やまぼうし自然学校 ちょこっとコラム Vol 1
自然観・原風景


「原風景」という言葉がある。私たちが幼い頃から成長する過程で身体に染み込んでいる「風景」のことだと認識している。思い浮かべるとなつかしく、優しい気持ちがこみ上げてくるような風景。私たちの「自然観」はこの身体の中の宇宙にある「原風景」が土壌となっているのではないだろうか。
 まもなく戦後60年を迎えるが、この60年の間に急速な発展を遂げた私たちの生活は、自然に対し大きなダメージを与え続けている。いつのまにか自然とまったく無縁の毎日が快適なものとなり、自然がなくても人間は生きていけるかのような錯覚に陥った。そして、その発展の見返りに私たちは様々なものを失い、また現在でもさらに失いつつある。それは気づいたら自分たち人類の遺伝子すらついていけないくらいのもので、様々な弊害が起きている。
 風習・慣習などの「生活文化」も私たちが失いかけているもののひとつである。例えば、お正月に飾る門松、しめ縄から始まり、春夏秋の祭り、立春・立冬、十五夜などなどきりがないほど様々な季節の節目の行事もそうだ。これらは一つ一つが自然と深く関わりのあるものである。先人たちがいかに自然を深く認知し、畏敬の念を抱き、自然の中に救いを求め、自然と真摯に向き合って生きてきたかが窺える。

 「木の文化」も同様だ。プラスティック製品が普及し、木材の輸入が8割になっている現在、「木」と関わる生活をするのが難しくなっている。かつて「山(森林)」は木を育てることで経済的効果を生んでくれる宝の山であったが、現在では林業的な視点ではマイナスの経済効果を生むお荷物となってしまっている。立派な木を育てても安値でしか売れず、赤字になってしまうのである。山の所有者でさえ山に見向きもしなくなっている現状で誰が「木」と関わる術を伝えていくのだろうか。         
 しかし、小さいながらも新しい動きもある。各地で祭りが復活されたという報道が流れる。小学校などでも昔の臼と杵を使って「餅つき」行ったというニュースが出る。また「森林」は木材供給以外に多くの公益的な機能を持ち、私たちの生活に欠かせない水や美味しい空気の供給をしてくれる存在であるとの認識は今や常識となっている。そして、この森林の公益的機能を発揮させるために少しでも森林整備をするという思想の「森林ボランティア」も各地で盛んになり、森林の理解者が増えている。

 戦後約60年、今私たちは自然と人とのつながりをあらためて見直すときが来ているのではないかと思う。「スローライフ」の哲学が話題となる昨今、私たちは失いかけている時間や空間、そして私たちの身体の中の宇宙にある「原風景」をゆっくりと取り戻したいと思う。自然を見つめることは自分自身を見つめることそのものなのだと信じて。確固たる自然観を持つことは私たちの人生観を豊かで確かなものにしてくれると確信して。何故なら私たち人間はまさに自然の一部であるのだから。そんな「原風景」の数々を次号よりお届けしたいと思います。
「主治医 ”自然賛歌 やまぼうし通信”」 2004年1月号 連載
NPO法人やまぼうし自然学校 事務局長 小松崎 昌美(森林インストラクター)
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