2008年7月22日更新

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身辺雑記「綾に哀しき」2008/7/22

晴れ。

関東地方もついに梅雨が明け、しかも今日は大暑。

朝から猛烈な暑さとなった(^_^;

しかし、東京はまだいい方らしく、西日本、殊に近畿や四国地方などでは、軒並み体温以上の気温に見舞われ、熱中症も増加しているとのこと。

ヒートアイランド効果もあってのことだろうが、十分に気をつけたいものである。

先週末は、ゆうぽうとにおいて東京都合唱祭が開催された。

私も出場し、Carl Orffの「Carmina Burana」を歌う。「ピアノ伴奏の23人ぽっちでカルミナを歌うとはいい度胸」とお褒めの言葉を頂いた\(^o^)/褒められてないって

ところで、ちょっとうなってしまう記事にであった。

大学生から小学生まで 「ネットでコピペ病」蔓延

レポートにWikipediaの記事をそのままコピペする学生や、海外出張報告書にネットの旅行見聞記事などをコピペする地方議会議員などの存在は前々から知られていたが、丸写しできる読書感想文があるとはさすがに知らなかった。

で、早速ググってみると、次のサイトに行き当たった。

〜児童、そして生徒のための〜自由に使える読書感想文

いやあ、これはおもしろい!\(^o^)/

「読書感想文」という学校の宿題(課題)が如何に愚劣極まりないシロモノかを身をもって示してくれる、極めて爽やかなアンチテーゼだ\(^o^)/

例えば、こんな下りがある。

さて、『羅生門』のように、読むこと自体が苦痛となる作品が課題図書になっている場合、感想文中に「おもしろくない」や「読む気がしない」などのマイナス表現の使用は避けるようにしてください。教えて系のサイトで、「思ったことを書くのが読書感想文です」や「つまらないと感じたらそれを正直に書くようにしましょう」などの回答を見かけます。しかし、これは自分が評価される立場にいない外野の人間による無責任な回答です。「おもしろくない」「つまらない」「読む気がしない」「分からない」と書いた時点で、読書感想文は負けです。読書感想文は自分の考えを主張する作文ではありません。センセイをよろこばし、高い評価を得るために書くものと理解してください。

「読書感想文」の性格をこれほど正確に表している文章もあるまい。

実物の感想文で、ためしに「坊つちやん」を読んでみたところ、

ちなみにですが、『坊ちゃん』が正しい表記で、『坊っちゃん』は間違った表記です。読書感想文として『坊ちゃん』を提出する場合、『坊っちゃん』と小さい「つ」を入れてはいけません。『坊っちゃん』は間違いなのです。

と書いてあったので、ええ?と最初は違和感を感じたが、これも、原典にあたらず国語改革後の表記をそのまま丸暗記しているセンセイ対策として採るべきだ、ということなんだろうね\(^o^)/(いうまでもないことだが、作品の正式名称は「坊つちやん」である)

また「蜘蛛の糸」の感想文の底の浅さはどうだ!

悪行の限りを尽くして地獄に落ちたカンダタを、生前に「いくら小さな蜘蛛といえども命には変わりはない。その命をむやみに奪うのは余りにかわいそうだ」と逃がした心を汲み取って、一本の蜘蛛の糸をたらし極楽への道しるべとした釈迦の思い。慈悲の心を持っているかと思われたカンダタの心の奥底に広がる救い難い暗黒。頭上で蜘蛛の糸を切ってしまう釈迦の無念。

つらつら書き連ねても、何れも一筋縄ではいかないことに戸惑いを覚える。

こんな難解な思想的背景を持つ物語を「児童文学」として発表した芥川の神経を疑ったものだが、それを平気で「読書感想文」の題材にしてしまうセンセイの能天気さ。

この底の浅い感想文はそんなセンセイの能天気さに対する痛棒なんだな、きっと\(^o^)/

とにかく、どれもこれも誠に面白いので、是非ともご一読を。

「警告」文にも味がある。

パクリ・コピペがばれて問題になっても当サイトは一切の責任を負いません

評価担当のセンセイがパソコンを使いこなしている場合

使用にあたっては十分な注意が必要です

評価担当のセンセイを普段から観察するのはすごく大切です

すごいね。すごい識見だ\(^o^)/

本を読むという行為は、人の知識欲を刺激し、未体験ゾーンに引き込まれるゾクゾクとした緊張感に満たされた喜びだと思う。

だから子供達は本に夢中になったのだし、自分で何かを書いてみたいという欲望も生まれてくるわけだ。

だが、そんな楽しい行為であっても、その後で「読書感想文を提出すること」なんて言われたんでは、誰だってやる気をなくすことだろう。

小説家の丸谷才一さんが、その著作「桜もさよならも日本語」の中で、「たとへ話でゆかう。男の子が十八人ゐるとき、これから二つのチームで野球をしようと提案すれば、みんな大喜びするはずだ。しかし、試合の経過をあとでめいめいが作文に書くといふ義務を付け加へれば、一人残らずゲンナリするにちがいひない。読後感を書かせるのはこれとまつたく同じことで、読書から喜びを奪ふ」と書いているのは正しく正論なのである。

さあ、子供達よ、下らない読書感想文なんてものに頭を悩まさず、コピペしてやっつけよう。

そして、青空の下で思いっきり夏休みを楽しもう\(^o^)/

でも、遊び疲れた体を休めるために、ときには本を読んで物語の主人公になろう。きっとどきどきするような空想の世界に遊ぶことが出来るから。

ただ、大学生あたりが、卒論やレポートを書くに当たって、他人のレポートをそのままコピペするという行為は、小学生や中学生の読書感想文におけるそれと同列に扱うわけにはいかない。

大学という場所は、専門的な分野における知識を身につけ、それによって自分の思想を形作る学究の徒が通うべき場所なのであり、卒論や課題研究のためのレポートは、そうした考察の元に形作られた思想を文章に落としたものであるはずなのだから。

こんな、大学生として一番大事な部分をコピペで済まそうとするような輩は、大学などに通う必要自体がないといわざるを得ない。

親に学費を出してもらっているのであれば、余りにも親が気の毒だ(^_^;





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