稲荷学入門

 私の家は祖父の時代まではご多分に漏れず農業を営んでいた。第一次産業と言えばまだ聞こえがいいだろうが,戦後の農地改革まではいわゆる水飲み百姓,小作である。農業だけではとても食べていけないので,祖父は農閑期には神戸の灘まで出稼ぎに行き,酒造会社で杜氏の仕事をやっていたという。さらに時代を遡ると,私の先祖は竹細工を生業として京都に茶道の道具を売る行商に出ていたそうである。

私の亡父の生家にある地主神のお社。左に稲荷神、右に水神、荒神を祀っている。ご神木があった頃の写真(1992年8月15日撮影)

ご神木は切り倒されていて跡形もなくなっていた(2002年3月撮影)。

 兵庫県北部を流れる円山川の堤の近くにあった父の生家には樹齢数百年のご神木があり,そこに農耕神である稲荷と水の神である龍神の祠が建っている。私の先祖はこの祠の管理をしていたという。霊木と農耕,水が結びついた氏神稲荷の一種であろう。
 米作り,酒造り,京都との深い関係,稲荷神,龍神が私の家のカルマを物語るキーワードである。当然,米と水を司る神が家の守護神として先祖代々伝えられてきた。そういう私が40歳を過ぎて稲荷に目覚めてしまった。これは自分の意志というよりも,もっと奥深いところからお呼びがかかったものと理解している。


稲荷神の形成

 まず,神道の立場から稲荷信仰を考えてみよう。稲作は縄文時代晩期に中国大陸から渡来した倭族によって日本にもたらされた。弥生時代になって続々と大陸,半島からの渡来人がやってきて,稲作はいよいよ盛んになった。倭族は古代中国の時代から太陽信仰と水神信仰をもっていた。前者は日本に渡来した倭人によって,土着信仰とも習合しながら,やがて天照大神(アマテラス)の神格イメージへと練り上げられていく。
 日本神話によれば,アマテラスは孫の爾々芸命(ニニギノミコト)に日本を治めるように命じた。このとき,アマテラスは自らが作っていた稲を人々の食物にするようにとニニギノミコトに授けた。ニニギノミコトはその命に従い,土地を耕し,稲を植え,実り豊かな国土経営に励んだ。以後,日本は豊葦原瑞穂国,すなわち豊かに稲穂が実る国になった。
 弥生時代以降の日本人は稲作とは切っても切れない関係になる。古代の日本人は稲には「稲霊」(イナダマ)という不思議な力が宿っていると信じていた。だから,昔は稲は神聖で大切な食物とされていたのである。われわれにそうした実りや恵みをもたらしてくれる大自然の働きに対して,古代人は神なるものを感じ,稲や穀物の豊かな稔りをもたらしてくれるカミがいると素朴に感じた。また,主食としての米が豊かに実って欲しいという願いは祈りの気持ちを育み,<稲成り=イナリ>という神のイメージを形成していったのである。

伏見稲荷大社 御膳谷


稲荷神の分類

五来重(1985)の「稲荷信仰の研究」(山陽新聞社)によれば,稲荷神は,祭神,祭祀対象,祭地,祭祀者によって以下のように分類することができる。

祭神による分類 解説
食物神稲荷 ウカ,ウケ,トヨウケ,イヒなどを冠した神。宇迦之御魂を祭神とする稲荷が該当する。
穀物稲荷 宇迦之御魂。伏見稲荷の発祥はこれに該当する。
祖霊稲荷 稲種を先祖の賜物とする信仰から祖霊と稲荷を同一視する。古墳,古墓に稲荷を祀るタイプも該当。
御霊稲荷 原始的霊魂観から死者の荒魂である御霊を鎮め祀る。お菊稲荷,源九郎稲荷など憤死したものを祀るタイプ。
氏神稲荷 祖霊稲荷の一種だが,本家が没落すると町内や村の鎮守神として祀られる。
村鎮守稲荷 伏見稲荷その他の大社寺稲荷(愛染寺も含む)からの御分霊を受けたものが多い。
屋敷神稲荷 家屋敷の一隅や入り口,畑の隅に祀ったタイプが多い。
山神稲荷 山頂または中腹の山上を祀る場所にある稲荷。伏見稲荷山の上社(一の峰)がこれに該当。
野神稲荷 山林,原野,田畑の中などに野神を稲荷として祀るタイプ。狐神とつながりが強い。
田神稲荷 田畑の間や塚の上に社殿を構えるタイプ。田中稲荷は伏見稲荷五社の1つ。
水神稲荷 湖沼の畔,滝のそばに祀られる稲荷。龍神稲荷,蛇稲荷。水神を仏教では弁天,神道では稲荷として祀る。
海神稲荷 ケツネ(食物神)を海の幸をもたらすものと見なし,漁業神となったもの。
王子稲荷 王子は海の彼方から帰り来る神。海神として海の幸をもたらす稲荷として祀られる。関東の王子稲荷が該当。
天王稲荷 岡山の最上稲荷が該当。荼吉尼天を経王大菩薩と同体とする。
護法稲荷 豊川稲荷が該当。高僧が航海の時に守護霊として出現した護法善神の荼吉尼天を祀る。
火神稲荷 鍛冶の神,自然神としての火神を稲荷として祀る。龍頭太の面を祀る伏見稲荷田社。王子稲荷。
福神稲荷 荼吉尼天(福徳),恵比須神(海神),大黒神(食物神)などの福神と稲荷が習合。
狐神稲荷 女化稲荷,葛葉稲荷,狐塚稲荷。ケツネ(食物神)の霊力を神として祀る。
荼吉尼天稲荷 荼吉尼天信仰が稲荷と習合したタイプ。
流行神稲荷 夢のお告げ,霊夢,シャーマンのお告げ,偶発的な病気平癒などがきっかけで稲荷を祀り流行神になるタイプ。
託宣稲荷 発祥や中興がシャーマンの託宣によったり,一般人の突然の神憑り(トランス)によって稲荷を祀る。
霊夢稲荷 託宣稲荷とほぼ同じ。職業的シャーマンを媒介しない場合が多い。
奇瑞稲荷 流行神稲荷の一種。歯痛稲荷,瘡稲荷,瘡守稲荷,勝負稲荷,安産稲荷,夜泣き稲荷,身代わり稲荷,厄除け稲荷など偶発的事象を契機に祀られたもの。
人名稲荷 祭神の稲荷や狐がもともと人名で,召使いや奉公人だった場合,シャーマンの名前で呼ばれる場合などが該当。

 この分類を見ると,稲荷神が森羅万象とかかわっているきわめてフュージョン的な神であることが理解できると思う。海,山,田,畑,水,火などの自然,農耕地は言うに及ばず,人,もの,概念,心理現象などとことごとく稲荷は結びついているのであり,密教の荼吉尼天信仰とも相まって爆発的に日本中に普及していった信仰であることがわかる。
  また,祭祀対象については,@霊地,A霊木,B霊石,C,D古墳,E,F,G,H藁祠,I化身動物などがその対象になっている。化身動物については,神使である狐はもちろんであるが,も稲荷として祀られることもある点に注目したい。たとえば,四国・松山の松山城北にある大杉神社には蛇と狐の合体したご神体が祀られているのがその一例である。稲荷を狐であると考えている人も多いようだが,実は多種多様な場所,もの,動物,事象がご神体として稲荷の名の下に祀られているのである。稲荷信仰の場合,中でも眷属として霊狐の存在が大きいのは確かである。


狐と稲荷

 意識学的にいえば,眷属と動物霊とは区別してとらえておいた方がよいと私は常々思っている。眷属は神仏意識の配下にあって,それ自体も修行の過程にあり,本体である神仏意識からのメッセージを人間に伝え,ときとして人間の行いに力を貸し支援する役割をもった,主にアストラル次元の意識団である。独自の意志をもっており,その振る舞いやメッセージの伝え方にも個体差がある。
これに対し,いわゆる動物霊は人間の邪気,邪念などのネガティブな想念エネルギーを補給源としており,神仏意識に従って活動するというよりも,人間の動物的本能や原始的衝動,敵対的,攻撃的感情に従って動くという性質を持っている。つまり,人の欲望のおもむくがままに各種のサイキックな事象を引き起こす存在である。人間の想いが作り出した産物とでもいえばよいだろう。
  さて,稲荷信仰においては,狐は稲荷神の神徳を人々に届け,人々の願いを稲荷神に伝えてくれるまさにメッセンジャーとしての役割を持っていると理解されている。神使,眷属としての動物の概念は世界各地のシャーマニズムの伝統にも広く認められるものであり,パワー・アニマルとグロフ,S.が呼んでいるイメージに通じる。日本では稲荷神の狐の他,八幡神の鳩,熊野信仰の烏,天神の牛,春日大社の鹿,山王の猿神なども知られている。
  狐が稲荷神の使いとして見られるようになった理由にはいくつかある。1つは狐の持っている尻尾の形態が稲穂に似ているという連想から来ているという説がある。かつては日本中に狐は生息していたが,人家の付近にもよく出没し,人間にとってもなじみ深い動物だった。狐の甲高い鳴き声,鋭い眼光,素早い動作などをみて,人々はその姿,習性を不思議がり,狐を神の使いではないかと考えるようになった。
 たとえば,津軽地方では狐の鳴き方や,供物の小豆飯,魚の食べ跡を見聞きして豊漁を占うということが行われていた。また,狐にまつわる民話も数知れず日本には残っていることから,狐を身近に感じていたことがうかがえる。
 さらに,狐は農耕にとって害獣となる野ネズミや野ウサギを退治したり,小動物を追って水田の近くによく現れることから農耕神の使いと考えられるようになったとも言われている。


霊狐の種類 


ここでしばらく,笹間良彦(1998)の「怪異・きつね物語」(雄山閣)を参考に,私のこれまでの見聞も併せながら霊狐について見ていくことにする。私がいう霊狐は物理的な生物としての狐ではなく,意識学的な概念であり,われわれの意識が拡張し,いわゆるエーテル次元,アストラル次元にまで意識のフォーカスが広がってきたときに,その姿形を感得することのできる霊的な存在である。稲荷系神社など特定の場所に結びついていて,人が意識のチャネルを開いて交信を試みるときにさまざまなメッセージを授受できるようになる。イマジナルな存在様式を基本としているが,そのイメージの源はユングのいう元型(archetype)の概念にも類似しており,受け手の側の心理状態(深層意識の状態も含む)によってさまざまに変化する象徴的な性質も持っている。さらに,社会や文化による規定も受けており,古来からの人々の信念や想像によって醸成されてきたイメージ体であるともいえる。

江戸時代における霊狐の能力のランキング

1.天狐・・・天狗(あまつきつね)と同体であると考えられていた。阿波大杉,飯綱権現,秋葉大権現,道了尊などは身体が不動尊,顔が烏天狗,背中に翼をつけ,火炎を背にして狐の背の上に立つイメージで描かれている。密教の荼吉尼天信仰,神仏混淆の修験道から生じた天狗信仰であり,稲荷信仰との習合が生じている。

2.空狐・・・巫女や修験者などシャーマニックな能力を持つ人に使われて千里の外まで一瞬に飛んできて役を務める。地上から25メートルくらいの高さを往来している霊狐。気狐の倍以上の霊能力を持つ。シャーマンの使役霊にはなりにくく,独立した意志をもって動いている。

3.気狐・・・このランク以上の霊狐は一般人の目には見えない。空狐よりも霊能力が制限される修行中の狐。

4.野狐・・・人に憑いたり,騙したり,讐をなしたりする狐で最低ランク。人間を利用して食物や供物を要求する。人間の邪気,邪念もエネルギー源にしており,一時的には人間によい思いもさせてくれるが,すぐに寝返ったり,裏切ったりして禍をもたらす。修験者,巫女によって意のままに使役される狐である。管狐,おさき狐などもその部類にはいる。

よく誤解されていることであるが、稲荷は狐ではない。稲荷大神のお使いが狐となっているのである。また、霊狐の中でも神使としての眷属と、それ以下の野狐を区別する必要がある。


参考文献

五来重 1985 「稲荷信仰の研究」(山陽新聞社)

笹間良彦 1998 「怪異・きつね百物語」(雄山閣)