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久しぶりに中山道を、歩いて見た。
去年和田宿まで歩いて和田峠で断念、日光街道に行き先変換したが、諏訪御柱祭りのニュースに刺激を受けて、中山道は諏訪宿から先に伸ばす事にした。 日光街道と並行して気ままに歩こう。 前回は日光街道 間々田宿の蛇祭りを見たが、今回は御柱の後の祭りだ。 浅草橋駅6時、新宿発7時ジャストのスーパーあずさ1号に乗車、上諏訪駅9時13分、乗り換えて下諏訪駅には9時22分に着いた。 昨日まで行われた御柱祭りの熱気を残す下諏訪町を歩き出す。後の祭りとは正にこのことか。役員さん達が祭りの後片付けに精を出していた。 いつの日か、和田峠越えをして、この街に来る事を念じて駅前通りを直進、国道を左折して程なく旧道入り口に、「祝 御柱祭り 魁町」の立て看板、その道に入って直ぐ左に「魁塚」があった。この道の横断幕には「神の通る道」と書かれていた。さすが御柱の街だ。 ![]() 魁塚には、明治維新の際に官軍の先鋒隊として住民の宣撫にあたり、年貢の半減を謳ってそれなりの結果を残しながら、官軍の方針転換から逆に賊軍の汚名を着せられて、ここで打ち首になり、後に汚名が濯がれた相良総三他八名が祀られている。
![]() 細い路地の中山道の先に、諏訪市と岡谷市の境の小さな川が流れています。 この橋にはちゃんとした中山道の標識がありました。写真を撮ろうと、しゃがんだ時、ベルトに挟んであった万歩計が音を立てて落ちてしまい、下水溝の蓋(網目の)に引っかかっています。そっと拾い上げましたがカバーが外れて見当たりません。夢中になって見つけてなんとか治めましたが、歩数は0になっていました。でも、なんとか使えそうです、本当に良かった。10時でした。 ![]() ここから先は国道を何本か横切りながら、旧道らしい道をひたすら進みます。右に「おひぎりさま」という大きなお寺(平福寺、左上)があり、その先の集落(旧家が多い、右上)の生垣は見事です。道しるべもありました。(上中) 東堀交差点の先に、一里塚跡の碑があったようですが見落としました。 その先も一本道の筈なのに、なぜか道を間違えてしまい、あわてて道を尋ねて旧道に戻る始末です。 今日は物凄く天気が良く、おまけにやたら暑くて汗ビッショリ、そっちに気をとられて注意力が散漫になっていたようです。 チョッキを脱いでシャツのボタンを外し、腕まくりして、リュックからタオルを出して腰に下げ、ゆるやかな上りになった旧道を、気をしき締めて歩き出します。 ![]() 道が上りになって30分ほど、右に茶屋本陣(今井さん宅)があります。明治天皇も峠を越えて来て、ここで休んだようです。 その先に中山道の碑が立っていて、この辺が塩尻峠の入り口でしょうか道が急な上り坂になります。
![]() 曲がり角はこんもりとした森になっていて、右折すると直ぐに階段があります。「石船観音」です。 鬱蒼とした森の中に小さなお社が建ち、小滝もあって素晴らしい環境です。涼しくて、昇り返した疲れもいっぺんに吹き飛びました。 階段ではなく坂の方の入り口に清水が流れ出ています。「金命水」と言われていて、ちゃんとコップが用意されていました。確かに生き返るような美味しさです。
![]() 塩尻峠の頂上に着いたのは丁度12時でした。峠の頂上は広々とした空間になっています。色々な碑と共に碓氷峠で見かけた「熊出没注意」の看板や、三階建ての立派な展望台もあります。トイレも整備されていました。 展望台からの眺めは素晴らしいですよ。岡谷市街の向こうに諏訪湖が広がり、湖を囲んで山並みが連なっています。 ただ、人は誰もいませんでした。 ![]() まずはベンチに腰掛けて、新宿駅で買い求めた「おにぎり」で昼食です。 展望台の一番上から写真を写し、トイレも済ませ、携帯で我が家に留守電です。 ![]() ![]() そうです、今日も一人旅です。気楽ですが、夫婦旅、親子旅に比べればちょっぴり淋しいかな。 20分ほど休んだ後は、塩尻駅まで一気の下りです。 頂上から急な坂道を下ると左に峠の茶屋と言われる民家があります。かっては茶屋だったのかな。 その先右手にお地蔵様が二体(下中)説明板には「伝説 夜通道」とあり、逢瀬を楽しむ美女が、夜な夜なこの道を通ったとか、二体のお地蔵様はその男女なのでしょうか、粋なお地蔵様ですね。お地蔵様の後ろを綺麗な渓流が流れていました。 ![]() 少し先左に「東山の一里塚」が昔のままに残っています。(上右) 道はゆっくりと下っていきます。最初の二股は左へ入る下り道を、次の二股は直進ですが、左に入る道に石碑が幾つか建っていますから、間違えないで真っ直ぐにね。 ![]() そのまま旧道を進むと広い道に出ます。かっての国道だそうで右折すると右手に「犬飼の清水」の標識が木に凭れて立っています。なんでも愛犬が病になりここの水を飲ませたら治ったとか。
![]() ここからの眺めは抜群です。遠くに雪の乗鞍?も見えました(上右) ここまで頂上から40分、1時でした。 橋を渡ると下柿沢の集落です。この集落の生垣も見事でした。旧家も多く独特な屋根の形も多く見られました。「雀おどし」とか「雀おどり」とか呼ばれているようです。道祖神や石碑も多々見られます。 道いっぱいに細い鳥居が建っていました。こんな鳥居も珍しい。 ![]() ![]() やがて下柿沢の交差点になり、ここは直進すぐに、左に入る細い道を進みます。 ほどなく国道に合流して右折しますが、合流する手前の右手畑の奥に大きなお寺が見えます。 木曽義仲ゆかりの寺で永楽寺です。ここの観音堂は大きな茅葺屋根のお堂で、文化財に指定されています。 ![]() 国道を暫く進むと、そのまま塩尻宿に入ります。要所要所に「塩尻宿東口」などの石柱が立っています。「十王堂跡」の石柱と共に道祖神などの碑が並んで建っていました。 ![]() 右手に大きな旧家が二棟並んでいます。小野家住宅と言われ国の重要文化財に指定されている建物です。元旅籠だったそうです。 ![]() ほどなく、今度は左側に塩尻宿本陣跡と脇本陣跡の碑が隣り合って建っています。脇本陣跡は綺麗に整備されていました。 少し先に変形十字路があり、右角に「中山道鉤の手跡」の石柱があります。 ここを右折する道が中山道です。右に阿禮神社があります。2時を回っていました。 丁度下校時間になって、隣の小学校から子供達が列を組んで境内を通り抜けて行きました。ここの狛犬は碓氷峠の神社で見かけた狛犬と同じような面白い顔をしています。 ![]() しばらく先の右側に立派な門構えの旧家が建っています。重文に指定されている「堀内家」です。門のくぐり戸が少し開いていて中に入ることが出来ました。 「雀おどし」の付いた屋根の、大きな立派な旧家です。 ![]() まもなく大小屋の交差点に出て、国道を横切りますが、その角に幾つかの石碑が立っていて、中でも「蚕玉大神」という珍しい、いかにも養蚕地帯と言った石碑がありました。一番左の石碑です。 ![]() 国道を横切った先の道は、駐車場と家の間の1M幅の狭い道ですが、すぐに広くなって(といっても左程広くはなりませんが)塩尻橋の袂で国道に合流します。 橋を渡って国道を進むと十字路に出ます、ここは左、平出遺跡の標識に従って進みます。
塚の手前に駅に向かう新しい道路が出来ていました。平出の一里塚の写真を写して(平出遺跡は次回に回して)この道を通って駅に向かいます。塩尻駅到着は3時15分でした。
距離18,9キロ 歩数31517歩
距離、歩数とも途中リセットしたのでもう少し多いのかな。
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