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中山道六十九次日帰り夫婦旅 その六

吾妻路E 熊谷宿〜深谷宿〜本庄宿

4月17 日(木)快晴 


昨日あたりから、一段と暖かくなって初夏の陽気になってきた。これじゃ家にじっとしていられない。上野発8時46分高崎行きに乗車、9時55分籠原駅に着いた。さっそく旧中山道にむかう。四つ角に吉田やさんという魚屋さん、ここから今日の歩きが始まる。 歩き始めてすぐにジャンバーを脱いでバックにしまいこむ。暑いくらいだ。


少し先に宿場入り口の常夜灯があった。 この辺からなんの変哲もない旧街道を小1時間ほど歩いて路地の角に常夜灯を見つける。
深谷宿に入るようだ。右手に神社を見て、道が広がり、大きな銀杏並木になった。
暑いし喉がかわく、お茶を買って木陰で一休みする。遠くのほうに「見返りの松」らしき木も見える。このへんの道を、深谷市の「ふるさと並木道」と呼んでいるらしい。

  

旧道が17号と交差する地点に、見返りの松があった。きぬぎぬの別れを惜しんで、この辺で深谷の宿場を振り返ったのだろう。 吉原の見返り柳のようなものだ。

蔵も目立ち始め、また新しい大きな家や、旧家も多くなった。なかでも一軒、素晴らしく豪華な屋敷があった。洋風な塀と門の内側に、和風の塀と門が建ち、奥に洋風和風の建物が建ち並んでいる、「こぶし」の花も満開だ。これほどではないにしても、地方には豪邸が多い。

   
 


少し先で唐沢川にかかる行人橋を渡る。角の和菓子やさんで、草もちを買って川面を眺めながら立ち食いで一休み。 鴨が沢山いて、番の鴨を、一羽の鴨が追い掛け回している。縄張り争いなのか、恋の鞘当なのか、自然界もきびしい。


12時に近いので深谷の駅に向かう。駅へのメインストリートには大輪のチュウリップが見事に植え込まれていた。深谷の駅はミニ東京駅として有名だが、なるほど赤レンガ造りの駅は素晴らしかった。駅前には深谷出身の渋沢栄一の銅像があった。

      

が再整備された駅近くには若い人向きの店ばかりで、やむなく旧街道に戻ることにした。すでに12時になっていた。仲町商店街が旧街道で右手に大きな古い造り酒屋があった。「七つ梅」の蔵元で煙突は赤レンガ造りだ。落ち着きのある情緒ある光景だった。

 

その先、左側にも瀧澤酒造の大きな建物群があった。ここの煙突も赤レンガ造りでさすが深谷は赤レンガ発祥の地だ。「菊泉」の蔵元で、写真を写していたら喜多さんが袖をひく、見ると隣に小さなラーメンやさんがあった。 1時近くになっていたので、ここで昼食をとることにする。弥次さんはチャーハン、喜多さんは五目ラーメン。「一番」さんでした。

   

お店を出てしばらく行くと、深谷宿出口の常夜灯が立ち、ほどなく17号に合流する。合流地点に滝宮神社がある。

  

一旦国道を横断してすぐに又17号に合流40分ほど国道を歩いてゆくと、正面に国道と旧道との分かれ道に出る。ここは右の道が旧道です。ここからの旧道は落ち着いた道になり、民家の庭先には紅桜が満開でした。

  

右手に視界が開けて広大な景色です。道なりに右折してゆくと、17号のバイバスに出ますが、この道を横断して畑のなかの道を行きます。このあたりは送電線の鉄塔が多く、数えてみたら50本ほどありました。鉄塔銀座ですね。

  
 
やがて小山川にかかる滝岡橋をわたります。河原には「菜の花」が今を盛りと咲き乱れていました。そういえば今日は、色々な花が咲いていました。芝桜、どうだんつつじ、紫だいこん、三色すみれ、たんぽぽ、その他、弥次さんの知らない花々、本当に見事でした。小山川を渡ると本庄です。

橋を渡って道なりに進むと、タカオさんが苦労した変な案内板に出会いました。ご忠告通り進み、傍らの小さな土手に上って一休みです。腰を下ろして休んでいたら、狭い土手を市の監視パトロールが走っていきました。2時です。再び旧道に戻って、しばらく行くと珍しく道路標識に(旧中山道)の文字がありました。このあたりも、耕地や道路を整備したらしく、お地蔵様や庚申塔が集められて、なんの変哲もなく並んでいました。

 


その先右手に立派な門が建っていました。
隣は新築の歯医者さんです。
江戸時代からの医薬門を修復したと思われますが、すごいことだと関心しました。
この街道筋でも、今まで朽ちるにまかせた幾つかの古い建物に出会いました。
壊して新しくすれば良いというものでもないと思っていたので、わが意を得たりです。
それにしても大変な費用だったでしょうね、頭が下がります。

3時になっていました。暑かったし、くたびれてもきたので予定通り本庄駅から帰途に着くことにします。
駅着が3時40分、4時11分乗車、5時48分上野駅着、帰宅は6時半でした。

歩数 32400歩 距離 約16キロ 

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