HP制作 スピリチュアリティ(霊性)概念の再検討

ホームページへ

このページに基づいた論文が公刊されています。以下もご参照ください。抜き刷り等の請求は、こちらまでお願いします。

1.「看護師と看護学生のスピリチュアリティ構成概念に関する研究」 2004年9月 日本トランスパーソナル心理学/精神医学会誌 第5巻,第1号45-51頁

2.「個人別態度構造分析による看護師のスピリチュアリティ構成概念に関する事例研究」 2004年9月 日本トランスパーソナル心理学/精神医学会誌 第5巻,第1号52-58頁

3.「スピリチュアルな癒しに関するトランスパーソナル・パラダイムの展望−癒し、医療、スピリチュアリティの相互関係」 2004年10月 愛媛大学教育学部紀要第?部教育科学第51巻,第1号83-93頁

4.「看護職者のスピリチュアリティに関する価値/信念の個人別態度構造分析」 2005年3月 東海大学健康科学部紀要第10号,1-11頁

5.「スピリチュアリティの心理学的研究の意義」2007年3月 日本トランスパーソナル心理学/精神医学会・安藤治・湯浅泰雄(共編)『スピリチュアリティの心理学』せせらぎ出版

ISBN-10: 4884161645 ISBN-13: 978-4884161644 


スピリチュアリティ(霊性)概念の再検討
-市井の人々が語る日本的なスピリチュアリティの定量的、定性的分析のパラダイム-

問題の所在

 いわゆる自己実現(self-actualization)の研究はMaslow(1954,1964)によって、その理論化が図られているが、Maslow(1969)は晩年に発表した論文「TheoryZ」の中で、単に健康な自己実現者と超越的自己実現者の相違点について考察を加え、自己実現と自己超越の概念の差別化を試みている。
 中村(1998)は、自己超越と主観的(心理的)幸福感(subjective well-being: SWB)との関係について、実証的な検討を行っている。この研究で開発された自己超越傾向尺度(self-transcendence scale:STS)は、Maslowの考察に基づいて、質問項目を構成したものである。その結果、自己超越傾向尺度は、高い信頼性及び妥当性をもっていることが見いだされた。また、自己超越傾向が高まるほど、主観的幸福感が高まることが明らかにされた。中村(1998)の研究は、宗教的文脈から発生する超越体験のみならず、市井の人々による日常的な超越体験にも目を向けた尺度開発を行ったところに特長がある。

スピリチュアリティの諸定義
 ここで、自己超越とは、スピリチュアリティ概念の中核的要素として位置づけられる概念である。Elkins et al.(1988)は、人間性心理学の観点から「ラテン語でSpiritus(いのちの息吹き)を意味するスピリチュアリティとは、超越的な次元への自覚を通じて生じ、自己、他者、自然、人生、そして究極のものとして考えられるあらゆる事に関して同定可能な価値によって特徴づけられる存在と経験の様態である」と定義している。その上で、スピリチュアリティ概念を以下のような成分に分類している。

(1) 超越的な次元:スピリチュアルな人は、超越的な次元が人生にはあるという、経験に基づいた信念を持っている。この信念の実際の内容は、人格的な神の伝統的な見方から、「超越している次元」が無意識または「より大いなる自己」の領域の中への、単に意識的な自己の自然な拡張であるという心理学的な見解にまで及んでいるかもしれない。彼らは、肉眼では見えない世界と、この不可視の次元への調和的な接触と適応が有益であると信じている。このように、スピリチュアルな人は、しばしば Maslowが「ピーク体験」と呼んだものを通じて超越的な意識次元を経験した人であり、彼らはこの次元との接触を通して個人的なパワーを引きだしていく。

(2) 人生の意味と目的:スピリチュアルな人は、意味と目的の探求を知っており、この探求から人生は深く有意義なものであり、その人自身の存在が目的を持っているという確信が現れてくる。この意味の実際の背景と内容は、人によって異なるが、共通の因子は、個々の人々が、生が意味と目的を持っているという確実な意識によって「実存的真空」を満たしていることである。

(3) 人生における使命:スピリチュアルな人は一種の「職業」の感覚を持っている。彼らは与えられた生、応えるべき呼びかけ、達成すべき任務、全うすべき運命に対してさえ責任感を持っている。

(4) 生の神聖さ:スピリチュアルな人は、生が神聖さで満たされており、無宗教的な場面設定においてさえしばしば畏敬、尊敬、および不思議な感覚を経験していると信じる。彼らは、聖と俗を区分するのではなく、生活のすべてが神聖なものであり、聖なるものは平凡さの中にあると信じている。スピリチュアルな人は、生活のすべてを神聖化するか、または宗教化することができる。

(5) 物質的な価値:スピリチュアルな人はお金や所有物などの物質的なモノの真価を認めることができるが、挫折した霊的な欲求の代用品としてそれらを使うことに究極の満足を求めようとはしない。

(6)愛他主義者:スピリチュアルな人は、私達が私達の「同胞の管理人」であると信じて、他者の痛みや苦難を共感しやすい。彼らは、社会的な公正の強い感覚を持ち、愛他的な愛と行動を約束する。

(7) 理想主義:スピリチュアルな人は、世界の改善に関与する空想家である。霊的な人は、生活のすべての面において崇高な理想およびポジティブな可能性の実現に関与する。

(8) 悲劇性への気づき:スピリチュアルな人は人間存在に関わる悲劇の真実に厳粛さに気づいている。彼らは、人間の苦痛、苦しみ、および死に深く気づいている。この自覚は奥行きを霊的な人に与えて、生に対する実存的な真摯さをもたらす。しかし、多少逆説的にいえば、悲劇性を自覚することにより、スピリチュアルな人は生の喜び、深い理解、価値づけが強化される。

(9) 霊性の結実:スピリチュアルな人は、霊性が各自の人生において実を結んだ人のことである。真実の霊性は、その人自身、他者、自然、人生、そして「究極のもの」と考えられるものすべてとの関係に対して目に見える結果をもたらす。

 このようなスピリチュアリティの定義は現代心理学で、主として西洋の思想、文化のフィルターを経て認められている要素を表したものといえる。そして、この定義は人類にある程度普遍的な要素を含んでいるといえよう。
 ところが、近年、心理学や医学、看護学などの領域で活発になってきたスピリチュアリティ(霊性)に関する質的、量的な研究では、スピリチュアリティがきわめて多義的な概念であり、それが多様な要素から構成されていることがわかってきている。心理学や医学に関するデータベース・サイトで検索してみると、1990年代後半からスピリチュアリティに関する研究論文の数は増加傾向にあり、これらの領域の研究者がスピリチュアリティについて積極的に研究に取り組むようになってきているといえる。


 
 たとえば、精神医学の領域では、自己超越をパーソナリティ測定の1つの重要な次元として位置づけている研究にCloninger,Svrakic,Przybeck(1993)をあげることができる。Cloninger et al.はパーソナリティは自己を自律的個人、人類社会の統合部分、全体としての宇宙の統合部分に、それぞれ同定する度合いによって特徴づけられると考え、Temperament and Character Inventory(TCI)という人格目録を開発した。また、木島・斎藤・竹内・吉野・大野・加藤・北村(1996)は、その日本語版の開発を行っている。
 Cloningerのモデルによれば、パーソナリティの基本次元として?@自己志向、?A協調、?B自己超越が設定される。自己志向とは、各個人が選択した目的や価値観に従って、状況にあう行動を統制し、調整し、調節する能力を意味する。自己責任、目的指向性、臨機応変、第二の天性を啓発することを通じて自己志向の発達が規定されると考えられる。また、協調とは他者の確認と受容に関する個人差である。それは社会的受容性、共感、協力、同情心、純粋な良心の発達の過程として規定される。さらに、自己超越は統一的全体の本質的、必然的部分として考えられるすべてのものを確認することである。自己超越は、すべてのものが一つの全体の一部であるとする”統一意識”の状態を含むが、統一意識では自己と他者を区別する重要性がないことから、個人的自己というものはない。人は単に進化する宇宙の統合的部分であると意識する。それは、自己忘却、霊的現象の受容、超個的同一化の発達の過程として規定される。
 また、Cloninger et al.(1993)のいうスピリチュアリティとは、全体としての自然、あるいはその源泉と自己を同一視するように導く、不死であろうとするわれわれの内的な切望であると定義される。そして、トランスパーソナルな同一化は、個的な自己の外側にある物事との区別がなくなることである。トランスパーソナルな同一化がスピリチュアルな受容性、あるいは分析的な意味づけによって説明できない、客観的な観察によって示されない関係性の理解をもたらすとされる。
 Cloninger et al.(1993)は、従来のパーソナリティ研究において、自己超越的な側面が見過ごされてきたと主張する。その上で、こうした現象を積極的に研究の俎上にのせている。Cloninger et al.が得た資料によれば、自己超越的現象は、とくに35歳以上の成人にとって、その人の適応状態と人生に対する満足度、すなわち幸福感を知る上で重要であることを示唆している。
 しかし、富田(2000)によれば、Cloningerモデルに基づいて構成されたTCI日本語版には一定の尺度信頼性はあるものの、因子的妥当性に関する問題があることが報告されており、尺度を日本語化する際の困難を伺わせるような結果を示した。これを受けて、富田は心理測定論的にもより妥当性の高い尺度開発が望まれるとしている。
 つぎに、田崎他(2001)はWHOの健康概念に関する改訂の動きに応じた国際比較調査の一環として、日本におけるスピリチュアリティ観の検討を行っている。
 従来、WHO(世界保健機関)は、その憲章前文のなかで、「健康」とは「完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」と定義していた。それが、1998年の執行理事会において、「完全な肉体的(physical)、精神的(mental)、Spiritual及び社会的(social)福祉のDynamicな状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない。」と改訂することについて総会の議題に上げることが決議され、その後事務局長預かりとなって、いまだに結論が出ていない。ただ、今後の健康概念の改訂に向けて、水面下で地道な調査研究が行われている。

WHOの健康概念:スビリチュアリティの含まれる4領域と18項目(田崎他、2001) 重視する程度(5段階尺度)高得点ほど重要
第一領域 人間関係(Personal Relation)
1.親切/利己的でないこと(kindness to others/selflessness) 3.67
2.周囲の人を受容すること(acceptance of others) 3.71
3.許すこと(forgiveness) 3.57
第二領域 生きていく上での規範
4.生きていく上での規範(code to live by) 3.86
5.信念や儀礼を行う自由(freedom to practice beliefs and rituals) 2.48
6.信仰(faith) 3.00
第三領域 超越性 Transcendence
7.希望/楽観主義(hope/optimism) 3.57
8.畏敬の念(awe) 3.42
9.内的な強さ(inner strength) 4.00
lO.人生を自分でコントロールすること(Control over your life) 2.95
11.心の平穏・安寧・和(inner peace/Serenity/harmony) 4.05
12.人生の意味(meaning of life) 3.90
13.絶対的存在との連帯感(connectedness to a spiritual being or force) 3.38
14.何か(絶対的存在、神、医療関係者等)が自分の人生をコントロールすること(wholeness/integration) 2.48
15.諦念・愛着(detachment/attachment) 他者への愛着:3.95
物への愛着:2.62
人への無執着:3.29
物への無執着:3.19
16.死と死にゆくこと(death and dying) 3.81
17.無償の愛(divine love) 3.19
第四領域 特定な宗教に対する信仰
18.特定の宗教を持つこと(specific religious beliefs) 2.80

赤字の数値は重要度の高いと認知された項目(ベスト5)
青字の数値は重要度の低いと認知された項目(ワースト5)

 小集団によるフォーカス・グループインタビューの結果、日本人のスピリチュアリティ観には個人差が大きいものの、共通項として、?@自然との対比における人の小ささ、?A自然への畏敬の念、?B祖先との関わり、?C個人の内的強さ、?D 特定の宗教を持たないにしても、何か絶対的な力の存在を感じること、などがあげられたと述べている。

田崎他(2001)の質的調査において見られたスピリチュアリティに関する多数意見
長崎在住の医療関係者グループ WHOの概念定義のほとんどが、日本人の持つ固有の精神性、霊性の概念にそぐわない。他者との円滑な人間関係を通して、人の役に立つこと、自分の存在感を他者に受容されることが心の安定につながる。
東京のキリスト教者のグループ WHOの提示したスピリチュアリティの観念が受容され、違和感を感じない。
東京の不可知論者(無宗教者)を中心にしたグループ この世には絶対的な力が存在し、自分たちは何かしら意味や使命があって生まれてきた。自然と調和することを信仰してきた歴史を持つ日本人。
東京の仏教者と神道者のグループ 宇宙のように大きな絶対的な存在を感じること。人との出会い。偶然は必然。天地のエネルギー。
静岡の医療関係者のグループ 何か大きな存在によって自分が生かされていると感じること。自然やあらゆる存在に神を感じる自然信仰。自然を拝む自分自身の内面的な、生きていく力を拝むこと。
東京在住の無神論者かつ慢性疾患患者のグループ 行動を起こすときの「信念・思考・意識」、教育や経験を通して得られる「生きる上での規範」。人生の主役は自分自身であり、人生を制御すること。死と死にいくことの世代間の感覚の違い。「いきたいように生きていること」、「他者からの援助を受けずに、どのくらい自分自身を保ちながら生きていくこと」、「自分の信念に従って生きていくこと」
京阪神の禅仏教者とキリスト教者、難病疾患者のグループ 人は他者を所有しようといった執着を持たずにいるほうがより、他者を愛することができ、逆に自分自身に対しても執着のない人は完璧に自由である。物質的なものに執着しないことの肯定的な側面。

 この研究は、現代の日本人が考えているスピリチュアリティ概念の文化依存的性質を表したものであり、WHOの健康概念を普遍的標準的な要素に集約することは、かなり困難な様相を呈していることが、うかがえような結果となっている。
 これに関連して、西平(2003)は英語の「Spirituality」と日本語の「霊性」のずれの問題に着目して、Spiritualityを日本語に移しかえるときの困難を克服するための用語法の暫定的な整理を試みている。西平はスピリチュアリティという外来語の意味を、それに関連すると思われる日本語の「ルビ」として使用することを提案している。西平はスピリチュアリティの位相として、?@宗教性・・・宗教組織に依存しない意味での宗教的意識、宗教的情操、?A全人格性・・・身体、こころ、社会などをふくんだひとまとまりとしての個人全体、?B実存性・・・感動もって理解される、魂にふれるような主体的、主観的な自覚、?C大いなる受動性・・・何か聖なるものにふれ、「生かされている」と実感すること、の4つを区別している。その上で、以下に示すようなスピリチュアリティ概念の要素を示唆している。

スピリチュアリティの暫定的な用語法(西平,2003をもとに作成)
スピリチュアリティ=霊性
スピリチュアリティ=宗教性、宗教的情操、宗教的感受性
スピリチュアリティ=精神性、芸術的感性、身体的感性
スピリチュアリティ=見えざるものへの感受性
スピリチュアリティ=超越性、神秘性、垂直性、超自然性
スピリチュアリティ=実存性
スピリチュアリティ=内面性、内面への道、沈黙・瞑想、自己否定性
スピリチュアリティ=全人格性
スピリチュアリティ=求道性
スピリチュアリティ=聖なるものとのつながり
スピリチュアリティ=大いなる受動性、脱自性
スピリチュアリティ=魂に関わる事柄
スピリチュアリティ=いのちとのつながり、いのちの発現
スピリチュアリティ=気の流れ、風の流れ
スピリチュアリティ=いかなる訳語も適当でない場合、上記のすべてを含む

 このような用語法の再考は、研究者がスピリチュアリティ概念の多義性を認識する上で参考となる枠組みではある。しかし、それが人々の実感として、あるいは経験的な事実として自覚されているかどうか、については"empirical evidence"になっているとは言えない。むしろ、今後のスピリチュアリティ研究において重要なことは、スピリチュアリティ概念の「辞書的意味」の整理分類にとどまらず、経験的な証拠の蓄積を通じて市井の人々の「暗黙裏のスピリチュアリティ観」を明らかにしていくことの方に、研究の重心を移しかえることであると、筆者は考えている。その意味でも、心理学的な方法論を適用しながら、人々の心の内奥に隠されているスピリチュアリティ概念構造のさらなる探求を行うことは妥当であるといえる。
 そのほかにも、看護学領域でスピリチュアリティ概念の評定尺度が開発されている。たとえば、比嘉(2002)は女子大学生385名を対象にスピリチュアリティ評定尺度の開発を行い、その信頼性及び妥当性の検証を行っている。比嘉はスピリチュアリティを「何かを求め、それに関係しようとする積極的な心の持ち様と自分自身やある事柄に対する感じまたは思い」、すなわち「意気・観念」と定義し、窪寺(2000)などスピリチュアルケアの文脈から、スピリチュアル・ケアを行うための査定道具としてSRS(spirituality rating scale:SRS)開発を行った。その際、看護教科書で使われているスピリチュアリティに関するキーワードを抽出し、WHO調査(田崎他、2001)を参考に、心の平穏、内的な強さ、他者への愛着、人生の意味、生きていく上での規範に注目した。その結果、一定の因子的妥当性や信頼性が見られたとしている。しかし、その尺度内容は心理学的には、自尊感情や自己実現、内的統制型の信念(Internal Locus of control)に関するものと考えられる項目が多く、スピリチュアリティ概念の中核的要素である超越的次元への気づきに関する項目が少ないことが問題点として指摘できる。また、調査対象者が女子大学生に限定されていることも、データの一般化可能性の限界として課題を残しているといえる。
 また、今村他(2002)は終末期がん患者のスピリチュアリティ概念構造の検討を行っている。欧米の先行研究をCINAHL、CANCERLIT、MEDLINE等のデータベースから一定の基準で抽出し、そこに記述されているスピリチュアリティに関する内容分析の結果、?@統合のレベル:神・自己・コミュニティとの結びつき、関係性、?A探求の方向性:超越的なもの、他者や環境事象、内的自己との関係性の探求、の2つの軸が終末期がん患者のスピリチュアリティ概念に関連していることが見いだされた。しかし、この研究は依拠するものが欧米の専門誌に掲載された学術文献のレビューであり、そこから得られた概念構造が日本人の終末期がん患者の経験レベルでの報告に基づいてものではないという限界を指摘できる。また、カテゴリーの抽出基準についても、研究者の認知図式(cognitive schema)の投影されやすい恣意的なものである。それゆえ、質的分析の手順について、より精錬された方法論を適用する必要があるだろう。
 このように、スピリチュアリティ概念はヒューマンサービス、ヒューマンケアを中心とする教育、医療、看護、福祉などの領域で、それぞれ重心の異なるアプローチが行われていることも相まって、結果に一貫性を欠くような状況を来しているといえる。そこで、諸領域におけるスピリチュアリティに関する研究をふまえた上で、知見の重ね合わせを行い、日本人に特有のスピリチュアリティ感覚をとらえ、文化や文脈に特殊なスピリチュアリティ概念の再構築を推進していく必要があるといえよう。


スピリチュアリティへの領域横断的接近

 医学や看護学の領域では、近年、とりわけ終末期医療で「スピリチュアルケア」という概念が注目されるようになっており、末期癌やHIVなどの患者のスピリチュアルな苦悩を緩和する臨床的アプローチの重要性が議論されるようになっている。我が国では「死の臨床研究会」などで、こうしたスピリチュアルな問題に関する臨床的な実践研究が報告されている。安藤・結城・佐々木(2001)によれば、医学の分野では特に死に直面する人々に霊的苦痛(spiritual pain)が発生することを重く受けとめ、?@人生の意味の探求、?A納得のいく死、?B死を越える希望を求めること、といった病者の霊的欲求を満たすこととの関連でスピリチュアリティ概念が議論されているとしている。このため、心理学で重視される「自己超越的な次元への気づき」よりも、「生と死の意味と目的の追求」といった側面に力点の置かれるアプローチがとられることになる。
 窪寺(2000)は、スピリチュアルケアを、従来の心のケアや宗教的ケアと対比させながら、その特徴を記述している。それによれば、心のケアは、人間関係の軋轢、身体的不調、家庭不和が原因となって生じる不安、恐怖、怒り、落胆、落ち込み、無力感、失望、いらいらなどの患者の精神的・心理的苦痛に対処するケアであり、その提供者は、家族、友人が中心となり、特別な場合にはカウンセラー、精神科医が専門的な治療を試みるものとされる。また、宗教的ケアは、神仏がいて、それを礼拝し、祈ることで神仏との関係性を回復させ、信頼関係を構築し、超自然的な恩恵が流れてくる実感を伴った救済体験をめざすケアである。宗教的ケアの提供者には、宗教的教理や儀式に関する知識と経験を持つ宗教家やその信者が中心となる。これに対し、スピリチュアルケアの祈りの対象は一定ではなく、患者個人が最も重要と考えるものに注目して、それとの関係を重視し、患者にとっての生きる力を与えるために、患者自身の生と死に関する観念、理解、解釈を尊重し、それを支えるように努力するケアである。そのケアの提供者には、医師(精神科医)、看護師、セラピスト(カウンセラー)、宗教家、ソーシャルワーカー、ボランティアなどがあげられる。ただし、ケア提供者は患者の自己の存在が不安と恐怖に襲われたときの拠り所について、あくまでも患者と一緒に悩み、考えながら、探し求める探求者の役割をとるのが基本的な姿勢となる。また、宗教嫌いな人や無宗教な人に対しても、スピリチュアルな援助をすることは重要と考え、宗教、信仰、価値の多様化に応じたケアという特長を持っている。
 このように、医療関係者の考えるスピリチュアリティは、病や死の危機に直面した人間の生きる意味と目的に焦点づけられている。逆を言えば、われわれはこうした生命の危機的な状況に直面しないと、スピリチュアリティに関する気づきを持ちにくいともいえる。それでは、健常者にとっては、スピリチュアリティは重要な心の次元ではないのだろうか。病や死に直面して喚起されるスピリチュアリティだけではなく、日常生活の平凡な日々の中で感じられる「ささやかなスピリチュアリティ」はないのだろうか。病めるときも、健やかなるときにも、より高次の心や<たましい>の成長や発達をもたらすような体験もまたスピリチュアリティの範疇に取り入れて、普段から「生きる力」を高めていくような心の準備状態を形成していくようなアプローチが、現代社会においては重視される必要があるものと筆者は考える。そこに、トランスパーソナル心理学の果たす役割は大きいといえるだろう。
 ここで、トランスパーソナル心理学の分野ではスピリチュアリティを従来の宗教的な組織や制度、教義から切り離した個人の自己超越的な次元に関する体験に根ざした信念や価値観という意味でとらえることが多く、医学よりも超越的で、本質的な個人の主観的体験そのものに焦点を合わせたアプローチに力点が置かれることになる。心理学におけるスピリチュアリティ概念は、心理療法とも密接に連関しており、個人が自らの人生の中で遭遇する様々な挫折や困苦に伴って浮上してくる心理的な体験様式と、意識の変容に関わってくる。特に、心理臨床の領域では、個人やそのキーパーソン(近親者など)の生きること、老いること、病むこと、死にいくことに伴う悩みを解消する「癒し」として、スピリチュアリティに関する体験が重んじられる。
 医学と心理学の両者に共通しているのは、スピリチュアリティが本来宗教的な意識を含むものであることを認めつつも、それを既存の宗教的な組織、信仰、制度などと無関係に取り扱い、こころの内奥に存在する普遍的な精神性、あるいは人間性の本質として理解しようとしていることにある。それは1つには、多種多様な文化、民族的な伝統をもつ人類に共通する概念を構築していく必要性が、WHOの健康概念の改訂に向けた一連の取り組みに見られるように、国際社会において認識されつつあることがあげられる。もう1つは、現代社会(特に先進諸国)において、特定の宗教にとらわれずに生活する人々が増えており、そういう人々の間においても生きる力や心の平穏を得ようとする欲求は存在することもあげられよう。
 事実、スピリチュアリティという言葉は、時代精神を表すキーワードとして大衆化する傾向にある。しかし、そのことは必ずしもスピリチュアリティを研究している諸分野の研究者の思い入れ通りには、動いていってない。葛西(2003)は、一般の日本人はスピリチュアリティあるいは霊性という言葉に対して消極的あるいは抵抗さえ感じており、ヒューマンケア専門職が特定宗教を連想させずに誰でも利用することのできる言葉として、これを定着させようとする熱意、努力に対し、ついていっていないと指摘している。葛西はスピリチュアリティという言葉に対する期待や思い入れを一種の宗教現象として洗い出し、思想上の普遍的本質を抽出しようと力むのではなく、研究のための概念としては、それから距離を置いて客観視することが求められると述べている。したがって、スピリチュアリティは、研究者の研究のための概念ではなく、市井の人々の日常生活における体験、信念、態度、および価値観の反映された多様な心理的変数であり、それは人々にとって必ずしも自覚され、意識されているとは限らない「潜在因子」であると見なすことが有益であると考えられる。
 筆者は、このような観点に立って、スピリチュアリティの多様性、個人差をとらえるためのデータの洗い直しを試み、まずは定量的な分析としてすでに得ているSTSの改訂を行うことにした。その際の、基本姿勢として、データの「集約」を行うことでスピリチュアリティ概念を構築するのではなく、逆にデータを「分解」することを通して、市井の人々の日常的な体験、信念、価値観の背後に潜んでいる要因として、スピリチュアリティを概念化することを目的とする。


スピリチュアリティと主観的幸福感

 その上で、筆者はさらにスピリチュアリティ概念と主観的幸福感(subjective well-being:SWB)との因果関係についての検討を行う。主観的幸福感とは、生活全般の満足感、すなわち個人がみずからの「生」を全体としてどのくらい好ましいものとしてみなしているかに関する槻念と、肯定的な情動が経験される頻度、及び強度によって表される概念である(Argyle,1987;Strack et al.,1991)。従来の主観的幸福感の研究は、主に人格心理学及び社会心理学の文脈から検討が行われてきたこともあって、スピリチュアリティとの関連性に関する検討が不十分だといえる。たとえば、Argyle(1987)は、幸福であるということと、不幸でないということは異なるとしたうえで、幸福を単一の次元で測定できるとしている。それによれば、幸福は情緒的側面(上機嫌であるという気分)と、認知的、熟慮的側面(人生に対する満足度の報告)の二尺度に大別される。さらに、総括的因子として満足度(satisfaction)、幸福を実感した時間の長さなどで測定される意気軒高感(feelings of elation)、そして幸福と負の相関を持つとされる精神的苦悩(psychological distress)の3因子を見出した。その上で、幸福を増進させる方法を以下のように掲げ、幸福の源泉を社会的関係、仕事、余暇の3つに求めた。

幸福を増進させる方法(Argyle,1987に基づいて作表)
1 肯定的な気分を誘導する。
2 人生における肯定的な出来事の頻度を増やす。
3 物質的生活状況の改善
4 他者との交流の改善
5 仕事、レジャーに対する内的満足感の増大
6 物事を違う角度から見る。
7 目標設定と自己報酬
8 統合された人格の獲得


 このように、従来の主観的幸福感研究において重視されてきた側面は、人間が作為的に、否定的なものを徹底的に排除することによって生まれる幸福であり、できるだけたくさん持つこと、すなわち“having”が幸福をもたらすという暗黙の世界観に立脚しているといえる。人は身近な他者との対人関係、仕事、余暇を通じて「生活の質」を高めることができるとArgyleは説く。そこには、スピリチュアリティの介在する余地はないかのようにも見える。
 とはいうものの、生の意味、自己実現など、スピリチュアリティに関連する要素を絡めた研究は存在する。たとえば、Feist & Bodner(1995)は、主観的幸福感を、生の意味、自己受容、環境の支配として操作的に定義している。この研究では、幸福感のボトムアップモデルとトップダウンモデルの時系列的分析により、双方のモデルの妥当性が検証された。共分散構造方程式モデリング(SEM)により、幸福感のボトムアップモデルでは、幸福感を直接規定する要因として、身体的健康と日常苛立ち事が負の影響を及ぼし、媒介変数として、個人の世界観、及び建設的思考が正の影響を及ぼしていることが見いだされた。すなわち、自己を価値あるものと見なし、人や世界から恩恵を受けていると見なし、世界の有意味性を認める人ほど、主観的幸福感は高まる。しかし、Feist & Bodner(1995)の研究では、主観的幸福感の指標として生の意味など、本来ならスピリチュアリティに関連づけられる方が妥当と考えられる概念が使用されている。領域横断的な視座に立つならば、これを幸福感の概念に組み込むのではなく、スピリチュアルな価値観に含めて分析を行った方が、より有益な知見が得られるものと期待できよう。そこで、筆者は人々の主観的幸福感の規定要因の1つとしてスピリチュアリティを仮定するモデルを設定し、その妥当性を検討する。


スピリチュアリティの個人差

 第3に、筆者はスピリチュアリティ概念の年齢や性別による構造の差異について検討を行う。すでに見てきたように、WHOの提案しているスピリチュアリティ概念については、これを標準化、普遍化してとらえることが困難であると考えられる。また、スピリチュアリティが個人の意識の成長、こころの発達としての側面をもっていると考えるならば、生活経験の異なる人々の間で異なった構造が見いだされるであろう。
 Erikson(1973)のライフサイクル論に従えば、青年期には自己を超越することはできない。むしろ老年期にこそ自分のアイデンティティの限界を超越し、究極的な個性化を達成する機会が訪れる。このとき、人生の終着点に近づいた人間は「わたしとは、わたしの死後にも生きのびるもののことである。」というアイデンティティの危機に直面するという。こうして歴史的に見て唯一の自分の「ライフサイクル」の中で、自らが培った人間的資質を次世代へと継承させていくことに意味を見出すことを通じて、死に伴うアイデンティティの断絶が回避できるかどうかが老年期における発達課題であるとEriksonはいう。それが達成された状態を完全性(Integrity)とEriksonは呼ぶ。自分の過去に忠実であり、現在において指導的立場に立つ用意ができており、しかもやがてはその立場を他に譲渡する用意ができている感情的な統合体を意味する概念である。自分の人生とは、ただ一度きりの生活周期と、歴史の一区画との間のまったくの偶然の一致から成り立っているものであるという確信の上に完全性に至るのである。この状態が欠如したり、喪失されたとき、嫌悪や絶望が老人を襲う。すなわち、別の人生をやり直すには、また完全性にいたる別の道を試すにも、残された時間が短すぎることに対する感情反応である。いってみれば、自らの運命や死を受容できていない心理的に悪い状態(mal-being)でもある。それゆえ、スピリチュアリティの構造にも、こうした人生の発達課題の違いが反映されることが予想できるだろう。
 スピリチュアリティの構造には、性差も存在することが予想できる。中村・井上(2001)によれば、女性のほうが男性よりも死後存続概念、努力的、協同的、多彩的生き方意識を持ち、主観的幸福感が高いという結果を得ている。また、死に関する経験は女性のほうが多いことが示された。この原因の1つに、性役割の問題があると考えられる。これは家庭教育、および社会の女性に求める役割期待がそうさせているものと考えられる。
 歴史的にみれば、女性は娘、妻、母、嫁と家庭内の役割を担ってきた。そこでは女性は生を産み出し、育てあげ、老いていく者の世話をし、死を看取っていく。伝統的に女性は男性よりも人の生死に深く関わってきた存在であり、社会的な関わりについても、看護、保育、教育等、人を「ケアする役割」が中心であった。
 Mayeroff(1971)によれば、人をケアすることは、相手が成長するのを援助するだけでなく、ケアをすることを通じて、世界の中に自分の居場所を得ることができ、人生の意味を生きることができるという。ケアするという営みは、人間の本質的な活動様式、存在様式であり、人生におけるさまざまな価値と活動はケアを中心として秩序づけられるのである。また、Noddings(1984)は、ケアは人間にとって基本的な欲求であるとした。ケアという営みを通して、人と人のつながりを確認し合い、そうした相互的関係が人間にとって深い喜びの源泉となると指摘する。さらに、Miller(1994)は、ケアによってもたらされた「つながり」を「いのち」の次元まで深めることが、この世界に存在するもの全てが互いに関連し合って存在するという「全体性」という概念をもたらすことになるという。
 ケアとは、Erikson(1964)が人生の成人期に求めた基本的な強さでもある。そのなかで、人は他者から必要とされることを必要とする(need to be needed)存在であることを理解するという。それゆえ、ケアという営みは、自己の存在が決して単独ではなく、他者と重なり合いながら成立しているということを気づかせてくれるであろう。このように考えるならば、人間関係要因を通じてスピリチュアルな成長を果たすプロセスというものを想定することができる。そこに、男女の性役割が反映されるのかどうかを探索的に検討してみる価値はあるといえるだろう。


スピリチュアリティ測定尺度の再分析

 中村(1998)は、Maslow(1969)の超越的自己実現者に関する記述、及び水島(1985)の高次の人間性を示唆する自己超越体験に関する記述に基づいて、24項目からなる自己超越傾向尺度(STS−1)を作成した。
 ついで、1 8歳から84歳までの学生及び社会人計613名を対象にSTS−1を含む質問紙を実施した。回答者の内訳は?@教養教育科目の心理学を受講している大学生308名(男性122名、女性186名)、?A看護学校生47名(女性47名)、?B生涯学習セミナー受講者145名(男性80名、女性65名)、?C銀行員39名(男性19名、女性20名)、?D有職女性向けセミナー参加者74名(女性74名)である。
 なお、STS −1の反応形式は5件法(あてはまらない=1点、あてはまる=5点)とした。質問紙には性、年齢、職業の有無などの個人属性 をたずねるフェース・ シート、ならびに3項目からなる主観的幸福感尺度(5件法;人生満足感、物質的生活満足感、精神的生活満足感)も含まれていた。この質問紙調査は1995年1月から1995年11月にかけて実施された。今回の再分析では、このデータを用いた。

分析の指針

 中村(1998)では、自己超越傾向が単一次元的な現象であると仮定した上で分析を行った。すなわち、24項目からなるSTS-1を対象として主成分分析を行い、未回転の第1主成分に対する負荷量の大きさをみるという手続きを採用した。しかし、今回は尺度項目の情報を集約する主成分分析ではなく、むしろ尺度項目によって測定された得点を分解して、その背後に潜在する因子を見いだすことを目的として、主因子法による因子分析を実行した。使用した統計解析プログラムはSPSS for Windows 10.07Jである。
 因子抽出の手順は、固有値1.0以上の因子を抽出し、因子間に相関があるとの前提のもとで、因子軸の回転にはプロマックス回転を用いた。その結果、7つの因子が抽出され、その累積寄与率は56.155%であった。各因子に0.40以上の因子負荷量を与えている項目に基づいて、因子の命名をした。7つの因子に高い負荷量を与えている尺度項目の総称を「スピリチュアリティ測定尺度」として確定した。また、各因子を反映している下位尺度の内的整合性を検討するためにクロンバックのα係数を算出した。その一覧を下の表に示す。

確定したスピリチュアリティ測定尺度(改訂版自己超越傾向尺度)
項目番号 項目
生の意味と目的
13 いま、ここでの瞬間が大切なひとときだと感じる。
18 一日一日を一生懸命になって生きているという実感がある。
17 自分がこの世に生まれてきたことには、大きな意味があると実感できる。
7 自分の喜びや苦しみを多くの人々と一緒に分かち合いたいと思う。
9 人類全体の進歩と幸福のために、自分でできることをやってみたい。
6 どんな相手でもわけへだてなく受け入れることができる。
霊性の自覚
16 自分の心の中には人間を超えた「神」のような存在が宿っていると思う。
15 自分はなにか大きな見えない力によって「生かされている」という実感がある。
命の永続性
14 自分のいのちは、姿形を変えて永遠に存在すると思う。
12 自分が死んでも、自然の一部になって生き続けることができると思う。
自然との一体感
11 身の回りの自然と自分が心を通わせたと感じた経験がある。
10 草花を見ているうちに、大きな安らぎや充実感を覚えたことがある。
無償の愛
3 自分には、一心同体だと感じられる相手がいる。
4 自分を犠牲にしてでも、その人のために尽くしたいと思ったことがある。
1 自分を愛するほどに他人を愛することができる。  
個人性
23 自分は自分、他人は他人とはっきり区別して考える方だ。
24 あまり現実離れしたことは考えない方だ。
22 人は自分が一番かわいいものだから、他人に献身するなんてきれい事だと思う。
自我固執
21 自分には欲やこだわりを捨てて生きることなどできないと思う。
*19 言葉に言い表せない感動に突然襲われて身震いしたような経験がある。

*印のついた項目は逆転項目

改訂版自己超越傾向尺度の因子分析の結果
改訂版自己超越傾向尺度 第1因子 第2因子 第3因子 第4因子 第5因子 第6因子 第7因子
項目番号 項目 生の意味と目的 霊性の自覚 命の永続性 自然との一体感 無償の愛 個人性 自我固執 共通性
13 いま、ここでの瞬間が大切なひとときだと感じる。 .707 .437
18 一日一日を一生懸命になって生きているという実感がある。 .648 .477
17 自分がこの世に生まれてきたことには、大きな意味があると実感できる。 .573 .411
7 自分の喜びや苦しみを多くの人々と一緒に分かち合いたいと思う。 .538 .368
9 人類全体の進歩と幸福のために、自分でできることをやってみたい。 .453 .368
6 どんな相手でもわけへだてなく受け入れることができる。 .429 .231
16 自分の心の中には人間を超えた「神」のような存在が宿っていると思う。 .758 .645
15 自分はなにか大きな見えない力によって「生かされている」という実感がある。 .729 .616
14 自分のいのちは、姿形を変えて永遠に存在すると思う。 .766 .643
12 自分が死んでも、自然の一部になって生き続けることができると思う。 .726 .617
11 身の回りの自然と自分が心を通わせたと感じた経験がある。 .851 .744
10 草花を見ているうちに、大きな安らぎや充実感を覚えたことがある。 .679 .427
3 自分には、一心同体だと感じられる相手がいる。 .626 .378
4 自分を犠牲にしてでも、その人のために尽くしたいと思ったことがある。 .606 .364
1 自分を愛するほどに他人を愛することができる。   .405 .256
23 自分は自分、他人は他人とはっきり区別して考える方だ。 .483 .234
24 あまり現実離れしたことは考えない方だ。 .477 .213
22 人は自分が一番かわいいものだから、他人に献身するなんてきれい事だと思う。 .421 .303
21 自分には欲やこだわりを捨てて生きることなどできないと思う。 .496 .296
19 言葉に言い表せない感動に突然襲われて身震いしたような経験がある。 -.412 .393
残余項目
8 私たちは、みんなが「目には見えない糸」で結びつきをもっていると思う。
2 自分も相手もないと感じるような瞬間がある。
5 相手が喜び、幸せそうにしているのをみると、自分のことのように嬉しくなる。
20 人生は1回きりだから、自分のしたいように生きてみたい。
固有値 5.271 1.713 1.478 1.393 1.338 1.267 1.016 13.476
分散% 21.963 7.139 6.160 5.803 5.577 5.278 4.235 56.155
α係数 .728 .779 .776 .698 .519 .407 .218
因子抽出には主因子法を使い、軸の回転にはプロマックス法を用いて因子を決定した

因子分析の結果は、スピリチュアリティを構成する要素に7つの因子が存在することを示しており、そのうち「個人性」と「自我固執」に関する因子は、スピリチュアリティとは逆の側面を表しているものと解釈できる。スピリチュアリティには、多元性があることが確認された。これらの因子をWHOの提案するスピリチュアリティの4つの領域と対応づけるならば、その多くは第3領域の「超越性」に集まっており、第1領域の「人間関係」との対応もあるといえる。逆に、日本において重要度の低い下位項目の集まっている第2領域「生きていく上での規範」、第4領域「特定な宗教を持つこと」には対応性が弱く、現代の日本人が重んじている要素をおおむね反映した内容から構成されているものと考えられる。


共分散構造分析によるスピリチュアリティ概念の構造

 つぎに、スピリチュアリティが個人の主観的幸福感に影響を及ぼしていると考えて、そのモデル化を試みた。使用した統計プログラムはAmos4.02である。まず、基本モデルとして、因子分析の結果得られた7つの因子を代表する項目のZ得点を観測変数とし、その潜在変数をスピリチュアリティとおいた。一方で、人生満足感、物質・経済的満足感、精神的満足感のZ得点を観測変数とし、その潜在変数を主観的幸福感とおいて、スピリチュアリティが主観的幸福感を規定しているという因果モデルを設定した。
 その上で、2つの潜在変数の規定関係を探索するための多重指標モデルの検証を共分散構造方程式モデリングによって、実行した。その際、すべての観測変数を含んだ基本モデルの検定から出発し、Wald検定及び適合性指標の結果を見ながら、因果関係の薄い変数を除外したり、観測変数間に共分散を仮定しながら、修正モデルを決定していった。




調査対象者全員のデータを共分散構造分析によって、解析したところ、スピリチュアリティの構成要素として、「生の意味と目的」がもっともパス係数が高く、以下「霊性の自覚」、「命の永続性」、「自然との一体感」までが説明力の高い観測変数として残った。また、霊性の自覚と関連する観測変数には、命の永続性と自然との一体感があり、これら3つの側面は相関していることが認められた。他方、主観的幸福感の要素からは物質・経済的満足感が脱落し、人生満足感と精神的満足感のみが幸福感の主要構成要素として残った。スピリチュアリティは人生の質や精神的な側面に対する幸福感を高める関係にあることが上図からうかがえる。



次に、男女別にスピリチュアリティモデルの検証を行った。基本的に男女で大きく構造の異なる部分はないが、男性では「無償の愛」がスピリチュアリティの要素として残っている。


世代別の分析では、10代・20代のスピリチュアリティモデルは、きわめて単純な構造になっていることが認められた。すなわち、生の意味と目的、命の永続性の2側面だけが意味のある構成要素であり、物質・経済的満足感は幸福感の要素から除去されてしまっている。若年層のとってのスピリチュアリティとは、生きること、いのちの側面が重要な課題であり、超越的な要素はスピリチュアリティには関係の薄いものと見なされている。


60歳以上のグループになると、それに加えて「霊性の自覚」がスピリチュアリティの重要な側面になってきていることが分かる。人間を越えたもの、超越的な意識の次元に関心が向かうようになっている。また、若年層と比べても命の永続性に対するパス係数が高くなっており、老いと死を自覚するようになるこの年代の関心事であることが示唆されているといえる。



年齢の3次関数としてのスピリチュアリティ

 スピリチュアリティ構造の年齢による差異が見られたことから、さらに加齢によるスピリチュアリティ(経験;信念;価値観)の発達的変化をとらえるために、回帰分析を行った。その結果、霊性の自覚と命の永続性のZ得点には、加齢による3次関数的な関係が認められた。つまり、これらの要素は30代くらいまでは上昇するが、30−50代では停滞あるいはむしろ低下する傾向にあり、60歳を過ぎた頃から急上昇の曲線を描いている。スピリチュアリティの中核的要素でもあるこれらの側面は、老年期における意識の発達にとって、重要な意味を持っていることがうかがえよう。
 スピリチュアリティを一種の心の成長、意識の発達の指標と見るならば、それはWilber(1990)が言うような単純上昇直線となるのではなく、アップダウンを経て老年期になってようやく「枯れた境地」に到達できるようになるのではないだろうか。あるいは、老いと死を意識し始める頃になって、スピリチュアルな側面へのニーズが高まることの証拠と見なすこともできるだろう。
 いずれにしても、魂の成長とは単純に生じるものではなく、人生における様々な出来事の中で生じる苦難や苦悩を中年期に経験して、一度は人は「脱スピリチュアルな存在」になり、日常生活の目に見える世界の方に注意が向かいやすくなる時期があるのであろう。このような知見は、Washburn(1990)のいうようにトランスパーソナルな発達には、根源への回帰、より高次へと進んでいく前の後退が必要だとする見解に一致するものと言うこともできよう。
 こうした、上昇と下降のパターンは、人生周期の長いスパンで起こっているものだろうが、短期的なスパンにおいても生活上の出来事を経験し、苦悩や困難を乗り越えながら、次のステップにあがっていこうとする「マイクロ・アップダウン・プロセス」が存在するのかもしれない。意識の変容と発達のプロセスとは、葛藤や障害に直面して、簡単には解決、解消できない問題を克服していく「成長のための苦悩」、「発達の手前の暗闇」の存在を仮定してみることができるのではないだろうか。一見すると悪い状態(mal-being)に見えるものが、実は成長への糧、発達課題としての「よい不幸プロセス」ととらえることもできるかもしれない(e.g.,松本,1997)。




性と年齢層によるスピリチュアリティの差異

性と年齢層を独立変数とし、スピリチュアリティの各要素を従属変数とする2要因分散分析を行った結果、生の意味と目的、霊性の自覚、命の永続性の3つの側面において、男性よりも女性のスピリチュアリティが豊かであり、しかも年齢層があがるにつれて、これらの得点が上昇する傾向が認められた。





無償の愛については、年齢層による主効果のみが有意となり、加齢に伴って無私の愛、見返りを他者に求めないようになることが見いだされた。逆に、個人性については高年齢層における個人性の低下が著しい。個人主義的な価値観が老年期では、重視されなくなっていることがわかる。


最後に、自我固執については、性と年齢層の交互作用効果が有意になった。すなわち、女性ではどの年齢層でも自我固執の変化がないのに対し、男性では30代以上になって急激に自我への執着が増加し、それは60歳以上の群においても高得点を示している。


スピリチュアリティのナラティブ・アプローチ

 意識の拡張は認知の拡張のプロセスとして描くことができる。Wilber(2000)の統合的心理学の構想によれば,意識の主観的側面,個人的な気づきは「私」の領域と呼ばれる。下の図の左上の象限はあらゆる個人の内的意識体験を含んでいる。すなわち、「私」が感じ,認識するものすべてがリアリティとなる。審美性や美的な感性もまた,この内的−個人的な意識のリアリティに属するものとしてとらえる。
 これに対し,右側の象限は意識の内的な状態を客観的,外的にとらえた場合のリアリティの世界を意味する。神経生理学や認知科学の研究者は脳のメカニズムや神経細胞の信号伝達が意識を生み出していると考え,個々の有機体に関する科学的事実に基づいて,意識を第三者的,客観的に説明しようとする。
 ここで,Wilberの言うフラットランドとは,人間の感覚とその外延(望遠鏡,顕微鏡,写真版など)によって実証的に観測された物質/エネルギーのみがリアルであるという信念(世界観)である。フラットランド的世界観では,われわれの内的な経験や心理的な現実はすべて客観的,外的な用語によって説明され,物質的なプロセスに還元されることになる。フラットランドの問題点は,宇宙は基本的に物質(もしくは物質/エネルギー)から成り立っており,物質的肉体と物質的脳を含むこの物質的宇宙こそが科学によってのみ研究できるとする態度にある(Wilber,1998)。これが現代の西洋において支配的な公式の哲学,科学的唯物論として知られる世界観である。科学的唯物論は客観的なプロセス,「私」の言語や「我々」の言語ではなく,単に「それ」の言語で記述されるすべてのものから構成される宇宙(universe)に関するものであり,それには意識,内的なもの,価値,意味,深み,そして神聖なるものが欠如している(Wilber,1998)。
 しかし,意識とはこうした外的,客観的な装置や基準によってのみとらえることのできないものであり,「私」が感じた主観的事実や「我々」が共通して認める共同主観的な事実もまた意識の働きが与えるリアリティであると考える。中村(2003)の提唱する「スピリチュアル・サイコロジー」は,個人の主観的な心理反応と科学的手法によってとらえられた行動の両面を等価のものとして扱う。
 トランスパーソナルな体験は、従来個人的、内的な体験の領域、すなわち「私の領域」に押し込められてきた。しかし、Ferrer(2002)はスピリチュアルな体験知のもっている、共同主観的な広がりの可能性について考察を行っている。Ferrerの主張は、トランスパーソナルな現象は(1)内的主観的な体験ではなく、出来事(事象)である、(2)それは個人、他者との関係性、共同体、集合的アイデンティティ、場所といった異なる場で生起するマルチ・ローカルな現象である、(3)それは霊的な世界の共同創成において、霊的な力と相互作用するために、あらゆる次元の人間性のもつ力と力動性を招来しうるという意味で参画的なものである、(4)参画的な知とは、合理的精神による知のみならず、ハートの情動的、熱狂的な知、身体で分かる感覚的身体的な知(体感知)、魂によるヴィジョンや直感的な知を含む多次元的なリアリティへの接触を意味する、という要点にまとめることができる。このように、スピリチュアリティないしはトランスパーソナルな体験は、個人にとどまらず集合的な現象としての性質も持っているといえる。

 

「私」の領域・・・意識,主観性,自己,及び自己表現(アートと美学を含む);真実,誠実性;還元不能で,直接的な活きた気づき;一人称

「我々」の領域・・・倫理とモラル,世界観,共通文脈,文化;共同主観的意味,相互理解,適切性,公正さ;二人称

「それ」の領域・・・科学技術,客観的性質,実証的形式(脳と社会システムを含む);事実命題;個とシステムの客体的外形;三人称

 ここで、Wilber(1998; 2000)のリアリティの3層構造モデル(ビッグ3)から言えば、社会構成主義(e.g., Gergen,1994)に代表されるポストモダニズムの潮流は、いわば「われわれ」に関するリアリティに関する理論群になる。しかし、ポストモダニズムの急進派は、「それ」の領域のリアリティ=客観性を拒絶する。ポストモダンは、物語を「虚構」であると考える。すなわち、絶対的なリアリティを拒絶して、物事をすべて相対化してとらえようとする。人間の「意味づけ」や解釈を重視するあまりに、科学的現実を否定して、外的観察、定量化に基づくデータさえ軽視する。
 これに対し、Wilberは、「わたし」=主観、「われわれ」=共同主観、「それ」=客観、 この3つのモードのリアリティを認める。Wilberによれば、ポストモダニストは主観的領域以外のリアリティを拒絶しすぎてしまっており、「グランド・ナラティブ」や、「メタ・ナラティブ」を拒絶してしまっているという。つまり、ポストモダニズムは、普遍的なもの、本質的なものを拒否しているとWilberは批判する。
 ポストモダンは、 「現代の神話」である科学的実証主義を徹底的に批判した。しかし、社会構成主義は「わたし」から「われわれ」への現実の構築を試みるものだと筆者は考えている。主観的現実から共同主観的現実の構築である。ナラティブ・アプローチは、そういう意味で、社会的な価値を主観の共有によって作り上げていくための1つの接近法であると考えられる。
 自然科学の基本的スタンスは善悪の評価や価値には中立である。そういう「物語」を作るのが科学的リアリティの本質である。しかし、「人間科学」というのは価値に中立であるはずもなく、目標指向性をもっているものであり、それを主観の共有によって作り上げていくための方法論を提供するものであると考えられる(杉万,2000)。"我々"が善良であると考えるもの(共同主観的事実)を構築していく、そういう位置づけで、人間科学は経験的事実を元に互いの認知したものを重ね合わせて、よりよいとわれわれが思えるような「世界」を構築していくことが目的となるであろう。
 ここで、社会構成主義から臨床心理学に応用され、最近になって急速に普及しつつあるナラティブ・セラピーについて、概観しておこう(Cf.,小森・野口・野村,1999; 長谷川・若島,2002)。ナラティブ・セラピーとは、日本では会話を重視する短期療法、家族療法の新しいアプローチの総称として用いられている心理臨床学的な技法である。その中に物語療法が含まれる。特に、1980年代以降の家族療法のアプローチをまとめて、ポストモダン・モデルと呼ぶことがある。

1) 解決志向アプローチ・・・問題解決をするのではなく、解決構築をしていく。目標作りの協同的話し合い。ミラクル・クエスチョン、スケーリング・クエスチョンなどの質問技法が編み出されている。また、観察課題の技法や、解決が起こったふりをする課題の技法も考案されている。

2) ナラティブ・モデル・・・書き換え療法(re-authoring therapy)とも呼ばれる。すなわち、クライエントのドミナント・ストーリーを改め、違った新しいストリー(オルタナティブ・ストーリー)の創出をセラピストたちはクライエントと共にめざす。ストーリーは対人的相互作用を通じて生まれ、維持され、書き換えられると考える。このモデルで開発された技法として?@問題の外在化の技法、?A相互の影響を尋ねる質問技法、?B行為の展望に関する質問技法があげられる。社会構成主義に沿った方法の1つである。

3) リフレクティング・プロセス・・・面接の途中で照明スイッチを切り替え、セラピストとクライエントらが観察・傾聴している前で、チームがそこまでの面接を傾聴しながら感じたことや考えたことを話し合う技法である。つぎに、再び照明スイッチを切り替え、セラピストは、家族にチームの話し合いについてのコメントを求め、さらに面接を続ける。すなわち、舞台装置つきの家族療法である。この結果、内的対話と外的対話の往来により差異が生じ、膠着したシステムに変容が生じる。システムの自己治癒力を尊重するアプローチである。

4) 協働的言語システムアプローチ・・・もっとも新しいアプローチといわれている。ポスト・モダンモデルの典型例である。解釈学や社会構成主義の考え方を徹底的にモデルに引き込んでいる。言語活動を通じて現実や意味が創られることを強調し、対話を通した意味生成を重視する。対話をしながら、習慣化されたものが語り直され、話されていなかったことが話されて、その必然的結果として意味(現実)が変化していくと考える。また、問題を解決せずに解消しようと考えるのも特徴である。セラピストのクライエントに対する「唯一正しい理解」はないと考える。このとき、無知の姿勢をセラピストはとる。セラピストはクライエントの「語り」に好奇心を持って傾聴し、偏見や即断なく会話を続け、文脈の中で共同探索していく姿勢を重視する。「介入」をセラピストやチームが「デザイン」することはなく、自然に会話の中で生じるものと考える。 

 このように、社会構成主義的なセラピーでは、基本的にセラピストとクライエントの対話を通じて、クライエントを支配している「人生シナリオ」の変容をめざすのが特徴である。
 Gergen&Gergen(1988)、及びGergen(1994)は、自己の物語(self-narrative)について、いくつかの人生シナリオのパターンが存在することを指摘している。


まず、自分自身の人生の質について、変容の認められない安定的な物語である。そこには、ライフイベントにおいて、大きな変化は認められない。首尾一貫したフラットな語りがそこには展開される。


つぎに、進歩的あるいは退行的な人生の質に対する主観的評価の変容のパターンがあげられる。ここでは、クライエントの語りは自らの人生の出来事について単純上昇的な事象の連続や否定的な出来事の累積によって単純に評価の低下するパターンが語られることになる。


第3に、人生に対する評価が悲劇的な結末に終わるパターンと一度否定的な方向に低下して、その後になって幸福な出来事で締めくくられるコメディーロマンスのパターンも考えられる。


第4に、時間の経過に伴って幸福感が急激に増して、その後安定した人生に対する評価の得られる物語もある。さらに、山あり谷ありの出来事の経験を経て最後にハッピーエンドを迎える「英雄神話」の物語も存在する。劇的な転換点を何度も経験して、それを乗り越えて最後に成功や勝利を収める人の個人的な人生脚本である。
 このように、人生における物語性にはいくつかのパターンが示唆されているが、Gergen(1994)は、異なる自己の物語を他者と共有していくことで、これまでの人生脚本の書き換えが生じうることを指摘している。
 こうした社会構成主義の主張は、私の領域で起こっている(認知されている)出来事に意味づけを行い、個人的な神話のモチーフから他者と共有されることによって、物語の方向性が異なる方向に編み出され、変容していく可能性を示唆しているものと理解できる。さらに、それが社会的、文化的に規定される「集合的神話」へと広がっていく可能性について、人々の相互作用を通じて、「われわれの領域」のリアリティに再構築していく方向付けを試みるアプローチもあることを指摘することにあるものと考えられる。このことは、Wilberなどのトランスパーソナル心理学の指向性と必ずしも矛盾するものではない。むしろ、人間の意識の変容を多元的なリアリティの側面からとらえていくための枠組みを提供するものとして、社会構成主義的なアプローチはトランスパーソナル心理学の方法論的な発展にとっても建設的な役割を果たすことができるのではないだろうか。
 筆者の得たスピリチュアリティの加齢による3次関数的関係は、マクロのレベルで人々の意識の変容がコメディロマンス的な展開をしていることを「語る」ものである。そこには、人々の生活事象の中での悲喜こもごものプロセスがあることを定量的な分析によって明らかにしたといえよう。しかし、集団的なデータの分析には、個々の物語性が反映されることはない。それを補完するには、事例研究等の質的な研究法を適用することによって、その短期的な意識の変容やスピリチュアルな発達に大きな個人差があることを明らかにしていく努力も必要な仕事になるといえよう。


スピリチュアリティの定性的分析

 スピリチュアリティ概念の多様性をとらえるには、集団的データの定量的分析によって示された「共通因子」が、個人の心理的空間においても見いだされるかどうか、また個人の意識的、無意識的なスピリチュアリティ観に関する「特殊因子」の切り取りも必要になってくる。つまり、法則定立的なアプローチと個性記述的なそれとの相互補完的な役割を念頭に置いて、研究が進められることが妥当であろう。
 基本的に、心理学的なアプローチは、実験や調査、面接における対象者の行動や言語報告をデータとして重視する。スピリチュアリティについても、個人の体験、信念、価値の言語化および行動として表出される。そこで、まずはこれらの指標に焦点を当てながら、データの収集を試みることが原則となる。それにくわえて、Ferrer(2002)の言うように、参画的な知とは、合理的精神による知のみならず、ハートの情動的、熱狂的な知、感覚-身体的な知、魂によるヴィジョンや直感的な知を含む多次元的なリアリティへの接触を含んでいる。したがって、研究者は単なる合理的、客観的な観察者、分析者である必要は必ずしもなく、対象者との対人的相互作用を通じて、対象者のスピリチュアリティに関する情動に共感し、体感的反応の共有化も試みながら、協同作業を通じて参画的なデータを得るようにする必要がある。
 Gergen(1994)などに代表される社会構成主義、そしてナラティブ・アプローチは主に「言語」を重視するきらいがあるが、実際の臨床場面では、対話は言語的なコミュニケーションにしたがって行われるだけでなく、非言語的な信号のやりとりも重視されている。さらに、対象者の深層意識との交流を重んじる筆者の祈祷療法では、トランス・コミュニケーション(中村、2003)が発生することが多く、死者や憑霊との対話も重要な要素となっている。実践を研究にするためには、研究者自らが「場」の中に参画して、体験的な理解を図りながらデータを得ていく姿勢が重要である。
 市井の人々を対象とするスピリチュアリティの研究に際しては、彼らの心理的イメージ空間に着目することもまた重要な側面である。個性記述的アプローチは、これまで事例研究を中心に行われてきたが、心理臨床学的な研究は膨大な量の逐語録から、対象者の内的世界の読み取りを行い、研究者がそれに解釈を加えるという方法で実施されている。しかし、得られた事例データをどのように解釈するかは、最終的に研究者の主観による部分が多く、データの吸い上げが恣意的であるという欠点を持っている。こうした心理臨床学的研究法の限界を克服しようとする試みの1つに、PAC分析(個人別態度構造分析)があげられる。PAC分析は、内藤(1997)が開発した、質的分析(言語連想)と多変量解析(クラスター分析)を組み合わせ、研究者と研究協力者(いわゆる被験者)の対話を重視した、新しい研究法である。この方法は、そもそも社会心理学の領域で提唱され、次第に心理臨床や関連諸分野に広がってきている研究法である。基本的には質的分析でありながら、多変量解析の結果を対象者にその場で提示して、焦点となる概念の「外在化」を行うことで、劇的な治療効果も生じることがあり、通常1〜2時間の面接で完結する短期療法的な性質も持っている心理臨床的な技法でもある。
 筆者は、スピリチュアリティをとらえるためのパラダイムとして、こうした定性的な分析と定量的な分析の両面から得られたデータの編み込みを試みていくことにする。


引用文献

安藤治・結城麻奈・佐々木清志 2001 心理療法と霊性-その定義をめぐって トランスパーソナル心理学/精神医学,2,1-9.

Argyle,M. 1987 The psychology of happiness. London: Methuen & Co.Ltd.

Cloninger,C.R., Svrakic,D.M., Przybeck,T.R. 1993 A psychobiological medel of temparament and character. Archives of General Psychiatry,50,975-990.

Elkins,D.N., Hedstrom,L.J., Leaf,J.A., & Saunders,C. 1988 Toward a humanistic phenomenological spirituality; Definition,description, and measurement. Journal of Humanistic Psychology,28,5-18.

Erikson,E.H. 1964 Insight and Responsibility W.W.Norton & Company Inc.(エリクソン,E.H. 鑪 幹八郎訳 1971 洞察と責任 誠信書房)

エリクソンE.H. 岩瀬庸理(訳) 1973 アイデンティティ-青年と危機 金沢文庫
(Erikson,E.H. 1968 Identity: Youth and crisis. New York:W.W.Norton & Company,Inc.

Feist, G.J.& Bodner, T.E. 1995 Integrating Top-Down and Bottom-Up Structual Models of Subjective Well-Being: A Longitudinal Investigation. Journal of Personality and Social Psychology, 1995, Vol. 68, 138-150.

Ferrer,J.N. 2002 Revisioning transpersonal theory: A participatory vision of human spirituality. Albany: State university of New York press.

Gergen,K,J., & Gergen,M.M. 1988 Narrative and the self as relationship In L.Berkowitz(Ed), Advances in experimental social Psychology(Vol.21) pp.17-56.

Gergen,K. 1994 Realities and relationships: Soundings in social construction. Massachusetts: Harvard University Press.

長谷川啓三・若島孔文 2002 事例で学ぶ家族療法・短期療法・物語療法 金子書房

比嘉勇人 2002 Spirituality評定尺度の開発とその信頼性・妥当性の検討 日本看護科学会誌,22,29-38.

今村由香・河正子・萱間真美・水野道代・大塚麻揚・村田久行 2002 終末期がん患者のスピリチュアリティ概念構造の検討ターミナルケア, 12, 425-434.

葛西賢太 2003 「スピリチュアリティ」を使う人々-普及の試みと標準化の試みをめぐって 湯浅泰雄(監修)スピリチュアリティの現在 人文書院

木島伸彦・斎藤令衣・竹内美香・吉野相英・大野裕・加藤元一郎・北村俊則 1996  Cloningerの気質と性格の7次元モデルおよび日本語版Temparament and Character Inventory(TCI) 季刊 精神科診断学,7,379-399.

小森康永・野口裕二・野村直樹(共編)1999 ナラティヴ・セラピーの世界 日本評論社

窪寺俊之 2000 スピリチュアルケア入門 三輪書店

Maslow,A.H. 1954 Motivation and personality. New York: Harper & Row.

マスローA.H. 上田吉一(訳) 1964 完全なる人間-魂のめざすもの 誠信書房
(Maslow,A.H. 1962 Toward a psychology of being. Princeton, N.J.: D.Van Nostrand Co.)

Maslow,A.H. 1969 TheoryZ. Journal of Transpersonal Psychology, 1, 31-47.

松本孚 1997 幸福概念の再検討 −実践的理論枠組みとその定義− 人間性心理学研究,第15巻,第1号,56−68.

Mayeroff,M. 1971 On Caring, Harper Perennial(メイヤロフ,M. 田村真・向野宣之共訳 1987 ケアの本質−生きることの意味 ゆみる出版)

ミラー,J.P. 吉田敦彦 訳 1994 ホリスティック教育 春秋社

水島恵一 1985 人間性心理学大系 第1巻 人間性の探求-人間科学としての人間学 大日本図書

内藤哲雄 1997 PAC分析実施法入門:「個」を科学する新技法への招待 ナカニシヤ出版

中村雅彦 1998 自己超越と心理的幸福感に関する研究−自己超越尺度作成の試み 愛媛大学教育学部紀要(教育科学),第45巻,第1号,59−79.

中村雅彦 2003 呪いの研究-拡張する意識と霊性 トランスビュー

中村雅彦・井上実穂 2001 死生観が心理的幸福感に及ぼす影響 愛媛大学教育学部紀要(教育科学),47,59-99.

西平直 2003 スピリチュアリティ再考-ルビとしての「スピリチュアリティ」 トランスパーソナル心理学/精神医学、4,8-16.

Noddings,N. 1984 Caring:A Feminine Approach to Ethics and Moral Education Univ.of California Press.

杉万俊夫(編著者代表) 2000 看護のための人間科学を求めて ナカニシヤ出版

Strack,F., Argyle,M., & Schwartz,N.(Eds.) 1991 Subjective well-being:An interdisciplinary perspective. Oxford: Pergamon Press.

田崎美弥子・松田正己・中根允文 2001 スピリチュアリティに関する質的調査の試み-健康およびQOL概念のからみの中で 日本医事新報,4036,24-32.

富田拓郎 2000 TCIの尺度構成と信頼性・妥当性に関する批判的考察 季刊精神科診断学,11,397-408.

Washburn,M. 1990 Two pattaerns of transcendence. Journal of Humanistic Psychology,30,84-112.

Wilber,K. 1990 Two patterns of transcendence: A reply to Washburn. Journal of Humanistic Psychology,30,113-136.

Wilber,K. 1998 The marriage of sense and soul: integrating science and religion. New York: Broadway Books.

Wilber,K. 2000 Integral psychology: Consciousness, spirit, psychology, therapy. Boston: Shambhala Publication,Inc.

ホームページへ