四日目 9日 火曜日 晴れ
連泊でも今日は一日中ローレンシャン高原を見て回る予定なので、朝は早い。6時起床、カメラをぶら下げて独り湖畔を散歩する。上の写真はそのときの物。
6時45分朝食、7時45分ホテル出発。最初はサンソベールという小さな町についた。ただ、ここの教会は銀色に輝いていて大きく立派な教会だった。「銀色の教会」として有名らしい。
次にセントジョセフ湖に行った。湖のほとりに青い教会が建ち、とても清々しい感じの場所だ。
9時、センタアガタ・サーブルという町に着いた。湖のほとりの落ち着いた町で観光船に乗って湖を一周すると言う。9時半就航まで、少し間があると言うので町をぶらつく。日本の100円ショップのような店もあった。朝の内の所為か車も少なく、街はしずかだった(下左)。
時間通りに出航。船の中で説明する地元ガイドの高橋さん。ここでも若い日本の女性は元気だった。
この辺りはローレンシャン高原のなかでも最高の別荘地らしく、綺麗に色ずいた木樹の合間に高級別荘が点在している。広い敷地が湖畔まで続き、ボート小屋は勿論ヘリポートや、水上飛行機まである別荘があった(右下)。世界的企業の某会長さんの別荘は、倅の社長の別荘や家族の別荘、大好きなバラ園を維持するための庭師の家まで付いているそうだ。憧れから、あぶく銭で買うことは買っても、固定資産税がやたら高く、おまけに、雪が降れば降ったで、三日以内に雪かきを済ませなければいけないとか、小うるさい条件も一杯付いていて、維持できずに二三年で売ってしまう例が多いそうだ。ここに別荘を持つことが出来るのは世界のセレブだけということらしい。その一方で、今では珍しいビーバーの巣がちゃんと遺されているのは、そんなやかましい維持規則のお陰なのかな(下左の写真の、水辺にある枝のかたまり)。紅葉クルーズを終え、いよいよトレンブラン山に向かう。
トレンブラン、この小さな町は観光とスキーの為だけに作られた街のようだ。ランドマークのような建物、絵の具を撒き散らしたような色彩美、生活感のまったくない街だ。それだけに綺麗で明るくて回りの紅葉と相俟って夢の景観を形作っている。
左は、ケーブルの中のやっじっじの娘たち。
ここでも「ハローウイン」の飾り付けがあって、下の娘は人形と並んで椅子に座ってハイ ポーズ(下中)。
そこの一角にあるトレンブランビレッジでパスタの昼食を摂り、立ったまま乗る、無料のリフトで中腹へ、そこからケーブルに乗り換えて標高800Mのトレンブラン山へ登る。
頂上からの見晴らしは素晴らしい。水平線まで赤く染まっている。ただ真っ赤ではなく橙色と言ってよいかな。右上の写真は頂上のケーブルステーション。
頂上は高い独立峰ではなく丘が連なっている感じで、雪が降れば稜線の何処からでも左右に滑り降りられるようだ。遠くに川(もしかしたら湖?)が見えた。
見晴台(上中)まで皆で歩き上ってみる。一段と見晴らしが良く、今の季節、紅葉が山裾目指して駆け下っていくようだ。今度はケーブルを使って下に降りる。幾らもないようだが、歩いて下るのは時間的に無理のようだ。期待していた紅葉ウオーキングは、この山の中腹を歩くらしい。
リフトとケーブルの中継点まで下り、ここからウオーキングが始まる。ガイドの高橋さんからウオーキングについての説明があった。「幾つかあるコースのうち、初心者用の1時間半位のコースを歩きます、それでも最初のうちは少しきつい上りもありますので、不安な方は無理をしないでリフトを使って下に降り、時間までのんびりとお過ごしください、」と言う話があり、数人の方がそのままリフトに向かわれた。
我々は燃えるような紅葉林の中を、高橋さんに続いて山道を昇る。小さな橋を渡り小さな滝を巻いて進んでいく、気分爽快。まさに紅葉狩り日和だ。
3.40分上ると見晴らしの良い峠上に出て一休み、そして下りになる。この先はやっじっじの下手な写真でも分かるように、紅葉は一段と盛りになり綺麗になった。
左右上下、ポイントを探してシャッターをきる。足元の注意が散漫になる、案の定つまずいて転んでしまった。すぐに起き上がったが不覚だった。
娘たちは落ち葉拾いに夢中だ。ツアーのお一人から綺麗な押し葉の作り方を教えてもらったらしい。
帰宅後、今回の旅行を、下の娘が写真入りの記念本として上梓してくれた。上左の写真はその本の表紙を飾りました。
再集合の時間に余裕が出来て、自由行動になり、我が家はコーヒータイムを取る。3時半
トレンブランを後にしてホテル「レステレル」に6時着。今夜のディナーは7時からだ。
メニュー
ワイルドマッシュルーム、パフペイストリー、ホワイトワイン
チキンブイヨンスープ
アトランティックサーモン、ほうれん草とえんどう豆のソース
センジャン産のブルーベリータルト(写真)
紅茶、珈琲、ハーブ茶
少しずつカナダの旅にも慣れてきたようだ。
五日目 10日 水曜日 晴れ
今日はどちらかと言えば観光より移動日、6時起床、6時半朝食、7時半には慌しくバスは出発した。
今度のカナダ旅行、何がすごいかと言うと泊まったホテルが超一流ばかりだということ。お別れするこのホテル(レステレル)も、四星ホテルだよと名残惜しげな家族。
この後約100Kの道を1時間半かけてモントリオールに。市内に入り、いかにも旧市内と言った感じの街並みの中を行く。バスが止まったら写真をと思っていたら、止まる時は渋滞の時で他の車が邪魔をして写せなかった。三階建ての家が並んでいて、二階に直接「外階段」が付き、殆どの家の二階玄関脇に自転車が並んでいた。珍しい景観だった。
ほどなくモントリオール「ノートルダム大聖堂」まえに到着した。聖堂の前側は公園になっていて、モントリオールはこの辺から栄えていったらしい。周辺には当時の建物が並び、トロントと同じようにここでも「リス」が沢山いた。引率された子供たちがツアー客を珍しそうに見てゆく。北国の子らしくカラフルないでたちだ。
ノートルダム大聖堂の内部は荘厳を極め自ずと頭が下がる。ステンドグラスが素晴らしく、なんとかカメラに納めたかったが、大きすぎてフラッシュを焚いても(ミサをしてないときに限る)やっじっじのデジカメではこの程度しか写りませんでした。
歩いてジャック・カルティエ広場へ、途中、旧市内を通るが道路も建物も補修中が多かった。ジャック・カルティエ広場は由緒ある広場で、右手に旧市庁舎があった(上左)。
最後に一番奥のネルソン提督の銅像(上左)を見てモントリオール空港へ向かう、上右の写真はモントリオール空港にて粋な空港ボランティァの女性との記念写真。14時モントリオールを飛び立つ。(上中)上空から見たモントリオール市。
4時間40分かけてカルガリー空港到着。国内時差によりカルガリー時間はまだ16時40分だった。
ここから約2時間かけて「カナディアン・ロッキー」を目指す。道半ばに差し掛かった頃急にバスが停車。トイレ休憩かと思ったら運転手さんとガイドさんが降りていった。
しばらくして帰ってきての話では、ワゴン車が停車していて、4人連れが助けを求めているそうだ。
車が故障していて我々のバスに乗せて欲しいとのこと、外人二人に日本人二人で、我々のコース半ばで降りるので、乗せても我々の行程に支障は出ないとのこと。
運転手さんとしては助けて上げたいが、皆さん(お客さん)の賛同がなければ出来ないので、いかがでしょうか?と言う話だった。
添乗員田辺さんの発案で、目をつぶって、挙手で賛否を問い、全員賛成で、無事人助けが出来た。
4人の内日本語が話せる二人が事情説明とお礼の挨拶をされたが、一人は二十歳になったばかりの青年だった。トイレ休憩に立ち寄ったコンビニで語り合う青年と、同じ年の息子を持つわが娘。
19時半ころ、世界自然遺産カナディアンロッキーにあるホテル「フェァモント・シャトー・レイクルイーズ」に到着した。
すでに陽は落ちているので、周囲の様子は分からない。一旦部屋に入り、改めてレストランへ。
ここのディナー、特にローストビーフの厚くて柔らかくて美味しかったこと、特筆ものだった。
飲んだビールの支払いにカナダドルを切らしていて、僅かな金額にカードを使うことになり、迷惑を掛けた。外国では何かにつけ小銭が必要、後数日だが気を付けなければ。
六日目 11日 木曜日
朝早く、隣の部屋から娘が飛び込んできて
「カーテン開けて窓の外を見て、すごい景色だよ」
夕べはホテルに着いたのが遅く、すでに暗くなっていたので気が付かなかったが、
窓の外はまさに「カナディアンロッキー」だった。
ホテルと同じ名前の「レイク・ルイーズ」が、明けやらぬ朝の光の中、蒼く静かに姿を現している。
部屋の正面に。
。
わずかな時間の変化と共に、湖を取り囲む山々が、朝日を浴びて黄金色に輝き、カナディアンロッキーの峯峯が、神々しいばかりの姿を見せた。
正面には上辺を空と同化したビクトリア氷河が、左右の峯を従えてデンと座し、息を呑む光景。
感激、感激。
左は部屋から写したルイーズ湖、右の写真の中央、光っているのフラッシュの反射です。
今日の出発は、朝食後の湖畔の散策時間を加味して9時15分になった。
連れ立って、これ以上ない朝の新鮮な空気を胸いっぱいに吸いこみ、素晴らしい景色を目に焼き付ける。
右上は宿泊した湖畔のホテル「フェァモント・シャトー・レイクルイーズ」。左は湖畔で写したレイクルイーズ。この湖は「ロッキーの宝石」と讃えられ、その水源は、正面に見えるビクトリア氷河、その名前は、イギリスのビクトリア女王の娘「ルイーズ王女」から名ずけられた。湖の神秘的なブルー、白い氷河を頂いた山々、一幅の名画を見るようだ。
左上は洒落た感じのホテルの案内板。右は湖畔に佇むやっじっじ夫婦。
朝の時間は短い、あっという間に出発時間が来てしまった。
9時20分出発、今日の地元ガイドは「根本ミキ」さん。待望の大氷河見物に向かう。最初に立ち寄ったのが上中の写真の所、クローフット氷河だ。三本指の「からすの足跡」と言われていたが、温暖化の影響か一番下が無くなり今では二本指になっている。
やっじっじ夫婦の後ろの氷河。
次に寄ったところは「ボウ・レイク」だ。この湖も、湖向こう正面にあるボウ氷河(左写真の中央)から流れ出た水が造り出した湖だ。ボウ川はここから流れ出している。
右の写真は湖畔に建つ、赤い屋根のナムジーニョ・ロッジという歴史のある可愛らしいホテル。ホテル周辺は、初夏の頃には、高山植物が咲き乱れる素晴らしい所だそうだ。
昨日から走っているこの道路は、バンフ国立公園とジャスパー国立公園を結ぶ、アイスフィールド・ロードと呼ばれているロッキー観光の中心道路で、上の写真はザ・クロッシングと呼ばれる中心休憩地。後ろの山はマーチソン山。そこにリタイヤした雪上車があったのでやっじっじと。
左側に雌のエルク(鹿)の親子がいた。中はバンフとジャスパー、二つの国立公園を結ぶサンワブタ峠。
そしてほどなくアイスフィールドセンターに着いた。ここで昼食を摂り、乗り合いバスに乗り換え、雪上車の乗り場に進む。
ここまでくると正面にアサバスカ氷河が見えてくる(上右)。アサバスカ氷河は、その奥にあるコロンビア大氷原から流れ出している氷河だ。
ここで身支度を冬支度に整え、タイヤの大きな雪上車の乗り場に向かう。雪上車は車高が高いから、氷河に降りる急勾配はスリルがあった。氷河上に着いた雪上車は帰りまで常にドアーは開かれている。寒いから何時でも逃げ込める為にだ。中は大きなタイヤの前に立つ娘。
氷河の中心に立つやっじっじ夫婦、後ろが川上 コロンビア大氷原になり、一段高いところから上は危険に付き立ち入り禁止。クレパスがあるとか。
真ん中の写真は、氷河を接写したもの。風によるのか細かな凸凹になっていて、そこに粉雪が僅かに積もっている。
氷河の上は、川上 コロンビア大氷原から吹き降ろす風が物凄く強く冷たい。たまに風花も舞う。
旅立つ前から、氷河観光は寒いから、完全装備を持ってきてくださいと言っていた意味が始めて実感できた。なにしろ東京で旅仕度をしていた頃は、汗をかいていたのだから。
氷河上に居たのは20分位か。喜多さんが、「美味しいよ」と氷河の雪を持ってきた。
阪急交通社で氷河観光ビデオを販売するらしく、カメラウーマンの小柄な優伊さん(左の写真の真ん中)が、大きなビデオカメラを担いで飛び回っている。隣のバスのカメラマンはゴツイ外人さんだった。
次に行ったのはバーミリオン・レイクだ。本来はモレーン湖とかベイト湖の予定なのだが、積雪のためか通行止めになって予定変更になったのだ。氷河観光もこの15日で終りらしいから、秋のカナダ旅行は最終章を迎えているのかな。
バーミリオン・レイクはバンフ駅近くの湖で、夕暮れ時に朱色(バーミリオン)に染まる空を映すと言われている。
その先で、立派な角を持ったオスのエルグがいた。
氷河観光の前に、雌の親子を見かけたし、氷河観光の後、右側にあったコールマン山の中腹にマウンテンコード(羊の一種)がいた。
中腹といっても、かなり上の方にいたので、米粒くらいの大きさにしか見えず、ガイドさんが声を大きくして「あそこにいるわよ」と教えてくれても「何処に、どこに」と言うばかり。確かに白い米粒は幾つか見えたが動いているように見えないし、雪か羊か判別ができなかった。
だがビデオには、マウンテンコードがアップで写っていたので居たのは間違いありません。
ガイドさんの言う通り、今回の旅行は天気に恵まれ、ホテルに恵まれ、紅葉も良く、リスやエルグの親子やマウンテンコードまで見られて本当に良かったなー。
予定表には無いけれど、今夜宿泊の「フェァモント・バンフ・スプリングス」が良く見える展望台に行きますという事で、そこから映したのが上左の写真。
ここもバンフで一番のホテル。添乗の田辺さんが喜ぶのも分かる。
なにしろシャトー・レイクルイーズも、ここバンフ・スプリングスも催行前は決まっていなくて、最終予定表にも後日ご案内いたしますとあるだけだった。
それがどちらも最高級のフェァモント系列のホテルになったのだから。
この後、バンフ市内に入り巨泉のOKショップでお土産タイム。次いで並びのお店で久しぶりの日本料理で夕食、ホテルへ向かう。
歴史を感じさせる落ち着いた雰囲気。豪華な調度品、素晴らしいの一語の尽きる。
七日目 12日 金曜日
カナダ最後の夜を豪華なバンフ・スプリングスで過ごし、明朝5時半起床。
6時半から朝食。カナダ最後の晩餐ならぬ朝食は、バイキングではあるけれど流石と思わせる最高のバイキングだった。
7時半、名残を惜しみながらホテル出発。後は一路帰国の途に付くだけだ。
カルガリー空港に9時半着。機内持ち込み荷物の重量がエアーカナダは一個23kまでとの事。荷物預けの近くに計量器も置いてあった。我が家を始め数人がスーツケースをあわてて量りにかける。案の定、やっじっじのケースは、25キロ強あった。シロップなど水物は手荷物で持ち込み出来ないので、衣類とか本や集めたパンフレットなどリュックに詰め替え再検量、なんとか22,9kに納まった。やれやれだった。
カルガリー空港11時フライト。
写真は上空から見たカルガリー。カナダも見納めだ。
バンクーバー着 12時半。
バンクーバー午後1時40分フライト。楽しませて貰ったカナダとも最後の別れになった。
10時間15分かけて成田へ、行きと同じく途中機内食が二回出た。
八日目 13日 土曜最終日
成田到着は日本時間13日午後3時55分。通関後別れを惜しみながら自由解散。
我が家は京成上野駅に出て、裏口のタクシー乗り場へ。荷物が多いからタクシー二台に分乗して帰宅する。
本当に想い出に残る楽しい旅でした。企画実行してくれた二人の娘に夫婦共々心から感謝しています。
トップへ戻る