2009年11月22日更新
ようこそお越しくださいました。山登り岩登りの記事を中心としたささやかなサイトです。(^^;
ご意見ご感想などをメッセージボード藪山のテラスにお書き込みいただければ幸いです。
標題をクリックして頂くと更新履歴に跳びます。
なお、断るまでもないことですが、リンクはご自由になさって下さい。
サイト内検索
最新記事→金時山往復6/14
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ 身辺雑記「綾に哀しき」2009/11/22 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
昨日と打って変わって、どんよりとした雲の垂れ込む寒い一日となった。
昨日から三連休という人も多かろうが、明日も天気は悪いらしい。
昨晩などは、久しぶりに研ぎ澄ました鎌のような月の姿を見て、感動したものだったが。
昨日届いた大植英次指揮のマーラー「交響曲第9番」を聴く。
大植が、11年間苦楽を共にした手兵ハノーファー北ドイツ放送響(NDR)を率いて、NDRの首席指揮者としては最後となる日本公演を行ったことはもちろん知っていた。
だが、残念ながら、その実演を聴くことは出来なかったので、そのライブ録音のCDが発売されたことは、私にとって正に僥倖のようなもの。
しかし、無論不安もあった。
実演は、演奏者にとって神様が降りてくる場であり、事実そうした演奏に出会えたこともあったが、観客がそれをぶち壊してしまうシーンもまた数多いからである。
今回のこのメンバーによる日本公演も、演奏によってかなりのばらつきがあったらしい。
大好きなマーラにこの組み合わせ非常に期待が大きく、楽しみにしておりました。当日も両者の関係が旨くいっているようで第1楽章から3楽章まで非常に充実しておりました。ところが最終楽章に入り、私自身はマーラーの豪華絢爛な弦と管のコラボレーションを満喫していたのですが、どうも会場の様子がおかしい!もしかしてこのマーラー他のお客さんにはつまらないの?と錯覚に陥るような会場の緊張感のなさ、いったいいつから日本人はこんなにコンサート会場でマナーが悪くなったの?PPPの場面でも遠慮のない咳、ビニル袋をくしゃくしゃと音を立てながらペットボトルを取り出す婦人、本当に集中が失せました。咳は生理現象で我慢できないかもしれませんがなぜ、中高年はあんなに遠慮がないのだろう?そして、終了後まだ大植が指揮棒を振り下ろしていないのに1F後部からパタパタとなり出す拍手、この日の私は演奏そのものより聴衆に対する腹立たしさで一杯でした。サントリーホールや主催者からすれば聴衆はお客様であるが、このようにマナーの悪くなった日本人には開演前携帯電話や、アラーム付き腕時計のアラーム解除のアナウンスの他に、恥ずかしいことであるが、咳が我慢できない際にはハンカチをあてうつむきで小さくお願いします。拍手は演奏が終わってからしてください等の呼びかけが必要ではなかろうか?大植自身もNDRを引き連れて祖国での晴れ舞台であったであろう東京の聴衆のマナーの悪さにきっと、NDRのメンバーに対してもバツが悪かったであろう。お金さえ払えば国内にいながら海外の優れた演奏を聴くことができる昨今、感覚が麻痺してしまったのでは無かろうか?
以上は、東京公演をお聴きになった方のお話だが、予想以上のひどさに愕然とさせられる。
他に、静岡公演を聴いた人の感想をお伺いする機会があったが、このときの聴衆は、四楽章の余韻をじっくりと味わった上で、万雷の拍手を送ったのだそうだ。
その会場に居合わせることのできた人はどれほど幸福だったことだろう。
大植自身は、その後援会サイトで次のように語っている。
マーラーの交響曲第9番は広島のために持ってくる曲だから、できたらお客さまは曲が終わってから5分くらい静かにお祈りしていただくと、うれしい。本当に静かに終わりますから。拍手がなくてもいいんです。アンコールでムードを壊すより、その方がいい。メロディーがちょっとずつゆっくりになっていって、最後はしーんとなって、いつ終わったかわからないような…。楽しみにしてください。
サントリーホールに集まった聴衆共は、この思いを徹底的に踏みにじったわけだ。
そして、このライブ盤は、そのサントリーホールでの演奏を音源にしている。
無念としか言いようがない。
私が不安を感じたのはそんな背景があったからである。
しかし、聴いてみたいという気持ちにはついに勝てなかった。
私は、正に恐る恐るといった面もちで聴いたのであった。
最終楽章が消え入るように終わった後のフライング気味の拍手と無粋な「ブラボー」は録音に残されていたが、そのほかのノイズはきれいに処理されているようで、この点は現在の編集技術に感謝!
恐るべき演奏である。
恐らく、史上最も遅いマーラーの9番ではなかろうか。96分という演奏時間はこれまでに聞いたことがない。両端楽章はいずれも30分になんなんとする。
冒頭からその巨大さに圧倒され、ぐいぐいと引き込まれていった。
そして、終楽章。このテンポであるのにもかかわらず、指揮もオケも最後まで張り詰めた緊張感を失わず、聴くものを別世界に連れて行くかのごとき演奏である。身じろぎもせずに聴き入ってしまった(これほど演奏を実演で間近に聴きながら、何ゆえにビニール袋からくしゃくしゃと音をさせながらペットボトルの水などを飲むことなどができるのであろうか?全く理解に苦しむ話である)。
これだけ遅いテンポで演奏されながら冗長な感じが一切しないのは、見事なほどに音の縦の線が統一されているからであろう。
一音一音の音がそれぞれに見事に響きあって作り上げる和声の響きを聴きながら、私はたくさんの新たな発見をした。
マーラーの9番は10枚近くの盤を持っており、これまで数え切れないほど何度も聴いていたはずなのに、初めて接する響きに打ち震える思いであった。
これは間違いなく、これまでの演奏の中でも一二を争う名演であると思う。
しかも、EXTONのSACD(二枚組)で、価格も2800円!
信じられない買い物ではないだろうか。力強くお薦めする所以である。