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「イナズマン」と「イナズマンF(フラッシュ)」は 「ゲッターロボ」のアニメと原作ぐらい違う…と書いても、 それほど言いすぎにはならないだろう。 サナギマンからイナズマンへの二段変身や 多彩な超能力技などの工夫はあったものの、 あくまでスタンダードな変身ヒーローの域を出なかった「イナズマン」から 路線変更したのが「イナズマンF」だ。 主人公以外のレギュラー陣を敵役含めて一新した結果、 70年代的やるせなさが濃厚に漂うハードボイルド番組に生まれ変わり、 視聴率は上がらなかったものの(まあ当然だが) 後年においてカルト系ヒーロー番組としての評価を確立している。 そんな「再評価の季節」に出版されたムックには、 変身ヒーローのヒロイズムそのものを打ち砕くような 最終話のシナリオ準備稿が採録され、えらく衝撃を受けたものだった。 だが俺は、単にヒーローもののパターン破りだというだけで この番組を愛しているわけではない。 ヒーローものの「お約束」と、作り手側の作家性がせめぎ合う中から生まれる 独特の空気感こそが、偏愛の対象なのだ。 その空気感を最大限にはらんだ一本として、ここでは 第20話(シリーズ通し話数45話)「蝶とギロチン 花地獄作戦」を推したい。 変身ヒーローのあるべき姿から逸脱しまくったエピソードだが、 クライマックスではヒーローものならではのカタルシスが炸裂し、 しかもそのカタルシスが「逸脱」抜きでは成立し得ないという屈折ぶり。 まず予告からしてコレだ。 ───海辺を舞い狂う真っ赤な蝶。 首切りマシン・ギロチンデスパー。 めくるめく花粉地獄の真っ只中で、幼い日の五郎と 赤い靴の少女との思い出が展開する。 次回『蝶とギロチン 花地獄作戦』に、ご期待ください。 なににどう期待しろというのか!*1 予告に限らず、この話は言語感覚が全編にわたって暴走しがちで、 それが大きな魅力になっている。 たとえば、本編が始まるとすぐ、主人公・渡五郎のよき相棒である インターポール捜査官・荒井誠*2が海外に発ってしまうのだが、 その目的は、ヒマラヤの山中を一夜にして広大なケシ畑が覆いつくすという 異常な事件の調査だった…という説明が入る。ここで挿入されるテロップが、 字体のアンバランスさも含めて、大人が見ても十分に怖い。怖すぎる。 視聴者を縮み上がらせたところでサブタイトルを挟み、場面はデスパー本部へ。 ガイゼル総統とサデスパーの会話シーンである。 「サデスパー、花地獄作戦は…」 「はい、総統閣下。 ギロチンデスパーが、もう準備を完了させている頃です」 「───蝶とギロチン、か…」 「それは、遠いフランスに内乱の嵐が吹き荒れていた頃… その赤い血を吸い尽くそうと、この世に生まれてきた*3 悪魔の落とし子。恐るべき首切りマシーン! いま、ガイゼル総統の手によって、 デスパー中最も血に飢えた殺人戦士となって蘇ったのだ!」 途中から誰に話しているのかわからなくなるサデスパーの長広舌は 妙に詩的陶酔を感じさせるが、 マリー・アントワネットが処刑される様子を描いた銅版画風のイメージ画や ご丁寧に挿入される断末魔の叫びの悪趣味さに隠れて、 その本質的な異常さはまだ顕在化していない。 一方渡五郎は、海岸に打ち上げられていた謎の女を助け、看病していた。 そこにギロチンデスパーが現れる。サナギマンに変転して戦う五郎。 だが、わが身を盾にして女をかばうサナギマンを ギロチンデスパーはなぜか攻撃せず、捨てゼリフを残してひきあげてしまう。 「なんと運のいい奴だ…俺のギロチンにかかれば真っぷたつ! その血のひとしずくまで飲み干してやろうものを… 俺はギロチンデスパー! 貴様ともう一度会う時が、貴様の命の終わりと覚えておけ!」 外見的にはけっこうオモシロ系*4のザコ怪人ですら こんな芝居がかった口上を平然と述べてしまうのだ、この話は。 この間、意識を取り戻していながら両者の戦いを傍観していた女は、 実はデスパーの協力者であった。(まあ視聴者にはバレバレだが) 渡五郎も、ギロチンデスパーが自分の居場所を正確に察知していたことから、 助けた女の素性を疑っていた。 このあたりから、セリフの異常さに引きずられるように 映像もどんどん先鋭化していく。 翌朝、突然姿を消した女を追う五郎。 海岸で砂の城を作る女。 波に崩される砂の城。 空に舞い狂う赤い蝶のイメージと、それを映すガイゼルの隻眼。 魅せられたようにガイゼルが呟く。 「綺麗だ……」 浜辺で語り合う二人。 「この沖に、君は浮いてたんだぜ。 ほんとに何も思い出せないのかい? 自分の名前や、どこから来たのか」 「………」 「君は不思議な娘さ。 朝だって、こっそりいなくなっちゃうんだから」 「…朝日がとっても爽やかだったから、 風に吹かれてみたかっただけ」 「ところで、どうするのさ、これから」 「ここ、気に入っちゃった。 いてもいいでしょ、このまま」 「………」 「ここはね…とっても懐かしい風の匂いがするのよ。 何か思い出せるかもしれない… そう、あたしが誰かってこと… 遠い昔のこと…」 いつしか流れ始める「赤い靴」の童謡。 渡五郎が起居している別荘にも、赤い靴があった。 それは、少年時代をこの地で過ごした五郎の思い出の品だった*5。 「どうしたの、この靴?」 「ああ…それはね、遠い昔の思い出さ」 赤い靴を抱く女の胸に、砂の城の記憶が去来する。 女は赤い靴とともに再び姿を消し、入れ替わりに荒井が帰還した。 謎の女に操られた蝶の大群が、ケシの花粉をすべて運び去ったというのだ。 一方海岸では、無数の赤い蝶が振りまくケシの花粉に倒れた人々が、 次々とギロチンデスパーの餌食になっていた。 生首が転がる浜辺(!)を蹴って駆けつける、五郎と荒井。 だが、そこにあの女が現れ、赤い蝶を操って二人を襲う。 荒井が倒れ、サナギマンに変転した五郎も身体の自由が利かず、 ギロチンデスパーにその身を切り裂かれていく。 「焼けつくように熱い。熱すぎる… これ以上身体が痺れたら、俺の命の火も消える…」 ついにサナギマンも詩人と化した! すかさずナレーションがそのあとを追い、再び流れる「赤い靴」が バトルフィールドを否応なく詩的空間に変質させていく。 ───霞む視界の中に、 サナギマンは、少女の赤い靴を見た。 「そうだ、思い出したぞ… 君と逢ったのは、海も空もまだ青かった頃… 悲しい時には海を見た。 いじめられても、歯を食いしばってこらえていた君がいじらしくって、 砂のお城を作って、遊んだもんだ。 でも、いじめっ子に、ちっちゃな幸せを壊されてしまった… ある日、ひとりの背の高い外国人が、君を連れて行った。 赤い靴だけを残して、それっきり君は帰ってこない… き、君は、あの時の…テレサだ!」 「あなた、やっぱり思い出したのね… あれが私の父だった。一緒にアメリカに渡ったの。 父は向こうで再婚すると、邪魔な私を追い出した。 私はこの世で迷子になって、さまよい流れたわ… 今じゃ地獄の手品師に… 呪うことさえ、覚えてしまった…」 舞い狂う蝶と花粉の中に現出する、二人の思い出の世界。 そこに割って入ったのは、ギロチンデスパーだった。 「ええい、何をぐずぐずしているんだ! この世の別れに、極上の甘い香りを吹きかけてやれ!」 しびれを切らせて襲いかかるギロチンデスパーから 身を挺してサナギマンをかばい、凶刃に倒れるテレサ。 詩的空間とバトルフィールドが交錯するのは、 テレサをそっと砂浜に横たえたサナギマンが よろめきながら立ち上がる瞬間だ。 ───熱い怒りがこみ上げた。 怒りが、身体中にみなぎった時、 サナギマンはイナズマンになるのだ。 「超力招来!!」 「サナギマンが成長すると、ベルトのゲージが頂点に達し、イナズマンになるのだ!」 という、「ヒーローものとしての」ナレーション*6が前提として存在しなければ、 この瞬間、これほどの熱量は生み出せなかっただろう。 公式設定の枠からはみ出さなければ表現できないほどの怒りが、 いつもと違うナレーションに凝縮されているのである。 かくして、イナズマンとギロチンデスパーの戦いが開始されるのだが、 残念ながら、カメラワークに若干の工夫が見られるのみで、 他の回と比べて突出するものがあるわけではない。 再び画面に異様な空気が戻ってくるのは、戦いが終わってからだ。 ギロチンデスパーを倒し、テレサを抱き起こす渡五郎。 「五郎…」 「どうして君が…」 「お説教なら無駄よ。死にかけてるって言うのに… 私はまだこの世を恨んでる… 私は…悪い女…」 「違う…悪いのは君じゃない。 砂のお城を壊した奴らだ」 「私は、汚れて変わってしまったわ。 変わらないのは、あなたの優しさだけ…」 「そうじゃない。 君は命を懸けて、俺を守ってくれたじゃないか。 昔の君に戻ったんだ」 「五郎…」 「砂のお城を壊した奴ら」という五郎の言葉こそ、 「F」の後期においてぼんやりと観念化していった デスパーの「悪」の本質を、最も適確に表現していると言えるだろう。 そして、その後に続く残酷な幕切れが、 「悪」の脅威を容赦なく浮き彫りにしていく。 浜辺に遊びに来たとおぼしき少年たちが、 テレサの死を看取るように立つ。 彼女の目には、彼らの姿が かつてのいじめっ子たちと重なって映る。 「五郎… 砂のお城を守って…」 それが、テレサの最後の言葉だった。 彼女の命は潮騒とともに去り、子供たちはいずこかへ駆けていく。 涙する五郎。 だが、五郎はまだ気づいていなかった。 彼女の喉元に刺さった、赤い蝶を模した毒針に…… 「裏切者を始末しました」 イナズマンを模した的に毒針を投げながら デスパー本部で報告しているのは、あの子供たちだ! 満足げにうなずくガイゼル総統。 サデスパーが、子供たちに問いかける。 「海は青かったか?」 「ノー!」 「空は青かったか?」 「ノー!」 「では、人間の未来は?」 「灰色なのでーす」 「デスパーの未来は?」 「明るい光でいっぱいなのでーす」 直前に展開された美しき別れとの落差が 見る者の背筋を凍らせずにはおかない名シーンである。 「F」の作品世界においては、市井の少年ですら デスパーの一員になりつつあるという冷厳な事実。 だが、ラストを締めくくるナレーションは、あくまでもそれに抗おうとする。 ───花地獄作戦は阻止された。 恐るべきガイゼルは、少年兵士まで誕生させつつある。 もろく壊れやすい砂のお城を守って、 イナズマンの戦いはさらに続く。 「砂のお城」に象徴される「ちっちゃな幸せ」のはかなさ! だが、それこそがヒーローにとって守るべきものなのだ…という宣言は、 時に作品中で「くだらない」と斬り捨てられもした*7「F」後期のヒロイズムを、 静かに、だが力強く裏付けている。 単にヒーローの存在意義を揺さぶったり、正義の危うさを突きつけるだけの話なら、 長い特撮ヒーローの歴史の中でそれほど珍しいとは言えない。 だが、それら負の要素と向き合った末に、正統なヒーロー道に立ち返るというのは 決して容易なことではないのだ。 本エピソードでそれが完遂できているからこそ、「イナズマンF」という番組は 今なお衰えぬ独特のオーラを発散しているのだ…と書いても、 やはり、それほど言いすぎにはならないだろう。 【*1】 たとえば、ファンの間で三大傑作エピソードとされている ほかの二本の予告はというと、 「地の果てから流れ来る不吉なメロディに乗って、 風のように現れては消える、謎の女。 敵か味方か? その必殺の銃口は渡五郎を狙い、 ついに、あのガイゼルの耳を撃ち落とした。 次回『レッドクイン 暗殺のバラード』に、ご期待ください」 「恐怖の実験都市デスパー・シティに、五郎と荒井がひそかに潜入。 そこには、残忍な市長サデスパーによってサイボーグにされた 五万人の市民がいた。 荒井がいま思い出す、恐るべき過去とは? 次回『幻影都市 デスパー・シティ』に、ご期待ください」 てな具合に、期待できる見どころがわかりやすい。 【*2】 実は、デスパーが支配する地下実験都市・デスパーシティからの 脱走者であることが、中盤で判明する。 5万人の市民を擁するデスパーシティは、人工太陽によって 一見東京と変わらない景観を有しているが、 荒井も含めた住民のほとんどはモルモットとしてサイボーグ化されており、 圧制の下で偽りの日常を送っている。 「ウルトラセブン」の第四惑星同様、映画「アルファヴィル」の流れを汲み、 演出によって実景をSF空間に変貌させたディストピアである。 【*3】 双葉社「イナズマン大全」によれば、脚本段階では 「美しくも残忍な王妃に恋焦がれ、その赤い血を吸い尽くそうと…」 となっている。こっちのほうが文脈的にはしっくりきますな。 【*4】 まあ普通にギロチンモチーフの造形なのだが、 妙にかわいらしい半月型の怒り目や、斬られた首のドクロを わざわざ身体にまとわりつかせてるあたりがチャームポイント。 【*5】 じつはここ、五郎じゃなくて荒井の別荘なのだ。 なのにどうして五郎の思い出の品があるのだ…というツッコミは あえて避けたい。 【*6】 とはいえ、「F」では間髪入れずにイナズマンになることが多く、 無印でおなじみ「敵にやられまくるサナギマン」はほとんど見られなくなっていた。 【*7】 第18話(シリーズ通し話数43話)「レッドクイン 暗殺のバラード」にて。 両親や故郷の人々をデスパーに惨殺された飛鳥夕子は、 唯一生き残った幼なじみを犠牲にしてまでデスパーの組織に潜入し、 ガイゼル暗殺の機会を狙う。そんな彼女を思いとどまらせるために 「ガイゼルはこの俺がやる」と説得する五郎だが、彼女は 「そんなくだらないヒロイズムなんか信用しないわ!」と言い放つのだ。 |
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