なんか頭がスウスウする。
 アッいけね メット忘れた。
 自転車引き出してタイヤを確認したとき、邪魔だったんで隣の自転車の荷籠にメットを放りこんだ。そしてヘット装着していないことに気がつかないままにスタートしてしまったらしい。バイクと違って違反切符を切られること無いから良いけどネ
 どうも、ここんところ物忘れが多く、例えばこの前の小銭入れとか
 若年性認知障害かもなんてことを疑ってしまう。春に心浮き立つ健忘症!深く進行中ってな感じ
 走り出して数Km行った所で気づいたので、戻ると、その分だけ時間がモッタイナイ。
 いきんで走りまくる年じゃなし、誰かと競争するわけでもないのだから、安全防護処置としてヘルメット付ける必要は、あんまり無いだろう。ゆっくり無茶せず走ればメットなんて無くとも大丈夫さ。ただ、いつもと違うと、なぜか不安と思う気持ちはウソじゃない。

 途中のコンビニからユミコちゃんに

 最近、公衆電話ってガンガン撤去されていて、携帯持たない私にとっては不便きわまりない。ルート上はこの一軒だけだ。

 メットが無い分だけ頭が軽くなって、その分、坂の上りが楽に感じるが、でも、ペダルが軽い本当の理由は南風が吹いて背中から押しているからなのだってとは分かっている。

 今日は桶小屋沢
 ここは9年前に一度来ている。
 今、その時の事で頭に残っている印象は鉱山跡の事。
 あの鉱山跡いったいどうなっているだろう。

 清川村地名抄に金山沢「別称:桶小屋沢」と記載されているように、沢に架かる橋に記載された橋の名は「桶小屋橋」で、沢の名は「金山沢」となっている。その橋からは大きな砂防堤が見えていて、沢沿いに進むのは面倒そうなので、右岸に伸びている作業道に入る。この道はP903(松小屋の頭)に至る迄しっかりと尾根に付けられていて使える道である(それを確認したのは何年も前の事だから、今がどうなっているかは信用しないように)。その道に入り、急斜面をジグザクに数回折り返した所から沢沿い方向に分かれる道に入ると、予定通りに砂防堤の上で、沢に戻ることが出来る。
 その径路の途中で砂防堤の左上端に工事銘版があるのが見えたが、何を書いてあるのかはわからなかった。視力は良くないのだ。それを見たくて砂防堤の上に乗り、下2mにある銘版を身を乗り出して見る。たいしたことが書かれているはずないよね。それでも沢名をもう一度ちゃんと確認するには、銘板を確認するのが一番なのよ。
  昭和46年 通常砂防工事 金山堰堤 昭和47年3月完成 神奈川県土木部
 当たり前だが簡潔で飾り言葉は一つも無い。でもとりあえず知りたいことは全て記載されている。
 私は桶小屋沢って言うけど、やはり「金山沢」って呼ぶ方が合っているんだろうか。でも「金山沢」ってアッチコッチにあって「金山沢」って言ったって、どこのどれなのか混乱しない? 大群衆の中で一人の「佐藤さん」を指名するような、この名称って 好きじゃないね。
 例えばマシラにとって「金山沢」っていえば、最初に頭に浮かぶのは越後佐梨川の「金山沢」なんだな。駒ノ湯から尾根を少し登った先の台地から見た奥壁の急峻さと、絶え間ない雪崩の雪煙。アレを厳冬期に登るには命を三つ四つ用意しておかないとダメだろうって、結局逃げ帰ったあの沢の名称が「金山沢」だった。
 今でもクライマーにとっては難度の高い岩壁なのに、その壁の各所に鉱山口が開いていて、いったいどうやって昔の人たちは、その場所に出入りして作業していたんだろうと思える程の難場の沢が僕の「金山沢」・・・丹沢以外のそんな岩壁の話しって場違いだから止めておこう。
 丹沢には丹沢の「金山沢」があるんだよな。

 でも、「金山沢」って聞けば=鉱山 それも金鉱山ってイメージが浮かぶのは、どこでも同じだろう。
 そうだとしたら、丹沢中津川の金山沢にも鉱山があったとしてもおかしくない。そして現に坑道入り口があったのを前回見たんだ。あそこ、どうなっているだろう。なんか、そんなことが気になる。

 一つめの砂防堤のその先に、もう一つ同じような作りの砂防堤があって、それも右側からの乗り越し道で快適にパスする。
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桶小屋 導入部の小滝
 桶小屋沢の導入部分には特徴だった滝なんて無い。杉の大木が立つ両岸はなだらかに左右の尾根に登っていくから、探せばすぐに仕事道の残骸が見つかるだろう。昭和43年ころ刊行の「丹沢の山と谷」によれば、桶小屋沢中流域では切り払いの後に大規模に植林が行われ、若木が育っていたとなっている。それら木々の切り出しや山仕事のため木馬道が各所にあったことも記録されている。それらの雰囲気を今に引き継ぐものと言えば崩れかかった炭焼き窯かな。沢の流程中の一段上がった平ったい台地状の各所には、それら窯の残骸が天井を付ければすぐに使えるものから崩れた石組が土中に埋まり架かった窯までのいくつもが残っている。
 また窯のある場所は、山の神を祭るのにちょうど良い場所でもって見える。今、らしき物は一つも目にすることはないけど、キッと目を皿にして探せば二つくらいは石祠が岩の間に転がっているを見つけることができるだろうさ。そんな雰囲気の沢なのだ。
 小滝がいくつかある。沢山あるのは倒木に重なる倒木だな。ただ、枝が絡み合って通行の邪魔になるようなのは少なくて、倒木の数に比較して割合すんなり歩ける。それはおそらく最近の倒木が少なく体が当たればパキパキ折れるのと、岩が滑っぽくなくて足元がしっかりしているからだろう。
 最初の炭焼窯跡が目に入った地点から、そう遠くないところで左岸から三段二十数mの滝が支流となって合流する。この滝は、その上に涸棚を重ねていて、実際に登るともっと高く感じるだろう。でも、そこまで行くと水量は大幅に減じるのだ。目の前の滝を流れ降る水量の大半は三段滝の最上段の落ち口付近の湧き水と見える。それを証するかのように、本流では付近一帯のあちらこちらの岩の割れ目から水が浸みだしているのだから、間違いないと思う。
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桶小屋の小滝群
 右岸から5m程の小滝が合流した地点から始まる小滝の群が、桶小屋沢としては一番の滝場となる。ただし、滝と言っても、大棚はなしだ。でも、水流通しに行こうとすると少々手強いぞ。
 最初のは、平板状の右手から巻いて登ろうとしたら2m行ったところで足場が取れなくて登れない。周囲は露岩が屹立して険しく、巻こうと思えば大巻きになるんだけど、こんな小滝を大きく巻くのはシャクだよな。最初に戻って、水流沿いに変更する。コッチの方がホールドスタンス豊富で易しかった。ただ「脆い岩には注意が欲しい」何てな言い訳を許す程度にホールドが脆いので、何時でも落下OKの心づもりを取っとくに越したことはない。

 そして二俣
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二俣(左:坑道へ 右:本流)
 水量は左が多くて2:1。ただし本流はどう見たって右側だ。
 左は表面が小さくゴツゴツした黒い岩の上を水が簾のようにかかる。その上には、白い岩の表層に赤っぽい苔がこびり付いたようなので出来た傾斜度の緩い滝がニ個くらいが続いていているけど、すぐ上に小尾根が見えている。たぶん、沢状の地形をすぐに無くしてしまうに違いなかった。
 それなのに、なんで左の方が水量が多いのか。そこが不思議なんだな。
 でも合理的な答えが実はある。「鉱山の坑道口から水があふれ出しているから」という答えがそれだ。前回は確かそうだった。
 その左に出会いの滝は右側から巻いて登り、沢に入る。沢の中に転がるザクザクとした石は坑道から掘り出された屑石なんだろうか(いつの事か分からないような昔の屑が傾斜中に何十年も引っかかっているはず無いな)
 途中の小滝を越えると一面の岩屑の原に水がスッと引く。こんなだったっけ?
 たしか、前回の時は水流が、そのまま坑道口につながっていたはずなのだが?

 少しだけグズグズの石の上を歩く。そして目を皿にして右側の木の下に小さな穴を発見。まるで木の下に出来た洞(ウロ)のような小ささ。
 でも、これだ。これに間違いない。

坑道を覗き込む(フラッシュ焚く)



前回の坑道写真(2000年)
 穴の入り口に、上方から流れてきた土石や枯れ葉が堆積し、入り口を50cmは狭め、水流を埋め、徐々に入り口をも埋めようとしているようだった。以前のように窟から水が流れ出していれば、そんなことは無いのだろうけど、穴からの水の流れ出しも全く無く、穴が有るはずって探さないと見落としてしまうかも知れないほどに目立たない。

 そんなだから、しゃがみ込んだ状態では穴の中を見通せない。
 這いつくばり、穴に頭を突っ込みズリズリ、そのまま中に転がり落ちるようになるのを押さえて腰までは穴の中。そんな感じで入り口からは50cm下がった位置で前方を眺めると、体と穴の間から差し込む細い光が岩に当たり拡散してうっすらと様子がうかがえる。
 中は思いの外に広かった。
 前回見たときには満々と水をたたえていたので、穴の入り口の上部部分しか見えなかったが、窟の中の水はグッと引いていて、そのまま潜り込んで1mも進めば、しゃがめる程の坑道の高さがありそうだった。その先まではしかとは分からないが、奥に坑道がつながっているのは間違いない。少なくとも4m先までは穴がある。その先は暗くって分からない。もしかしたら、そこから先は水に埋もれているのかも知れない。さて、入ってみるか!
 しかし、なあ。俺は狭所恐怖症だ。
 子どものコロ 悪さの罰に押し入れに閉じこめられていらい、狭くて暗いところは大キライだ。カーちゃん 許してくれよ えーん
 それ以上進むなんて事出来なかった。それに、上半身だけ穴の中に体を突っ込んだ形になっていて、こんな状態の時に後ろから熊にでも襲われたら逃げようが無いジャンかよ〜。すげえ〜怖くなって、這い蹲ったまま後ずさりして穴の外に立つ。そして周囲を見渡す。当然ながら何もいないんだけど、穴から外に出ただけで安心できる。狭いのは怖い。
 こんな風に坑道の水が引いた分だけ、前回よりは奥を覗き見ることは出来たが、入り口が狭くなったことと、水が引いたことで底が剥き出しになり、満面と水をたたえる深い淵のような神秘さは減じて、さてさて印象は深くなったか浅くなったか

 この鉱山、金山衆が掘っていた信玄の隠し金山って言われているらしい。それを、どこのだれが言っているのか知らないけど、甲州県境からそれほど遠くない地域だからありそうなとは思ってる。だれかどなたかちゃんとした謂われを知っていたら教えてくださいな。
 本流に戻る。
 坑道からは沢を戻らず、何となく道らしき踏み跡を伝い、小尾根を本流側に水平に回り込んで本流に着く。その本流も戻り着く手前で対岸に何やら造作物がありそうな事に気がついた。確か、この辺りに造林小屋があったはずなのだ。そう思って見ていたから気がついたのかも知れない。
 対岸に渡って、そこを確認すると、間違いなく小屋跡だった。小屋そのものは既に無い。朽ちて崩壊したんだろう。残骸と言える屋根に使った何枚ものトタンが埋もれかかっていた。他にはドラム缶、一升瓶になぜか鍋。50uほどの小屋があったのだ。手入れせずに40年も立てば、こんなように崩壊してしまうんだね。それでも、小屋があった平地であることの地形はしっかりと残っていた。(大山三峰の高さから推測して標高800m付近)
 この造林小屋をひょっとしたら「松小屋」って呼ぶんじゃないのかな なんていうのは推測のしすぎかな なんて勝手に思う。
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作業小屋跡(残物はトタンに鍋釜)
 小屋から沢沿いに伸びている仕事道(残っているのは形跡だけだが)沿いに炭焼窯の残骸が三箇所くらいあって、そこからは踏み跡は松小屋の頭から県道に降る支尾根方向に向かっているようだ。(朝方、堰堤を乗り越しに使った仕事道につながる)
 沢沿いには道らしきものは無くなる。
 水量もグンと減って、もう沢歩きは止めても良いか なんて言う気分だが、本流沿いに進むのが一番傾斜度が少なく、それに、尾根に出ようが沢沿いに行こうが、どっちにしろ本間の頭まで行くことには変わりなしってことなので、ガラガラとした沢の中を歩く。
 そして大きな岩のある二俣に着く。
 左には5m程の滝がかかる。右手はガレガレが続く。こんな地形の場合、初回なら間違いなく左に行っているはずだ。それならば今日は右にしようか。すんなりと方向が確定する。

 傾斜はきついけど、くらくらしそうと言うほど急でもない。最初の小滝は水が細く二条に別れる3m程の小滝だ。その中央を登る。易しくはあっても簡単ではなかった。なぜって?。沢の詰め辺りの細い流れの滝って、どれもこれもみんな同じように岩が脆いのよ。高度差が少ないとは言え、落ちるのはイヤだ。だから岩が浮いていないかどうかを一箇所一箇所確認して登るけど、確認したら大丈夫かと言えば、そうでも無いんだよね。大丈夫と思った岩が一歩踏み込んだらポカッと抜けるなんてことは良くあること。「確認するだけよ」と軽く引いたつもりが、いざ岩が剥離するとバランス壊して「アラヨッっと」と落ちるってなんてのもパターンの一つ。
 次のは6m程の涸棚 中央上部に大きなCSがあって、天狗の鼻のように空中に突きだして尖っている。少し急だから巻いて登ろうかと考えたが、良い巻き道が無く、その棚の方が易しそうなので、先ほどの天狗の鼻下を鼻毛に触らないようにして左から右に横断して登る。
 もう上には滝場はなさそうだ。ガラガレとした石屑の中に大木が立ち。この沢では沢じゅうが一杯になるほどの大水はここ数十年無いんだろうと感じられる。
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沢の終わり
 そのガレ石の沢を登り、右手に登山道のあるはずの稜線が、すぐそこの位置に見えた地点で、沢の左手の小尾根に移動する。
 小尾根は程なく、炭焼窯の残骸の残る平地につく。この山域、炭焼き窯は稜線直下に設営されることが多いらしい。その窯跡から伸びているかすかな苫道を右手に進むと、先ほど登ってきた沢の上部を横断しP1047mの西方にある小さな鞍部のところで登山道に合流する。本間の頭までは10分ほどだった。

本間の頭から写真削除
丹沢山を望む
 さて、下山
 最短なルートは、本間の頭から南東に塩水橋まで、まっすぐ降る南東尾根だ。
 取っつき部分はやや傾斜があるが、それも僅かな距離で容易く通過出来る。ここは登山地図に書かれていない登山コースだが、割合にメジャーなコースとして知られているように、P741に着くまではなだらかな気分の良い尾根が伸びている。
 P741m付近は大規模に植生保護工事がされているらしく、その周辺から下部は縦横に仕事道が走り鹿柵が張られている。それらに引かれて思わず方向間違いや遠回りを強いられるって事に注意が必要かもしれない。でも工事のおかげで道が整備され、以前は鹿柵を乗り越えなくてはならなかったのが、丁寧に道を追えば、そのような事を全く強いられずに「塩川橋の水神様」の祠に下り着くことが出来るのである。塩水橋付近は停車する車に溢れていた。暖かい日差しに誘われたかのように橋の周囲で散策する人もチラホラ十人程度いる。

 帰りの自転車。
 ゆっくりなのはヘルメット無しの事故を恐れたからではなく、南風がきつかったのと、久しぶりの自転車のペダル踏みに体力消耗著しかったからで、確かに帰り道のペダルはいつもよりゆっくり回っていたと思う。 
 
後日談:桶小屋沢で砂金が取れたってメールを頂きました。詳細は秘密<マシラ>


自宅6:00〜宮ヶ瀬山びこ大橋6:55〜三叉路〜桶小屋橋7:25自転車デポ〜桶小屋沢〜二俣9:00〜鉱山口9:10_15〜二俣に戻る〜作業小屋跡9:20〜炭焼窯二つ9:35〜奥の二俣9:45〜右俣二に入る〜最後の5m滝CS9:55〜左手の小尾根に入り〜炭焼き窯跡10:15〜登山道へ10:35〜本間の頭10:45〜塩水橋へのの南東尾根に入る10:50〜塩水水神様11:25〜桶小屋橋11:35〜自転車で帰る〜自宅13:25 3月21日歩くと少し汗ばむほどの快晴だ。
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