Last Updated 17 MAR. 2008 [ver.2.1]
※このページの人名表記は、取り上げている本の表記に従って、すべて日本語を使用しました。
ある日本のロレンスファンと文通していたとき、その人がロレンスを知ったきっかけは児童書だったという話を聞いた。著者はおそらく中野好夫だったという。
およそ60ページと、分量はそう多くないものの、書簡をはじめ、グレイヴズやリデル=ハートの証言も引用しながら、しっかりロレンスの全生涯を描いている(挿絵は向井潤吉)。しかも、あくまでロレンスを「夢砕かれた理想主義者」として同情的に、神秘的に描いているのが特徴だ。一部を引用してみよう。
ロレンスは有名な人になろうなどと、ただの一度も考えたことがありませんでした。
英雄になろうと思って、アラビアの砂漠へ出かけたのでもありません。ところが、イギリスへ帰ってみると、砂漠の指導者といわれ、国王製造者といわれ、王冠をつけていない帝王だといわれるようになってしまったのです。(p.184)
上記の中野好夫の「アラビアのロレンス」が「砂漠の王者」のタイトルで再録されたのは、そんな全集のひとつ、1962年講談社の『世界ジュニアノンフィクション全集』の第14巻(冒険編)。同時収録は「コンチキ号漂流記」「アルプス登山物語」「エベレストをめざして」と、ほぼ創元社のラインを踏襲している。以後、「砂漠の王者」のタイトルは、少なくとも2回、別の児童書に用いられている。
この本の刊行は、例の岩波新書改訂版が出る15ヵ月前のことで、おそらく当時の中野好夫には「改訂版」執筆の意思が皆無だったため、あっさり転用を許したのだろう。だが、創元社版では「中野好夫著」だったものが、講談社版では「ロレンス著、中野好夫訳」にすり替わっている。実際には(上の引用でもおわかりの通り)どう見てもロレンス作のはずはないのだが。
全20巻のシリーズは、小学校3〜5年生向きに「冒険・探検・偉人・動物等の興味あふれる話、胸をうつ話」を集めた読み物ということになっていて、各9〜8編ほどの短編で構成されている。このロレンスの巻も、狼に育てられたインドの少女の話とか、マーガレット・ミードの観察したある島民の話、「ソビエト動物記」に間宮林蔵、ナポレオン、自動車の発明、蒸気機関車……といった具合に、はっきりいって一貫性がない。ロレンスの表紙に引かれてこの本を手に取った子どもには、混乱した印象だけが残るのではなかろうか。
そもそも、著者の神戸淳吉はロレンス研究者ではなく、アラビア時代に焦点を当てたその内容は、大人の批評に耐えるものではない。「なあに、トルコ兵につかまるわしではない」と豪語し、「アラビア王や王子をはじめ、おおくのアラビア人たち」に「神さまのようにあがめ」られ、ラストに「おめでとう。アラビアのみなさん、おめでとう。おめでとう」と笑顔を見せるロレンスに、ただもう、苦笑するのみである。ちなみに、同全集第17巻には「さばくの王者イブン・サウド」が入っている。
しかし何ともズレているのは、写真のキャプション。ロレンスとローウェル・トマスが一緒の写真に添えて「いばる軍人たちを、ロレンスは、ふふんとはなでわらうのだった」とか、ラクダの写真の下には「サイクス=ピコ協定は、ほんとうにアラブ人の利益を守ることになるだろうか」とか、明らかに現代のベドウィンたちの写真に「ロレンスは、みんなにしたわれた」、ファイサルが腕組みしている写真には「なやむファイザル」――思わず「違うだろ〜が!」とつっこみを入れたくなる。ともあれ、一見の価値のある伝記であることは間違いない。どこかの古本屋で見つけた方は、即購入の上、当方までご連絡を![*1]
このシリーズは「少年少女に希望と勇気を与える20世紀の人間記録」を全体のテーマとし、コンチキ号、ヘディン、南極観測隊や宇宙船の話を取り上げている。その他、東京五輪の「東洋の魔女」(といって何を指すかわかりますか、お若いみなさん?)、ケネディ、サーカス、FBIなどが入っているのがまさに時代を表していて興味深い。全15巻。
ロレンスは物語の冒頭で「きっと、アラビアの独立を成功させてやる!」と堅く心に誓い、真ん中へんでは「祖国イギリスが、独立運動を利用して、わたしの愛するアラビアをだまそうとしている」のかと疑いつつもアラブのために戦い、最後には「これ以上わたしがアラビアにのさばっていたら、よけいなおせわということになりますからね」と潔く去ってゆく。そこにいるのは、純粋な心でアラブを愛した、高潔な英国人だ――少々、使う言葉が俗っぽいにしても。
巻末に学習院大学教授・金沢 真の解説入り。挿絵担当は、式部本一郎。
シリーズ全20巻のコンセプトは「不滅の古典・新鮮なノンフィクション」ということで、アルプスにエベレスト、ビーグル号にコンチキ号、南極に北極探検、ヘディン、シュリーマン、シュバイツァーといったラインナップ。講談社版と比べると、古典の占める割合が高いようだ。
ついでながら、このシリーズの他、しばしばノンフィクション全集に取り上げられている「世界最悪の旅」の著者チェリー=ガラード (1886-1959) は、スコット大佐の南極探検隊に参加した人物で、ロレンスの友人でもあった。T. E. LAWRENCE BY HIS FRIENDS に回想録を残している。さらに、スコット大佐の未亡人で彫刻家のキャスリーンは、ロレンス本人と弟のアーノルドの彫像を作ったことでも知られる。というわけで、「南極探検」と「砂漠の反乱」は案外近い関係にあるのだ。
なお、1968年小峰書店の『偉人の研究事典』にケマル・アタチュルクとイブン・サウードのページはあるが、ロレンスの掲載はない。
そんな手法で各国史を扱ったのが、1972年さ・え・ら書房の『この民族が歩いた道』全8巻。その第5巻で、中村英勝(なかむら・ひでかつ b.1917)が「イギリス人――七つの海の王者」を書いている。ロンドン留学中の歴史学者が、中1と小5の子どもに手紙で英国史を語る形式で、アルフレッド大王、シェイクスピア、チャールズ1世とクロムウェル、ヴィクトリア女王、ナイチンゲール、ロレンスなどが登場。有斐閣の『イギリス議会史』でおなじみの著者らしく、しっかり議会史にもページを割いている。
ロレンスが言及されるのは、もちろん第一次大戦の文脈において。ページ数はわずか10枚ながら、サイクス−ピコ協定の存在を耳にして、アラブ人に対し「顔もあげられぬほどのはずかしさを感じ」、「このうえは、身も心もアラブ反乱にささげよう」と決心する、良心ある理想主義者として描かれている。なお、中村英勝は1959年河出書房新社の『西洋史物語・8 エルベの誓い』でもロレンスを取り上げている。
著者は『ケマル・パシャ伝』(新潮選書・1984)を書いた大島直政(おおしま・なおまさ b.1942)で、「あらし」というのは、戦後ケマルがトルコを近代的な世俗国家にした大改革を形容した言葉というわけ。数ページロレンスが言及されているが、さほど悪玉扱いはされていない。ベルサイユ講和会議では「アラブ人の代表であるファイサル皇太子のためできるかぎりの力をつくし」、「祖国イギリスのアラブ人にたいするやくそくやぶりの責任をとって、代表団から辞職」した良心ある人間になっている。
ともあれ、児童書でケマルが取り上げられるのはきわめて珍しい。これ以前には、1958年宝文館の『少年少女世界伝記全集』第7巻(国を愛した人びと)に短く言及されている程度だ。学研もなかなか味なことをする(地味なのは否めないが)。全12巻。
執筆者は高校教諭の中島正徳という人で、「砂ばくをかける男・アラビアのロレンス」と題し、中野好夫の路線にそって35ページでロレンスの誕生から死までを描く。ときどき、太字で世界史学習上重要な出来事を強調し、難しい用語にこまめに解説を入れているのは、いかにも「学研」らしい。「ロレンスの偉大さは、じぶんのうまれた国の利益にとらわれず、アラブの独立のために命をかけたことだった。そうした情熱に、アラブ人は心をうごかされた」などという記述は、いかにもナイーヴで感心しないが、当時の政治的背景や、その政治の前に一個人の理想や善意などはあまり力を持たないという歴史の現実は、きちんと描かれていると思う。
第9巻「現代1 戦争と平和」を書いているのは宇都宮大学教授の笠原十九司(かさはら・とくし b.1944)。ロレンスへの言及はわずか5ページほどながら、中野好夫によるロレンス像、そして当時出たばかりだったムーサ本『アラブが見たアラビアのロレンス』の見方を両方紹介し、「みる立場が変われば、歴史の見かたもちがってくる。アラビアのロレンスの話は、そうした『歴史の見かたをひっくりかえしてみる』ことのたいせつさを教えてくれる」とまとめている。
この他、児童向け事典類では、『コンサイス学習人名事典』(三省堂・1978, 1989)、『玉川児童百科大辞典』(誠文堂新光社・1986)、『教科書にでる人物学習事典』(学研・1986)、『図詳エリア教科事典』(学研・1988)等にロレンスの記述がある(ロレンスは、義務教育の教科書に出ているのだろうか?)。
ナイチンゲール、リヴィングストン、ダーウィン、ニュートンというのが、日本の児童書界における《英国偉人BIG4》だが[*3]、彼らの誰も、ロレンスのように特定の紹介者に依存していない。また、大ヒットした映像化作品があるわけでもない。《BIG4》に続くスタンリー(リヴィングストンを発見した探検家)、ハワード・カーター(ツタンカーメン王墓を発掘)、スティーヴンスン(蒸気機関車)、スコット大佐(南極探検)、チャーチル首相、キャプテン・クック、チャプリン、フレミング(ペニシリンの発見者)といったキャラクターも、それは同じだ。彼らは、おそらくいつの時代においても一定の評価が見込める《偉業》を成し遂げた人びとである。
だが、ロレンスはそうではない。彼の《偉業》に対する評価が一定していないことは、周知の通りだ。
ただ、アラブ現代史と西欧列強の関わりを語るのに、ロレンスは便利なキャラクターではある。そのロレンスが登場しないことで、日本の子どもが現代アラブやイスラームに触れる機会がますます少なくなるとしたら、残念というしかない。もっとも、ロレンスがらみの「アラビア」など、当のアラブ人にとってありがた迷惑かもしれないが。
中野好夫は児童向けにいったいどんなロレンス伝を書いていたのか? 手がかりを求めて図書館に行くと、何冊か、ロレンスを扱った児童書が見つかった。1956年から88年までに出版されたもので、すべて何らかのシリーズの一冊として刊行されている。誰が、どんなシリーズのなかで、どうロレンスを紹介したのか。それを年代順に探っていこうと思う。
元祖は中野好夫
トップを飾るのは、やはり中野好夫(なかの・よしお 1903-85)の「アラビアのロレンス」。収録されているのは、1953〜56年に東京創元社が刊行した『世界少年少女文学全集』(全50巻)である。これはこの種の全集もの元祖といわれ、児童文学の古典的名作を《完訳》で収めた画期的なシリーズだが、1956年に出た48巻目は『世界探検紀行集』と題されて6人の探検家――スコット大佐、シュリーマン、ヘディン、ロレンス、ウィンパー、ソ連の北極探検家たちが紹介されている。うち、スコット大佐とロレンスが中野好夫の担当だ。
ロレンスはすばらしい魅力のある声をもっていました。うっとりするような声で話しかけられると、だれでも思わず「はい」と答えてしまうのです。それに、にっこり笑う笑い方には、なんともいえないほど強く、人の心をひきつける力がありました。
トマス・エドワード・ロレンス――このふしぎな青年考古学者は、生まれながらに、人をひきつけ、人を動かす力をそなえていたのでした。(pp.140-41)
結びの文章は、以下の通り。(ある日本人――具体的には、郡 正三というハッジ [メッカ巡礼帰り。郡正三は1935年、他日本人3名と共に巡礼を果たした] の証言を根拠にしているという)
「やがてオーランスが帰ってくる。」
次にロレンスが名作文学の全集に入るのは、およそ20年後の1975年、小学館版『少年少女世界の名作(4)イギリス編(2)』である。児童文学作家、近藤 健(こんどう・けん b.1923)による「さばくの王者ロレンス」が収録されている。挿絵は小原拓也。タイトルをはじめ(後述)、中野好夫の本の影響を感じる記述が多い。「月のさばくを……」などというフレーズが、章のタイトルとして登場するのには苦笑させられる。注目したいのは、本人の写真や地図に加えて、鑑賞の手引きとして小学校教諭による「読書ノート」、さらに「おうちのかたへ」と題するガイドがついていること。「人間愛」と「歴史的事実」が物語を理解するキーワードに挙げてあり、「『アラビア民族の自由と独立』の願いは、地球上の全人類に対する、人間性の開発の願いと考えるほうが、ロレンスの心にあうと考えられます」(p.116)と、教育的配慮は充分だ。
すべてのアラビア人が、そう信じていました。オートバイを運転しそこなって、死んだというニュースがつたわっても、ほんとうだと思う者がありませんでした。
「いつかかならず、オーランスは帰ってきてくれる。」
今でもそう信じているアラビア人があります。オーランスはどこかで、アラビア人を見ていてくれるのだ。アラビア人があやうくなれば、ふたたび砂漠にあらわれてすくってくれるのだとかたく信じているのです。
ロレンスは死にました。
しかしオーランスは、今もなお、すべてのアラビア人の心の中に生きているのです。(p.192)
わたしの知る限り、ノンフィクションではなく、文学系の名作を集めた巻にロレンスが入ったのはこれ一冊しかない。ただしこれは小学館の編集方針によるものらしく、全55巻の全集のうち、6冊あるイギリス編には、おなじみ『アルプス登頂記』『エベレスト登頂』など、それぞれ少なくとも1編のノンフィクションが収録されている。イギリス編(2)の同時収録はキングズリーの『水の子トム』、スコットランド民話、『ロビン・フッドの冒険』(挿絵は花村えい子!)、ブースビーの『魔法医師ニコラ』と、ややユニークな取り合わせ。
ノンフィクション全集の1960年代
さて、ここで1960年代に戻ってみよう。日本が著しい経済的発展をとげた高度成長期、児童書業界に《ノンフィクション》全集ブームが到来する。歴史的探検の実録や科学上の発見を紹介し、人間の持つ無限の可能性を伝えることを主眼に、あかね書房、講談社、小峰書店、偕成社、実業之日本社といった出版社から十種類を越す全集が刊行された。だが、「偉人伝」系全集が現在でもコンスタントに刊行されているのとは対照的に、ノンフィクション系は1970年代に入ると「焼き直し」が何点か出たのみで、以後すっかり奮わなくなったジャンルである。
さて、次にロレンスが取り上げられたのは、1964年小峰書店の『こどもノンフィクション』第4巻。「アラビアのロレンス」のタイトルで、堂々表紙もロレンスが飾っているが、実際の記述は30ページほど。著者は児童文学作家の神戸淳吉(かんべ・じゅんきち b.1920)、挿絵はおなじみ寺島龍一だ。
さて、1966年には「真打ち」が登場した。かの中野好夫が、完全書き下ろしで、一巻ものの児童向き伝記小説「アラビアのロレンス」を刊行したのである。講談社の『少年少女世界の名著』第11巻に収められており、イラスト(永井潔・画)のみならず非常に多数の写真が惜しみなく使われていて、ビジュアル的にも充実している(しかも、和書ではこの本だけで見ることのできる貴重な写真が何枚も入っている!)。これまた「ロレンス著、中野好夫訳」になっているのは笑えるが、中野は東京創元社版に続いて、ロレンスをひたすら「悲劇の英雄」「アラブに尽くした誠実な人間」として描いている。また、ローウェル・トマスとロレンスの出会い(この場面はトマスによる回想録を出典とする)等における脚色を見ていると、中野好夫は(伝記ではなく)また別の「映画脚本」を書くことを楽しんだのではないか、とも思える。
ある日、トマスは軍政長官のストーズにたずねました。
事典類を含めた児童書のなかで、ロレンスの両親の駆け落ちに触れているのはこの本しかない。もっとも、さすがにデラア事件に関する言及はなし。
「オーランスとかいう、あのベドウィンの服を着た男――あれはいったい、なにものなのですか。」
ストーズはおどろいたように、トマスをつくづくと見ました。
「それでもきみは、従軍記者かね。ロレンスさ、ダイナマイト王だよ。」
ロレンス? ダイナマイト王? トマスは口の中で、ぼんやりくりかえしました。
そして、とつぜん、はじかれたように立ちあがったのでした。
「あれが、あのロレンスなのですか。ほんとうに?」
ロレンス。
かずかぎりない鉄道爆破をやったために、ダイナマイト王とあだなされている男。
アラブ反乱の指導者。
無冠の帝王。
さまざまなうわさを、トマスは思いだしていました。
「ほんとうに、あのロレンスなのですか。」
こたえるかわりに、ストーズはとなりのへやにつづくドアをおしました。
いすにながながと足をのばして、ひとり、ぶあつい書物によみふけっている男。
それはたしかに、あのオーランスだったのでした。(pp.15-16)
次に登場するのは、ロレンスの『沙漠の反乱』の抄訳「砂漠の王者」。児童文学作家、野田開作(のだ・かいさく b.1920)の抄訳で『少年少女世界の名著』第7巻に入った。上記の講談社のシリーズと同じタイトルなのでまぎらわしいが、こちらは1969年偕成社の刊行である。同時収録されているのはアメリカの歴史家フランシス・パークマンの「未知の西部をゆく(THE OREGON TRAIL)」で、「沙漠のベドウィン」+「西部のインディアン」という、うなずけるような、うなずけないような組み合わせ。しかも野田開作といえば、同じ偕成社の『名探偵ホームズ』全集(1971-74)における度の過ぎた「翻案」で悪名高い作家である。この「砂漠の王者」も、抄訳とは名ばかりで、明らかに翻案といったほうが適切だ。
物語世界史のなかで
さて、児童書の世界では、ノンフィクションや伝記文学と平行して、歴史物のジャンルがある。物語を用いて世界や日本の歴史を語るシリーズは1950年代から出ているが、1970年代に入って、特に人物史を通じて歴史を浮き上がらせる手法が目立つようになってきた[*2]。執筆も、児童文学作家ではなく、きちんとした学者、研究者が担当している。
1983年に出た学研の『物語世界史』第11巻は興味深い。「中東のあらし」と題する話が巻頭に入っているからだ。同時掲載は、ピカソにヒトラー、アンネ・フランク、そしてルーズベルト夫人エリノア伝。さて、「中東のあらし」で扱っているのは誰だと思います? これが実は、トルコのケマル・アタチュルクなのだ。
その学研から、1985年に似たようなテーマの『人物世界の歴史』(全10巻)が出た。前回に比べカラー図版を増やして、画面の華やかさを狙っている。今度はケマルは人選からもれ(ムスリムから選ばれたのは、マホメットとアクバル大帝の2人だけ)、ロレンスが堂々浮上。しかし今度の抱き合わせもおもしろい。第9巻、「ガンジーと民族のめざめ」に孫文、ガンジー、レーニンと並んで取り上げられたのだから。キャッチフレーズは「苦悶する情熱の人物」。
以上のような、中野好夫が敷設した「悲劇の英雄」路線を忠実にたどった児童書ばかりのなかで、一番印象に残ったのは、1988年大月書店の『ファミリー版 世界と日本の歴史』全12巻である。児童のみならず、大人も視野に入れた編集ということで、従来の歴史書ではあまり触れられていない事柄や、庶民の視点などを意欲的に取り入れている。また、西洋史と日本史を分けずに扱っている点も新しい。
終わりに
以上、児童書界におけるロレンスを見てきて、つくづく思うのは、中野好夫の影響、そして映画の影響の大きさである。両者の存在がなければ、(大人の本の世界同様)ロレンスが日本の児童書に取り上げられることはおそらくなかっただろう。
現在、公共図書館の児童書コーナーにおいて、ロレンスの名前を背表紙に見つけることは難しい。この先、児童書にロレンスが取り上げられる可能性も低い。あっても、《物語世界史もの》の、ほんの彩り程度だろう。だが、わたしはそれをあまり残念とは思わない。わたしの考えるロレンスの魅力――人間の多面性、複雑さを描くのに、児童書は制約が多すぎるからだ。
[*1] 中野好夫は戦前にも児童向けロレンス伝を書いていたらしい。
冒頭に触れたのとはまた別の友人からの情報だが、その友人の母親は、戦前の少女時代に読んだことがあるそうだ。1941年頃の出版と思われるが、残念ながら、現在までに編纂された中野好夫の書誌(『中野好夫集・8』筑摩書房・1985、『沖縄文化研究・12』法政大学沖縄文化研究所・1986)に児童書は一切含まれていないし、該当する本は国立国会図書館や都立日比谷図書館の児童書目録にも見当たらない。また、他にそれを読んだという人にも会ったことはない。
だが、『ガリヴァー旅行記』『シェークスピア物語』『ジャングル・ブック』など、英文学の児童向き翻案を多数残した中野のこと、戦前から児童書に関わっていた可能性はきわめて高いと思う。もしもこの戦前の中野作品について何かご存じの方がいたら、ぜひご連絡ください!
[*2] 最も初期のシリーズに1959〜60年の『人物で学ぶ世界の歴史』(東洋館出版社)がある。
[*3] 都立日比谷図書館児童書目録から、該当伝記の冊数で判断した八木谷の見解。なお都立日比谷図書館には、都内随一の児童書の蔵書がある。