」と言い、「不軽の行を捨てて、いくら自分等は真実の道を実践していると言われても、最早宗祖の妙法とは関係なく云云」とまで非難しているわけである。この一事をもってしても、いかに彼らが不軽の礼拝行に執着(しゅうちゃく)し、その実践を重要視しているかがわかろうというものだ。

▼時代を(さかのぼ)れば、平安時代から鎌倉時代初期にかけて、叡山(えいざん)の法華信仰のひとつとして、不軽品の影響を受けた礼拝行が流行したという。たとえば建保七年(一二一九)に慶政(けいせい)によって記された『続本朝往生(おうじょう)伝』には
とある。

▼また承久四年(一二二二)に、慈鎮(じちん)あるいは慶政の作と伝えられる『閑居友(かんきょのとも)』には
とあり、『日本仏教の開展とその基調』には
と説明している。

▼これらの修行は、末法の御本仏日蓮大聖人が御出現されたのちにおいては、像法過時(かじ)の邪行であることは言うまでもないが、それでもなお彼らがどうしても礼拝行に執着するならば、前例もあるわけだから正信会の修行として自ら実行してみてはどうか。他を責めるのは、そのあとの話である。恐らくは
の御聖意に(そむ)く大罪となり、現罰を(こうむ)るのが()ちであろうが。

▼それにしても、不軽の行が本因の修行であるとの説は、いったい何宗(なにしゅう)のものなのか。たしかに中古天台の『玄義私類聚(しるいじゅ)』や『教観(きょうかん)大綱』などの書には、不軽行を本因行と立てる記述もあるが、少なくとも当宗七百年の法門に、不軽の礼拝行を本因の順行とする教義は存在しない。彼らは明らかに中古天台の片言(へんげん)雙語(せきご)を受け売りして、正宗教義を批判し、御法主上人に敵対しているのである。それほど中古天台に()せられているならば、実体とかけ離れた「正信会」などの名称をやめて、「日蓮宗中古天台派」とでも名乗(なの)ったほうが、よほど傍目(はため)にもわかりやすい。

▼ちなみに、不軽菩薩が修行された時期について触れておこう。『法華文句』巻九には
との一文がある。この文は、久遠を開顕したのちに、さらに不軽菩薩という近事(ごんじ)を説くのはおかしいではないか、と質問をしたところのものであるが、ここに不軽が久遠を(くだ)ること(はる)かな近事であることが示唆(しさ)されている。

▼また叡山の貞舜(じょうしゅん)(あらわ)した『宗要柏原(かしわばら)案立(あんりゅう)』には
とあり、伝教大師が、不軽の時期を大通仏はおろか、二萬億仏・燃燈仏より已後と順序づけていたことがわかる。

▼日蓮宗八品派の慶林坊日隆などにいたっては
と明快に不軽本因行説を破折しているのであるから、あまりみっともない低級な我見は()かぬことだ。老婆心ながら一言忠告しておく。

▼では当宗で言う本因妙の修行とは何かと言えば、日蓮大聖人が
と御教示あそばされ、日寛上人も
と御指南されるように、本因妙の教主日蓮大聖人が御図顕あそばされた戒壇の大御本尊を信じ、唱題する以外にないのである。

▼不軽の行を捨てると、宗祖の妙法と関係なくなる≠ニいう理屈も異様(いよう)だ。さらに奇怪(きっかい)なのは、不軽の修行に固執(こしゅう)しながら、怨念(おんねん)我執(がしゅう)をもって宗門を中傷し、創価学会を非難している彼らの言動である。この姿はどうみても不軽菩薩の振る舞いではなく、不軽軽毀(きょうき)の四衆そのものである。これこそ笑い話にもならぬ自己矛盾であり、言行不一致のきわみと言うべきである。

▼宗門七百年の教義に背反し、唯授一人の血脈相承を(そし)る彼らは、まさしく
と説示された大謗法の徒輩であることは間違いない。

▼教義にないことをあると言い、自分達すら行わない礼拝行を他人が行わないといって非難攻撃する彼らの言行不一致は、もはや完全に精神分裂症と言ってよいであろう。精神分裂症のなかでも、彼らの症状はパラフレニーと思われる。パラフレニーとは、喜怒(きど)哀楽(あいらく)怨嫉(おんしつ)憎悪(ぞうお)などの感情は常人なみに反応するが、幻覚と妄想が(はなは)だしく、正常な現状認識ができない症状を言う。

▼幻覚と妄想といえば、正信会のなかには「将来、自分達は大石寺に復帰できるのだ」とか「復帰したときは我々だけ二階級特進だ」などと本気で信じている者が数多くいるそうだが、これなど幻覚・妄想の(さい)たるものであろう。やはり正信会はパラフレニー症候群(しょうこうぐん)の集団と()している。
 (水島)
大日蓮昭和60年8月(第474号・82〜86頁)
(御書・文段・開結は大石寺版に訂正した)
目次へ戻る
その他の事項目次へ