公式発言集(あざらしの遠吠え)


1
作曲家の居場所 I 〜演奏家との関わりを通して見えてくる事〜
2
作曲家の居場所 II 〜祭なき時代、祭なき世代〜
3
この国のジョークの質(2000年2月3日)



  1. 作曲家の居場所 I 〜演奏家との関わりを通して見えてくる事〜

    この文章が読まれる頃には、とうに桜の花も散ってしまっているのだろうが、私は今、桜の季節を心待ちにしながら原稿を書いている。桜に例えれば、演奏家が花で、作品(作曲家)が幹である、と唐突に言い出すと少々気恥ずかしいし、本誌(月刊 音楽の世界)の硬派の気風にそぐわないかもしれない。しかし、ひとくちに音楽家といっても、演奏家と作曲家の間には考え方、感じ方、生活習慣など色々な面で相当な距離がある。桜に例えれば、両者の微妙な関係も少しは納得できるような気がするのである。
    人々は、花が咲く季節に桜の下に集う。散り行く花びらを見ながら諸行無常を想うのがこの国の国民性だと言われる。もっとも花も見ずにドンチャン騒ぎをしている人々も多いのだが、ムードがこわれるので今は触れない。全ての人々の視線は桜の花に注がれる。わざわざ幹を見に来る者などいない。いるとすれば、よほどの変わり者か、研究者の類いか。

    花は散る。幹は残る。そして再び花が咲く時、人々も再び桜の下に集う・・・


    私は演奏をしない作曲家である。正確に言うと、演奏できない作曲家である。つまり作曲しかしない作曲家である。ここでは仮に、それを「専業作曲家」と呼ぶことにする。
    考えてみれば、つい百年くらい前までは、演奏家と作曲家との区別がずいぶん曖昧だったようだ。二十世紀前半、科学や技術をはじめ、様々な分野での細分化、複雑化の流れを受けて専業作曲家も多くなってきたのだろう。もちろん今でも作曲と演奏を両方こなす人は少なくないし、演奏家の代わりにコンピューターを用いる事も多くなった。他のジャンルの音楽では、専業作曲家の比率はさらに下がる。私のように、人前で演奏するだけの技量もない、コンピューターを使いこなす頭もない、ただただ譜面にシコシコ情報を書き込むだけの作曲家は、現在でもかなり特殊な存在かもしれないが、ここでは専業作曲家にかぎって話を進めてゆこうと思う
    絵や小説などは、創り手のメッセージがダイレクトに受け手に届く。我々作曲家の作品は、必要最小限の情報を楽譜を通して演奏家に伝え、演奏家を通して聴衆に伝えられる。聴衆との直接的なコミニュケーションは当然演奏家がすることになる。このことを制約と感じるか、喜びとしてとらえるかによって立場はまるで異なるのだが、どちらにしても、作曲家はあらかじめ自己完結できないというさだめを背負った存在と言える。他の分野の芸術と比較しても、かなり特殊だ。


    作曲家に最も近いのは脚本家あたりか。ならば演奏家は役者ということになる。脚本家と役者との関係が実際どうなのか、細かいことはよく知らないが、映画監督の小津安二郎は、脚本を書く前にあらかじめ主な登場人物のキャスティングを済ませていたという話を聞いた事がある。「東京物語」で言えば、紀子を原節子、その義父周吉を笠智衆、という具合に。特定の役者の人格を登場人物のそれに重ね合わせる事によって、物語が除々に形作られていくというのだ。
    台詞が役者の肉体を通して語られる瞬間、台詞は脚本家の手を離れ、はじめて命を得る。小津は脚本段階から特定の役者をイメージし、結果的に役者を生かし切る。彼は自己完結できないという自らのさだめを知り抜いて、それを逆手に取ったのだ。彼の全盛期の映画の中で、役者はその役柄を超えて生き生きとした姿を見せる。それをきっかけに名優として名を残した人も多い。
    私の場合も、と言ってしまうと大監督と肩を並べているようでいささかおこがましいが、話の流れということでお許しいただきたい。私の場合も、演奏家から個人的に作曲を頼まれる事が多く、そのような場合特定の演奏家を想定してからでないと一音符も書けない。というよりも、その演奏家の演奏はもちろん、人となりに惚れ込んでしまわないと作曲が始まらない。さらに、それがどういう種類の演奏会であるのか、とかプログラムのどの位置で演奏されるのか、ということも気になるところである。トリを任されてプスンとあっさり終わってしまったら、いささか寂しいではないか。
    誤解を恐れずに言うと、私はオーダーメイドの服を作るつもりで作曲をしたいと常々願っている。たとえば葬式のために作った服が、結婚式で着るような派手なものであったら使い物にならないし、寸法が合わなかったら着る事すらできない。あたりまえの事である。同じピアニストでも、華奢な女性と相撲取りような大男とではまるで条件が異なる。あたりまえの事である。
    このような事を書くと、演奏家に媚びるのはたいがいにして、もっと個性を追求しろと怒る方がおられるかもしれない。しかし私は逆に、個性という言葉の濫用こそが危険だと思っている。大切なのは、いかに個性的であるかということではなく、いかに普遍的であるかということであり、言い換えれば、いかに新しいものを創るかということではなく、いかに古くならないもの、時を経ても輝きを失わないものを創るかということだと思う。調子に乗って言わせてもらうと、「自分らしさ」という言い回しは、うさんくさくてもっと嫌だ。


    心の大半の部分は、無意識の領域が占めているという話をよく聞く。いわゆる「感動」というものも、たぶん心の中の無意識の部分が触発されているに違いないと、私は勝手に考えている。もし全てを意識化できるものであれば、それを言葉によって、漏れなく他者に伝えることも可能である。しかし感動そのものを、言葉で正確に他者に伝えることはできない。だから我々は、てっとりばやく「感動」などという曖昧な言葉を、つい使ってしまいたくなるのかもしれない。
    作曲に限らず、美術でも文学でも、芸術とは心を探っていく一つの方法ではないかと思う。創り手には、心というつかみどころのない不可思議な世界の一部を直感的に切り取り、なんらかの形を借りて他者に伝えたいという欲求が、また受け手には、創り手のメッセージを何とかして受け取ろうとする欲求が、それぞれ働いている。
    この事を芸術体験などと大袈裟に言うまでもない。自分の感動を人に伝えたいという欲求や、感動を共有する喜びは、人間の持つごく自然な心の営みであるからだ。そして、人々が芸術に求める最も大切な部分も、創り手と受け手、あるいは受け手同志で、精神的な何物かを共有しているという充足感なのだと私は思う。もちろんそれは、創り手のメッセージがそっくりそのまま受け手に伝わるということを意味しないし、人間の心から心へ、何かが伝わり得るという、お互いの信頼感なしには決して存在し得ない。より合理的に、より簡略に、意思や情報を伝達する方法は他の分野に任せておけばよいのである。
    これらの事は作曲家と演奏家との間にも当然あてはまる。演奏家を通して語られる音楽は、作曲家の表現であると同時に演奏家の表現でもある。聴衆が受け取るのは、両者の表現のいわば融合体なのである。私はそこに自己完結を超えた喜びがあり、我々の仕事の真実があるのだと思っている。

    (月刊音楽の世界 1999年5月号より転載)

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  2. 作曲家の居場所 II 〜祭なき時代、祭なき世代〜

    私はいいかげんに生きてきた。そのおかげで、今でも自由に使える時間が比較的多い。そういう意味では恵まれている。しかし代償は大きい。私は貧乏なのである。前章(作曲家の居場所T)で自分のことを「専業作曲家」と偉そうに名乗ってきたが、実は私の作曲収入は多くない。というよりはっきり言って少ない。作曲だけでは生活できない分、食べて行くためには他の仕事をする必要がある。そして、作曲が忙しくなればなる程、他の仕事をする時間がなくなり、私の生活はさらに逼迫するのである。
    世間には未曾有の不況の嵐が吹き荒れており、リストラで職を失った人も多いと聞く。彼らはまじめに働いてきてクビを斬られたのだから世間の同情も集まるが、私の場合、身から出たサビ、あるいは因果応報ということで、全く同情してもらえない。先行きの見通しなどあろうはずもない。しかし、私は恵まれてはいないが、それほど不幸でもないと思っている。何物にも寄りかからず生活をしているからこそ見えてくる現実もあり、富や名声と無縁であるからこそ、誰はばかることなく好き勝手なことが言えるのである。
    私のような立場の人間から見ると、この国の社会はいよいよ目的を失ってきているように見えて仕方がない。目的を失うといっても、私のように昼日中からボーっとしているという訳ではなく、世間の大部分の人々は、相変わらずテキパキとそれぞれの仕事に打ち込み、社会生活を立派にこなしている。かつて新人類と呼ばれ、こいつらが日本を滅ぼすぞと散々に言われた私の一世代下の人たちも例外ではない。少し頼りないのもいるようだが、それでもちゃんと社会生活を営んでいるように見える。だからこそ何かおかしいのである。
    昔この国にも本来的な意味での「祭」があった。それが形骸化した後も、それに代わって国民的行事というものが存在した。良し悪しは別にして、この国に住む人々は「東京オリンピック」「大阪万博」などの国民的行事に熱狂した。また、別の立場としては「安保闘争」があった。数百万の学生や労働者がデモに参加するなどということは、今では決して有り得ない。私は安保に乗り遅れた世代として、常に後ろめたい思いを抱きつつ今日まで生きてきた。安保敗残の空気を吸って育ってきた我々には、「祭なき世代」としての特別な思いがあるのだが、今はそのことにふれる余裕はない。どちらにしても現在のこの国には、かつてのような祭はもちろん、国民的行事も、もう存在しないようだ。「長野オリンピック」などは、マスコミが作り出した幻にすぎない。オリンピックという存在自体が茶番であることを、すでに世界中の人々が知っている。
    「日常的な生活の枠組みを取り払い、心を解き放つ事のできる祭の非日常的熱狂が、人々の心のバランスを保ってきた」というような意味の事を、河合隼雄氏が言っておられた。娯楽の多様化で、祭が必要なくなったとも、毎日が祭だとも思われがちだが、それはまやかしだ。私には、今の人が幸せに生きているとはどうしても感じられない。だとすれば、私たちの心のバランスは、自分でも気付かないうちに崩れてきているのではないだろうか。


    より細かく分割し、それを徹底的に分析するという近代的な思考方法が、様々な分野に目覚しい進歩をもたらしたのは確かだ。作曲家と演奏家の隔たりや、いわゆる「現代音楽」の聴衆からの孤立は、ある意味で時代の必然だったと言うこともできる。それが色々な弊害を生んできたことは今更言うまでもないが、この国の社会全体の歪みはより以上に深刻だ。
    例えば、現代の都市型社会の、特に若年層の間に「境界例人格」が急増しているという。「境界例人格」とは、神経症なのか精神病なのか判断のつけにくい精神障害の特徴を持った人格のことで、増加の原因は、社会の複雑化と急速な変化に心が追いつかないからだそうだ。私がわざわざ受け売りの心理学用語を使うのには訳がある。「境界例」的症状が感じられる人と、日常的に数多く出くわすのである。それは若年層に限った話ではなく、全ての世代の中に存在する。社会的地位も高い、いわゆる「立派な人物」さえ例外ではない。実は私の心の中にも思い当たる節はいくつかある。他人事ではない。恐ろしい限りである。
    人は、ますます細分化される環境の中で日々を孤立して過ごしている。日常の枠組みを取り払ってくれた「祭」はすでにない。人生の目的も、この国の方向性もさらに見えない。今大切な事は、他者との取るに足らない違いをことさらに強調し、個性を声高に叫ぶ能天気なスタンドプレーなどではない、分け隔てられた小さな個体の間に、つながりを見出していこうとする地道な努力である。
    私はこの時代に生きる作曲家として、まず「いわゆる前衛の時代」に失われた様々なものを拾い集めるところから始めてきた。私には将来の展望を書く紙面も、余力も残されていないが、今後、少なくとも人の心をさらに細かく切り刻んでしまうような事だけは、間違ってもしたくないと思っている。

    (月刊「音楽の世界」1999年5月号より転載)

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  3. この国のジョークの質

    週刊金曜日(2000年1月28日号)の、佐高信氏の講演記録を読む。以下はその冒頭部分。
    「今年(1999年)3月、知人の出版記念会にいったところ、小渕恵三首相も来ていました。山形弁でオブツケイゾウとなるんですけど(笑い)。そのオブツによって、日本はまさにオブツまみれになっています。−後略−」
    佐高氏の鋭い視点と良識ある発言には常々敬服するがこの発言だけはどうもひっかかる。氏は講演のまくらとして、軽いジョークのつもりで言ったのだろうが・・・

    選択の余地のない「苗字」に対する侮蔑的な読み替えは小学生がよくやる「イジメ」のレベルを出ない。理不尽な人格否定にもつながる。小渕首相がいわゆる弱者であれば、この言い回しはもちろん許されるものではない。ただし彼は絶大な権力を持ち、しかもあの謎の微笑みとブッチホン、握手戦法等を駆使して着々とこの国をよりおかしな方向に向かわせつつある。その事を考えれば私のこだわりなど取るに足らないことかもしれない。しかし、それでもどこかひっかかるのである。

    佐高氏ほどの人であれば、このような品のない言いまわしをわざわざ用いずとも、もっと説得力のある小渕批判をサラリと展開することはたやすかろう。事実佐高氏は、その後の話の中で、司馬遼太郎と藤沢周平とを比較しながら司馬批判を繰り広げる。それが非常に思慮に富んだ興味深い内容であったからなおのことそう思うのである。

    ずいぶん以前の話になるが、小渕首相が欧米で「冷めたピザ」と評され話題になったことがある。考えてみれば「冷めたピザ」は多少なりとも奥行きが感じられる言葉である。まず思い浮かべるのが明らかに「食べごろ」をのがした滑稽さであるが、空腹の時であればガマンして食べる事もできるし、電子レンジで暖めればかなりイケル、ただし放っておけばすぐに腐るので注意が必要…等々様々な連想にも耐える。受け売りの「オブツ発言」よりは少なくとも気がきいているし上品だ。

    良くも悪くも個人主義が先行する現代の都市型社会では、ジョークやユーモアは人と人との潤滑油として益々大切になっていると思うのだが、小渕首相へのこの二つのニックネーム(?)を見る限り、欧米と日本との差はまだまだ縮まっていないように感じる。(2000年2月3日)


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    〜 つづく 〜



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