平安時代の貴族の子供も装束を着ます。(当然ですわな)このページでは、子供の着る物についてご紹介しましょう。
ここでご紹介するのは「産着細長(うぶぎのほそなが)」という装束です。名前の通り、赤ちゃんの着る物で、見ると細長い格好をしています。
こんなんです。
細長細長、といってますが「細長の袍(ほそながのほう)」と呼ばれる長い衣の下に、白い単衣を重ねています。単衣は袖だけ少し見えています。細長は表白、裏濃色の桜襲(さくらがさね)。紋は小葵です。単衣は白の繁菱(しげびし)になっています。特徴的なのは・・・両腋と前身頃・後ろ身頃が途中までしか縫っていないので、裾が細く分かれます。どういう形になるかは後ほど。
で、産着細長のときには袴はつけません。なぜかっていうと・・・赤ちゃんはオムツをしているから(らしい)。
オムツは替えたりしたことのある方はご存じだと思いますが、裾がぱっとはだけちゃったほうが楽なんですよね。
袴なぞつけていると、いちいちオムツ替えのときに袴とらなくちゃならないですからねえ。で、オムツがとれると袴がつけられるんですが、この時が「着袴(ちゃくこ:ちゃっこ、と音便化して読んじゃってますが)」もしくは「袴着(はかまぎ)」といって一つの成長の儀礼になってますね。袴がつけられるまで成長しましたよ〜ってことで。今の七五三の起源の一つとされてます。
で、こんな長いのは当然赤ちゃんが着ても裾はあまります。
生後2ヶ月くらいの子むぐらに着せてみたところです。(下に敷いてあるのはタオルです(^^; 毛氈でも敷けばよかった)この時で身長60pくらいだったかな?(←検診で計ってもらった以外に自分で記録とってない手抜き母)
片足を上げているので、足がどの辺に来ているかお分かりいただけると思いますが、ほとんど「着ている」というよりは布団状態ですね。
こんなんは当然?といおうか、着せるのは儀式などですね。「紫式部日記絵巻」でも、産養(うぶやしない:要するに誕生のお祝いの会です)の際、中宮彰子が産まれたばかりの御子を抱いている絵があるんですが、その時に御子が身につけている装束がこの細長かと言われています。著作権の問題で紫式部日記の画像は載せられません。申し訳ございません。m(_ _)m
上の続きです。実際に着てるとこんな感じ。
京都の風俗博物館で撮影しました。(注:ここは展示してある御帳台に入り込んで写真を撮ったり出来ます。その節はどうもありがとうございました。) |
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写真を撮ったときにはもう生後6ヶ月になっていたので、足をバタバタさせます。で、ちゃんときれいに裾を整えてもすぐこうなりますです。 前と後ろの身頃と、両脇が途中までしか縫い合わされていないので裾が分かれているのが良くおわかりいただけるのでは。 動きがあったほうが裏地の色もよく見えますね。 でもこのフォルムって・・・・いか。 |
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単衣も両腋は縫っていないので前を打ち合わせただけで着せています。 狩衣など、活動的な装束だと両腋を縫わないっていうのはよくありますね。これも子供のものだから動きやすいようにしているんじゃないでしょうか。
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飾り花のことなど
産着細長についている綣糸の飾りがもっとよく見たい、というご要望があったのでご紹介します。
糸で作った松、紅白の梅に鶴がついています。鶴は折り鶴が着けられていますが、昔はどうだったんでしょうか?金とか銀で作ったりしたかも? |
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