情報Cの「情報(information)」とは何なのでしょうか?私たちは気軽にこの言葉を使っていますが、きちんと定義することを試みたことがありますか?
そこで、広辞苑(第四版)で調べてみると次のように定義されていました。
(1) 或ることがらについてのしらせ。「極秘―」情報Cで扱う「情報」とは(2)のような意味での「情報」が用いられる場面が多くなっています。情報Cでは、情報をどのように扱うかということを学習します。
私たちの生活する社会は、「大衆社会(mass society)」、「大衆消費社会(mass consumption society)」「情報社会(information society)」、「情報化社会」、「情報ネットワーク社会 」、「脱工業化社会(post industrial society) 」などのいろいろな言葉で表現されています。
これらの言葉で表される社会は、印刷技術や物流技術などの発達、そしてマルコーニ(Guglielmo Marconi) の無線電信(無線通信)の発明によって、短時間のうちに多くの人々が情報に接することができるようになったために生じた「社会構造の変化」がもたらしたものです。現代が「情報社会」、「情報化社会」どちらなのかということは学者によって判断が異なっています。
このような社会の中で重要なのは「情報」がどのように扱われ、流通し、処理されていくかということです。つまり、私たちは情報を扱うことなしには生活できなくなっています。情報を利用するためには、コンピュータやインターネットが利用できなければならないというイメージがありますが、必ずしもそうではありません。
その場面ごとに、情報を処理するのに必要な物は異なりますので、何が適切かということを、私たちは常に判断しながら生活をしていかなければなりません。この何が適切か、どう判断するかという情報を処理したり活用したりする能力をメディアリテラシー(media literacy)といいます。
急速に情報機器(information equipment)が発達しているので、そのような機器を使える人々とそうでない人々の間に、経済的格差をはじめ各種の格差が生じてきています。この格差をディジタル・ディバイド(digital divide)といいます。
平成16年「通信利用動向調査」(PDF)からも、携帯電話・パソコンが急速に普及している事がわかりますが、日本のディジタル・ディバイドは無くなっていません。
「年齢によるディジタル・デバイド」は縮小してきていますが、「年収よるディジタル・デバイド」は無視出来るほど小さいものだとはいえないでしょう。また、地域によるディジタル・デバイド」も依然として存在しています。
日本では、年齢や年収といったわかりやすい理由でディジタル・デバイドが生じていますが、外国では年齢や収入が同じくらいでも、生活習慣によってディジタル・デバイドが生じている事があるようです。