●曲目解説にかえて 十河陽一●
1
「高原(詩:宮沢賢治)」
2
.「風の断章」より 「風」「しずく(詩:塔和子)」
3
「風の舞組曲」-ピアノのための-
4
「ただ立って(詩:塔和子)」
5
混声合唱組曲「夏目漱石人間模様」
6
ソナチネ「春」-フルートとピアノのための-
7
「めざめた薔薇(詩:塔和子)」
8
「ふるさとに寄す」-ピアノのための-
9
「月影の谷」〜十六夜日記断章〜
ここに収められている作品の多くは、 私が「風」からインスピレーションを得て作曲したものである。 私たちは風の感触を確かめるために歩みをとめる。 あるいは偶然立ち止まった時に風を感じる。 風が運んでくる「なにものか」を待ち、 それを受け入れ、五感を満たす。 私は落ち着いた心境で五線紙と向き合った時に、 しばしば風を身近に感じることがある。 言わば自然体で書き上げたこの風の作品集には、 もしかしたら現在の私が素直に映し出されているのかもしれない。
宮沢賢治の詩による「高原(2000)」は、チベット人歌手バイマーヤンジン氏 のために作曲したもの。雄大なチベット高原を吹き抜ける乾いた風を思わせる 彼女の力強い歌声で、東北弁の詩を歌う…この試みはかなりの暴挙であるが、 私には何やら分からぬ確信めいたものがあって、それでも清水の舞台から飛び 降りるような覚悟を決めて、この曲を書き上げた。
海だべがど おら おもたれば
やっぱり光る山だたぢやい
ホウ
髪毛 風吹けば
鹿踊りだぢやい
いのちの深淵を描き続ける詩人塔和子は、時として瑞々しい愛を詠う。「風 の断章(1999)」後半で使われる「しずく」にも、彼女のひたむきな情熱が美し いことばの中に凝縮されている。なお、前半の「風」はヴォカリーズで歌われ、 詩人の故郷である瀬戸内の風をイメージしたもの。この曲を含め、CDに収め られている塔の詩による三つの歌曲は、日下部祐子氏によるサウルハープ弾き 語りのために書いたものであるが、全曲ピアノ伴奏による版もある。
たぎる思いを
ほんのちょっぴり
言葉という
紅色のしずくにして
こぼしたあなた
〜(後略)〜
「風の舞組曲(2003)」は、元ハンセン病患者として60年以上も療養所生活 を強いられた塔和子を追ったドキュメンタリー映画「風の舞 」(監督:宮崎信 恵 詩の朗読:吉永小百合)の音楽から4曲を選んで、ピアノソロ組曲として まとめたもの。風の舞は、塔が暮らす国立療養所大島青松園に建立された円錐 形のモニュメントのことで、この島で生涯を終えた人々の魂が風に乗って解き 放たれることを願って名付けられた。
ここからは「風」を一旦離れて人間という存在に迫ったテキストを用いた声 楽作品が二つ。まずは塔和子の詩による「ただ立って(1999)」。絶望という言 葉さえ空疎に響くような、過酷な生活から生み出されたであろうこの詩の中で すら、詩人は自らを閉ざさず、あくまでも他者を求め続ける。
いまはほこりにまみれたマネキン
希望の火に輝くこともなく
失望のために凍ることもない
誰かこのほこりをはらってくれないか
〜(後略)〜
「漱石の小説から原文のまま文章を抜き出して合唱組曲を作る」という無謀か つ魅力的な企てを突然私に持ち込んできたのは、合唱指揮者の木下芳宣氏だった。 私もこの企画には大乗り気であったのだが、案の定作曲は難航を極め、2年がか りで四曲を作曲、10年後に続編二曲を加えて「夏目漱石人間模様(1994/2004)」 全曲がようやく完成した。
自らの心を徹底的かつ冷静に分析し、その切れるよう な痛みに耐えながら小説を書きつづけた漱石。彼の小説に描き出される人間の内 面や社会のありようは、一世紀の時を経てなお、普遍のメッセージを私たちに投 げ掛け続けている。以下は各曲の冒頭部分。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかく に人の世は住みにくい(草枕Tより)
我輩は猫である。名前はまだ無い(我輩は猫であるTより)
春は眠くなる。猫は鼠を捕る事を忘れ、人間は借金のある事を忘れる(草枕Uより)
離れればいくら親しくってもそれ切になる代りに、一所にいさえすれば、たとい敵同志でもどうにかこうにかなるものだ(道草より)
呑気と見える人々も、心の底を叩いてみると、どこか悲しい音がする(我輩は猫であるUより)
考えてみると世間の大部分の人はわるくなる事を奨励しているように思う。わるくならなければ社会に成功はしないものと信じているらしい。(坊っちゃんより)
次の2曲は、春の風にインスピレーションを得た器楽曲と歌曲。「ソナチネ 春(1996)」は、二つの楽章からなり、「まどろみ」「芽吹き」という標題は、 初演者の大嶋義実氏によるもの。第二楽章に生涯最初のソナタ形式を用いたこ とが、私にとってのささやかな冒険であった。
塔和子の詩による、あこがれを薔薇に例えた「めざめた薔薇(1999)」は、小島 の春の風景描写がひときわ美しい。
〜(前略)〜
渚の砂に山鳩がたわむれ
木に風があそび
ああ
風景さえ今日は
その薔薇を支えて新鮮
〜(後略)〜
「ふるさとに寄す(1999)」は、唱歌のふるさとによるかなり自由な変奏曲と なっている。これは、ふるさとをテーマにしたピアノ独奏曲を書いて欲しいとい う、高瀬佳子氏の要望に答えたもの。
「月影の谷(1996)」は、阿佛尼(?〜1283)の「十六夜日記」の中の同名の章 からとったものである。タイトルからもわかるとおり、「月」あるいは「十六夜 の月」という言葉が、この歌だけでなく、日記全体で象徴的に用いられており、 この作品に一種独特の光沢のようなものを与えている。そしてそれは、当時の都 人の、典雅で洗練された生活の奥にある、得体の知れない「何か」をも、私に想 起させずにはおかない。この曲も多くのバージョンを持つが、今回はフルートが 加わるものを用いた。さらに、パリを拠点に活躍するユニークな打楽器奏者小宮 広子氏に特別に参加して頂いて、曲の前後に打楽器を付け加えている。私にとっ てのふるさとである京都の、湿り気を吹くんだひそやかな風のイメージである。
ゆくりなく
あくがれ出でし
いざよひの
月やおくれぬ
かたみなるべき
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