アメリカ女性作家によるタイムスリップ・歴史ロマンス。イングランド旅行中のアメリカ人現代女性ダグレスと、16世紀のイングランド貴族ニコラスが恋に落ち、時空を超えて求め合う。
ユーモラスな味付けとロマンチックな展開、エリザベス朝イングランド社会の時代背景がよく書き込まれていて、そこらのロマンス小説とはひと味違うエンターテインメントになっている。20世紀と16世紀の女性の生き方はどう違うか? なんてことも考えさせられる。なお、訳文で、Lady を普通名詞としては「レディー」、称号としては「レイディー」と表記し分けてあり、なるほどこういう手もあったか、と感心。
俳優、そして著述家としても知られた Dirk Bogarde (1921-99) が、1967年から72年にかけて、アメリカに住む“ミセスX”に宛てた書簡を、本人が編集したもの。この夫人がかつて住んでいた館を Bogarde が買い取った縁で、ふたりは文通することになったが、生涯顔を合わせることも会話を交わすこともなく、1972年の夫人の死亡とともにこの交流は終わる。
さほど期待もなく読んだのだが、おもしろかった。シシングハーストを訪れて Harold Nicolson の姿を見たこと、女優 Vivien Leigh (1913-67) と映画監督 Anthony Asquith (1902-68) の葬式、John F. Kennedy が暗殺された当日に女王と共にした昼食会、Luchino Visconti (1906-76) による『地獄に堕ちた勇者ども』のロケ、『ヴェニスに死す』の話題など、臨場感たっぷり。
子どもの頃見かけたという Virginia Woolf (1882-1941) の話、女優 Gradys Cooper や Edith Evans(クリスチャン・サイエンスの信者だとか)の記述が興味深い。
彼が出演した映画『いけにえ』が、英国の成人男性の同性愛合法化に一役買ったことを初めて知った。自伝も読んでみたいが、まだ翻訳されていないのが残念。
HISTORY OF THE BRITISH ARMY の著者であり、1905〜26年にはウィンザー城図書館長を務めた John William Fortescue(第3代 Fortescue 伯爵の五男)は、Thomas Hardy の邸宅 Max Gate で一人の女性と出会う。相手は、牧師の娘で、自活するため女優の職に就いていた Winifred Beech (1888-1951)。そして1914年、55歳の Fortescue は26歳の彼女を妻に迎えた。本書は、その Winifred の自伝である。
第一次大戦前の牧師一家、女優、国王(George V)の側近、そして1920年代前半の売れっ子デザイナーの生活が同時に読めるユニークな本。Duchess of Marlborough (Consuelo)、G. B. Shaw、Thomas Hardy、Sir Edward Elgar らも登場する。
訳者あとがきに「ジョージ五世は伯爵の称号を授け」とあるのは間違い。Fortescue に授けられたのは「K. C. V. O.」、つまり Sir の称号である。1994年には、南仏での生活を綴った『プロヴァンスの青い海と空』(原著1935年刊/読売新聞社)の翻訳も出ている。
著名な英国の経済史学者 William Woodruff (b.1916) の自叙伝。Blackburn (Lancashire) の綿業労働者の家に生まれ、13歳で義務教育を終え、食料品店で配達の仕事に就き、16歳でロンドンに出るまでが1巻目の内容。数少ない、労働者階級の実態を描いたものとして貴重だ。
実際、労働者階級の出身者が、自分の階級のことを語った自伝は少ない。そもそも読むに耐えるものを書く能力のある者が限られることに加え、(成功した者ほど)自分の出自を隠したいという気持ちも働くだろう。だが、Woodruff は違う。学者として、冷静な筆致でたんたんと自らの背景を語る――一家の短期のアメリカ暮らし、貧民街の生活、カトリック系小学校の教育、11歳から働きだしたこと(もちろん、一家の飢えをしのぐための働き手としてであり、ただの小遣い稼ぎではない)、憧れの保養地 Blackpool での休暇、他人のほどこしを拒んで飢死していった祖母。
なにより(わたしにとって)参考になったのは、イングランド労働者階級の教会観の一端がわかることだ。Woodruff によれば、決して宗教によって遊び友だちが限定されることはなかったという。本当に興味深い内容で、あっという間に読んでしまった。
翻訳で、black pudding を「ブラック・プリン」と訳してあるのには苦笑。これは豚の血と suet で作った黒っぽいソーセージのことである(ついでながら、お上品な人は口に入れない種類の食べ物)。
それにしても、『社会史の証人』というお堅いタイトルはなんとかならなかったのかと思う。
Bertrand Russell をはじめ、Oden グループに対して「実生活からかけ離れ、虚偽で寄生的で退屈」「彼らが代表していたのは、第一次大戦と大恐慌に起因するイギリスのエリートのあいだの心身の病気の一つにすぎなかった」と切り捨てているが、彼のイースト・エンドでの体験を読んだあとでは、実に説得力がある。
戦争中の兵卒としての体験は、ロレンスと共通する部分があっておもしろい。また、彼はロレンスとよく似たオートバイ事故に遭うのだが、ヘルメットのおかげで一命を取りとめている。
タイトル『平和主義と戦争のはざまで』というのは、確かに内容には即しているが、1巻目と同様魅力がない。せっかくの素晴らしい本なのに、惜しいことだ。
日本の英文学会の重鎮・斎藤 勇 (1887-1982) の親友で、中野好夫の恩師である英国詩人 Blunden (1896-1974) は、東大に単身赴任中、林アキ (1889-1962) というインテリの女性教師に出逢う。ふたりは愛しあう仲になり、Blunden は1927年、彼女を連れて英国に帰国。以後アキは二度と日本に帰ることなく、また、Blunden と正式に結婚することもなく、愛する男のアシスタントとなって献身し、ロンドンで孤独な生涯を終えた。
本書は、Blunden の未亡人に書簡の整理を頼まれた日本の女性研究者が、このユニークな愛の軌跡を描いたもの。ただし、初めて公になったアキの存在が、Blunden 崇拝者にとって、とても許容しがたいものだったことは想像に難くない。著者がこの研究を1981年10月の「タイムズ文芸付録」に発表したところ、さっそく中野好夫による反撃があったという。(この反撃――『英語青年』1982年5月号を見たが、著者の「ボロ」をいくつか指摘し、「この peeping Tom 的好奇心……まさにわが週刊誌並」「教訓――幾多苦い先例もあり、迂闊に女性に信書など送るべからず」と締めくくっている)
正直いって、その後アキをさしおいて2度も結婚した Blunden に対しては「日本の女をなめるな!」と怒りを感じた。だが、アキのように教養があって、しかも平均以下の容貌の女性にとっては、著名文学者の下働き(コピー機のない時代の大英博物館で、指定の資料を筆写したりした)というのも自分を活かすひとつの<職業選択>だったのかとも思う。明治女らしく、あくまで日陰の身に徹したところは、歯がゆい気がするが。彼女の墓がどこにあるのか知りたいものだ。ちなみに、宮城県の松島公園、広島市宮島平和公園、伊東市、松山市に Blunden の記念碑がある。また、エリザベス・グレイ・ヴァイニング『皇太子の窓』(文藝春秋・1952, 1989)によると、現天皇が皇太子だった1950年、初めてホスト役を務めた晩餐会の主賓はこの Blunden 夫妻だった。
本書には斎藤 勇のインタヴューも収録されており、Blunden の東大招聘にまつわる事情もわかる。
かの大女優 Marlene Dietrich (1901-92) のひとり娘 Maria Riva (b.1924) が語る母の肖像。まさに、身内にしか描けない赤裸々な内容には唖然というか驚嘆というか、さすがというか。「お蕎麦ばかり食べていてはこういうスタミナはないわな……さすがは肉食人種」と感心してしまった。ロレンス関係者としては、Noel Coward や George Bernard Shaw が出てくる。この大女優と共に、激動の20世紀史をたどるのもおもしろい。
今まで、Dietrich に関する年代(本人の生年、娘の生年、アメリカ市民権を取った年など)は資料によって混乱があったが、この本によってすっきりした。
しかし『レベッカ』や『哀愁』に出演していた英国の俳優 Sir (Charles) Aubrey Smith (1863-1948) に対して「未詳。イギリスの俳優か」(下巻 p.85)なんて訳注がついていたり、著者の姓が奥付では Riva、ジャケットでは Raiva になっているのは情けない。
一時期 Dietrich の愛人だったレズビアン、“ジョー”・カーステアズ (1900-93) の生涯を描いた、ケイト・サマースケイル『ネヴァーランドの女王』金子宣子・訳/新潮社・1999(Kate Summerscale, The Queen of Whale Cay, 1997)も併読すると一層興味深い。いやしかし、ほんと、欧米人の風変わりさってのは桁違いですねえ、しみじみ。
●林 信吾『イギリス・シンドローム――私はいかにして「反・イギリス真理教徒」となったか』KKベストセラーズ・1998
著者は1983年に渡英し、「英国ニュースダイジェスト」記者や「欧州ジャーナル」編集長を務めたはやし・しんご (b.1958) 。1994年中央公論社刊『英国ありのまま』でも、林望の英国ビール評に疑問を呈していたが、この2作目では徹底して、流行の“イギリス礼賛本”(林 望、レディ・マークス等)をめった切り。なぜ日本のインテリたちが英国礼賛(これを著者は「イギリス真理教」と命名)・日本こきおろしに走るのかを分析し、かつ、階級を軸に、自前の英国評を提供する。
これほど、楽しんで読めた英国本は久しぶり。林 望らの本を読んで、「なんか違うな。何か違うのかよくわかんないけど、なんか違う気がする」と首をひねっていたあなた。ここに解答がある!
「要は、外国に出て、異文化の中で育ってきた外国人と対等につき合えるような日本人になるためには、外国の文化を学ぶ以前に、日本文化の中で育った人間として、確立した自己を持っていなければ駄目なのだ、ということである。さらに言えば、もともと立脚点の違うふたつの文化を比べて優劣を論ずるなど、馬鹿げたことではないか」(pp.135-36)
これまた、学者・インテリ系“イギリス礼賛本”に一矢報いた快作。1942年生まれで、英国人と一時結婚し、英国でメイドやハウスキーパーとして働いた、たかお・けいこが英国の両極端――金持ちと貧乏人――の生活を描く。彼女の見解では、サッチャー政権の教育予算削減が今の英国の荒廃を招いたという。やたらとマークス&スペンサー製衣料品のひどさに言及していたり、結婚で日本国籍を捨てなくてよかったと書いていることから見て、マークス寿子を意識しているのは確か。英国の綿製品の質が悪いことを初めて知った。
『エイリアン』『ブラック・レイン』の監督リドリー・スコットのロンドン邸での勤務生活は興味深い。特に、スコットの母上のゴーマンぶりには爆笑! この日英の女性の交流、TVでドラマ化されないだろうか。いや、その前に、英訳して英国でも出版してほしい。
ちなみに、「私は英国人のことを白熊さんと呼んでいる。肌がどこの国の人より白くて、体はオランダ人に次いで大きく、男も女もよく太っていて、ぼんやりとした顔をしているからだ」(p.90) という著者の見解を英国人にいってみたら、「白熊だなんて思わない。英国人の動きはそんなに遅くないし、体つきもヨーロッパでは平均の大きさだ。一番でかいのはなんといっても北欧人だよ」という反応が返ってきた。
続編に『イギリス人はかなしい――女ひとりワーキングクラスとして英国で暮らす』(展望社・1998)、『イギリス人はしたたか』(展望社・1999)、『わたしのイギリス、あなたのニッポン』(展望社・2001)がある。
児童文学、いや、historical fiction のファンなら知らぬ者がいない Rosemary Sutcliff (1920-92)。なにがすごいといって、その想像力には敬服するしかない。なぜに、なぜに一生を車椅子ですごした女性に、これだけ生き生きと、青銅器時代やローマ帝国時代のブリテン、キリスト教化以前のスコットランドに生きた人間たちを描くことができたのか? 不思議であり、またこの上ない幸運でもある。わたしたちは現代の日本に生きながら、Sutcliff の本を開けば、すぐに千数百年前のブリテン島にワープできるのだから。
岩波書店から猪熊葉子の訳で『第九軍団のワシ』 (1954)、『銀の枝』 (1957)、『ともしびをかかげて』 (1959)、『太陽の戦士』 (1958)、『運命の騎士』(写真) (1960)、『王のしるし』 (1965) などの作品が出ている(括弧内は原著の刊行年)。他に、『はるかスコットランドの丘を越えて』『ベーオウルフ』など。晩年の作品『血と砂――愛と死のアラビア』のレビューはこちら。
自伝『思い出の青い丘』(岩波書店・1985)も興味深い。
14世紀のイングランドを舞台にした Barbara Leonie Picard (b.1917) の児童文学。上記 Sutcliff と同じ路線で、同じく、愛するものとの別離を乗り越えて人が成長し、ひとりの<自分>として生きることの大切さを考えさせてくれる逸品。
第二次大戦前のイングランドに興味があるなら、絶対のおすすめは Ruth Elwin Harris (b.1935) の「ヒルクレストの娘たち」のシリーズ。図書館では<ヤング・アダルト>のコーナーに分類される、ティーン向けのフィクションだ。
1910年、舞台はサマーセットの小さな村。パーセル海軍中佐の未亡人が、教区牧師に4人の娘の後見を頼んだ後、息を引き取る。長女フランセスは17歳、末っ子セーラはまだ7歳。こうしてパーセル姉妹は、牧師のマッケンジー一家の庇護の元、肩を寄せあい「ヒルクレスト」館で自活していくことになった。フランセスは強い意志をつらぬき、スレイド美術学校に入学して画家をめざす。そんなフランセスを熱愛するマッケンジー家の長男ガブリエルは、ケンブリッジ大学のフェローの座を手に入れる。だが大戦勃発とともにマッケンジー家の3人の息子は出征し……
といったストーリー展開で、4人姉妹それぞれの観点から重層的に物語が語られる。逆にいうと、続けて4冊読まないと味わいが半減するだろう。6巻まで続刊予定。
フィクションとはいえ、Bloomsbury Group 周辺(Rupert Brooke 含む)の伝記を愛好する者には、実に味わい深い。Frances、Gwen、Geoffrey などという登場人物の名前からして『思い出のケンブリッジ』を連想させる(実際、Frances Cornford への言及有)。パーセル家の次女ジュリアが従軍看護婦になるくだりは、Lucy Boston の自伝と重なる。サマーセットの自然描写も素晴らしい。英国でのシリーズ名は「The Quantocks Quartet」(Quantock とは、Somerset 州西部の丘陵のこと)。
そして、何よりわたしがこの4冊を読んで考えさせられたのは、ロレンスの戦死した弟2人のこと、そしてオックスフォドに残された家族のことだった。今までついつい、戦争に参加する方ばかりに(男の観点から)目がいっていたが、銃後の女性たちはどんな思いでいたのだろう? Will には Janet という婚約者のいたことが判明しているが、三男 Frank を想う女性はいたのだろうか?(きっといたのだろう。そう考えたい)
本に関して難をいえば、カバージャケットの Emma Chichester Clark の絵にはがっくり。そこら(日本)の「絵がうまい女子中学生」が描いたみたいで、まったく魅力がない。(第1巻の表紙は、 Rupert Brooke が住んでいた Old Vicarage がモデルか?)
1924年生まれの著者 Rosamunde Pilcher とほぼ同世代の女性ペネラピを軸に、3代に渡る家族の愛と死を描く。物語はグロスターシャー、ロンドン、イビサ島で展開し、特にコーンワルの情景が印象的。題名は、主人公の父であるラファエロ前派の画家が残した絵のタイトル。
通俗的な Barbara Taylor Bladford に比べると、一世代分だけ上品な小説。
スコットランド高地地方を舞台に、見事な構成で描くふたつの「家族」の物語。『シェルシーカーズ』と共通のキャラクターが登場する。「文学」というほど気取っておらず、「ロマンス」というほど俗っぽくなくて、かつ、読み応えたっぷり。
アメリカ人夫婦が親戚を捜しにウェイルズを訪れるノンフィクション。心温まるクリスマス向けの一冊。
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■ 英国の学童疎開関連書 ■ 第二次大戦中の英国の学童疎開に言及のある本を読んだのは、Agatha Chirstie の短篇『三匹のめくらのねずみ』 (1949)が初めてだったと記憶する。これは、疎開先の農家で虐待され死んだ子どもの復讐譚だった。また、同じ著者による『暗い抱擁』(1947) にも疎開の話が登場する。 とはいえ、<疎開>というと、日本の疎開のイメージ――田舎の広いお寺などに、ひとつの学校のクラスがまるまる移る、あるいは縁故を頼って農家に身を寄せるという情景を思い浮かべる人が多いのではないだろうか? だが、英国では事情が違う。都会からの疎開者を受け入れたのは、ただ部屋にゆとりがあるというだけの、特に縁故のない一般家庭だった。 そんな英国の学童疎開について描いた本をピックアップしてみたい。 ヨーロッパの学童疎開について、日本では歴史学者の間でも今まであまり注目されていなかったが、ようやく1990年代になって研究書や翻訳がぽつぽつ出てきた。 ●奥田継夫『世界にも学童疎開があった』日本機関誌出版センター・1990 ●ベン・ウィックス『ぼくたちの戦争』都留信夫、都留敬子・共訳/アリエス書房・1992 ●イリスの会・編著『切りとられた時――イギリスとドイツ 第二次大戦下の学童疎開』阿吽社・1993 最後の本は、日本の学童疎開を研究した女性グループが、イギリス、ドイツに範囲を広げて研究したもの。すぐれた文章力でうまくまとまっている。
歴史家 A. J. P. Taylor の言に「ドイツ空軍が、イギリスの福祉国家のための有力な使者となった」というのがある。いかなる意味かといえば、第二次大戦勃発後、ドイツ空軍の空襲に備えるため、大都市圏の子どもたちが大挙して田舎に疎開した。その結果、特に貧困層出身者たちの生活・教育環境の劣悪さがあらわとなり、それが戦後英国が福祉国家に変貌する重大な契機になった、ということ。いささか皮肉な歴史の展開だが、第一次世界大戦が女性の社会進出と種々の権利獲得に大いなる影響を及ぼした事実とともに、記憶されてしかるべきだろう。 ●コリン・タウンゼンド、アイリーン・タウンゼンド編『スミス夫人たちの戦争――第二次大戦下のイギリス女性』山本博子・監訳、グループ・サイファー訳/近代文藝社・1993
大戦中を、妻や母として生き抜いた英国の名もない女性たち(”スミス夫人”)の回想アンソロジー。空襲体験、疎開児童の引き受け、肉親の死などが庶民の視点で語られる。 フィクションでは、以下の本が文句なくおすすめ。 ●ミシェル・マゴリアン『おやすみなさいトムさん』中村妙子・訳/評論社・1991 妻と息子を亡くしてから心を閉ざした老人。宗教に狂った母親に虐待されつづけてきた少年。このふたりが学童疎開を通じて出会い、深い愛情で結ばれる。心ゆくまで泣ける、カーネギー賞受賞作品。児童書のコーナーにあるはず。 ●ロバート・バーナード『暗い夜の記憶』浅羽莢子・訳/社会思想社・現代教養文庫・1991 疎開のどさくさの中、養子になったひとりの少年。成長した彼は実の親を捜すが……。英国ファシスト連合の長として、怨嗟の的となった Sir Oswald Mosley (1896-1980) についても知ることのできるミステリ。 |