中山道69次 日帰り 旅日記

やっじっじの 一人旅

 久しぶりに平らな道を進みます。

あとは御嵩宿から京を目指して歩くだけです。


吾妻路@
1 日本橋〜板橋宿

A 2 板橋宿〜蕨宿〜浦和宿

B 3 浦和宿〜大宮宿

C 4 大宮宿〜桶川宿〜鴻巣宿

D 5 鴻巣宿〜熊谷宿

E 6 熊谷宿〜深谷宿〜本庄宿

F 7 松井田宿〜坂本宿

G 8 本庄宿〜新町宿〜倉賀野宿

H 9 倉賀野宿〜高崎宿〜板鼻宿〜安中宿

I 10 安中宿〜松井田宿

J 11 坂本宿〜軽井沢宿

信濃路@
12 軽井沢宿〜沓掛宿〜追分宿

A 13 追分宿〜小田井宿〜岩村田宿〜塩名田宿〜八幡宿

B  14 八幡宿〜望月宿〜芦田宿〜長久保宿

C 15 長久保宿〜和田宿

D 16 下諏訪宿〜塩尻宿

E 17 塩尻宿〜洗馬宿〜本山宿〜贄川宿

木曽路@ 
18 贄川宿〜奈良井宿〜薮原宿

A 19 薮原宿〜宮ノ越宿

B 20 宮ノ越宿〜木曽福島宿〜上松宿

C 21 上松宿〜須原宿

D 22 須原宿〜野尻宿〜三留野宿

E 23 三留野宿〜妻籠宿〜馬籠宿

美濃路@ 24 馬籠宿〜落合宿〜中津川宿

A 25 中津川宿〜大井宿

B 26 大井宿〜大湫宿

C 27 大湫宿〜細久手宿

D 28 細久手宿〜御嵩宿〜伏見宿






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ふたたび

旧東海道を京都を目指し日本橋を歩き出したのは、平成十三年の四月二十日のことだった。それから足掛け二年かけて、十四年の十月二十三日、遂に三条大橋の袂にたどりついた。南禅寺の見学に手間取り、釣る瓶落しの秋の日は、すでに山の端にかかり、色付き始めた京都の町は夕闇に包まれていた。

それでも弥次喜多の小さな銅像の前で、平成の弥次喜多も記念の写真を撮ることが出来た。

三十六日かけて到達した京都の町は、旅人の感概とは無縁の、雑踏の中にあった。

思い返せば色々な事があった。道端の小さな花に心を癒されたり、真夏の太陽の下、汗をだらだらかきながら、ただひたすら歩き続けたり、強風の中、飛ばされそうになったり、足がつって歩けなくなったり、それでも行く先々で親切に応対してもらい、名所旧跡や寺社古跡を巡って歴史にも強くなったし、足も少しは強くなった。
夫婦の会話も増えたし、旅の楽しさも知った。

早速次ぎのコースを探し始め、家の近くを通っている日光街道が、頭に浮んだが、昔の面影は少なくなっているようだ。国道歩きのつまらなさは東海道で経験済み、それならと中山道を歩くことにした。

東海道と同じお江戸から京都までの道だが、こちらは山また山の六十九次、果たして歩き通せるか不安だが、幸い TAKAOさんのホームページに出会い、この家族に負けずに頑張ろうと老骨に鞭打つことにした。takaoさんは、奥さんと子供さん3人と共に、中山道に挑戦している素晴らしいご家族です。特にtakaoさん作成の地図は、中山道を歩く身には欠かすことが出来ません。やっじっじは常に持ち歩いて参考にしています。そして、いつも感謝しています。





卯達が浪打つ中津川の宿場街