中山道六十九次 日帰り夫婦旅 その九

吾妻路H 倉賀野宿〜高崎宿〜板鼻宿〜安中宿

5月23日(木)晴れ



久しぶりに天気が良くなるという予報に、前回の続きを歩くことにする。昨夜のうちにジパング切符を買っておかなかったので、今朝は少し早目に起き家を出る。7時58分上野の長野新幹線「あさま」乗車、高崎8時46分着、倉賀野まで一駅を戻り、倉賀野駅に9時丁度に着いた。


駅から中山道までは1000Mくらいか、突き当たりに山車倉があった。右折してほどなく、右手に脇本陣の古い建物があった。続いて高札場(復元)があり、喜多さん「ここの宿場にはケーキ屋さんはないの」前回で味をしめたな。

 

宿場外れと思われるあたりに、安楽寺があった。さっそく参拝。

   

さほど広くない境内に祠や石碑(古い板碑も)が散在している。まずはお参りして、裏手に回る。小高くなっていて、ここにも幾つか石碑が建っていた。この小山は古墳だと言われている。祠のなかに二十二夜堂もあったが、その名の謂れは案内板にも書いてなかった。

天気はもの凄く良いが今の時期、霞んでいて遠くの山ははっきりとは見えない。かすかに見えるのは榛名山か。この辺から浅間山も見えてくる筈だが。ひたすら国道をあるいて高崎の町に入る。中心地のアーケード街になり、右手に高崎駅をみて、少し先に「中山道の宿場絵図」がモニュメントされている。高崎宿を始め群馬県下(上野国)の七宿場が描かれていた。  

その先、本町三の交差点を左折する。「かねんて」だ。本町一の交差点に着いたのは11時、角に魚屋さんや餅菓子やさん、お蕎麦屋さんも見えた。ここまで休まずに来たし、朝食も早かったので、この辺で早めの昼食を取ることに。ところが、「やっじっじ」は今朝からうづいていた上奥歯が痛くて、お蕎麦も食べられない。半分ほども残して店(信松庵)を後にする。お店の方申し訳ない。喜多さん、心配して隣の餅菓子やで、豆餅を買い後にそなえる。本町一からの道は、旧道らしい道幅の、ゆったりとした曲がりくねった下り坂で、赤坂文庫という赤レンガの塀に囲まれた建物(ここを右折)や、山車倉、旧家もあり大都会高崎に残された宿場風情を、わずかながら残している。

 

やがて烏川を渡る「君が代橋」の袂にでる、その手前国道17号との交差点に「君が代橋」の親柱が残されている。

橋を渡ったら大きな三叉路(正面は三崎港というレストラン)を右へ、そして次の三叉路も右へ、その次の三叉路、これを左に入ってゆく道が中山道です。自然石の小さな道しるべがあり、左にはいって直ぐ、右手に八坂さんの祠と下豊岡の道しるべが立っています。

 

この辺は豊岡と言い、だるま屋さんが軒を連ねています。もっとも小売ではなく、造っている店ばかりですが。店先に製造途中のだるまが並べられている店もありますが、素通りです。 左に若宮八幡宮があり境内は鬱蒼としていて涼しそうです。参拝をかねて一休みします。 なにしろ今日は暑い。タヲルを持って来てよかった。豆餅を食べ、お茶を飲み、腕まくりして、タヲルを腰に下げ再び歩き出します。12時を回っていました。

すぐ傍に上豊岡の茶屋本陣があります。案内を請うと、市の方でしょうかご婦人が丁寧に説明してくれました(無料)。ここは五料の茶屋本陣と一緒で、休憩のための本陣でした。庭をふくめて県の指定史跡になっているようです。

   

国道に合流して、その国道を横断、目の前の土手に上がります。この土手が中山道です。流れているのは碓氷川でこの土手を上流に何処までも行けば、碓氷峠に行ける筈です。が そうなってはいません。

土手には「あやめ」や「すすき」が、そして「これは桑の実よ、子供のころは良く食べたんだけど」と喜多さん。さっそく良く熟した実をつまんでいましたが、あまり美味しくはなかったようです。味覚は変わりますし、時代も変わって色々な食べ物が豊富ですからね。「もも」のような実(梅くらいの大きさ)も生っていました。

土手下に大きな木があって、脇に一里塚の碑、木の根元にも石碑や祠も建っていました。江戸から28里目の藤塚の一里塚だそうです。

   
 
碓氷川にかかる達磨寺に向かう橋を横切ってから土手を下ります。この橋の親柱には達磨さんが鎮座しています。

国道に合流、右手に八幡宮の鳥居を見て、20分ほどひたすら国道を歩きます。右手に橋供養の珍しい碑が立っています。寒念仏供養のお賽銭で作った橋(かねつばし)があったそうです。

 

大きな分岐にでたら右の道に入り、すぐに左へ入る道があります、この道が旧道です。新と旧の国道の間の道が中山道ということです。真新しい道標も立っていました。

 

右手の路傍に立派な双体道祖神が石碑と共にありました。後で知りましたが台座に京、百里と記されているそうです。後 百里もあるのですね、頑張らなければ。

 

道に沿って小川が流れています、板鼻堰用水といわれています。道は信越線の踏み切りを渡り、八幡道の道標をみて、板鼻公民館にでます。ここが板鼻宿本陣跡で標柱が立っています。その先に一休みできそうな所があり、見るとここにも立派な歴史のありそうな双体道祖神が建っていました。

 

旧道が国道に合流する場所に、鷹巣神社の石塔が立ち、石橋もありました、がお社はありません。なんでも、お社は国道沿いにそそりたつ崖の上にあるのだそうで、江戸時代には旅人はこの御社にお参りして、その眺めを楽しんだと言われています。碓氷川にかかる鷹巣橋を渡りすぐに右折して旧道に戻ります。

 

かっては今の橋の少し上流に橋があり、旧道は、無くなったこの橋とつながっていたのです。ですから間の宿として栄えたかっての宿場、中宿も今は車も人もあまり通らない静かな街になっていました。板鼻側にあるクレイ射撃場の発射音だけが鳴り響きます。
街の真ん中辺に大きな庚申塔がたっていました。

 

道は再び碓氷川に突き当たり(昔はここで、再び碓氷川を渡り安中宿へいったのです)そこにふるい石碑が建っていました。(上右)

左折して国道に合流します。合流地の向こうに小さな安中駅がありました。駅の正面には、天空の城ジュピタを思わせる、東邦亜鉛の工場が聳え立っていました。

 

安中駅着2時35分、3時13分の電車に乗り高崎から15時54分の新幹線「たにがわ」乗車、17時半帰宅

歩数 32500歩  距離 15キロ

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